20 / 42
真夜中の恋人 20
しおりを挟むAct 6
明け方ようやく部屋に戻り、ちょっと仮眠した程度でシャワーを浴びて着替え、研究室に戻ってきた京助は、さすがに疲労困憊状態だった。
自販機で買ってきた栄養ドリンクを一気飲みして自分のデスクに足をかけ、椅子にもたれて腕組みをしたまま目を閉じていると、牧村らがやってきた。
「おはよう。夕べはゴメンね、急にお願いしちゃって」
研究室のメンバーは二人一組でシフトを組み、司法解剖等に当たることにしている。
昨夜は順番でいくと牧村が入ることになっていたのだが、埼玉の実家で法事があったため、一昨日から何かあったらと頼まれていたのだ。
「次はお願いしますよ。あと、昼まで寝かせて下さい」
「明け方までかかったって? いいよ、自宅戻ってても。何かあったら知らせるから」
京助は立ち上がり、「じゃ、ベンチで寝てるんで、いつでも携帯鳴らしてください」と研究室を出た。
外は五月晴れ、気持ちのいい朝だが、気温が割りと上がっている。
京助はカフェテリアの近くの木陰にちょうどいいベンチを見つけ、手にしていた専門雑誌を丸めて枕にして横になった。
授業終了のチャイム、傍を通り過ぎる足音、女子大生のクスクス笑う声などが耳に届いていたが、そのうち本気で眠ってしまったらしい。
「おい、京助」
自分を呼ぶ声がしたが、そのまま眠っていると、今度は足を蹴られた。
「うっせぇな………」
「疲れてるんでしょ? 放っといてあげましょうよ、速水くん」
その声は文子だろう、だが「昼だぜ、いい加減起きろよ」と速水はしつこい。
仕方なく身体を起こして、京助は頭をガシガシと掻いた。
「ヨダレたらしてほうけた顔で、色男が台無しじゃないか」
「夕べは寝てねんだよ。何の用だ?」
「昼だっての」
「ああ? てめぇ、んなことで人を蹴り起こしやがって」
「コーヒー持って来るわね」
文子がカフェテリアの中に戻っていった。
ふわあと一つおおあくびをする京助に、速水はニヤリと笑う。
「用といやあ…………そうだな、一つ報告しないとな」
速水はもったいぶって一呼吸置くと京助を見つめた。
「例の真夜中の恋人、なかなか良かったぜ?」
「……………何?」
京助は眉を顰めて速水を見上げた。
「フン、てめぇがあんまり出し惜しみするから、夕べ後つけさせてもらったんだよ」
速水はニヤニヤ笑いながら続けた。
「あの店で、お前が呼び出されたところで、坊やがえらく寂しそうな顔してるんで、ちょっと誘ってやったら、彼氏、ホテルの俺の部屋までホイホイついてきたぜ?」
「てめぇ、デタラメいいやがると……」
ところが速水は顔を近づけて、声を落とした。
「透けるような肌ってのを初めて見た気がしたぜ。あの恐ろしいような色香で、ありゃ、相当、男くわえ込んでるんじゃねぇの? なかなかおさまりがいいし、可愛がってやったら、感極まった声で泣いて………」
何が起こったのか速水が悟ったのは、自分の体がふっとんでしばしあってからだ。
「きゃあ!」
通りかかった女子大生が盛大に叫んだ。
「どうしたの!? 京助さん! 速水くん!!」
騒ぎを聞いて、コーヒーを取りに行っていた文子が慌てて駆けつけた。
その頃、二限目の講義のあと教授に質問があって時間をくってしまった千雪は、三限目が始まる前に図書館に行くつもりもあり、カフェテリアで手早く昼を済ませようと向かっていた。
夕べは帰ってから原稿に取り掛かったのだが、速水のことがどうにも我慢ならず、イラついて全く進まなかった。
呆れるというより、そんな風にしか考えられない男が哀れにさえ思えた。
それが京助の友人というのだから、京助も気の毒な気がしないでもない。
いいや! 元はと言えば、京助が悪いんや!
あんなヤツにカギなんか渡したままにして!
あのヤロウ! 人のことスキものの淫乱男みたいに!
自分がそうやから言うて、人のことまで同じやと思うな!
にしても、工藤といい、俺そないものほしそうな顔にみえたいうんか?!
んなわけあるか! アホンダラのクソヤろーども!
そもそも京助のせいやし!
腹立つ!
朝になっても昨夜の速水のことがふっと思い出されて、イラつきは収まらなかった。
というより、考えれば考えるほど、憤りが大きくなった。
サンドイッチとコーヒーを持って、空いている席を探していると、外で人が寄ってきて騒いでいるのが見えた。
何だろうとは思ったものの、構っている暇はないとばかり、隅の席を見つけて座ったところへ、「先輩! 大変でっせ!」と、どうやったらこの大勢の学生の中から見つけ出すのか一度聞いてみたいくらいな佐久間が千雪に走り寄ってきた。
「うるさいな、俺は今忙しいんや」
「のんきにコーヒー飲んでる場合やあれへん、京助先輩と速水さんが殴りあいや! 先輩、早う!」
「はあ?」
わけがわからない千雪の腕を引っぱって、佐久間は外に連れて出て行く。
人垣ができているその中で、京助と速水が肩で息をしながら睨み合っていた。
二人とも着ている服は乱れ、速水は殴られて唇についた血を手の甲で拭っている。
「あ、小林さん! どうしましょう!」
千雪に気づいた文子が心配顔で佇んでいる。
「何やってんね? あいつら」
千雪は人垣の後ろに立って二人のようすを眺めた。
「せやから、何か、二人話してたと思たら、いきなり京助先輩が殴りかかったみたいで、どないしまひょ~」
大きな図体で、佐久間は千雪の後ろでうろうろしているばかりで何とかしようとする気はないようだ。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる