花びらながれ

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花びらながれ 6

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「広瀬さん、どうしよう……私……」
 今にも泣きそうな市川を、良太はソファへと促した。
「さてっと、じゃ、行こっか、秋山さん」
 アスカが意味ありげな目を良太に向けて立ち上がる。
 秋山とアスカが出て行くと、良太はキッチンで紅茶を入れて市川の前に置いた。
「ミルクティ、落ち着くよ」
 ありがとう、と言うと、市川は紅茶を一口飲み、しばらく逡巡していたようだが、気を取り直して口を開いた。
「有吉さん、警察にまだ拘束されているんですよね、でも、彼、奏ちゃん、事件とは何の関係もないんです」
 またしても、市川の話は良太の予期しない突拍子もない内容から始まった。
 奏ちゃんと口にしたように、実は美由と有吉は幼馴染だという。
 といっても有吉と美由は十歳ほど年が離れているが、双方の父親が大学の同期でかつてはどちらも有名企業の取締役をしており、親しくしていたせいで、美由が十歳くらいの頃から夏休み、冬休みは信州の別荘で一緒に過ごしていた。
 それは有吉が大学を卒業してカメラマン修行を始めてからも続いていて、美由が高校に上がった頃から互いを意識し始め、双方の親も二人をゆくゆくは一緒にさせようなどと話していた。
「あの頃はほんとにみんな仲が良くて、奏ちゃんもあんな意地悪じゃなかったし、幸せだった」
 ところが、美由が大学二年、有吉が報道カメラマンとして独り立ちしようとしていた矢先、有吉の父親の会社が倒産し、多額の借金を清算するため、有吉の父親は自殺、免責期間後であったため保険金が支払われたが、母親も気苦労の末、身体を壊して後を追うように半年後亡くなったのだという。
 つい最近も周りで似たような出来事があったばかりなので、それを聞くと良太は身につまされる思いがした。
 有吉の父親は美由の父親に必死に援助を頼んだが、美由の父親は非情にも切り捨てたらしい。
 有吉の家は人手に渡り、有吉は何もかもを捨てたかのように戦場カメラマンとして海外に飛び、シリアなどを拠点として活動するようになった。
 やがて大学を卒業してNTVに入った美由は、父親を非難して家を出たが、連絡を取ろうとした美由を有吉は突っぱねて、日本を離れたらしい。
 今回『レッドデータアニマルズ』の仕事は、以前たまたまアフリカで出くわして意気投合した下柳の誘いもあって、有吉は日本に帰国したと良太も聞いたが、日本に帰っていると知り、早速、美由は有吉の居所を突き止めて会いに行ったという。
「でも、奏ちゃん、もう会いに来るな、の一点張りで……それが、こないだ、おかしな手紙、っていうか脅迫状受け取って、私怖くなって、奏ちゃんの部屋に行ったの。こないだの事件があった日」
 美由から一部始終を聞き、美由が有吉の部屋を訪ねた時間がどうやら被害者の死亡推定時刻なのではないかと、小田からの報告と照らし合わせて有吉の無実を良太は確信した。
「でも奏ちゃん、絶対俺の部屋にいたことは言うな、写真週刊誌にかぎつけられるぞって。何だか私怖くって、奏ちゃんにタクシーでマンションまで送ってもらったんだけど」
 有吉からそう念を押されたのだが、有吉がまだ釈放されていないのをやきもきして、どうしようか迷った末、良太を訪ねたのだと美由は語った。
 だが確かに美由が男の部屋にいたなどということをマスコミに嗅ぎ付けられたら、美由の立場上まずいことにもなるだろう。
「脅迫状って、何か脅されるような理由に思いあたらない?」
 美由は首を横に振った。
「全然、何にもわからなくて。でも奏ちゃんとこ行った時、奏ちゃん、ガセネタで渋谷に足止めを食らったって、それってひょっとして犯人が意図的にやったってこと?」
「その可能性もないとはいえないよね」
 良太はとりあえず美由が落ち着くのを待って、タクシーを呼び、美由を帰らせた。
「ってことは、つまり他に犯人がいるってことだよな?」
 ことは益々厄介になっていく。
「にしたって、有吉さん、最初あった時、俺に突っかかってきたのって、やっぱ市川さんのこと好きなんじゃないのかよ」
 何となく色々と思い当たって、良太はちょっと肩の力が抜けた。
 しかし、市川から、奏ちゃんに迷惑がかかるかも知れないし、まだ誰にも言わないでと懇願され、良太には動きようがない。
「弱ったな……明後日工藤さん帰ってくるし、相談してみるとか……でもな、市川さんに誰にも言うなって言われたしな。ったく、警察、何やってるんだよ! しゃあない、明日また小田さんに聞いてみよ」
 良太は呟くと、仕事モードに切り替えて、たまっている書類作りにしばし専念した。

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