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一章

16話 王子は作戦をたてる

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エリオットは、アイリスが前世の記憶を取り戻したと知り、同じく前世の記憶があるというリリスに対抗すると決めてから常々疑問に思っていたことがあった。
それは、2人がそれぞれどのくらいの知識を持っていて、どちらを精神的な主軸にしているのか、という事だ。

例えば、リリスにしてみれば、エリオット含めた"乙女ゲーム"とやらの"攻略キャラ"を"攻略"する事を主な目的にしている。要するに、前世の人格に引っ張られていると言ってもいいだろう。

しかし、対するアイリスはかなりお転婆ではあるが公爵令嬢として、一貴族として、王子の婚約者として、この現実で生きている。もしかしたら、庶民料理が好きなのは前世の名残りかもしれないというのは置いておくとしても。

もし、アイリスとリリスが記憶を取り戻した方法が違うのなら話は別だ。
例えば、信じられない話だが、リリスが違う世界から容姿だけ変えてこちらに来たというなら、中身は前世の人格なのだから、現状こうなっているのは当たり前なのだろう。
話を聞く限りでは、アイリスは記憶があるだけで、その頃と価値観自体は似通っているが、今の自分がそれで支障が出るほど変わったとは思えないと発言していた。エリオットも、様子がおかしい時期はあったが、アイリスが変わってしまったとは思っていなかった。
人格と記憶が戻ったリリスと、記憶だけ戻ったアイリス。勿論、これはまだエリオットの中での仮説だが。


そのアイリスの記憶を辿れば、前世の記憶からそれを使うであろうリリスと対峙した時に使える有効打が得られるかもしれないと考え、早速アイリスに話を聞くことにした。

「前世のゲームの記憶、ですか?ええと、この前お話ししたのは所謂設定とか、あらすじと呼ばれているものでして、他にはルートだとか、個別イベントだとか、それから、フラグなどもあって、何から説明すればいいのか…」

「そうだな…、先ずはゲームの中で私とクラスフィール嬢がどんな過程を経て、あんなおぞましい関係になるのか教えてもらっても?」

おぞましいという言葉にアイリスは苦笑しながらも、彼の言葉に丁寧に答えた。

ゲームの中で、リリスが最初に話しかけた時に邪魔をしたのは嫉妬したアイリスだったこと。それを庇ったエリオットにこれまた嫉妬の炎を燃やしたアイリスはリリスに嫌がらせを始めたこと。その最中、怪我をしたリリスをエリオットが助け、だんだんと意識していき、夜会でダンスを教えたり、2人でお忍びデートしたりと仲を深め合っていったこと。
アイリスはできる限りの手を尽くしてリリスを陥れ、エリオットを取り戻そうとしたが、手段を選ばないその方法は逆にエリオットの心を遠ざけていき、卒業パーティに繋がる、
大まかな流れはこうですわ、と、アイリスは締めくくった。
それを聞いていたエリオットは、

(アイリスにそんなに嫉妬してもらえるゲームの中の俺ちょっと羨ましい)

なんて考えていた。
人払いをしていたため、その部屋の中には、エリオットとアイリス、そして外に、誰か来ないか見張るセバスとミシェルしかいない。

頭の中で、ある程度の対策を立てたエリオットは、本当に聞きたかったことをアイリスに聞くことにした。
アイリスは一息ついて、用意されていた紅茶に口をつけた。そのカップが置かれてから、少しして。
エリオットは意を決したように口を開いた。


「ところで、その、アイリスは勿論そのゲームとやらを遊んでいたと思うのだが、…主に誰をその攻略?していたのだろうか」

好きな人の元カレ(推しキャラ)が気になる。さっきから難しいことを考えていたが、結局エリオットの言いたい事はこれだった。
質問された彼女は、記憶を探るように頰に手を当てた。

「誰を攻略ですか?…えっと、確か、」

エリオットは固唾を呑んで答えを待っている。


「レオンさんのルートかしら」

と、アイリスは淡々と答えた。聞き耳を立てていたセバスチャンも流石に居た堪れなくなったのか、ドアを開け、必死に慰めながら、エリオットの肩を揉み始める。

ミシェルはミシェルで、お嬢様、流石に今のは正直に答えるべきではありませんよ?それが真実なのだとしても。

と、エリオットをさらに追い込んだ。
彼女にしてみれば、どの作品でも一番の人気キャラや、メインヒーローを攻略してもなぁという、好みとか以前の話であったが、エリオットは、

作戦コード・あのマザコンだけは許さねえ


を心の中で発令していた。

アイリスはそんな賑やかな雰囲気に、くすくすと笑みをこぼし、

「でも、今の私が、現実のアイリス・ニーベルンがお慕いしているのは、エリオット、貴方だけですわ」

と声をかけた。
瞬間、エリオット、完全復活。
そんな様子を見ていた従者夫婦は顔を見合わせた。


✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

「と、いうことだエヴァン」

「どういうことですか、殿下」

夏季休暇が始まって1週間、エリオットに呼び出されたエヴァンは、部屋に入るなりまるでさっきから説明してましたよ感を出してきた彼に初手からツッコまされていた。

「かくかくしかじかだ、なぁ、セバス」

「はい、かく実に殿下はかくからして仕方しかないくらい談みたいな馬鹿です」

「今とんでもない副音声聞こえたんだけどほんとに主従の関係なんですか?あんたら」

開始早々エヴァンは置いてけぼりにされていた。しかし、別に不満を持ったわけではないのか、事前に指示されていたことを遂行しようと、彼は持っていたカバンの中に手を入れた。中から、青いファイルのようなものを取り出す。それを半回転させ、エリオットに差し出した。

「殿下、こちらを」

ああ、助かった、とそれを受け取り、エリオットはファイルを開いて暫しその内容を眺めていた。大まかな内容しか見ていないのか、すぐに次のページに手を伸ばす。
といっても、かなり厚さのあるファイルなので、エヴァンはこの隙にと、先ほどの説明をセバスに求めた。

「なぁ、殿下の、ということでってやつは何だったんだ?」
深い意味がないならそれでいいが、と付け加えた。

「ああ、なんと言いますか、自分はアイリスお嬢様に慕われているって自慢したかったのでしょう」

「…?当たり前だろ?」

その当たり前のことが殿下は嬉しかったんですよ、とセバスは言いながらしまってあった紅茶の箱に手を伸ばした。
ろくに説明されず未だ理解出来ていないエヴァンは首を傾げた。しかし、不満の心を持たないあたり、エリオットの教育が効いたのだろう。

エリオットは最後のページを読んで、パタンとファイルを閉じた。閉じたファイルを二、三度、手の甲で叩いた。

「なるほど、…証拠は揃ったな」

その言葉に、セバスは黙って頷いた。
エヴァンは、では!と、命令を待ったが、

「だが、私はまだ、この目で見ていない」

というエリオットの言葉で、え?と言葉を詰まらせた。流石に、とエヴァンは食い下がる。

「ここまでの証拠が揃っていれば、何をせずとも、これを突き付ければ、どうにでもなる筈ですが。いくらマルグマ家とはいえ、殿下のお力なら、これで充分なはずです」

どうやら証拠というのはマルグマ家、つまり、レオンの実家に関係することらしい。
エリオットは、自分の椅子に座り、机の上に用意されていた茶菓子に手を伸ばした。何度か手を迷わせて、クッキーを一つ手に取る。
つまんだクッキーを一口かじり、

「…それじゃあ詰まらないだろ。そうは思わないか?」

とエヴァンに問いかけた。何を聞かれているのかわからず彼は視線を泳がせた。堪らずセバスを見ると、同情の目でエヴァンを見ていた。きっと何かやらされますよ、ドンマイといった目だ。

エヴァンが答える間も無く、

「さぁ、これから潜入捜査の準備だ」

エリオットは楽しそうに作戦開始を宣言した。



マルグマ家では、最近になって執事やメイドといった侍従の入れ替わりが激しい。貴族間では珍しい事ではないが、今回は、その出て行く者の殆どが不当な解雇を突きつけられている、との情報をエリオットは得ていた。それを受けて、解雇させられた従者の話をエヴァンにまとめさせて報告させていたのだ。


「解雇された従者を全部王城で受け入れるとか、20人くらいいたはずですよね?どうやったんですか?」

「セバスに任せた」

「…大変でしたよ、ほんと」

遠い目をするセバスに、ああ、俺も今からこんな目をしなければ耐えられない事を体験するのだなぁと、エヴァンは他人事のように思考を逸らした。
彼の目の前では、何故かエリオットが何種類かのメガネを選別していた。
これか?いや、これでもない、これはバレそうだ、これはなんだか面白くないなどと言いながらかれこれ30種類以上は試している。

「殿下、その、さっきから一体何を?」

「決まっているだろう?変装のメガネ選びだ。お前もつけるんだぞ?」

いや、メガネってとエヴァンが言いかけた時、これだ!とエリオットが一つのメガネを天に掲げた。

「これだ、これこそ相応しいじゃないか!」

エリオットが手に取っていたのは、漫画のような瓶底眼鏡であった。早速かけたエリオットの目のあった場所は何故か渦を巻いたように見えている。
それどんな仕組みとエヴァンが聞く前に、エリオットはもう一つの瓶底眼鏡を彼に差し出してきた。

「設定も決まったぞ!瓶底兄弟だ!俺たちは瓶底眼鏡兄弟設定でいこう!俺が瓶底兄さんだ!」

「分かってたけどすっごい馬鹿」

それは教育後、エヴァンが初めて発してしまったエリオットの悪口だった。悪口というより軽口に近いが。

そんな反抗に、エリオットは渋々と、別の眼鏡をエヴァンに差し出してきた。

「嫌なら、これだな。これにするか?」

「あっ、瓶底の方でお願いします」

流石のエヴァンもパーティグッズの鼻メガネは嫌だったらしい。潜入捜査の説明も無しに、準備はどんどん進んでいく。

「次は、そうだな、名前を決めよう。
そのままじゃ流石に作戦に影響がでる。何か意見あるか?」

「え?」

「無いなら、俺がコウでお前がロギーな。はい次、」

「え?コウとロギー…いやそれコオロギですよね殿下。真面目に考えてください」

そんな2人を、見てるだけって楽だなぁとセバスはニコニコしながら眺めていた。
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