真夜中の恋人

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真夜中の恋人 20

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    Act 6
 
 
 明け方ようやく部屋に戻り、ちょっと仮眠した程度でシャワーを浴びて着替え、研究室に戻ってきた京助は、さすがに疲労困憊状態だった。
 自販機で買ってきた栄養ドリンクを一気飲みして自分のデスクに足をかけ、椅子にもたれて腕組みをしたまま目を閉じていると、牧村らがやってきた。
「おはよう。夕べはゴメンね、急にお願いしちゃって」
 研究室のメンバーは二人一組でシフトを組み、司法解剖等に当たることにしている。
 昨夜は順番でいくと牧村が入ることになっていたのだが、埼玉の実家で法事があったため、一昨日から何かあったらと頼まれていたのだ。
「次はお願いしますよ。あと、昼まで寝かせて下さい」
「明け方までかかったって? いいよ、自宅戻ってても。何かあったら知らせるから」
 京助は立ち上がり、「じゃ、ベンチで寝てるんで、いつでも携帯鳴らしてください」と研究室を出た。
 外は五月晴れ、気持ちのいい朝だが、気温が割りと上がっている。
 京助はカフェテリアの近くの木陰にちょうどいいベンチを見つけ、手にしていた専門雑誌を丸めて枕にして横になった。
 授業終了のチャイム、傍を通り過ぎる足音、女子大生のクスクス笑う声などが耳に届いていたが、そのうち本気で眠ってしまったらしい。
「おい、京助」
 自分を呼ぶ声がしたが、そのまま眠っていると、今度は足を蹴られた。
「うっせぇな………」
「疲れてるんでしょ? 放っといてあげましょうよ、速水くん」
 その声は文子だろう、だが「昼だぜ、いい加減起きろよ」と速水はしつこい。
 仕方なく身体を起こして、京助は頭をガシガシと掻いた。
「ヨダレたらしてほうけた顔で、色男が台無しじゃないか」
「夕べは寝てねんだよ。何の用だ?」
「昼だっての」
「ああ? てめぇ、んなことで人を蹴り起こしやがって」
「コーヒー持って来るわね」
 文子がカフェテリアの中に戻っていった。
 ふわあと一つおおあくびをする京助に、速水はニヤリと笑う。
「用といやあ…………そうだな、一つ報告しないとな」
 速水はもったいぶって一呼吸置くと京助を見つめた。
「例の真夜中の恋人、なかなか良かったぜ?」
「……………何?」
 京助は眉を顰めて速水を見上げた。
「フン、てめぇがあんまり出し惜しみするから、夕べ後つけさせてもらったんだよ」
 速水はニヤニヤ笑いながら続けた。
「あの店で、お前が呼び出されたところで、坊やがえらく寂しそうな顔してるんで、ちょっと誘ってやったら、彼氏、ホテルの俺の部屋までホイホイついてきたぜ?」
「てめぇ、デタラメいいやがると……」
 ところが速水は顔を近づけて、声を落とした。
「透けるような肌ってのを初めて見た気がしたぜ。あの恐ろしいような色香で、ありゃ、相当、男くわえ込んでるんじゃねぇの? なかなかおさまりがいいし、可愛がってやったら、感極まった声で泣いて………」
 何が起こったのか速水が悟ったのは、自分の体がふっとんでしばしあってからだ。
「きゃあ!」
 通りかかった女子大生が盛大に叫んだ。
「どうしたの!? 京助さん! 速水くん!!」
 騒ぎを聞いて、コーヒーを取りに行っていた文子が慌てて駆けつけた。
 その頃、二限目の講義のあと教授に質問があって時間をくってしまった千雪は、三限目が始まる前に図書館に行くつもりもあり、カフェテリアで手早く昼を済ませようと向かっていた。
 夕べは帰ってから原稿に取り掛かったのだが、速水のことがどうにも我慢ならず、イラついて全く進まなかった。
 呆れるというより、そんな風にしか考えられない男が哀れにさえ思えた。
 それが京助の友人というのだから、京助も気の毒な気がしないでもない。
 いいや! 元はと言えば、京助が悪いんや!
 あんなヤツにカギなんか渡したままにして!
 あのヤロウ! 人のことスキものの淫乱男みたいに!
 自分がそうやから言うて、人のことまで同じやと思うな!
 にしても、工藤といい、俺そないものほしそうな顔にみえたいうんか?!
 んなわけあるか! アホンダラのクソヤろーども!
 そもそも京助のせいやし!
 腹立つ!
 朝になっても昨夜の速水のことがふっと思い出されて、イラつきは収まらなかった。
 というより、考えれば考えるほど、憤りが大きくなった。
 サンドイッチとコーヒーを持って、空いている席を探していると、外で人が寄ってきて騒いでいるのが見えた。
 何だろうとは思ったものの、構っている暇はないとばかり、隅の席を見つけて座ったところへ、「先輩! 大変でっせ!」と、どうやったらこの大勢の学生の中から見つけ出すのか一度聞いてみたいくらいな佐久間が千雪に走り寄ってきた。
「うるさいな、俺は今忙しいんや」
「のんきにコーヒー飲んでる場合やあれへん、京助先輩と速水さんが殴りあいや! 先輩、早う!」
「はあ?」
 わけがわからない千雪の腕を引っぱって、佐久間は外に連れて出て行く。
 人垣ができているその中で、京助と速水が肩で息をしながら睨み合っていた。
 二人とも着ている服は乱れ、速水は殴られて唇についた血を手の甲で拭っている。
「あ、小林さん! どうしましょう!」
 千雪に気づいた文子が心配顔で佇んでいる。
「何やってんね? あいつら」
 千雪は人垣の後ろに立って二人のようすを眺めた。
「せやから、何か、二人話してたと思たら、いきなり京助先輩が殴りかかったみたいで、どないしまひょ~」
 大きな図体で、佐久間は千雪の後ろでうろうろしているばかりで何とかしようとする気はないようだ。
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