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第2話 剣聖落つ

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 僕は決めた。
 ピュアに生きると。
 そう、純粋に生きるのだ。
 欲望にも。
 二度寝しよ。

「グー、グー」
「アーサー様、もう朝ですよ。起きてくださいませ。今日は剣術のお稽古でございます」
「グー、グー」
「ダメです」
 
 ぴしゃり、と、邪魔をしてくるのは、僕の専属メイドであるフランソワだ。
 彼女は僕が生まれた時から専属で、オムツの交換までしてくれている。
 そんな彼女は僕に対して本当の母親のように接してくる。
 時には居心地がいいが、毎日は勘弁してほしい。
 いつも僕はこんなときの対応を決めている。

『ピュア』

 一言唱えるだけで効果はバツグン。

「ねぇ、もうちょっと寝てからにしてよ。そしたら頑張るからさ」
「仕方ないですね。それじゃあ、先に食事の用意をしておきますので、もう少ししたら起こしに来ますね」

 こうやって甘え続けて14年が過ぎた。
 お父様はこの状況を嘆いておられたが、僕としては、もう少し甘えたかった。
 
 でも、今日は違う。
 
 やはり、二度寝はやめておこう。
 着替えて朝ごはんを食べよう。
 そして、剣術もやってみよう。
 この14年間逃げ続けていた剣術だ。
 しかし、剣術の師範は怖いから嫌いなんだよな。

「あら、もういらしたのですね。今日はいい一日になりそうです」
 フランソワが喜んでいる。

「あら、そろって朝食がとれるのも久しぶりですね」
 お母様が嫌味を言ってくる。

『ピュア』「そうですね。今日もお若く見えますね。お母様」
 
「やはりそうかしら?今朝は肌のハリが違うように感じたの」
 王妃も大変だな。
 美しく見られないと国民からナメられるらしい。
 そう言いながらも、本当に美しいからこの人はすごい。

 ちなみに『ピュア』は念じるだけでも発動するし、言葉に出しても発動するアクティブスキルだ。
 これがパッシブスキルならきっと、大山健一君のようになれてただろうに。
 しかも、回数制限がある。
 1日3回が限界だ。
 これはレベルの上昇によって変化するので、スキルレベルが4になると4回使えるだろう。
 
 そう、14年かけてスキルレベルは3にしか育たなかった。

 僕のような性格だから毎日必ず使用制限を使い切っているのにもかかわらず。
 多くの朝は今のように、フランソワに1回、お母様に1回使うという流れでスタートする。
 だから、残り1回はその日の展開によって使いどころが変わる。
 これが僕の最後の頼みとなるわけだ。
 おそらく、今日は剣術の師範に使うことになるだろう。

「さあ、食事は終わられましたね?剣術のお稽古の時間ですよ。今日はいつもの師範が腰痛のため、お弟子さんが来られてます。お弟子さんと言っても今の剣聖ですので、とても強いお方ですよ」

「そうか、僕は今日までの命だったんだね。お母様、今日までありがとうございました」

「あら、さっき見かけましたけど、そんな強そうには見えない、かわいらしいお嬢さんでしたよ。そんなこと言わずに頑張ってきてくださいね」

 なぬ? 美少女だと? それは急がねば!
 この世界に転生した1番の恩恵は美少女に出会うことが多いということ。
 なにせ、美形の人が多い。
 僕は性格的に声なんてかけられないけど、遠くで見てるだけで満足だった。
 貴族のパーティなんかでも、話しかけてくる美女も多いが緊張してうまく話せなかった。
 こんな時は頭が真っ白で『ピュア』も使ったことがない。

 あぁ、でも、美少女の剣聖か、うまく話せるかな?
 ドキドキしてきた。
 あ、彼女かな?
 向こうから話してくれるかな?
 あ、緊張して忘れそうだから、先に使っておこう。

『ピュア』

「お、おはようございます。アーサー様。本日はお師匠様の代わりを務めさせていただく、ガーベラ・ストライクです。よ、よろしくお願いします」

「あぁ、ガーベラじゃないか。いつかのパーティ以来だね」

 お、珍しく美少女相手に上手く話せた!
 ガーベラは少し話したことのある人物だったのがよかった。
 しかも、結果的には彼女をピンチから救ったことになっている。
 
 実は、彼女もあがり症だ。
 パーティに初めて来た時に一緒になったのだが、僕も一緒にスミの方で縮こまっていたので、仲良く話しているように見えたらしい。
 確か、あの時は雨の夜だったのに「ほ、本日はお日柄もよく……」しか言ってない。
 それだけで周囲は誤解してくれたからラッキーだった。
 そのとき、

 タッタラー!

 アホみたいな音が頭で響いた。
 スキルのレベルアップの音だ。
 どうやら、今の『ピュア』でレベルアップしたらしい。
 10年ぶりだ。
 この音が懐かしすぎる。

 ちなみに『ドラゴンハート』は大勢の前で喋ってもビビらないという王族専用スキルらしい。
 僕は人前で話すことなどないので、全く役に立たないスキルだ。
 なので、当然レベルも1。
 お蔵入りだな。
 
 ここで、ふと気づいたことがある。
 今のレベルアップで使用回数が増えている。
 スキルの重ねがけはできるのか?
 今までは、毎日、朝だけで2回使っていたので気づかなかったが、ここで、もう一度『ピュア』を使うとどうなるんだ?
 
『ピュア』

 やってみた。
 なんか喋らないと。
 あぁ、でも、美女を前に何も言葉が出て来ない。
 
「アーサー様……」

 あぁ、チャンスを失った。
 何も話せなかった。

「アーサー様、その、私は、昔からアーサー様が好きでした……」

 ん?

 ・・・ん?

 どういうことだ?
 これが重ねがけの効果!?
 絶大過ぎるだろ!
 好きにさせちゃったよ!?
 
 いや、ガーベラもそれでいいの?
 僕なんか好きになっていいの?
 そりゃ、前回会ったときは、Win-Winの関係だったけど、それでいいの?
 婚約しちゃうよ?

 あ、婚約だ。
 それで縛ろう。
 美少女と婚約したい。
 王族に告白したんだから、嫁ぐ気があるってことだよね?
 しかも、婚約しちゃえば、よっぽどの理由がない限り破棄できない。

 よし、スキルの効果があるうちに既成事実を作ろう。
 よし、お母様のところへ行こう!

 と、まさにそこへ、お母様が現れた。
「話は聞いてましたよ。師範代、いえ、ガーベラ・ストライクさん。これは、婚約と受け取ってもよろしいかしら?」

「はい。元よりそのつもりでした。しかし、まだ、アーサー様のお返事をいただいておりませんので……」

「アーサー、どうなの?」

「……よろこんで受けます」
 なんとか一言捻り出した。

「はい!」
 ガーベラの表情が一気に明るくなる。

「わかりました。ストライク侯爵家には私から連絡をしておきます。あなた達は午前中は稽古をしていなさい」

「はい!」
 ガーベラは満面の笑みを浮かべている。
 その様子を見て、お母様は満足気に屋敷に帰っていく。

「さて、アーサー様。稽古はお師匠様と同じく厳しくつけさせてもらいますよ」
 ゴゴゴ! とか聞こえそうな迫力だ。
 未来の嫁とはうまくやっとかないとな。
 頑張ろう。

 と、思い、頑張れたのは10分だけであった。


ガーベラ・ストライク
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