そんなお前が好きだった

chatetlune

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そんなお前が好きだった 10

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「第一、そのへらっとした態度を何とかしろ」
「っていわれてもなー」
「まあいい。もう帰ってもいいぞ。業者さん来るの俺が待ってるから」
 そろそろ五時になる。
 響はピアノ五重奏のスコアを手に、ピアノの前の椅子に座った。
「業者くるまで、何か弾いてよ、キョーちゃん」
 ピアノに頬杖をついて笑う寛斗に、響はどきりとする。
「どしたん?」
 あまりに凝視していたのだろう、胡乱気に寛斗が聞いた。
「ああ、いや」
 しょっちゅう、井原もそうやって響に笑みを向けていた。
 あれ弾いてよ、ドビュッシー、なんかこう眠くなるやつ。
 井原の声が聞こえた気がした。
 指は勝手にドビュッシーの夢を奏ではじめる。
 俺だけのためのリサイタル! 感激だー、響さん!
 しばらく指が動くに任せていた響の耳に、またそんな声が聞こえる。
 くっそ、幻聴かよ!
 はたと現実に舞い戻った響は途中で鍵盤から指を離した。
「えーーー、もう終わり?」
 寛斗が口を尖らせる。
「お前、こんなとこで暇してていいのかよ。塾とかは?」
「ああ、部活やめたら考えるわ」
「悠長すぎじゃね?」
「いんだよ。どうせ、一浪覚悟だし。それよかもっと青春を謳歌したいじゃん!」
「ふーん。まあ、何をやるにしても自分が決めることだしな」
 そうだな。
 俺も、もし今高校生だったら、大いに青春を謳歌するな。
 あの頃は言えなかった言葉も、今なら言える気がする。
 言葉にしなければ、きっとまた互いの道は逸れていくばかりだろう。
「お前さ、好きな子とか、いないの?」
「へっ?! な、何、いきなり、キョーちゃんってば!」
 よほど意外だったのか、寛斗はあわあわと手を動かす。
「お前こそ、何、きょどってんだよ? 健全な高校二年男子なら、好きな子の一人や二人いるんじゃないかと思っただけだ」
「えーーー、まあ、いないこともない、けど」
 急にもじもじと寛斗は気のせいか頬まで赤くしているようだ。
「ふーん、告ったりしないわけ?」
「へ、いや、告るったって、やっぱ、タイミングとかシチュエーションとか、いろいろ」
 さらに頬を赤くする寛斗が、可愛いと思う。
 ほんと健全な高校二年生男子なんだな。
「お前でもやっぱ、告るとか、一世一代って感じなわけか」
 響は微笑んだ。
「いや、気にすんな。俺は青春を謳歌し損ねたクチだから、ちょっとした老婆心……」
 次の瞬間、バーン、と響の身体は鍵盤に押し付けられた。
「好きだ! キョーちゃん!」
 響は目を白黒させる。
「…………………は?!」
 真剣そうに響の目を覗き込む寛斗の目がぐんぐん近づいてくる。
 近づいてきたのは目だけではない。
 寛斗の次の行動を予測して間一髪、響は回避した。
「…ざけんなよ! 教師からかって面白がってるようなやつに青春なんか用はない! とっとと帰れ!」
 響は憤りに任せて怒鳴りつけた。
 ったく、何が可愛い高校生だ!
「ちょっと待ってよ! 好きな子に告れっつったの、キョーちゃんだろ?! だから告ってんじゃん! キョーちゃんが好きだって!」
「……はあ?! 何で俺だよ? 教師だぞ?」
「教師に告って何が悪い?!」
「お前、瀬戸川琴美はどうしたよ?!」
「何でそこに琴美が出てくんだよ!」
「告るって言ったら、お前、瀬戸川だろ?!」
「はあ?! 俺が好きなのはあんた! キョーちゃんなの!」
 カッカきて言い合っていたので、ドアが開いたのも気づかなかった。
「ちーっす! 尾上硝子店でーす。お取込み中、いいっすか? サッシ取り換えるんで」
 つなぎをきたひょろっと背の高い男が、サッシを抱えて立っていた。
「あ、すみません、お願いします」
 我に返った響は、尾上硝子店の作業員に答えた。
「まあた、ボールかなんか飛び込んだんすか? ここほんと、昔っからよく飛び込みますよね~」
 作業員は言いながらひょうひょうとブルーシートを外し、抱えてきたサッシから保護材を取り除いて窓にはめ込んだ。
「俺は本気で言ってんだぞ!」
 窓の方を見ていた響は、怒鳴る寛斗に向き直った。
「好きもクソもあるか! たかだか週一回の授業で顔を合わせるくらいで」
「週一回上等じゃん! 大体、田吾作のようすちょこちょこ見に行ってるじゃん、俺!」
 猫の様子を時々見に来てくれるほど、猫の保護に熱心なのだと、感心していたのに。
「にゃー助だ! そんな魂胆でにゃー助の様子見にきてたのか!」
「あったりまえだろ? 下心なしに、そうそう里親んとこなんか行くかよっ!」
「下心だと? 高校生のくせにナマイキに!」
「ナマイキもクソもあるか! キョーちゃんが好きだから付き合ってくれっつってんだよっ!」
「やめろ! 時空がゆがむ!」
「誰がタイムトラベラーだよ! 年なんか関係ねーし!」
 響はため息をついた。
 とんだ藪蛇だ。
 予想外の展開に、響が眉を顰めていると、作業を終えた尾上硝子店が、「やっぱ、お前、和田響?」と親し気に声をかけてきた。
「え………やっぱ、ひょっとして、クラスメイトか?」
「ったく、覚えてろって! 尾上栄太。二年と三年同クラだったろうがよ」
「だよな? 確か、美大行った?」
 ようやく響は思い出した。
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