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 ***


「以前よりも活動的になられたのは喜ばしいことですが、あのように薄着で出歩くのはいけませんと申し上げたでしょう?」

 体が冷えてしまったため、シェリーは朝食前のホットティーを淹れてくれた。
 その間にシェリーからは、私の身体を案じるが故のお小言を聞かされる。

「ごめんね、シェリー。次からは気をつける」

 今朝はギリギリに起きてしまったため、服装に気を使えなかった。
 明日からは防寒対策をしっかりして窓辺に立とうと決める。

 けれど、シェリーは未だに納得がいっていない様子だった。

「次からとは、お嬢様……また公爵様にあのようにご挨拶を?」
「うん。だってお父様に会えるのは、あの時間しかないから」

 暮らす場所が本館と別館で違うため、どうしても接触の機会は限られてしまう。
 そしてクリストファーは自ら進んで私に会うことはないので、あのように待ち伏せていないと顔すら見られないのだ。


「お嬢様……」

 シェリーはほんのりと哀愁を漂わせながら私を見ていた。
 私がクリストファーに相手にされていないことを知っているから、なんとも言えなくて困っているのだろう。

 シェリーが別館のメイドとして勤め始めたのは、私がクリストファーによって王都から連れてこられた時期と近いらしい。

 そして、クリストファーに見向きもされない私の身の回りの世話を一番に買って出てくれたのがシェリーなのだと、最近になって知った。

 クリストファーに大切にされていないからと、ほかのメイドが私を極力遠ざけようとする中で、シェリーだけはその流れに反したのだ。

(リデル視点のストーリーではわからなかったこと。ちゃんとアリアにも、親身になってくれるメイドがいたんだよね)

 これもゲームを読み進める中では、あまり触れられなかったことだった。

(そもそも私の……アリアの情報って少ないんだよね。リデル目線では内気で引っ込み思案な友達って印象だったから)

 そして、アリアは父親であるクリストファーに必要とされたかった。
 関心を得たいがために作中でクリストファーが素材として欲していたリデルを、この公爵領に招いてしまう。

(ま、今はシナリオを思い出せたんだから、そんなこと絶対にしないけど。クリストファーが取り返しのつかないことになる前になんとかしないと!)

 心配してくれるシェリーには申し訳ないけれど、朝の挨拶は続けなければならない。


 ***


 そのあと一週間ほどクリストファーに朝の挨拶を実行した。

「お父様ー! おはようございます! みなさんも、お稽古頑張ってください」

 数日も経つとほかの騎士たちも私の出現に慣れたのか、驚かなくなっていた。
 笑顔を振りまけば、むしろ好意的に見てくれているようだった。

 正直なところクリストファーの反応はいまいちだったけれど、私が声をかけると立ち止まってくれるようにはなっていた。


 愛嬌振りまき揺さぶり作戦を実行して二週間目の朝。

 いくら苦言を漏らしたところで無駄だと悟ったのか、私が窓際で待ち伏せしていてもクリストファーは何も言わなくなっていた。

 立ち止まる時間は相変わらず二分から三分前後と短いけれど、それでも私に関心を向けてくれている。

 サルヴァドール曰く、その些細な意識こそが重要らしい。

「……」
「あっ、お父様、またねー! お稽古、頑張ってねー!」

 少しの間立ち止まったあと、いつものようにクリストファーは無言で訓練所のほうへと去っていく。
 私も慣れたと言わんばかりに遠ざかっていく背中に向かって手を振った。

「……ひっ、くしゅんっ」

 シェリーに注意を受けてから暖かい格好で廊下に出るようにしているけれど、それでも外の空気に当てられれば体は冷えてしまう。

「お嬢様、お早く中に……」

 朝の挨拶をやめない私を見て観念したシェリーは、自然とこの日課に付き添ってくれるようになっていた。

 クリストファーへの挨拶が終わるとすかさず部屋の暖炉の前まで連れて行ってくれるのだ。

「シェリー、ありがとう……くっしゅん!」
「なかなかくしゃみが止まりませんね……さあ、こちらも羽織りましょうね」
「へへ、いっぱい着てるからアリアまん丸だね。なんか雪だるまみたい」
「ふふ、こんなに愛らしい雪だるまさんは見たことがありません。きっと公爵様もお嬢様の愛らしさに気づかれますわ」

 父親に構って欲しくて必死になっている娘。
 傍から見れば単純にそんな構図なのだろう。

 だからシェリーも、私を無茶な行動を頭ごなしに止めることができないのだ。

「……ひっ、くしゅん! くしゅん!」

 それにしても、なかなかしつこいくしゃみである。
 心なしか頭がぼうっとして、体が火照ってきたような。

「……! お嬢様、失礼しますね」

 不意にシェリーの手がおでこを包んだかと思うと、目の前の顔がサッと青ざめた。

「シェリー……?」

 ぼやける視界。
 名前を呼んだ声は、ひどくかすれていた。


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