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空は遠く 72
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リビングには静かな時間が流れていた。
主にうるさいヤツが抜けたせいである。
一人はバーベキューの後片付けをしたあと、デザートにアップルパイを食べてソファに座ったまま、クークーと寝てしまった。
ラッキーを怖がっていた啓太だが、今では寄り添うようにして眠っている。
一人は、坂本宅の最寄り駅である鵠沼まで追いかけてきた彼女と一緒に消えた力だ。
駅にいるという彼女のところに行く行かないでひとしきりすったもんだがあったものの、夜一人で駅に女を放っておくなと、坂本や佑人だけでなく、東山や、啓太までが可哀想だと訴えたために、不承不承行かざるを得なかったのだ。
「にしても、今の彼女ってかなーり積極的だよな」
しばらくは当初の目的である勉強会を思い出したように、問題集に没頭していた三人であるが、口火を切ったのは坂本である。
「あの力が今夜はダメだ、って最初携帯切ったのにさ、わざわざ成瀬経由で俺んち聞き出すって、よくやるよな」
すったもんだはその佑人経由でというのが発端だった。
バーベキューの最中に力の携帯にかけてきた彼女は、今勉強会で忙しい、と簡単に力に切られてしまった。
ところが、少しして今度は佑人の携帯が鳴った。
相手は兄からだったが、内容が問題だった。
「クラスメイトの内田さんって女子からうちに電話があってさ、至急聞きたいことがあるから、佑人の携帯教えてほしいっていうんで、確認してから連絡するって言っておいたんだけど」
佑人の中で嫌な感情が徐々に湧き上がった。
内田が何を考えたか、何となくわかったからだ。
副委員長の内田なら、クラス名簿も持っている。
クラスの用事でかけてきたとは思えないし、力に愛想尽かしをして佑人に乗り換えようなんてのは一〇〇パーセントないだろう。
どうやら力に拒否られたことが面白くなくて、何かしらの魂胆があってのことに違いないのだ。
携帯を切ってからしばし考えあぐねていた。
郁磨から内田の携帯番号は聞いているが、はっきり言って電話を掛ける気にはなれない。
今夜のところはせっかく、珍しく力といがみ合いになることもなくいられたのに。
「ん、どした? 成瀬。何だよ、お前もまさか彼女からとか?」
キッチンに移動して兄と話していた佑人の肩を叩いたのは、片づけを始めた坂本だった。
「いや、それが……」
姑息かとも思ったが、この際坂本も巻き込むことにした。
「うっそ、成瀬んちに? ふーん、いいじゃん、かけてみろよ」
案の定、坂本は面白がっている。
「俺、彼女苦手だし」
「まあま、手におえなければ俺が代わってやるって」
ニヤニヤ笑う坂本が様子を窺っている傍で、佑人はとりあえず内田の携帯をコールした。
「あ、成瀬ですが、何かうちに連絡をくれたみたいだったので、至急の用って何?」
「ほんとにごめんなさい、不躾に家に電話なんかして、でもよかった、成瀬くんとちょっと話してみたかったの」
コール二回で出た内田は早口に思ってもいないだろう言い訳で切り出した。
「お兄さんにお聞きしたんだけど、お勉強会やってるって。推薦狙ってるにしても、ちょっとここのところ成績停滞気味だし、成瀬くんとのお勉強会なんてすごいし、よかったら私もご一緒させてもらえないかな、とか思って」
次にはしっかり自分の希望を口にしてくる。
そんなところが佑人に和泉真奈を思い出させて、すぐにでも携帯を切りたくなったが、何とか抑えて佑人は答えた。
「主催は坂本だから、ちょっと聞いてみるよ」
佑人は保留にして興味津々で聞いている坂本を振り返る。
「内田さんが、勉強会に参加したいって言ってるんだけど」
「まあ、お泊りだし、実は女でも連れ込んでんじゃないかって心配なんじゃねー?」
代わるよ、と坂本は佑人の携帯を取り上げた。
「もしもーし、内田さん? 坂本です。悪いんだけど、今日は俺んちでヤロウばっかの集まりだからさ、女の子の参加はまずいかな。ああ、でも何なら、最寄り駅まできて力のヤツ呼び出せば? ちょっと遠いけど、鵠沼」
軽い調子で坂本が水を向けると、どうやら内田は来るつもりになったらしい。
「力のヤツが携帯出なけりゃ、成瀬の携帯鳴らしてみろよ。じゃな」
小一時間ほど経ってバーベキューの片づけが終わった頃、佑人の携帯が鳴った。
「ああ、山本に代わろうか?」
内田からで鵠沼の駅にいるという。力の携帯にはかけずに佑人の方に連絡してきたようだ。
「いいの、ごめんなさい、成瀬くん、駅にいるからって伝えてもらえる?」
おそらく力の性格から、またかけてもきっぱり拒否られると思ったのだろう。
わかった、と携帯を切った佑人だが、ほんとは伝えたくなんかないし、このままこじれればいいくらい思ってるやつなんだけどな、俺は、などと意地悪く心の中で呟いてみる。
内田にしてみれば佑人など力の周りの誰かで、うまく使ってやればいいくらいに考えているのだろうけど。
坂本にやらせられていたバーベキューコンロの掃除が終わったらしく、力がちょうどリビングに入ってきた。
「山本、内田さんが鵠沼の駅で待ってるって、電話あった」
忘れたふりをして伝えないでまた力と諍いになるのは嫌だったから、きちんとそう告げた佑人だが、「何であいつがお前にかけてくるんだよ」とやっぱり力に睨みつけられる。
主にうるさいヤツが抜けたせいである。
一人はバーベキューの後片付けをしたあと、デザートにアップルパイを食べてソファに座ったまま、クークーと寝てしまった。
ラッキーを怖がっていた啓太だが、今では寄り添うようにして眠っている。
一人は、坂本宅の最寄り駅である鵠沼まで追いかけてきた彼女と一緒に消えた力だ。
駅にいるという彼女のところに行く行かないでひとしきりすったもんだがあったものの、夜一人で駅に女を放っておくなと、坂本や佑人だけでなく、東山や、啓太までが可哀想だと訴えたために、不承不承行かざるを得なかったのだ。
「にしても、今の彼女ってかなーり積極的だよな」
しばらくは当初の目的である勉強会を思い出したように、問題集に没頭していた三人であるが、口火を切ったのは坂本である。
「あの力が今夜はダメだ、って最初携帯切ったのにさ、わざわざ成瀬経由で俺んち聞き出すって、よくやるよな」
すったもんだはその佑人経由でというのが発端だった。
バーベキューの最中に力の携帯にかけてきた彼女は、今勉強会で忙しい、と簡単に力に切られてしまった。
ところが、少しして今度は佑人の携帯が鳴った。
相手は兄からだったが、内容が問題だった。
「クラスメイトの内田さんって女子からうちに電話があってさ、至急聞きたいことがあるから、佑人の携帯教えてほしいっていうんで、確認してから連絡するって言っておいたんだけど」
佑人の中で嫌な感情が徐々に湧き上がった。
内田が何を考えたか、何となくわかったからだ。
副委員長の内田なら、クラス名簿も持っている。
クラスの用事でかけてきたとは思えないし、力に愛想尽かしをして佑人に乗り換えようなんてのは一〇〇パーセントないだろう。
どうやら力に拒否られたことが面白くなくて、何かしらの魂胆があってのことに違いないのだ。
携帯を切ってからしばし考えあぐねていた。
郁磨から内田の携帯番号は聞いているが、はっきり言って電話を掛ける気にはなれない。
今夜のところはせっかく、珍しく力といがみ合いになることもなくいられたのに。
「ん、どした? 成瀬。何だよ、お前もまさか彼女からとか?」
キッチンに移動して兄と話していた佑人の肩を叩いたのは、片づけを始めた坂本だった。
「いや、それが……」
姑息かとも思ったが、この際坂本も巻き込むことにした。
「うっそ、成瀬んちに? ふーん、いいじゃん、かけてみろよ」
案の定、坂本は面白がっている。
「俺、彼女苦手だし」
「まあま、手におえなければ俺が代わってやるって」
ニヤニヤ笑う坂本が様子を窺っている傍で、佑人はとりあえず内田の携帯をコールした。
「あ、成瀬ですが、何かうちに連絡をくれたみたいだったので、至急の用って何?」
「ほんとにごめんなさい、不躾に家に電話なんかして、でもよかった、成瀬くんとちょっと話してみたかったの」
コール二回で出た内田は早口に思ってもいないだろう言い訳で切り出した。
「お兄さんにお聞きしたんだけど、お勉強会やってるって。推薦狙ってるにしても、ちょっとここのところ成績停滞気味だし、成瀬くんとのお勉強会なんてすごいし、よかったら私もご一緒させてもらえないかな、とか思って」
次にはしっかり自分の希望を口にしてくる。
そんなところが佑人に和泉真奈を思い出させて、すぐにでも携帯を切りたくなったが、何とか抑えて佑人は答えた。
「主催は坂本だから、ちょっと聞いてみるよ」
佑人は保留にして興味津々で聞いている坂本を振り返る。
「内田さんが、勉強会に参加したいって言ってるんだけど」
「まあ、お泊りだし、実は女でも連れ込んでんじゃないかって心配なんじゃねー?」
代わるよ、と坂本は佑人の携帯を取り上げた。
「もしもーし、内田さん? 坂本です。悪いんだけど、今日は俺んちでヤロウばっかの集まりだからさ、女の子の参加はまずいかな。ああ、でも何なら、最寄り駅まできて力のヤツ呼び出せば? ちょっと遠いけど、鵠沼」
軽い調子で坂本が水を向けると、どうやら内田は来るつもりになったらしい。
「力のヤツが携帯出なけりゃ、成瀬の携帯鳴らしてみろよ。じゃな」
小一時間ほど経ってバーベキューの片づけが終わった頃、佑人の携帯が鳴った。
「ああ、山本に代わろうか?」
内田からで鵠沼の駅にいるという。力の携帯にはかけずに佑人の方に連絡してきたようだ。
「いいの、ごめんなさい、成瀬くん、駅にいるからって伝えてもらえる?」
おそらく力の性格から、またかけてもきっぱり拒否られると思ったのだろう。
わかった、と携帯を切った佑人だが、ほんとは伝えたくなんかないし、このままこじれればいいくらい思ってるやつなんだけどな、俺は、などと意地悪く心の中で呟いてみる。
内田にしてみれば佑人など力の周りの誰かで、うまく使ってやればいいくらいに考えているのだろうけど。
坂本にやらせられていたバーベキューコンロの掃除が終わったらしく、力がちょうどリビングに入ってきた。
「山本、内田さんが鵠沼の駅で待ってるって、電話あった」
忘れたふりをして伝えないでまた力と諍いになるのは嫌だったから、きちんとそう告げた佑人だが、「何であいつがお前にかけてくるんだよ」とやっぱり力に睨みつけられる。
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