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第一章 2度目の誕生 乳児編

第2話 こんにちは、新たな世界

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 ドクン ドクン

 鼓動を感じる。
 聞こえるわけではない。感じる。
 真っ暗だ。
 あれ?目が開かないのか?
 ひょっとして、奇跡的に生き残ってしまった?

 それは最悪だ。
 寿命で死ぬまで介護生活…。
 最悪の状況と言える。
 でも、目くらい開くよね?
 植物状態じゃないよね?
 それとも、ひょっとして、これが死後の世界ってヤツ?

 ドクン ドクン

 いや、なんだろう。
 妙な落ち着きがある。
 落ち着きとも違うな。

 自信かな。
 なんというか、楽観的というか。
 高揚感がある。
 あぁ、わかった。

 「やる気」だ。

 久しく抱くことのなかった気持ち。

 ドクン ドクン

 死んでからやる気ってのも変な話だな。
 まぁ、来世では頑張れるのかな?

 いや、違うな。
 生きてるな。
 死ななかったんだ。
 うわぁ。全身ぐちゃぐちゃになったら、やる気があっても何も出来ないんじゃない?

 いや、なんとかなりそうな気がするな。
 なんだろう?

 ドクン ドクン

 さっきから鳴ってる鼓動を感じるたびに、やる気が湧いてくる。

 でも、体はどこも動かないな。
 何かわからないけど、妙な自信だけある。
 うん、ポジティブだ。
 うつ病は治った。
 やる気がみなぎっている。

 次目覚めたときはなんでもいいから1番を目指そう。
 王になろう。

 世界一になろう。

 ドクン ドクン

 ドクン ドクン

 なんだろう。
 もう、いいや。
 落ち着くし、大人しくしておこう。

 ドクン ドクン





 ビクン!ビクン!
 ドクドクドクドク!
 メリメリメリメリ!
 ヌッ、ドゥルン。

「おめでとうございます。男の子ですね」
「ハァハァ、あ、ありがとうございます」
「アンネ、お疲れ様。元気に産んでくれてありがとう」

 こんなやり取りから推察される答えは一つ。

 前世の記憶を持ったまま転生したということ。
 まさか、噂のISEKAIってやつ?
 あれ?でも、さっき、思いっきり日本語だったよな?
 あ、転生特典ってヤツ?
 異世界語なのに勝手に翻訳される機能はテンプレっちゃテンプレだよね。

 でも、赤ちゃんから始められるなら言葉は頑張って覚えるから別のチート欲しかったな。
 どんな世界かわからんし、とにかく頑張ればなんとかなるっしょ!

 あれ?俺ってこんなにポジティブシンキングな人だっけ?
 あぁ、うつ病って脳の病気だからかな?
 別人の体に変わって病気が治った?とか?

 まぁ、元気なんだったらいいや。
 とにかく、できることをやろう。
 できることって言っても赤ちゃんだし、おっぱい吸うくらいしかないか。

 じゃあ、思いっきり吸ってやろうじゃないか。

 生前鍛えた吸いテクを駆使して、ママンを腰砕けにしてやろうではないか。
 えーっと、ママンの名前はアンネって呼ばれてたかな?
 パパンより上手に舐め回してやろう。
 待ってろ、アンネ。グヘヘ。

 と、言いながらも、42歳のオッサンの親というのはかわいそうすぎるので、普通の赤ちゃんとして過ごすことにした。

 しばらく、赤ちゃんライフを満喫しようと思っていたのだが、問題があった。
 目が見えないのだ。
 生前の記憶によれば2ヶ月程度で見えるようになったはず。
 これでも、幼稚園教員の免許も取得していたのだ。
 盲目の2ヶ月はとても好奇心をそそるワードが聞こえてくる。

「ねぇ、エルバー?名前はもう考えてくれたの?」
「あぁ、以前言っていたようにライラックという名前はどうだろう?」
「そうね。私もそれがいいと思っていたわ」

 どうやら、俺の名前はライラックらしい。
 後からわかったことだが、「ライ」という愛称らしい。
 パパンの名前はエルバーダイン。
 ママンの名前はアンネローゼというらしい。
 どうでもいいことだが、ママンは貧乳である。
 他には兄がいるらしく、アースエイクというらしい。
 なんだか、みなさん洋風の名前なので異世界の可能性がグンっと上がった。
 中でも一番テンションが上がったのは、魔術の存在だ。

「アンネ、ライの杖を持ってきたよ」
「ありがとう、エルバー。これで大魔術師の誕生ね!」
「そうだね。魔力検査の結果は聞いたかい?」
「ええ、陽の中級だそうよ」
「よかった。下級だと苦労も多いしね」
「そうね。下級でも大事に育てるから大丈夫よ」
「あぁ、そうだね。君が言うんだから間違いないよ」

 いただきましたー!
 陽の中級だそうです。
 これから成長していけば上級も見えて来るのではないだろうか。
 そして、パパンは杖まで持ってきてくれました。
 握ってみたけど、どうやら小さな子ども用の杖のようだ。
 赤ちゃんの時から魔術には触れておくことで適性が上がりやすいのだとか。
 言い方からして迷信っぽいけどね。
 どうやら、赤ちゃんが生まれたらすぐに杖を購入するという文化があるようだ。
 魔術って、どんなことができるんだろうな。
 楽しみだな。

 楽しみか。
 前世の終盤は全く何もなかったな。
 今回は楽しむぞ!
 あー、でも、方向性もなく突き進むことが愚かであることは前世で学んだ。
 赤ちゃんの今だからこそ決められる指針を出そう。
 そうだな、折角だから、高めの目標を考えておこうかな。

 例えば、「魔術で世界一になる」とかかな。

 よし、そのためにも明日からおっぱいをたくさん吸おう。
 あんまり出ない母乳だけど、頑張って吸おう。

 目標が定まり始めた頃、やっと目が見え出した。初めはぼやけていたが、少しずつはっきり見えてきた。
 まだ入院中なので、ずいぶん早い気もするが、個人差なのだろう。

 見えた事ではっきりしたことがいくつかある。
 快適な気温だったので、うすうす気づいていたが、この世界にはエアコンがある。
 電球もある。
 そう、エネルギー革命が起こっているのである。

 現代の日本と遜色のないレベルの生活水準がある。
 「ってか、ここ日本なんじゃね?」って思うほど。
 医療技術も高そうな印象を受けた。

 よくある物語では、治癒魔法があれば、医療技術は停滞するものじゃなかったっけ?
 そして、最も驚いたことは、文字が日本語であることだ。
 異世界語を翻訳チートで翻訳しているのではなくて、両親は日本語を話しているらしい。
 口の動きも確認したから間違いない。

 ここが日本だとして、なぜ、こんなに洋風の名前なのか?
 ここが日本だとして、なぜ、魔法が使えるのか?
 ここが日本だとして、西暦何年なのか?

 一気に謎が増えたが、赤ちゃんである自分に調べる術はない。
 近くの会話から推測するしかない。
 まぁ、生活水準は高いに越したことないし、日本語なんだったら新たに勉強しなくていいし、メリットも大きいかな。
 今の段階ではどうしょうもないし、気にしないでおこう。
 少しずつわかるだろう。

 …やっぱり、性格がポジティブになってるな。
 前世なら、考察タイムに入ってたはずだ。

 あれ?バカになっただけ?
 まあ、いいや。
 今日もたっぷりおっぱい吸おう。
 バブりまくろう。

 退院の日が来た。
 ついにシャバの空気が吸えるゼ。
 病院内は完全に日本と同じだったから外の世界がどうなってるのか気になる。
 退院手続きも日本同様に書類によるやり取りだった。
 退院後も通院するという辺りも同じだ。
 あまりにも現代の地球文化に似ているので気持ち悪いくらいだ。

 でも、一つ、はっきりと違う点を見つけた。
 電気コンセントの差し込み口の形が違うのだ。
 日本では金具を2本差し込むタイプだが、こちらは4本差し込むタイプだった。
 どんな意味があるのかはわからないが、はっきり見た目で違うところは、それくらいだった。
 自分の体については、大きな変化はないが、問題なく育っているように思う。

 筋肉や骨格や、体重のバランスの問題で、普通の赤ちゃんと同じ動きしかできなかった。
 「いきなり走り出す赤ちゃん」とかはできないようで残念だ。
 転生ものの物語でやってほしいランキング1位だったのにな。

 まぁ、普通の赤ちゃんの親をさせてあげたいので、自重するつもりだが。
 かと言って、魔術に関することは自重する気はない。
 だって、世界一を目指しているから。
 引き続き、外の世界でも魔術に関する情報を集めよう。
 あ、ちなみに、杖は初めに一度触ったっきり触れていない。

 その一回の時にママンに抱かれながら、「ファイヤーボール」と念じてみたが、何も起こらなかった。
 次は「ウォーターボール」で試そうかな。

 定番の魔術だと思ったんだけどな。
 残念。
 仮に、その場で火魔術が本当に発動したら大惨事だけどね。
 何か特別な方法があるのかもしれない。

 それはそれとして、シャバの様子だ。
 やはり、どう見ても現代の地球文化とほぼ同じだ。
 若干の差はあれど、民家も日本の建築に似ている。
 恐ろしいことに、瓦ぶき屋根の和風建築もある。
 あと、退院時にお金を払っている様子でわかったのだが、お金の単位は「丸がん」というらしい。

 そして、紙幣に書かれていた国名は「ジンパッグ」だった。
 微妙に惜しい。
 明らかに日本に縁のある国であることがわかった。
 よくあるパターンとしては「俺以外に転生者がいて、日本文化を広めた」といったところか。
 もしくは、ここが並行世界というパターンも考えられるのか。
 もし、いるなら他の転生者にも会ってみたいな。

 退院して1ヶ月が過ぎたが、大きな問題にぶち当たっている。

 退屈だ。

 赤ちゃんの1日の生活の大半は寝ること。
 1番 寝る。
 2番 吸う。
 3番 泣く。
 オムツ交換は自力でできないのでカウントしない。
 よって、3択だ。

 人生において行動の選択肢が3つしかない時期なんて今くらいなものだろう。
 もう少し我慢しよう。

 あ、生前の「病院行くだけマン」時代は選択肢1つだわ。
「予約の日が来たら病院へ行く」
 これだけ。
 2つも増えてるラッキー。

 しかし、わかったことも増えた。
 どうやら俺には家族がもう1人いたらしい。
 年齢的には4・5歳といったところか。
 兄よりは年下に見える。
 女性なので姉にあたるのだろうか。
 名をアネモネというらしい。
 ここで先程の話に戻るが、行動の選択肢を4つにできるなら、「求愛」を追加したい。
 この姉に一目惚れしてしまった。
 推定5歳児に。
 42歳のオッサンが…。
 我が事ながら、気持ち悪すぎる。

 しかしだ、しかし!

 惚れてしまった。
 前世でも1度一目惚れを経験したが、彼女は俺を選ばず、後から紹介した俺の友達と付き合っていた。
 寝取られだ。NTR。

 一目惚れにはいい思い出はないが、5歳の女の子にしてしまった。
 そして、なぜか、先方もこちらに好意があるようだ。

 なぜわかるかって?
 そりゃ、吸ってるからだよ。
 何を?って?
 口だよ。

 今、キスをされてるんだよ。
 チュッてかわいいキスじゃないよ。
 だって、吸われてるもん。
 そして、俺も吸ってるもん。

 行動選択肢2番だよ。

 吸われたから吸い返してるんだよ。
 ショタ&ロリではなく、赤ちゃん&ロリだよ。
 法律関係がどうなってるのか知らんけど、アウトだよ。
 だって、舌入ってきたよ?
 まぁ、うれしいんだけど。
 だって、一目惚れの相手だもん。

 どこかから足音がしたので、情事は終わりを告げた。
 脳が蕩ける思いをしながら冷静になるよう努めた。
 いやいやいやいや、あかんやろ。
 完全に、赤ちゃんに対するキスではなかったし、エロかった。

 なんだこれは?

 はっきり確信しているのは「お互いに一目惚れだった」ということだ。
 だって、口付けするまで、互いに一言も交わしてないもん。
 無言で近づいてきて、目があったらそういう雰囲気になってた。

 こわっ!

 冷静に考えると怖いな。
 いや、かわいい女の子とキスできてラッキーだ。
 理由はわからんけど、運命の人に出会えたと思っておこう。

 あ、でも、アネモネは姉にあたるのか。
 近親相姦はさすがにマズそうだな。
 赤ちゃんだから抵抗のしようがないけどね。
 まぁ、大人になるまでに解決すればいいや。
 長い目で見よう。

 その後、2人っきりになれば、キスをするということが日課になるが、深く考えないことにした。
 この世界の文化なのかもしれないしね。
 広く温かい心で推定5歳児の成長を見守ることにした。



アネモネのイメージ画像です
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