18 / 42
真夜中の恋人 18
しおりを挟む
一時間だけ待ってやる。
一時間過ぎたら、乗り込んでやるからな。
チクショウ、立派なストーカーだ。
こんな器量の狭い男に寄って来たがる女どもの気が知れねぇぜ。
京助は自虐的な笑いを浮かべる。
そのうち、車が二台続けて駐車場に入り、四人ほどがエレベータに乗った。
今夜は主演俳優を紹介するから来いと千雪は呼ばれたのだ。
本当は工藤に任せてしまってもいいのだが、鬱々として部屋に閉じこもっているよりはいいだろうと、ちょうど雨も上がったので千雪はバイクでやってきたのである。
「うちの所属俳優の志村嘉人。二人の主演のうちの若い方の弁護士役だ」
志村嘉人はつい半月ほど前にこのオフィスに入ったという若手俳優だ。
日本人離れしたイケメンだが、落ち着いていて穏やかだ。
小劇団に所属し、テレビドラマにもちょこちょこ出ていたらしい。
劇団の主宰と仲がいいという工藤のMBC時代の同僚、下柳から一度みてみろと言われ、舞台を見た工藤がオフィスにこないかと誘ったのだと、万里子が説明してくれた。
「ホストもやってたんですって。もてたわよねぇ、きっと」
「余計なことは言わなくていい。隣がマネージャーの小杉だ」
小杉はもともと志村の所属していた劇団員だったのだが、そのうちマネジメントの方が向いていると、主に志村のマネジメントをやっていたという。
マネージャーとして志村と一緒に来ないかと誘ったところ、二つ返事で来ることになった。
なかなか社員が入ってくれない青山プロダクションとしては有り難かった。
案の定、素の小林千雪には小杉などのけぞって驚いてくれたが、志村も小杉も真面目そうな雰囲気で、華やかなスキャンダルにまみれた業界にもこんな人たちもいるのだと、千雪はあらためて思う。
正式なキャスティングリストやスポンサーリストを渡されたが、キャスティングに並んでいるのは往年の名優から千雪でも知っているような知名度の高い俳優陣だ。
スポンサーも財界のトップクラスの企業名が並んでいる。
「鴻池産業やフジタ自動車とか並んでますけど、工藤さんて案外すごい人やったんですね」
「ツテだ。金だけは出してくれるからな」
「ホンマに大丈夫なんですか? 俺の小説なんかで、コケても知りませんよ?」
「俺がそんなヘマをするか」
すごい自信だが、千雪の胸の内には一抹の不安がよぎる。
だが、この際千雪の不安などこの男にはどこ吹く風といったところのようだ。
「あとは、お任せしますので、よろしくお願いします」
千雪はヘルメットを手に立ち上がった。
「あら、千雪さん、バイクなの? じゃあ、工藤さん、車変えた?」
万里子が小首を傾げて工藤を見た。
「まだ動くものを変える必要はないだろ」
「ふーん、じゃあ、志村さんの? ポルシェのターボ」
志村は、ああ、そういえば、と頷く。
「あれ、最新のヤツ? そんなものを買えるような身分じゃないですよ」
何となく気にかかるものがあったが、千雪はオフィスを出て階段を降りる。
ヘルメットを被ろうとしたその時、いきなり腕を掴まれた。
えっ、と思う間もなく、腕を取られたまま歩き出す。
「京助! やっぱりお前か! 会わんて言うたやろ!」
「たまたま、通りかかったんだ。メシ食うぞ、まだだろ?」
「何がたまたまや! 駐車場に置いてる車、お前のやろ!」
とはいえ、京助と会わなかった数日、何やら物足りなさを感じていた千雪は、それ以上文句を言うのをやめた。
目についたカフェレストランに京助は千雪を連れて入っていく。
「他に欲しいものあるか?」
パパパっとメニューから二人分のコース料理を選んでから、千雪に尋ねた。
「ない」
京助が勝手にオーダーしたのだが、千雪の好き嫌いは心得ているので、何も文句はない。
会わない来るなと言っていた手前、千雪はムスッとした顔で腕組みをして、目の前に料理が並べられるのを眺めている。
「で? 今夜は何だ? 工藤のやつ」
「キャスティングとかスポンサーとかの確認や」
「へえ、誰が出るんだ? 監督は?」
京助は牛フィレのステーキを食べ、千雪の前には赤ワイン煮込みが置かれている。
「志村嘉人とか高野淳子とか、小野万里子とか」
「小野万里子? 案外いいキャストじゃねぇか」
「小野万里子には紹介してもろた。工藤さんとこの所属やて」
「へえ」
「監督や脚本は若手の有望核の人を使うらしい」
二人とも車やバイクなのでノンアルコールワインだ。
「お前の要望はちゃんと通したのか?」
「俺は別に、何もないし、わかれへんから、工藤さんに任せてる」
「作者ってのはもっと主張するもんだろ?」
「俺の手を離れたら別もんやし」
あっさりしたものだ。
京助はそれが千雪らしいと思う。
案外ストーカーしていたことにも怒っていないようだ。
フン、今さらだと思っているのかもしれないが。
このまま部屋に連れて行くぞ。
京助がそんなことをもくろみながら、デザートのシャーベットに少し手をつけた時だ。
ポケットでマナーモードの携帯が唸った。
一時間過ぎたら、乗り込んでやるからな。
チクショウ、立派なストーカーだ。
こんな器量の狭い男に寄って来たがる女どもの気が知れねぇぜ。
京助は自虐的な笑いを浮かべる。
そのうち、車が二台続けて駐車場に入り、四人ほどがエレベータに乗った。
今夜は主演俳優を紹介するから来いと千雪は呼ばれたのだ。
本当は工藤に任せてしまってもいいのだが、鬱々として部屋に閉じこもっているよりはいいだろうと、ちょうど雨も上がったので千雪はバイクでやってきたのである。
「うちの所属俳優の志村嘉人。二人の主演のうちの若い方の弁護士役だ」
志村嘉人はつい半月ほど前にこのオフィスに入ったという若手俳優だ。
日本人離れしたイケメンだが、落ち着いていて穏やかだ。
小劇団に所属し、テレビドラマにもちょこちょこ出ていたらしい。
劇団の主宰と仲がいいという工藤のMBC時代の同僚、下柳から一度みてみろと言われ、舞台を見た工藤がオフィスにこないかと誘ったのだと、万里子が説明してくれた。
「ホストもやってたんですって。もてたわよねぇ、きっと」
「余計なことは言わなくていい。隣がマネージャーの小杉だ」
小杉はもともと志村の所属していた劇団員だったのだが、そのうちマネジメントの方が向いていると、主に志村のマネジメントをやっていたという。
マネージャーとして志村と一緒に来ないかと誘ったところ、二つ返事で来ることになった。
なかなか社員が入ってくれない青山プロダクションとしては有り難かった。
案の定、素の小林千雪には小杉などのけぞって驚いてくれたが、志村も小杉も真面目そうな雰囲気で、華やかなスキャンダルにまみれた業界にもこんな人たちもいるのだと、千雪はあらためて思う。
正式なキャスティングリストやスポンサーリストを渡されたが、キャスティングに並んでいるのは往年の名優から千雪でも知っているような知名度の高い俳優陣だ。
スポンサーも財界のトップクラスの企業名が並んでいる。
「鴻池産業やフジタ自動車とか並んでますけど、工藤さんて案外すごい人やったんですね」
「ツテだ。金だけは出してくれるからな」
「ホンマに大丈夫なんですか? 俺の小説なんかで、コケても知りませんよ?」
「俺がそんなヘマをするか」
すごい自信だが、千雪の胸の内には一抹の不安がよぎる。
だが、この際千雪の不安などこの男にはどこ吹く風といったところのようだ。
「あとは、お任せしますので、よろしくお願いします」
千雪はヘルメットを手に立ち上がった。
「あら、千雪さん、バイクなの? じゃあ、工藤さん、車変えた?」
万里子が小首を傾げて工藤を見た。
「まだ動くものを変える必要はないだろ」
「ふーん、じゃあ、志村さんの? ポルシェのターボ」
志村は、ああ、そういえば、と頷く。
「あれ、最新のヤツ? そんなものを買えるような身分じゃないですよ」
何となく気にかかるものがあったが、千雪はオフィスを出て階段を降りる。
ヘルメットを被ろうとしたその時、いきなり腕を掴まれた。
えっ、と思う間もなく、腕を取られたまま歩き出す。
「京助! やっぱりお前か! 会わんて言うたやろ!」
「たまたま、通りかかったんだ。メシ食うぞ、まだだろ?」
「何がたまたまや! 駐車場に置いてる車、お前のやろ!」
とはいえ、京助と会わなかった数日、何やら物足りなさを感じていた千雪は、それ以上文句を言うのをやめた。
目についたカフェレストランに京助は千雪を連れて入っていく。
「他に欲しいものあるか?」
パパパっとメニューから二人分のコース料理を選んでから、千雪に尋ねた。
「ない」
京助が勝手にオーダーしたのだが、千雪の好き嫌いは心得ているので、何も文句はない。
会わない来るなと言っていた手前、千雪はムスッとした顔で腕組みをして、目の前に料理が並べられるのを眺めている。
「で? 今夜は何だ? 工藤のやつ」
「キャスティングとかスポンサーとかの確認や」
「へえ、誰が出るんだ? 監督は?」
京助は牛フィレのステーキを食べ、千雪の前には赤ワイン煮込みが置かれている。
「志村嘉人とか高野淳子とか、小野万里子とか」
「小野万里子? 案外いいキャストじゃねぇか」
「小野万里子には紹介してもろた。工藤さんとこの所属やて」
「へえ」
「監督や脚本は若手の有望核の人を使うらしい」
二人とも車やバイクなのでノンアルコールワインだ。
「お前の要望はちゃんと通したのか?」
「俺は別に、何もないし、わかれへんから、工藤さんに任せてる」
「作者ってのはもっと主張するもんだろ?」
「俺の手を離れたら別もんやし」
あっさりしたものだ。
京助はそれが千雪らしいと思う。
案外ストーカーしていたことにも怒っていないようだ。
フン、今さらだと思っているのかもしれないが。
このまま部屋に連れて行くぞ。
京助がそんなことをもくろみながら、デザートのシャーベットに少し手をつけた時だ。
ポケットでマナーモードの携帯が唸った。
1
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる