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そんなお前が好きだった 32
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「へえ、報道カメラマン? 戦地とかもいくわけ?」
「いや、まあ、行けと言われればですが、今はなるべく生きて帰ってこられるようなところの仕事やってます」
井原に聞かれて、へへへ、と豪は恥ずかし気に笑った。
「あ、元気、俺、ちょっとデータ整理するんで、今夜路傍でいいか?」
「ああ」
「あっと、そういや、みっちゃんがまた来るってほんとかよ」
店を出て行きかけてまた戻ってきた豪が言った。
「知らないよ、とっとと行け」
豪は響と井原にちょっと目で挨拶しなおして店を出て行った。
「ん? なあ元気、今の豪って………」
井原が元気に言いかけた時、響の携帯が鳴った。
「はい」
響が畏まった声を出した。
「え? 誰ですって? ………わかりました。今、帰ります」
携帯を切った響の顔が強張っているのに気づいて、井原が「どうかした?」と聞いた。
「それが………。知り合いが家に来たって親父から。ちょっと歓迎したくないやつ。俺、帰るわ」
「え、あ、ちょ、待って、俺も」
井原はコーヒー代をカウンターに置くと、慌てて響のあとを追った。
足早に家に向かう響に追いついた井原は、響の苛立たし気な顔を見下ろした。
「ひょっとして、こないだ電話してきたって人?」
「ああ」
あいつ、まさか本当に来るなんて。
父親から外人がやってきてお前に用だとか言っているという電話だった。
クラウスと名乗っていると聞いた響は一気に頭に血が上った。
しかも家までつきとめるとか、いったいどうやって……。
響はクラウスのことなど井原には知られたくなかったのだが、車を家の前に置いているから帰れとも言えない。
家に近づくと、門の中から長身の男が出てきて、響を認めると、「ヒビキ!」と呼んだ。
「何しに来たんだ? 俺は会いたくないと言ったはずだ」
開口一番、語気は荒めだがトーンを抑えて響は言った。
ドイツ語はあまり得意ではなかったが、それでも雰囲気で井原は響の怒りを感じた。
「俺は響を愛しているんだ! 妻とは別れる! ほんとだ」
日本語だったら当然隣近所迷惑だろう言葉を、クラウスは口にした。
既にすっかり冷めた響にしてみれば、そんな言葉は陳腐でしかなかった。
金髪碧眼、イケメンの代表のような男は仕立てのいいスーツを身に纏い、セレブ感もある。
が、多少俺の方が身長は勝っている。
そんなことを心の中で呟いた井原は、思わずドイツ人らしき男を睨み付けた。
「あんたが何をしようが勝手だけど、俺の気持ちは変わらない。俺はここで仕事も見つけて暮らしている。もうドイツに戻るつもりもない」
「Oh! ヒビキ、お願いだから」
オーヒビキ、だけは井原にもわかった。
何やら情けない表情で、響に懇願しているらしいことも。
「あんたがやるべきことは、奥さんと子供を大切にすることだ。もうみっともないマネはしない方がいい」
響の言葉も表情もひどく冷たかった。
だがそれでクラウスにはようやく響の言わんとすることが伝わったようだ。
「響に出会った時は運命だと思ったんだ。妻子がいたが、響を愛していた。妻子には悪いと悩んだが、別れるしかないと」
クラウスはブツブツと続けた。
「もっと早く決断すべきだった。君の心が離れてしまう前に。結果的に騙していてすまなかった」
諦めたらしいクラウスはやっと背を向けたが、また振り返り、「そこにいる彼は新しい恋人?」と聞いた。
「いや、仕事の同僚だ」
響は簡潔に答えた。
「そう。ただ、これだけは言わせてくれ。どこにいても君はピアノを続けてほしい。俺は君のピアノが好きだ」
オーケストラを率いている時の威厳も形無しじゃないか。
響は肩を落として去っていくクラウスをしばし見送ってから、門を開けた。
「悪かったな。せっかく……」
響は井原に何と言っていいかわからなかった。
「引っ越しが決まったら知らせてくれ。手伝いに行けたら行くし」
「あ、ああ、一応、来週の土曜日あたりと思ってるんだけど」
井原も今の男のことを聞きたいにもかかわらず、どう切り出していいかわからない。
「じゃあ、また」
響は井原に視線を合わせようとしない。
「あの」
ドアを開ける前に、性分でそのままにしておくことができず、やはり井原は聞かないではいられなかった。
「さっきの人って、どういう………」
「クラウス? オーケストラの指揮者で、今度日本公演やることになったって、今回下見に来日したらしい。以前、ピアノで一緒にやったことがあって」
一瞬戸惑ったが、端的に事実のみを説明する。
「いや、まあ、行けと言われればですが、今はなるべく生きて帰ってこられるようなところの仕事やってます」
井原に聞かれて、へへへ、と豪は恥ずかし気に笑った。
「あ、元気、俺、ちょっとデータ整理するんで、今夜路傍でいいか?」
「ああ」
「あっと、そういや、みっちゃんがまた来るってほんとかよ」
店を出て行きかけてまた戻ってきた豪が言った。
「知らないよ、とっとと行け」
豪は響と井原にちょっと目で挨拶しなおして店を出て行った。
「ん? なあ元気、今の豪って………」
井原が元気に言いかけた時、響の携帯が鳴った。
「はい」
響が畏まった声を出した。
「え? 誰ですって? ………わかりました。今、帰ります」
携帯を切った響の顔が強張っているのに気づいて、井原が「どうかした?」と聞いた。
「それが………。知り合いが家に来たって親父から。ちょっと歓迎したくないやつ。俺、帰るわ」
「え、あ、ちょ、待って、俺も」
井原はコーヒー代をカウンターに置くと、慌てて響のあとを追った。
足早に家に向かう響に追いついた井原は、響の苛立たし気な顔を見下ろした。
「ひょっとして、こないだ電話してきたって人?」
「ああ」
あいつ、まさか本当に来るなんて。
父親から外人がやってきてお前に用だとか言っているという電話だった。
クラウスと名乗っていると聞いた響は一気に頭に血が上った。
しかも家までつきとめるとか、いったいどうやって……。
響はクラウスのことなど井原には知られたくなかったのだが、車を家の前に置いているから帰れとも言えない。
家に近づくと、門の中から長身の男が出てきて、響を認めると、「ヒビキ!」と呼んだ。
「何しに来たんだ? 俺は会いたくないと言ったはずだ」
開口一番、語気は荒めだがトーンを抑えて響は言った。
ドイツ語はあまり得意ではなかったが、それでも雰囲気で井原は響の怒りを感じた。
「俺は響を愛しているんだ! 妻とは別れる! ほんとだ」
日本語だったら当然隣近所迷惑だろう言葉を、クラウスは口にした。
既にすっかり冷めた響にしてみれば、そんな言葉は陳腐でしかなかった。
金髪碧眼、イケメンの代表のような男は仕立てのいいスーツを身に纏い、セレブ感もある。
が、多少俺の方が身長は勝っている。
そんなことを心の中で呟いた井原は、思わずドイツ人らしき男を睨み付けた。
「あんたが何をしようが勝手だけど、俺の気持ちは変わらない。俺はここで仕事も見つけて暮らしている。もうドイツに戻るつもりもない」
「Oh! ヒビキ、お願いだから」
オーヒビキ、だけは井原にもわかった。
何やら情けない表情で、響に懇願しているらしいことも。
「あんたがやるべきことは、奥さんと子供を大切にすることだ。もうみっともないマネはしない方がいい」
響の言葉も表情もひどく冷たかった。
だがそれでクラウスにはようやく響の言わんとすることが伝わったようだ。
「響に出会った時は運命だと思ったんだ。妻子がいたが、響を愛していた。妻子には悪いと悩んだが、別れるしかないと」
クラウスはブツブツと続けた。
「もっと早く決断すべきだった。君の心が離れてしまう前に。結果的に騙していてすまなかった」
諦めたらしいクラウスはやっと背を向けたが、また振り返り、「そこにいる彼は新しい恋人?」と聞いた。
「いや、仕事の同僚だ」
響は簡潔に答えた。
「そう。ただ、これだけは言わせてくれ。どこにいても君はピアノを続けてほしい。俺は君のピアノが好きだ」
オーケストラを率いている時の威厳も形無しじゃないか。
響は肩を落として去っていくクラウスをしばし見送ってから、門を開けた。
「悪かったな。せっかく……」
響は井原に何と言っていいかわからなかった。
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「あ、ああ、一応、来週の土曜日あたりと思ってるんだけど」
井原も今の男のことを聞きたいにもかかわらず、どう切り出していいかわからない。
「じゃあ、また」
響は井原に視線を合わせようとしない。
「あの」
ドアを開ける前に、性分でそのままにしておくことができず、やはり井原は聞かないではいられなかった。
「さっきの人って、どういう………」
「クラウス? オーケストラの指揮者で、今度日本公演やることになったって、今回下見に来日したらしい。以前、ピアノで一緒にやったことがあって」
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