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第二章 躍動の5年間 初等部編

第16話 魔闘士 ラース・ロドリゲス戦 初等部1年生

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 魔闘士ラース・ロドリゲスという男がいる。
 男はプロレスラーである。
 男は優しい人物である。
 優しさゆえ、魔闘士ではなく、プロレスラーになった。
 魔闘士とは、非情な世界である。
 トップランカーともなれば、家族と一緒に過ごす時間は限られてくる。
 大好きな妻と娘との、時間を作るために、トップランカーだった魔闘士を辞めた。
 確かに限界は感じていた。
 自分以外のトップランカー達は全員が上級術師だったのだ。
 もちろん、技量で魔力の差はひっくり返せる。
 それでも、上級の壁は厚かった。
 ランクは頭打ちとなり、スポンサー契約も終わっていく。
 そんなときに、家計を支えていたのが、プロレスのバイトだった。
 バイトと言っても、子どものころから世話になっている団体で、エキシビションマッチをすることだった。
 魔闘士のトップランカーがガチバトルをすると言うので、ラースは一気に人気を得た。
 団体の社長が正式にスカウトしてくれたのは、その後すぐだった。

「お前をウチの看板レスラーとして迎えたい。もちろん、知っての通り、プロレスは興行だ。ショーとしての一面もある。そこも理解した上で、ウチにこないか?」

「ありがとうございます。そこまで俺を買ってくれてうれしいです。でも、俺には魔闘士が夢なんです」

「あぁ、知ってるよ。でも、スポンサー契約も切られてるんだろ?奥さんのお腹には赤ちゃんもいるんだろ?魔闘士は死ぬこともある危険な仕事だ。もちろんプロレスも危険があるが、比べものにならない。もう、お前だけの夢じゃないんじゃないか?」

「そうですね。おっしゃる通りです。正直言って迷ってました。娘のために安定した収入を得るのも父親の仕事ですね。ありがとうございます。目が覚めました」

 1人の魔闘士が死に、1人のプロレスラーが誕生した瞬間であった。
 




 今、俺の前に一流の魔闘士がいる。
 さっきまではプロレスラーだったが、俺の一連の動きを見て、スイッチを切り替えたようだ。

「さて、おっちゃんも、本気で行くぞ?このままだったら負けちまうからな。オリビアの前でカッコ悪いとこは見せたくない」
 本気の殺気を浴びせてくる。
 ちょっ、おじさん、大人気ないよ…。
 でも、これを乗り越えないと世界一なんて届かない。
 闘志を燃やせ!

※数分前※

「おじさんお帰りなさい」

「おう、今日も来てたのか?どれ、力を見せてみろ!オリビアと勝負だ!」

「え、お父さん、もう、ボクじゃ…」
 オリビアは戸惑う。

「ごちゃごちゃいいんだよ!やってみろよ」

「はい!」
 俺は元気よく返事した。
 そして、オリビアを圧倒して勝利した。
 もちろん、女の子を殴るようなことはしなかった。
 おじさんの前で殴れば俺が殺されるしね。

「やるじゃないか!正直驚いたぞ?そっちの嬢ちゃんも同じくらいの力をつけたんだな?」
 頷く俺とアネモネ。

「そっちのヒョロちいのはまだまだか?」
 コクコクと頷くフォール。

「よし、俺と勝負だ。ボウズ!」

※今に戻る※

 魔闘とは、魔闘法による肉弾戦のみのバトル。
 魔術の使用は一切禁止のインファイトのみ。
 使っていい魔法もオーラのみ。
 リングは4m四方の正方形。
 狭いリングで汗と血が飛び交う肉弾戦。
 オーラの技量が勝敗を分ける駆け引きを生む。
 この惑星で最も人気の格闘技である。
 勝敗はランキング形式で世界中に発信され、トップランカーともなれば、富と名声を得る。
 オリビアの父ラースがトップランカーだと聞かされたのは、つい昨日のことだった。
 言葉は少ないが、無駄のない合理的な指導をしていたことから、すぐに理解ができた。
 そんな世界的な有名人に教えてもらっていたことに驚かされた。
 そして、その有名人に認められ、本気の殺気を引き出すことができたことが誇らしかった。

「ボウズ、お前、やっぱり天才だな!しかも、上級だったのか?前とはオーラが違いすぎるぞ?」

「ええ、色々あったんですよ。俺も大好きなアネモネの前で負けるわけにはいかないんで、本気でいきますよ?」

「あぁ、事情は同じだな。それじゃあ、強い方が勝つだけだ!わかりやすい!」

「そうですね!行きます!」

 間合いを詰めて、踏み込んだ。
 オーラは無色。
 ギリギリまでオーラを切り替えないことが相手に動きを読まれなくするコツだ。
 先制の一撃として、右足での下段の蹴りを放った。
 もちろん、牽制の攻撃なので、オーラは変えない。

 ラースは受ける足のオーラを土に変えた。
 それを見た俺は、全身を風のオーラに切り替え、空中で体を回転させて、胴回し蹴りを放つ。
 必殺である魔速680mpの火のオーラを打撃の当たる直前に足に乗せて。
 しかし、ラースは全力の土オーラで受け流す。
 ガードであればダメージを蓄積できたが、受け流しであれば、ノーダメージだろう。
 技量の差が魔力の差を埋める。
 
 大技を受け流された俺は、体勢を崩しながら着地する。
 その隙をラースは見逃さなかった。
 ジャブで的確に顔を打ち抜き、最後にストレート。
 そこから、ボディへの前蹴りが決まり、俺の体は「く」の字に曲がった。
 さらにチャンスと見るや、ラッシュ!ラッシュ!ラッシュ!怒涛の拳打がガードを抜けて体にめり込む。
 もちろんラースは無色のオーラは捨て、全身を火のオーラに纏っている。
 元世界トップランカーにボコボコにされながらも俺の目は死んでいない。
 ラッシュの終わりを待っている。
 ラースがトドメとばかりに全身のオーラを拳に集中させた。
 満遍なく纏っているオーラを一点に集中させる必殺技だ。
 威力は何十倍にも跳ね上がる。
 最後の一撃が真上から降り注ぐ。
 頭頂を撃ち抜かれ、誰もが、勝負ありと確信した。
 しかし、俺は違った。
 俺は無色のオーラから切り替え、土のオーラを纏っていたのだ。
 俺の隠の魔力は特級、全力でガードに力を注げば、一切のダメージはない。
 鉄壁の防御となる。
 そう、攻撃は受けたが、ダメージは受けてない。
 万全の体勢で最後の一撃を待っていた。
 頭頂の一撃を体の回転でそらし、右ショートフックのボディブローを叩き込む。
 やりすぎるといけないので、無色のオーラにとどめておく。

 ドサリと巨体が地に落ちた。

「どいて!」
 アネモネが駆け寄り、ラースに治癒魔術を使った。
 アバラが折れて、内臓に刺さっていたようだ。
 やりすぎた。
 どうやら、頭頂の一撃で勝負ありと、ラースも考えて油断したたらしい。
 火のオーラを纏ってたら危なかった…。

 しばらくして、ラースは目を覚ました。

「オリビアの前でカッコ悪いとこ見せちまったな」

「ううん。お父さん、かっこよかったよ。ライはもっとかっこよかったけど」

「ぐはぁっ!さっきのパンチより効くぜ!」
 ラースはおどけてみせる。

「よかった。冗談が言えるくらい回復したのね」
 アネモネが安心したように吐息を吐いた。
 実際危なかったのだろう。
 殴った時もドゴォッて鳴ってたしね。

「ボウズ、最後のはどういうことだ?お前は陽の上級じゃねぇのか?」

「あぁ、かなりの特異体質みたいで、どっちも上級なんですよ」
 特級のことは言えないが、これくらいは言わないと説得力がない。

「そりゃ、ずるいだろ。そんな人間ならゴッドイーターにもすぐなれるだろ」

「ゴッドイーター?」

「あぁ、魔闘士大会のチャンピオンの事だ。5年に1回開かれる、魔闘士のトーナメント戦だ」

「トーナメント戦には出るつもりだったんですけど、優勝者はそんな名前なんですね。」

「あぁ、御伽話の神殺しから取ってるらしいぜ?」
 ゴッドイーター、神喰らい、なるほどな。
 そりゃ、神殺しだな。

「トーナメントって、子どもも出られるんですか?」
 アネモネが聞く。
 やる気マンマンだな!

「そうだな。年齢制限はないが、無色のオーラを使えることが条件だ。だから、ボウズたちは出られる」

「ボクもでられる?」
 オリビアがおずおずと聞く。

「出られるけど、オリビアは危ないからやめてほしいな。無色のオーラを使えても実践となると、ケガするからなぁ。オリビアにはケガをしてほしくない」

「わかったよ」

「僕はまだムリだな。オリビア、これからもオーラの使い方を教えてくれ」

「いいよ。お父さん、いいよね?」

「おう、ヒョロ坊もがんばれよ!」

「はい、お父さん!」

「お前のお父さんになった覚えはねぇええー!」
 ビンタが炸裂した。
 フォールはきりもみジャンプをしながら、オリビアに哀れな目で見られたことにショックを受けた。

「試合は出ないけど、応援は行くね!ライ君、アネモネさん!」

「ありがとう、オリビア。また、日が決まったら連絡するよ」

「あれ?たしか、この前ゴッドイーターが決まったところだから、次は5年後じゃないかな?まぁ、詳しいことは、魔闘士協会の窓口に問い合わせると分かるんじゃねーかな?」

「魔闘士協会か、ツバル・シュバルツ教授が役員だったような?」

「おっ、ツバルの旦那を知ってるのか?頼ってみるのもいいだろう。あの旦那も元トップランカーだし、戦い方を教えてもらってもいいんじゃねーか?確実に俺より強いよ」

「へぇー、前はそんなふうに見えなかったのにな。まぁ、会ってみようかな。アネモネはどうする?」

「そうね。アタシも会ってみる」

 そこで、フォール君が目覚めたので、解散となった。
 フォール君はこの先もロドリゲス家に通うらしい。
 俺は両親に事情を説明して、教授へのアポを取ってもらった。
 しかし、説明のためオーラを見せた時、両親はポカンとしていた。
 まさか、初等部の子どもがこんなレベルでマナを扱えると思っていなかったようだ。
 初めは、魔闘士大会のことも反対していたが、最終的には「やれるだけやってみなさい」と言っていた。
 少しずつ目標に近づいている感覚が心地よかった。

 教授の話を聞くまでは…。
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