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一章

10話 王子はデートをする 前編

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とある休日。
鍵のかけられた王子の自室にて、部屋主は自らの従者である男に真剣な眼差しを向けていた。


「セバス頼みがあ」

「嫌です」

「るんだが、聞いてくれるよな?」

「…動じませんね。ですが、ろくな事じゃなさそうなので、お断りします、嫌です」

「ミシェルとの旅行」

「何なりとお申し付けください。
王太子殿下」

恭しくこうべを垂れるセバスに、エリオットはゲンキンなやつだと笑いながらも、

「新しい衣装を頼みたいんだ。
あと、髪型もだな」

と、要求した。

「衣装、ですか。でも、殿下最近買いましたよね?髪型は私じゃなくて美容師に頼んだ方が…」

セバスの言葉に、エリオットは、いや、と、首を振る。

「俺のじゃない。アイリス人形の、だ。
あと2体新しく作ってくれ」

セバスはドアの方に向き直り、内側からも鍵をかけられるタイプのドアノブにハリガネを入れて、ピッキングを始めた。

「いや、セバス、ドア壊れるから、セバス!」

「壊れてんのは殿下の脳みそですけどね。
 病院行ってください病院」

「あれ、お前俺の従者だよね?あれ?違ったっけ?」

セバスはピッキングの手を止め、長いため息を吐き出した。

「言いましたよね?殿下。
作るのに手間もコストもかかるから持つのは5体までにするのが条件ですよって。
殿下は既に4体お持ちですから、作るとしてもあと1体だけです。何と言おうとダメですからね」

「…今3体しか持ってないぞ?」

「は?いや、そんな嘘…」

「エヴァンにやった」

「え?」

「エヴァンをこちら側に引き入れるために1体渡したんだ。これは仕方ないだろう?これで今は3体なんだから文句ないよな。髪型はポニーテールと、もう一体は両サイドにお団子付けてる髪型にしてくれ。「どこでもアイリスちゃん」お忍びスタイルだ。
服はそうだな、後でミシェルにアイリスがお忍びでよく着る服を聞いて参考にしてくれ。候補の中から俺が決める。オプションで肉まんと春巻きを持てるようにしてくれると尚エクセレント」

「ほんとにこのバカ殿は…」

「セバス思ってても口に出すな」


要求の済んだエリオットは、スタスタとドアの方まで歩き、鍵を開けた。
しかし、中々部屋から出ようとしない。

「殿下?そろそろ出ないと約束の時間ギリギリになりますよ?」

と、セバスはエリオットに声をかけた。
エリオットは、ゆっくりとセバスチャンの方を向き、言いづらそうに、

「…どうだろうか?」

と聞いた。

「はい?」

流石にセバスも意味がわからなかった様で、聞き返す。

「だから、その、…髪とか、服は、これでいいかって、変じゃないかって」

目を丸くしていたセバスだったが、ああ、そういうことかと肩を震わせた。

「な、何を笑って!」

「いえ、よくお似合いですし、髪型もバッチリですよ殿下。…今日は乙女モードなんですか?」

そんなからかい混じりの返答に、エリオットはそうか、と安堵の息を漏らした。
エリオットは王太子とは言え、まだ16歳なのだ。久しぶりの恋人とのデートの前に身だしなみが気になったのだろう。こういう所は、しっかり思春期の男の子なのだと、セバスチャンは微笑んだ。


「さっき馬鹿にしたからミシェルとの旅行の話は無しな」

「ええ!?そんな!?」

「うん、ちょっと乙女モードは流せないわ」

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

エリオットとアイリスが待ち合わせ場所に選んだのは、庶民御用達の商店街の入り口だった。エリオット達は約束の時間の20分程に到着し、エリオットに関してはそわそわと髪をいじったりしていた。

「それ、ナルシストっぽいですよ?」

「…久しぶりだから落ち着かないんだよ」

まったく、とセバスは肩を竦めた。


周囲の女性達にしてみれば、美形の男2人組が仲良さげに話している様にしか見えない。
その為、肉食女子の二つ名を持つ者達は、互いを牽制しながら今か今かと声をかける機会をうかがっていた。

しかし、そんな機会など一生来ない。
アイリスとミシェルがその数分後に合流したからだ。霊長類肉食科の魔物達は、美男美女が揃った姿に舌打ちをすると新たな獲物を探してどこかに消え去った。
だが、1人だけ、その類ではない感情で仲睦まじい2人を睨むものがいた事を当人達は知らない。その人物は、見つからないように商店街へと入っていった。



「遅くなってごめんなさい、エリー。用意に手間取ってしまって」

「私も今来たところだ。
気にしないで、それより、」

とエリオットはアイリスの手を引いて抱き寄せた。ここは街中だが、絵になる姿に周囲の人間も呆れるどころか、つい見惚れてしまう。

「よく似合っている。今日の君はまた一段と可愛いね」

と、愛の言葉を囁く。エリオットは恥ずかしいと離れようとするアイリスを尚のこと抱きしめた。
さっきまでど緊張してたくせにあのバカ殿は、とセバスは顔の筋肉を引きつらせる。


そんな中、エリオットの脳内では、

(アイリスサイドテェェェェェェェル!!)

婚約者の髪型をそのまま叫んでいた。

(何だこの可愛さは!?白のワンピースはアイリスの為に作られたのか?きっとそうだな。…いや待て大変だ、表情筋の崩壊を抑えることができない!くっ、この可愛さ戦争を止める。可愛いは正義、つまり、アイリスは正義だ!なら、各国の首脳がアイリスならば戦争は起きない!!世界が平和になる!Q.E.Dだ。完全証明だ。)
エリオットはその全てを、何とかまとめて、

「珍しいね、その髪型。よく似合ってる」

口に出せるほどの言葉にした。

「ありがとうございます、ミシェルがその、提案してくれて、」

「お嬢様がエリー様にお逢いするのにオシャレをしたいと申されましたので」

「…そ、そこまで言わなくていいのよ!」

「…そうか、とても嬉しいよ」

(はい、ミシェルさん国民栄誉賞受賞おめでとうございまーす!!!あぁ、なんだろう。この気持ち。俺が国王継いだらアイリスサイドテール記念日作ろうかな。うん、そうしよう)
セバスの言う通り、エリオット殿下の脳みそはぶっ壊れていた。



「では、私たちは後ろから見守ってますから、ごゆっくり」

と、セバスに促され、二人は商店街へと歩き出した。もちろん、護衛2人も職務を全うしながらデートを楽しむつもりらしいが。

いつもより大分砕けた口調で話すアイリスに、また違った愛らしさを感じたエリオットは緩む頰を必死に抑えた。

「どうしたんですか?」

「いや、ちょっと自分と戦っててね」

何ですかそれ、とアイリスが声を上げて笑った。

(…あー、生きててよかった)

と、エリオットは最近の疲れがとれるような気がしていた。
というか、完全に取れたようだった。

そんな2人に、

「チョットそこのオフタリさん!相性ウラナイやってかナイ?初回無料ヨ!」

と、道端で「占い」をしているらしいカタコトの男性が話しかけた。
簡易なテーブルの上には水晶が置いてあり、椅子に座って、ローブで身を隠したその姿はまさに私占い師ですよと語っているようだった。エリオットは断ろうとしたが、

「へー、やってみましょうよ!」

と、アイリスが興味を示したため、さも自分もやってみたかったかのように賛成した。
占い師はホイきたと首を二、三度回して、ゆっくりと水晶の上に手をかざす。

「アラ?…アラアラアラ?アララー?コリャア、駄目だね!相性最悪ダ!イマのまま付き合ってタラ、二人トモシンジャウネー!!ジゴクおちだ!悪いことイワナイ!ハヤク!」

と、散々な占い結果を騒ぎ立てた。
それを見ていた野次馬もこの結果には同情したらしく、エリオットに手を乗せて慰める者もいた。それは大変だ、とエリオットは乾いた笑い声をあげた。



(いい度胸だエセ占い師、ぶっ殺してやる)

その目は完全に据わっていたが。

「まあ、」

計画を練っていたエリオットは、アイリスの声に反応して、その計画を一旦止めた。

「色々ありましたからね、ある意味正解かもしれません」

そう言うアイリスの声はなんだか楽しげだった。
エリオットが横を見ると、クスクスとアイリスは肩を震わせている。

「でも、もう一旦乗り越えましたから、ね?」

同意を求める恋人に、エリオットは息を一つ吐いてから、

「ああ、その通りだ」

と、賛同した。
占い師の元を離れた二人は、昼食をどこにしようかと商店街を歩き始めた。

「エリーは何か食べたいものありますか?」

「今日は君の食べたいものにしよう。ここで食べられるものは、君の方が詳しいからね」

と、エリオットは相手に判断を任せた。庶民の料理を好んでよくお忍びに来るアイリスの方が、いい店を知っているのだ。任されたアイリスは、少し悩んでから、

「それでは、イノシシを食べに行きませんか?」
と提案した。
「イノシシか?久しぶりだな。
では案内を頼むよ」
エリオットも反対せず、歩き出したアイリスについていく。

その様子を見ていたセバスは頭を掻きながら、苦笑いを浮かべていた。

「なぁ、ミシェル。私、デートスポットとかデートコースには詳しくないんだが、年頃で恋仲の男女が、和気あいあいとイノシシを食べに行く事はあるのだろうか。普通パフェとか、ケーキとか、その、何だろう洒落っ気のあるものじゃないのか?」

そんな夫の質問に、

「年頃で恋仲のあのお二人だから食べに行くんでしょう」

妻は冷静に答えた。

商店街の片隅にその店はあった。
全体的に外装は茶色く、洒落っ気のかけらもないが。

「ここです、美味しいジビエが食べられるって庶民の間で人気なんですよ?イノシシ鍋が絶品なんです」

「おお、何だか雰囲気も良さそうだ」

中に入ると、店内は鴨が吊るされていたり、鹿肉が干されていたりとショッキングな内装であったが、人気の店だけあって中々繁盛していた。客層は男性ばかりで、カップルなんて1組もいない。というか、その時は女性もいなかった。

デートをしているらしき美男美女が、そんな中に入っていけば当然注目を集める。
当の二人は気にしていないが、自然と二人の会話に周りは聞き耳を立てていた。

「ジビエなんて久しぶりだな。昔は、君がよく獲ってきてくれたっけ」

「ええ、懐かしいですね」

「君は昔から器用だったから、私も幼いながら尊敬したものだ」

「いえ、そんな。鴨とか、野うさぎくらいなら、簡単に捕まえられますから。少しコツは必要ですけど」

いやどんな会話だよと、客の心がシンクロした。ここに入ってくる時点でちょっとハテナマークは浮かんだが、学生カップルってこういう会話するもんだっけ。
もっとこう、"ジビエ…?ウサギとか可愛い動物を殺すなんて可哀想だよぉ!" "君は優しいな""あなたの方が優しいよぉ!大好き!"みたいなデザートのような甘い会話するもんじゃないっけ、と。大分偏った想像ではあるにしろ。

「いや、謙遜することはない。捕まえたジビエをしめてくれたのはいつも君じゃないか。私も何度か挑戦したが、中々上手くいかなくて悔しかったのを覚えているよ」

「そんな、恥ずかしいです…」

アイリスは頬を赤く染めて俯いた。

いやそれ頬を染めて照れることか?と、周囲の男性達は思った。既に周りの男性達には、アイリスが照れて頬を赤く染めているというより、ジビエの血で顔を真っ赤に染め上げているように見えていた。

そんな注目を集めていたアイリスは、メニューも見ずに、

「イノシシ鍋を2人前お願いします」

と頼んだので、あの美少女は只者ではない認定されていた。更に、普段無愛想で無口な強面店主が、

「久しぶりだな嬢ちゃん、彼氏さん男前だねぇ。ほれ、これサービスだ」

と真鴨のローストを差し出した事で、その評価はぐんぐんと上がっていき、影で血濡れの美少女ハンターと呼ばれるようになっていた。そしてエリオットもその男前側近として語り継がれていくことになる。店主に男前と言われたのが由来とうっすい感じだが。

まさかそんな2人が王国の公爵令嬢と王太子だったなんてと彼らが知ることになるのはもう少し未来のお話。

食事を済ませた二人は、次なる目的地へと歩を進めた。



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