35 / 42
真夜中の恋人 35
しおりを挟む
「当たり前や。小野万里子なんかと俺がどうかなるわけないやろ?」
「そうやない。わかった。しゃあないな、お前のごっつい恋人の分も用意しとくわ」
「え、ごっついて、お前………」
何か言おうとした時には既に切れていた。
完全に三田村の中では、京助はそういうポジションでインプットされたようだ。
顔を上げると京助がエレベーターの前で千雪を睨みつけている。
これで逃げ出したりしたら、京助は周りの目もお構いなく連れ戻しにかかるだろうとは、思いあがりでも何でもなく、容易に想像できた。
ケージの中は二人だけだった。
「何でわざわざこんな高いホテルに来るんや」
「俺は別にラブホでも何でもよかったが、お前が嫌がるだろうと思ってな」
その切り返しに千雪はよけいムッとする。
ドアを開けると横浜港を見渡す夜景が広がっていた。
溜息をつきたくなるような贅をつくしたスイートルームである。
「せやから何でこないな部屋取るんや」
ふと、金で釣ってやると言わんばかりの速水の言い草を思い出して吐き気がしそうになった。
「このクラスじゃ気に入らないってなら、もうちょい上の部屋に替えてもらうか?」
上着を脱いでソファの背に引っ掛けると、京助は腰を降ろしてニヤリと笑う。
「誰がそないなこと言うた」
「突っ立ってねぇで座れよ」
京助はくわえた煙草に火をつけながらソファをぽんぽんと叩く。
ぼんやりリビングの入り口で立っていた千雪は、京助の横に座った。
「いいじゃねぇかよ、たまには息抜きしたって。俺の部屋じゃ嫌だって言うし、お前の部屋じゃ、隣近所に気ぃ使うしよ」
「どこが気ぃつこてるて?」
千雪の部屋でも我が物顔でやりたい放題、とても京助が気をつかっているとは思えない。
「お前と俺が一緒の部屋にいるなんざ、誰にもわかりゃしねぇよ。俺とのことが後ろめたいってんなら、いくらでもカムフラージュしてやるさ」
くわえ煙草の男がガキのように拗ねた口調で言い放つ。
「お前とのこと後ろめたいなんて誰が言うた?」
声を昂ぶらせて千雪は京助を振り返った。
「男との関係なんざ人に知られたくはないさな。ましてや同級生やら身内やらなんかにな。真夜中の恋人なんてフザケた呼び名で俺との仲を邪推されたりしちゃ冗談じゃねえからな」
フンとせせら笑い、益々不貞腐れた言い方をする京助に、千雪はムカついて立ち上がる。
「俺が頭にきたんは、お前のご学友が人のことお前の金に釣られた遊び相手みたいに、人を卑しいものみたいに言うたからや! ひょっとしてお前もご同類か?」
「俺もまあ、下司に見られたもんだな」
京助はソファにふんぞり返って苦々しい顔で煙草の煙を燻らせる。
「おまけにいくら遊び相手かて、友達のベッドのぞいて値踏みするみたいにジロジロ見よってからに!」
「そんな輩にお前の正体知れてどうしてくれるってか?」
少し眉を上げて、京助は茶化した。
「お前の遊び相手が男の俺やいうことが気に入らんと、俺のことつけまわして、アホなちょっかいかけてきたんは、お前のご友人の方やんか!」
「お前、俺の遊び相手だったのか?」
京助はうっすらと笑みを浮かべているが、目にはかすかに怒気が含まれているのを千雪も見て取った。
「くだらん揚げ足取るなや! 文子さんにも、お前に今つき合うてる彼女いてるかて、聞かれたから、いてないて言うたった」
千雪は京助を睨み付けながら言った。
「ほう? いつの話だ?」
「飲み会の夜や。文子さんはやっぱお前のこと好きみたいやし、より戻したったらええんや。第一、遊び相手の俺になんか、女とつき合うのに言い訳なんかする必要はない。てより、お前もいっそゴールインしたらどや? 確か、文子さんてええとこのご令嬢いう話やし、お前とは家柄も釣り合うてるんちゃう? 俺、いくらでもスピーチしたるで? これまで、えろう、世話になったしな。そしたらタラシやとかゴシップ記事にされたりもないやろ」
反論もせず、京助はただ無闇と煙草をふかしている。
スピーチくらいできる。
今ならまだ。
苦しいのんはいやや。
研二の結婚式やったら、多分、ようせなんだ。
京都では甲斐性ないから、なし崩しにずるずると、京助とまた元の木阿弥になってしもたけど。
千雪は自嘲し、京助とのことも本気で終わりにしよう、そう言い聞かせた。
途端、胸の奥に鋭い痛みが走る。
何や………
心筋梗塞にはまだ早いんちゃうか?
「このままずるずると、おかしな関係続けていったかて、お互い何の得にもならん」
「言いたいことはそれだけか?」
妙に落ち着いた言葉で、京助は言った。
その時チャイムが鳴った。
煙草を灰皿に押し付けると、京助はドアに向かった。
やがて冷やしたワインやつまみが載ったワゴンを押して戻ってきた。
ワインクーラーに入った二本の赤ワインのうち一本を開けると、京助は二つのグラスに注いでその一つを口に持っていった。
「お前も座って飲めよ。わりと美味いぜ?」
皿に盛り付けられているのは、トマトやチーズなどが載ったカナッペ、黒オリーブの塩漬けやピクルス、キュウリや海草のマリネなど、どれも千雪が食べられるものばかりだ。
「最後の晩餐ってやつにしたいんだろ? お前は。だったら少しくらい余裕で楽しんだらどうだ?」
京助に軽く投げかけられた言葉は、千雪の心を瞬時に凍りつかせた。
「そうやない。わかった。しゃあないな、お前のごっつい恋人の分も用意しとくわ」
「え、ごっついて、お前………」
何か言おうとした時には既に切れていた。
完全に三田村の中では、京助はそういうポジションでインプットされたようだ。
顔を上げると京助がエレベーターの前で千雪を睨みつけている。
これで逃げ出したりしたら、京助は周りの目もお構いなく連れ戻しにかかるだろうとは、思いあがりでも何でもなく、容易に想像できた。
ケージの中は二人だけだった。
「何でわざわざこんな高いホテルに来るんや」
「俺は別にラブホでも何でもよかったが、お前が嫌がるだろうと思ってな」
その切り返しに千雪はよけいムッとする。
ドアを開けると横浜港を見渡す夜景が広がっていた。
溜息をつきたくなるような贅をつくしたスイートルームである。
「せやから何でこないな部屋取るんや」
ふと、金で釣ってやると言わんばかりの速水の言い草を思い出して吐き気がしそうになった。
「このクラスじゃ気に入らないってなら、もうちょい上の部屋に替えてもらうか?」
上着を脱いでソファの背に引っ掛けると、京助は腰を降ろしてニヤリと笑う。
「誰がそないなこと言うた」
「突っ立ってねぇで座れよ」
京助はくわえた煙草に火をつけながらソファをぽんぽんと叩く。
ぼんやりリビングの入り口で立っていた千雪は、京助の横に座った。
「いいじゃねぇかよ、たまには息抜きしたって。俺の部屋じゃ嫌だって言うし、お前の部屋じゃ、隣近所に気ぃ使うしよ」
「どこが気ぃつこてるて?」
千雪の部屋でも我が物顔でやりたい放題、とても京助が気をつかっているとは思えない。
「お前と俺が一緒の部屋にいるなんざ、誰にもわかりゃしねぇよ。俺とのことが後ろめたいってんなら、いくらでもカムフラージュしてやるさ」
くわえ煙草の男がガキのように拗ねた口調で言い放つ。
「お前とのこと後ろめたいなんて誰が言うた?」
声を昂ぶらせて千雪は京助を振り返った。
「男との関係なんざ人に知られたくはないさな。ましてや同級生やら身内やらなんかにな。真夜中の恋人なんてフザケた呼び名で俺との仲を邪推されたりしちゃ冗談じゃねえからな」
フンとせせら笑い、益々不貞腐れた言い方をする京助に、千雪はムカついて立ち上がる。
「俺が頭にきたんは、お前のご学友が人のことお前の金に釣られた遊び相手みたいに、人を卑しいものみたいに言うたからや! ひょっとしてお前もご同類か?」
「俺もまあ、下司に見られたもんだな」
京助はソファにふんぞり返って苦々しい顔で煙草の煙を燻らせる。
「おまけにいくら遊び相手かて、友達のベッドのぞいて値踏みするみたいにジロジロ見よってからに!」
「そんな輩にお前の正体知れてどうしてくれるってか?」
少し眉を上げて、京助は茶化した。
「お前の遊び相手が男の俺やいうことが気に入らんと、俺のことつけまわして、アホなちょっかいかけてきたんは、お前のご友人の方やんか!」
「お前、俺の遊び相手だったのか?」
京助はうっすらと笑みを浮かべているが、目にはかすかに怒気が含まれているのを千雪も見て取った。
「くだらん揚げ足取るなや! 文子さんにも、お前に今つき合うてる彼女いてるかて、聞かれたから、いてないて言うたった」
千雪は京助を睨み付けながら言った。
「ほう? いつの話だ?」
「飲み会の夜や。文子さんはやっぱお前のこと好きみたいやし、より戻したったらええんや。第一、遊び相手の俺になんか、女とつき合うのに言い訳なんかする必要はない。てより、お前もいっそゴールインしたらどや? 確か、文子さんてええとこのご令嬢いう話やし、お前とは家柄も釣り合うてるんちゃう? 俺、いくらでもスピーチしたるで? これまで、えろう、世話になったしな。そしたらタラシやとかゴシップ記事にされたりもないやろ」
反論もせず、京助はただ無闇と煙草をふかしている。
スピーチくらいできる。
今ならまだ。
苦しいのんはいやや。
研二の結婚式やったら、多分、ようせなんだ。
京都では甲斐性ないから、なし崩しにずるずると、京助とまた元の木阿弥になってしもたけど。
千雪は自嘲し、京助とのことも本気で終わりにしよう、そう言い聞かせた。
途端、胸の奥に鋭い痛みが走る。
何や………
心筋梗塞にはまだ早いんちゃうか?
「このままずるずると、おかしな関係続けていったかて、お互い何の得にもならん」
「言いたいことはそれだけか?」
妙に落ち着いた言葉で、京助は言った。
その時チャイムが鳴った。
煙草を灰皿に押し付けると、京助はドアに向かった。
やがて冷やしたワインやつまみが載ったワゴンを押して戻ってきた。
ワインクーラーに入った二本の赤ワインのうち一本を開けると、京助は二つのグラスに注いでその一つを口に持っていった。
「お前も座って飲めよ。わりと美味いぜ?」
皿に盛り付けられているのは、トマトやチーズなどが載ったカナッペ、黒オリーブの塩漬けやピクルス、キュウリや海草のマリネなど、どれも千雪が食べられるものばかりだ。
「最後の晩餐ってやつにしたいんだろ? お前は。だったら少しくらい余裕で楽しんだらどうだ?」
京助に軽く投げかけられた言葉は、千雪の心を瞬時に凍りつかせた。
10
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
愛しの My Buddy --イケメン准教授に知らぬ間に溺愛されてました--
せせらぎバッタ
恋愛
「俺なんか好きになっちゃいけないけないのになぁ」
大好きな倫理学のイケメン准教授に突撃した女子大生の菜穂。身体中を愛撫され夢見心地になるも、「引き返すなら今だよ。キミの考える普通の恋愛に俺は向かない。キミしだいで、ワンナイトラブに終わる」とすげなくされる。
憧れから恋へ、見守るだけから愛へ、惹かれあう二人の想いはあふれ、どうなる?どうする?
基本、土日更新で全部で12万字くらいになります。
よろしくお願いしますm(__)m
※完結保証
紹介なんてされたくありません!
mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。
けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。
断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。
婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました
ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。
愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。
*****************
「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。
※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。
※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。
評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。
※小説家になろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる