真夜中の恋人

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真夜中の恋人 26

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    Act 7
 
 
 寿々屋通いが最近日課になりつつあった。
「女将、もう一本」
「はいはい、どうぞ」
 女将から酌をしてもらい、京助は厚揚げを追加で頼む。
「この里芋、美味いな」
 里芋の煮物は女将のおすすめだったが、この店の煮物はどれも美味い。
 味付けや食材など、女将は惜しげもなく教えてくれる。
 もともと料理が好きな京助にとって、美味いもののレシピはぜひ知りたいのだ。
 だが、料理は作ってやりたい相手がいてこそのもので、もうずっと、これを千雪に食わせたら喜ぶだろう、しか頭にない。
 だから食べる人間がいないのに作る気は起きず、研究室を出てからここでこうして一人寿々屋の暖簾をくぐる。
 ちぇ、早いとこ帰りやがれ。
 文子はまだしも、千雪が煙たがっているのは速水の存在だ。
 実際、不覚だったと今更ながらに後悔しているのが、速水がスペアカードを持ったままだったのをすっかり忘れていたことだ。
 よもや自分の留守に、しかも寝室で千雪と速水が出くわすことになろうとは努々思いもよらなかった。
 にしたって、あいつ、あんな狭い了見のやつだったか。
 ニューヨークの友人連中の中には、ゲイなんて珍しくないはずだ。
 紹介してくれた同僚にも確かいたと記憶している。
 なのに何だって、今回やたらあんな言い方をするんだ?
 千雪には、やつとは縁を切るなんて言ったものの、克也のやつがそうそう物分りの悪い男とは思えないんだが………。
 その時ポケットの携帯が鳴った。
「お前か。あ? 何だって?」
 かけてきたのは今しがたいろいろ考えていた当の速水である。
「やられたよ。真夜中の恋人に、お前が入れ込んでるあの坊やだ。あのやろう、俺がようやく桐島恵美を誘って真剣に語らっていたところへやってきて、ひっかきまわしていきやがった」
「言ってる意味がわからねぇ」
「だから、桐島恵美の前で、いかにも俺に遊ばれたみたいなことを言いやがって、俺の面目は粉々だ! 貴様、あいつに俺が桐島恵美と会うことを話したのか?」
 どうやら千雪が速水と桐島のデートをぶち壊したらしいとは理解した京助は笑った。
「何で俺がわざわざあいつにそんなことを言わなきゃならねんだ? フン、自業自得だ。てめぇのやったことを胸に手をあてて考えてみるんだな」
 携帯を切ってから、京助は思い当たる。
 つまり千雪は桐島と連絡を取り合っているのか?
 その程度のことが気になる俺は、器の小さい男だよ、バカやろ!
「女将、もう一本頼む」
「はいよ」
 やはり、克也がアメリカに帰る時にでも千雪のことは話さねばならない。
 千雪はよくは思わないかもしれないが。
 克也はそこまでバカな男ではないはずだ。
 京助は眉を顰めながら残りの酒を飲みほすと、店を出た。
 
 
 

 速水はホテルNのラウンジから自分の滞在しているホテルへと戻る道すがら、京助を呼び出して文句を言わないではいられなかった。
 ひどくイラついていた。
 あんなガキにしてやられるとは。
 あんなガキに。
 あの類のガキは躾けなおしてやる必要がある。
 世の中そうそう甘い人間ばかりじゃないのだと。
 京助を誑かしているのなら、ガキには灸をすえて、京助の目を覚まさせてやらないと。
 京助が話したのでないなら、どうやって俺が彼女とあそこで会うことを知ったんだ?
 あのガキ!
 ただじゃおかない。
 部屋に戻るとルームサービスでワインと料理を頼み、シャワーを浴びた。
 少しワインをやった後、しばらく論文をいじっていたが、ふと思い出したことがあった。
 そうだ、確かあのプロダクションから出てきたんだ。
 京助の後をつけた夜のことを頭の中で辿る。
 モデルか俳優のタマゴってところか。
 思い立つといてもたってもいられなかった。
 きっちりとスーツを着込むと、速水はもう一度部屋を出た。
 
 

 
 一方、青山プロダクションのオフィスでは、小野万里子を前にした三田村が狂喜していた。
「いやあ、お目にかかれて光栄です。千雪とは高校の同級生で三田村潤といいます」
 三田村が小野万里子の手を握り締めるようにしてなかなか離さないので、万里子も困惑している。
「三田村、ええ加減にせぇよ」
 千雪に言われてようやく手を離したものの、三田村は満面の笑みを浮かべて足元も浮ついている。
「そうかて、俺、高校の時からファンやってんで。直にお目にかかれる時がくるなんて」
「芸能関係全然興味ないって顔して生徒会長やってたくせに、実はミーハーやってんな」
「しかも、お手ずからお茶をいただけるなんて」
 千雪の揶揄にも三田村は舞い上がったままだ。
 二人がオフィスに顔を覗かせると、既に鈴木さんは帰っていないし、マネージャーの菊池はたまたまコンビニへ買出しに出ていた。
 いつものごとく工藤は電話で何か怒鳴っている。
 それで万里子がコーヒーをいれてきたのだ。
「でも高校の時からとか言われると、私、随分おばあちゃんってことよね」
 自分もコーヒーを飲みながら、万里子はボソッと口にする。
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