そんなお前が好きだった

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そんなお前が好きだった 4

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「卒業生がキョーセンセのこと、探してましたよ」
「なんで?」
 響はモコモコ着こんだ東に聞き返した。
「そりゃ、最後にキョーセンセの顔が見たいに決まってるやないですか」
「こんな顔見たって面白くも何ともないだろ」
「わかってないなー、もう」
 東は元気を見ながら眉をひょいと上げてみせる。
「お、きたな」
 元気の言葉に、響は窓の外を見る。
「こんちは~」
「卒業したよぉ、元気ぃ!」
 どやどやと入ってきたのは卒業証書を抱えた卒業したばかりの生徒たちだ。
「ああ、キョーちゃんこんなとこにいたぁ! 東も」
「お前ら、東先生と言え!」
「キョーちゃん、俺と写真取ってよ! 高校最後の記念に!」
 たちまち生徒たちに囲まれ、響は早く店を出ればよかったとちょっと後悔する。
 響をひびきとは生徒は読んではくれず、キョーセンセ、とは誰が言い始めたのかわからないが、気づいたら定着していた。
 でなければキョーちゃん呼ばわりだ。
 美術や音楽などの教科は進学校にはついでのようなものなのだろうが、逆についでだからこそか、教室は生徒のたまり場になったりする。
 響は昨年秋、祖父の葬儀で帰郷した際、身体を壊して入院した前任の講師で恩師でもある田村から連絡を受け、あれよあれよという間にバトンタッチされたのだが、当初は自分を見下ろすようなでかい男子生徒やキャラキャラと笑いながら裏ではSNSなどで響には外国語以上に理解しがたい女子高生語で響の品定めでもしていそうだと、侮られまいとバリヤーを張り巡らしていた。
 ある程度の距離を持って響を見ていただろう生徒たちが響にぐんと近づいてきたのは、たまたま東が元気の友達で、この店に連れてこられた響を元気の仲間とみなしたからこそだろう。
 生徒たちは響への対応に手の平を返した。
 元気は高校時代から人気者だった。
 時々妙にオヤジくさい元気は生徒たちにだけでなく、教師たちにも可愛がられていた。
 今もそのまま、代々の後輩たちにも慕われているらしい。
 だが響は、昔ほどではないが人とのつき合いは苦手だ。
「じゃあ、元気、ごちそうさま」
 さりげなく響が椅子から立つと、「もう、お帰りですか」と元気がたずねる。
「えーー、キョーちゃん、帰っちゃうの?」
「最後にキョーちゃんと騒ぎたかったのに」
「俺とのツーショットはよ??」
 進学が決まった生徒も浪人決定の生徒も入り混じって大騒ぎだ。
「レッスン待ってる生徒がいるんだ。卒業おめでとう」
 響は言い残し、しきりに残念がる生徒たちを置いて伽藍を出た。
 レッスンがあるのは本当だ。
 講師の話と同時に、元々田村にレッスンを受けていた生徒を引き継いだだけでなく、田村から聞いたと、レッスン希望の問い合わせが数件入った。
 いきなり実家に帰ってきて、折り合いの悪い父親にただで世話になるわけには行かないと思っていたところなので、まあ、いいか、と引き受けた。
 響がロン・ティボー国際コンクールで優勝経験があることも田村が話したのだろう、あっという間に十人ほどのレッスンをみることになった。
 ベルリンで使っていたスタンウエイは、葬儀が終わり、少し落ち着いた頃、航空便で他の荷物と一緒に届いた。
 元々離れに置いていたピアノはスタンウエイが届く前に調律してもらい、とりあえず弾けるようにはなったものの、いつも使っていたスタンウエイとは使い勝手が違い過ぎた。
 離れのど真ん中にスタンウエイとヤマハのグランドピアノを向かい合わせに置いて、母親が使っていたアップライトのピアノも仕えるようにした。
 家に戻ってからバスルームと簡単なキッチンを増築したが、離れは割と広いリビングと奥に六畳ほどの部屋があり、響は高校を卒業するまでその部屋を寝室にしていた。
 この家に戻ることは祖父の訃報を伝えてきた電話で申し出たが、父親は、そうか、と言っただけだ。
 高校を卒業すると同時に家を出てから十年、一度も戻らなかった。
 祖父は留学中の響を尋ねてヨーロッパまで来てくれたし、電話やビデオ通話で話をしたが、父親とはまさしく十年ぶりとなった。
 年を取ったなというのが第一印象だったが、頑なで毅然とした冷たい印象は変わっていなかった。
 あんな賑やかで楽しい祖父と親子だというのが不思議なくらいで、東京で弁護士をしている叔父の方が祖父に似ていた。
 離れの玄関は独立しているので、父親と顔を合わせずに済ませることもできるのだが、食事は十五年くらいもうずっと来てくれている家政婦の下出さんが母屋のキッチンに用意をしてくれているのだ。
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