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一章
8話 王子は手段を選ばない
しおりを挟む父親がエリオットにメロメロになってしまったリリスは、パーティーにエリオットを呼ぶわけにもいかず、エリオット抜きでそれを行うしかなかった。それでも、レオン、エヴァン、デューク、後プロテインで釣られたアスランという攻略キャラは揃っていたが。
その翌日。
王城のとある広間で、王家専属ピアニストのサウス・クラスフィール男爵が新曲「エリオットのために」を披露していた頃。
「よく気がつきましたね、リリス嬢の企み」
自室の椅子に座っているエリオットはセバスが入れた紅茶を一口のみ、息を一つ吐き出した。
「父親がピアノを披露するように前もって準備していたくせに、それが始まったら居なくなって、戻ってきたと思ったら、後ろでゴソゴソやってんだ。違和感覚えない方がおかしいだろ。後、なんかわからんけど、アイリスへの悪意を感じた」
セバスはその様子に、してやられたのがだいぶこたえたのだろうと、音楽に浸りながらでも警戒していたらしい主人を見ながら、
「アイリス様への過保護が生んだ奇跡ですね」
と、笑いながらこめかみをポリポリと掻いた。
それを見たエリオットは過保護なのはお前も大概だろうと、内心笑った。
セバス「は」送り迎えしかしていないのは確かなのだが。
カップを置いたエリオットは、自身の従者を見上げた。
「で、セバス。どうなんだ?」
セバスは、何がですか?などという質問はしなかった。
「裏はとってあります」
と、ただそれだけ答えた。
その一言に、エリオットはそうか、とこれまた一言だけ返す。
「…本当によろしいのですか?」
「ああ。…アイリスが帰って来る前に、蜘蛛の手足は削いで置かなければいけないからな」
その主人の言葉に、セバスは頷いてこたえ、
「そういえば、サウス男爵の新曲聞きました?」
「うん、題名以外は凄く好き」
という軽口でシリアスを締めた。
また次の日、アイリスが帰って来るまであと6日に迫ったその日。
クラスに、エヴァン・イルフェインが5日ほど学校を休むことが連絡された。
中等部からの知り合いはエヴァンが中々学校を休まない事を知っていたので、皆同様に首を捻っていた。
学校が終わったエリオットは、王城に戻り、今は使われていない地下牢に繋がる階段を降りていった。
昔はよく罪人や捕虜を投獄したらしいが、戦争が長年起こっておらず、そして罪人を王城に止まらせるのは寧ろ危険とされ、もう何年も使われていなかった。
苔の生えた階段を滑らないように、慎重に降りていくと、割と広い通路に牢がいくつか並んでいた。
その一つの前で、エリオットは立ち止まる。
鉄格子を叩いて音を鳴らすと、その中で眠っていたらしい人物は顔を上げた。
「…お前、友達にこんな事するキチガイだったっけ?」
牢に閉じ込められ、足首を鎖で繋がれたエヴァンは、自身を閉じ込めた友人だと思っていた男を睨みつけた。
「お前こそ、友達に惚れ薬を仕込むのに協力する犯罪者だったか?」
と、冷たくエリオットが返した。
一瞬眉が動いたエヴァンだったが、
「はぁ?しらねぇよ。んな事。
濡れ衣だろ濡れ衣!」
と騒ぎ立てた。
「…え?そ、そうなのか!?」
エリオットは心底意外そうな顔をした。
「そうだよ!今なら勘違いで許してやるから!早よ出せ!」
「そ、それはすまなかった」
やけに素直なエリオットにエヴァンはカマをかけていただけかと安心した。
しかし、エリオットはアホだが、無能ではない。
「そうか…では、王城で医者に見せたサウス男爵が惚れ薬を飲んだ時に体に出る特有の発疹の症状があり、更に接点のなかった私に好意を抱いたのも、影を使ってその件を調べさせたところ、闇市でお前が素材を購入した痕跡が見つかったのも、クラスフィール家の廃棄物から惚れ薬が入っていたと思われる小瓶が見つかったのも、王家が使用も精製も禁止していると知っているはずのお前が、集めた素材で闇市の薬剤師に惚れ薬を作らせたという証拠を掴んだのも、全て勘違いか、すまなかったな」
とミシェル直伝の説明口調で言い放った。
セバスの放った間者がリリスが何か紅茶に細工しているところを見たとは悔しいので言わなかったが。
エヴァンは目を見開いて、開いた口が塞がらなくなっていた。
《影》それは王族直下の部隊であり、その存在は名前こそ知られているが、実態は知られていない。知っているのは王家に関係するものと、力を持つほんの一握りの貴族だけだった。
だが侯爵家で王子とも親交のあったエヴァンはもちろん知っている。
王族の命令でしか動かず、しかし一度動けば、何から何まで調べ上げ、主人に報告し、必要とあれば戦闘も行う隠密特殊部隊であると。
尤も、それが齢16の学生に使うレベルの部隊ではないとも知っていたが。
だが、それでも、たった一日足らずでそこまで調べ上げることが出来たのか。
王族の優秀な手足である事に間違いはないが、脳がダメならそれは宝の持ち腐れとなる。
つまりこの結果は、エリオットの非凡さを、エヴァンとの格の違いを見せつけられているのと同じだった。
そこまで知っていながら、最初にエリオットが戸惑ったのは、馬鹿にしていたからだと、今更気づいたのだ。
「…お前、大人気ねぇぞ」
やっとエヴァンの口から出た言葉は、反論などではないただの文句だった。
それが、肯定行為に他ならないと知っていながらも。
「ああ、安心しろ、ちゃんと公欠にしてあるから、休みにならないぞ」
「いやそこじゃねぇよ!!」
なんだ?とエリオットはわざとらしく目を丸くした。
そんな王子を睨みつけたエヴァンは、
「んで?そこまでわかってて俺をどうする気だ?生憎だが、リリスはこの件に関係ない。
俺は運が良くなる薬ってリリスに渡しただけだからな」
と、吐き捨てた。
あくまでリリスはお前のために薬を入れただけだと、そう言い逃れするらしい。
「そうか、なら仕方ない…。そう言えば、何も食べていないようだが腹は空かないのか?」
エリオットがニヤリと笑ったのを見たエヴァンは、
「んだ?悪いけど、空腹には強いからなぁ!
別に飯抜きでもさして辛くねえから!」
随分と稚拙な拷問だと、あざ笑った。
「いや、何を一人で騒いでいるんだ?
そのくらいは知っている。というか、私は腹が減ってないかと聞いたんだ。ほら、ピザ好きだろう?食べろ」
「は?」
エリオットは馬鹿じゃないのかと言いたげにエヴァンを見た。
一瞬黙ったエヴァンだったが、
「どうせ下剤とか入れてんだろ?
誰が食べるかよ!」と突っぱねた。
その様子に、駄々をこねる子供を諭すように、
「いや、入れてどうする。牢に閉じ込めてそこの便器に座るお前を眺めるなんて、どんな趣味をしてると思われているのだ私は。
というか、お前の趣味か?」
優しいのは声のトーンだけだった。
「はぁ!?んな事言ってねぇだろ!
わーったよ!食えばいいんだろ食えば!」
挑発に乗って下の隙間から差し出された皿に乗った熱々のピザに噛り付いた。
「どうだ?」
「どう、だっ、てなん、んっ…なんだよ」
流石にしゃべりにくかったようで、咀嚼していたピザを嚥下して、言い直したエヴァン。
「美味いかと。気に入ったかと聞いている」
「…いや、美味いけどさ」
と、答えると、そうかとエリオットは満足そうに笑った。そのまま階段を上がっていった。
何かあるのではと警戒したエヴァンだったが、何分経っても腹具合は悪くならなかった。
30分後、また階段を降りてきたエリオットが持ってきたのは、これまたエヴァンの大好物のミートパイだった。
「エヴァン、作りたてのミートパイだ。食べるといい。ああ、それと、飲み物はその横の箱の中に入っているから、足りなくなったら言ってくれ」
エヴァンは流石に混乱したらしく、
「お前さ、もてなしてんの?もしかして」
「え、ああ、いや、そんなつもりはないんだが。ミートパイ好きだったような記憶があるんだが、違ったか?」
と、エリオットが首をかしげるのを見てエヴァンは拍子抜けしてしまった。
拷問の真似事をしようとして、変に優しさを持っているからやり切れない感じ。本来は牢に繋いで空腹を感じさせて、目の前でご馳走を食べる事とか、それを牢屋でご馳走を食べさせるのと勘違いしてるのか?
と、ミートパイにかぶりつきながら、エヴァンは考えた。
またその30分後。
至って健康なエヴァンの元に今度はデザートだと大きなプリンを持ってきた。
平らげるエヴァン。
体調良好。しいていうなら、地下は少し寒いので、エリオットにそれを伝えると彼は毛布を持ってきた。
そのまた30分後にポップコーンを持ってきたエリオットに退屈だと伝えると、ヴァイオリンを弾けるメイドを連れてきて演奏させた。
ポップコーンを食べながら、エヴァンはなかなか上手く顔も可愛いと拍手を送る。
流石にもう満腹のエヴァンは、グラタンを持ってまた降りてきたエリオットに、もう食べ物はいいと伝えたのだが、
「そうか、では勿体無いから強力な下剤でも盛ってリリス嬢に食べさせるか」
流石にこう言われては食べるしかなく、何とか大盛りのグラタンを食べきったエヴァン。
もうかなり腹は膨れており、パンパンだ。
その事をまたやってきたエリオットに伝えると、
「大丈夫だ、まだ破裂していない」と、パスタを差し出された。
流石にもう入らないと食い下がった時、エリオットの目が変わった。
「これは、アイリスに最近聞いたんだが、人間、空腹より満腹の方が辛いらしいぞ?
私にはにわかに信じられない、協力してくれないか?」
無論、アイリスは前世のテレビで見た記憶を、話題として話しただけなのだが。
そんな事知らずともエヴァンは察した。
こいつ延々と食べさせ続ける気だと。
「いや、もう、苦しいから。空腹より苦しいって!無理だって!」
と、懇願するエヴァンに、
「冗談言うな、他国の視察に行った時に見た貧民街の民はもっと苦しそうにしていた。
彼らを愚弄する気か。いくらオールハイン王国が飢餓のほとんどない、王族が優秀な国の民だとしてもそれは天狗になりすぎだ!」
いやそういう話じゃなくてというエヴァンの反論は何一つ聞き入れられなかった。
その通りなんだけど、さらっと自慢入れてくる嫌がらせにはもうツッコむ気力すらなかった。
毛布や、娯楽を増やせという願いは聞き入れられたが、食事を減らせというのは全く聞いてもらえない。
エヴァンは初めて与えられない苦しみではなく、与えられすぎる苦しみを経験していた。
貧乏貴族出身であり、養子として家族に売られたようだと感じていたエヴァンは与えられる事を何よりも望んでいた。
リリスはそれを癒してくれたのだ。
しかし、目の前の男はそれを拷問という形に昇華させてエヴァンを苦しめている。
と、自分のやった事を棚に上げてエヴァンはエリオットを睨みつけていた。
絶対に屈したりなんかしない、と。
出されたパスタも、その後のケーキも、マフィンも死ぬ気で食べきった。
「いや、お前血も涙もないのか!友達を拷問して、か弱いリリスをダシにして、うぷっ、王子がそれでいいのかよ!」
と嗚咽に涙目になりながらも反抗をやめない。
だが、
「3ポンドのサーロインステーキだ。食え」
流石に土下座した。
翌朝、目を覚ましたエヴァンは、鉄格子の前に既にエリオットがいることに気がついた。
「まだ、夜なのか?」
と聞けば、
「いや、もう昼だぞ?」
とエリオットが呆れたように答える。
は?とエヴァンは眉を顰めた。
「お前、学校はどうした…?」
「お前が寂しがると思ってな。
喜べ、私も、何日か公欠する事にした」
エヴァンはショックのあまり気を失った。
階段を上がってきたエリオットに、セバスはお疲れ様ですと声をかけつつも、
「殿下ご自身が尋問される事無かったんじゃないですか?…影に任せれば、すぐに済むことです」
とこれ以上主人の手を煩わせる案件ではないのではと進言した。
「それだと聞き出すのはいいが、エヴァンが壊れてしまうじゃないか」
何を当たり前の事を、とエリオットは軽く流した。それを聞いたセバスは、どこか必ず甘さの残る主人に苦笑してしまう。
エヴァンは拷問がどうだと散々文句を言っていたが、王家の禁ずる薬物に手を出したことはそれ即ち王に対する反逆ととられてもおかしくない。
そして惚れ薬は、国家を転覆するほどの力を持っている。例えば、王を自分に惚れさせれば、唆して戦争を起こすことだって出来るのだ。リリスが前世の知識とやらを使って素材を集めたならまだわかる。
そうじゃなければ、素材すら手に入れることも出来ないのだから。
王城の医師も、にわかに信じがたいが、と前置きしてから惚れ薬の可能性が高いと判断した。作った悪徳薬剤師はもちろん、監視付きで投獄された。
王太子であるエリオットを狙ったのならば、未遂であるが、国家反逆罪、内乱罪、不敬罪とこの3つ以外にも様々な罪に問われる。
リリスも、エヴァンも、もれなく極刑だ。
そして、関係ないとしても、その一族全てが同じく極刑となる。
だから、セバスは聞いたのだ。
「本当によろしいのですか」と。
友人を監禁して自ら尋問することをではない。
本当に自分たち影を使って処分しなくていいのかと。
そしてエリオットは答えた。
「手足は削いで置かなければ」と。
もう一度ここでセバスは確認するが、
「大人気ないぞセバス。
所詮はまだ16歳同士の恋愛合戦。
俺はアイリスを手放さないし、離さない。
後、何度も言わせるな、俺は容赦はしないが命はとらない主義だ」
ぶっ殺すが口癖のくせにとセバスはつつくが、言うのは許せと主人があっけらかんと言い切るのをみて諦めた。
そして、
「惚れ薬、作っとかなくていいんですか?
アイリス様に嫌われた時の保険にしなくて」
いつも通りの軽口を叩いた。
エリオットは一度あくびをして、
「一度でも使えば、俺の愛したアイリスはこの世からいなくなってしまう。
それに、そんな事をしたら本当の意味でアイリスに嫌われてしまうだろ?」
そう言ってまた尋問の準備に取り掛かった。
セバスは満足そうに口角を上げた。
「なんですか殿下そのセリフ、くっさ」
王子は笑顔で従者に襲いかかった。
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