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ギルド職員編

大発見でクロノ死す

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「おーい、マルス。ひとりで集めるの大変だろ。俺もその辺の草を拾って来たぞ」

「ありがとうございま……さすがです、先生!」


 いや、何が? まだ閃きの効果すら定かではないんだけど……。


「根っこから採取してくださるなんて! 冒険者の方々に依頼をしたときは、千切られたものが多くて、検証不足だったんです」

「そっちか。まぁ、女の子の体だと思って大切に扱ったからな」


 シュババと手帳を取り出すマルス。それはメモしないでよろしい。ロイスさんに後ろから刺されそうだから。


「そんで、この草たち、いい感じだと思わないか?」

「えーっと……? 特別に大きいわけでもないですし、鮮度の話ですか?」


 俺が採取したのは平凡なやつらだが、共通した特徴がある。それが良い草なのかは分からない。マルスの反応からして、俺の閃きは外れたようだ。


「言ってみただけさ。もうすぐ日が暮れる。今日はもう帰ろうか」

「帰ったら早速、効能を確かめてみます!」


 マジックバッグに入り切らない草を両手に抱えて、ほくほく顔のマルスと一緒に帰路につく。まるでおもちゃを買って貰った子供のようであるが、すぐに飽きないことを祈るばかりであった。


 それから数日後、またマルスがやってきた。弾ける笑顔と、アグレッシブな腕振りで挨拶してくる。これで女ならねぇ。性転換の薬とか作れないかな。でも中身が男だし、どう足掻いても俺の守備範囲外だから却下だ。


「先生、聞いてください! あれから実験をしたんですけど、僕が採取した薬草に比べて、先生が採取した薬草は、効果が高かったんです!」

「……やはりか。俺は、弟子のお前を超えてしまったようだなァ!」

「はい! 先生はやっぱり凄いです!!」


 ツッコミ不在である。ナイトメアもひとりでボケてないとツッコミしてくれないし、俺が滑ったみたいじゃないか。


 あまり騒がれると面倒なので、講義という名目でフィールドワークに出た。道すがら草を採取して、マルスに見せつける。


「どっちの草が、いいと思う?」

「えっと、色が濃い方ですか?」

「正解。じゃあ、今度はどっちだ?」

「やっぱり色が濃い方だと思います」

「ハズレ。色が薄いやつが良い草だと思う」

「先生はどうやって見極めてるんですか? 大きさとか、色艶張りに当てはまらい目利き手段をご存知なんですよね?」


 よくぞ聞いてくれた。俺の閃きは正しかったようなので、ドヤ顔で指導してやろうじゃないか。


「マナだよ、マナ。この草に内包されたマナの量が多いやつを、昨日も今日も選んで集めたわけさ」

「マナって見えるんですか!?」

「見えるとも。俺たちは魔術師だ。マナの流れが見えて当然だ。そう思って、スキルを辿ってみなさい。【シックスセンス】は、お前に役立つスキルだ」


 目を閉じたマルスが、手を伸ばした。迷いのない動作から、俺が教えたスキルを習得したのだと察する。目を開けたマルスは、何を思うか?


「これが、マナの流れですか」

「そうだぞ。どんな感じだ?」

「気持ち悪いですね……」

「人の顔を見ながら言うの止めてくれる!?」

「あぁっ、すみません!? そういう意味では――」


 子供イジめるの、たーのしいっ♪ 純粋な子はいいよね。反応が新鮮だもん。


「光が流れていて違和感があると思うが、早く慣れろ。お前の薬草採取の助けになるのは間違いない。ただし、このスキルのことは絶対に内緒だ」

「分かりました。墓場まで持っていきます!」


 大変よろしい。実はこのスキルを伝授すると、かなりリスクがある。身を守るシャドーデーモンが、見えやすくなる。


 肉眼なら影に潜ませればまず見つからないのだが、【シックスセンス】越しだと、影の中でも動きが見えてしまう。始めは違和感を覚える。やがて、目に見えない魔物が居ると、確信するだろう。


 シックスセンスの伝授は、自分の恥部をさらけ出すも同じ。嫌なら見るなとガニ股腰振りダンスで開き直れないほどのリスクだ。


「約束は守れよ。もし破ったら、ロイスさんの頭をハゲと同じ状態にするぞ」

「罰は父にいくのですか!? 先生との約束を守り、父の尊厳を守るためにも、絶対に誰にも言いません!」


 これだけ釘を差しておけば大丈夫だろう。物騒なあのスキルも使わない。睡眠薬のために、ぜひ役立ててくれ。


「今日も薬草採取していいぞ。スキルに慣れる訓練だからな」

「先生の教えの成果を見せるときですねっ!」


 それから数日後、またマルスがやってきた。遠巻きに見ても、前回よりはしゃいでる。まさか睡眠薬が完成したのか!?


「せ……ん……ぽ……し……が……っ」


 何だって……? マルスよ、またか。声が枯れたんだな。コントじゃないんだからさぁ……。


「……で、話って何だ?」

「先生は凄いです! 本当に凄いです尊敬します!」

「いや、何が。要件を言え」

「先生に教えて貰ったスキルを使ったら! なんと! ぽ……し……が……っ」

「わざとやってんの!? 【メディック】」

「ふぅ、すみません。興奮してしまって。実はあの秘伝のスキルを使うと、効果が低いハズレポーションを見分けられることが分かったんです」


 何だそんなことかぁ。睡眠薬が出来たと思ったのになぁ。ティミちゃんと愛のマナポーション契約を結んでいる俺には、下級ポーションは関係ない話だ。


「えっ、えぇ……? そのリアクションは何ですか? これは、薬師ギルドにとっては革新的なことなんですよ!?」

「マナが見えるなら、ある意味当然かなって。今更驚くことじゃないし……そんなに凄いのか?」

「これまでは国に収めるポーションを、契約より多めに納品していました。製造や検品に最新の注意を払っても、効能不足のポーションが出ない保証がなかったためです。でも、このスキルで鑑定すれば、その必要がなくなります」

「んー、生産効率が上がって嬉しいってこと?」

「それはもちろんですが、日頃から頑張ってくださっている職員の方々に還元できますし、最下級ポーションと名付けて販売すれば、より身近にポーションを使用する環境が出来るんです!」


 俺の視点は、基本的に冒険者だ。マルスは全体を見ている。レベルが低く危険度が少ない一般市民なら、粗悪品となるポーションであっても、効果は充分ということだろう。なるほど納得。こりゃ凄い。


「もし、このスキルが100年前にあれば……偽物を掴まされて苦しむ市民も居なかったでしょう。それを思うと、僕は悔しいです」

「過ぎたことは仕方ない。その惨劇があったから、薬師ギルドが生まれたんだ」

「はい。でも、薬師ギルドが及ばない地域は未だに多いんです。他国では平然と市場に偽物が出回っているとも聞いています……」

「……で、何が言いたいんだ?」

「【シックスセンス】を、広めることは出来ないのでしょうか!? 先生のお言葉があれば、世界は変わります……っ!」


 と、とんでもないこと言い出したな。どうしよう。ちょっと賢すぎるな……いや、年相応か。自慢の弟子だと思っていたが、そううまい話じゃない。まだまだ世間知らずのお坊ちゃんだ。


「……ダメだ」

「どうしてですか!?」

「お前はお前の力で、夢を叶えるんだろう? 大変な道のりだ。誰かの力を借りることもある。だがな、他人の力を自分の功績にする醜い人間にはなるな。俺の名義で公表するのもダメだぞ」

「先生……僕は……ただ……っ」

「このスキルが人を助けることもあれば、苦しめることもある。お前の言うところの、副作用だ。お前は賢いが、経験が足りない」

「……はい。口答えしてすみませんでした」

「お前に宿題を出そう。まずは5年、このスキルの公開を禁ずる。その理由を考えてもいいが、今のお前には決して解けない問題だ。だが、自分の夢に向かって努力していれば、自ずと分かるだろう」

「……はい! 今は、自分の夢に向かって精進します!」


 ふぅぅ、危ないところだった。シックスセンスが浸透したら、俺は丸裸にされちまう。間接的に師匠殺しの弟子を排出するところだった。


 とりあえず問題の先延ばしには成功したし、5年もあればなんとかなるだろう。自分で自分に死刑宣告しちまったけど、ひとつ増えたところで大差ねぇや。


「そんじゃ、今日も薬草集めていいぞ」

「わぁい。しばらく市民学校の時期なので、うんと集めておきます!」


 その日から、マルスはギルドに姿を見せなくなった。別に寂しくないもん。あいつも頑張ってる。でも睡眠薬はなるべく早めに作って欲しい。


「……暇だなぁ。何か面白いことないかなぁ」

「おいコラてめぇ、ブサクロノ。依頼張り出せや。受付やれや。ヒーラーもやれ」

「ハゲよ……いくら俺がスーパー万能ギルド職員でも、身はひとつなんだぞ」

「悪かったよ。順番に全部やれや」

「スーパーブラック!?」


 最近はなにかとマルスに講義をしていたもんだから、俺が居るとなればハゲが無茶振りしてくるようになった。しかも圧力が凄い。眼力が凄い。いかついハゲに真横から睨まれる恐怖……。


 唯一の救いは、うっかり誰かがハゲにぶつかっても、高ステータスゆえに微動だにしないところだろう。おかげで頬にぶっちゅんされずに済んでいる。俺も体重には自信があるから事故らないぜ。誰だ今ぶつかったやつ。殺すぞ。


 身の危険を感じた俺は、安全地帯となる受付に戻った。だが、ハゲはちっとも離れない。同僚だもんね。並ばれても不思議じゃないね。誰かハゲのギルド職員の資格を剥奪してくれ。


「分かったから、やるから! だから離れろ!」

「分かってくれりゃいいんだ。お前が居ないと忙しいのなんのって……まじか」


 ハゲの視線を追うと、カウンターの向こう。その下に、マルスが立っていた。小さい背丈がいつもより小さく見える。猫背矯正も講義に含まれますか?


「先生……少し、お時間ありますか……?」


 ハゲに目配せすると、腕を組んで唸った末に、頭皮をがりがりと掻いた。これは了承のサインである。


 この場で話せる雰囲気じゃなさそうなので、いつもの北の森に行く。露骨に元気ないし、道すがら聞いても曖昧な返事である。切り株に腰を下ろすと、やっと口を開いた。


「市民学校を辞めようと思うんです」

「なんでまた? 好きな子に彼氏が居たとか、寝取られたとか?」


 理由は他にもある。体操着を盗んだのがバレたとか、好きな子のリコーダーを舐めているところを目撃されたとか。


「最近、先生が……学校の先生が、僕をやたらと褒めるんです。最初は嬉しかったけど、誰かを叱るときの引き合いに出されることが増えて……」


 マルスは優秀だが、比べられ続けるのは面倒だな。とくに、相手としてはたまったもんじゃないだろう。それで場の空気が悪くなったようだ。


「よく叱られるその子は、商家の長女なんです。クラスの人気者です」


 スクールカーストか。その子が頂点で、マルスは下層だろう。いじめには発展してないものの、クラスメイトからの当たりもキツくなっているそうだ。


「市民学校って、辞めていいもんなのか?」

「必要な勉強は、家で家庭教師に教わっています。市民学校は、人脈作りのために父から勧められました。でも、今のままじゃ人脈を作るどころか悪化させてしまいます。僕が居なくなれば、クラスの場も和やかになると思います……」

「ロイスさんは、何か言ってたか?」

「父も死ぬほど嫌だったけど、頑張って通ったと言ってました。出来れば続けて欲しいとも。僕はどうしたらいいんでしょうか……」


 死ぬほど嫌って……ロイスさんらしいけどさ。選択肢を息子に与えただけでも良い父親か。そんで、俺に丸投げだよねコレ。


 イジメなら解決は簡単だ。イジメっ子のズボンをパンツごと降ろして、そいつが好きな女子の前でパオーンを晒し上げすりゃいい。それでもダメなら、お前のケツの穴をクラスメイトに晒し上げる……そう脅せば、脅しじゃないことを理解するはず。


「先生は、美女なのか?」

「男です。貴族の講師をしていた優秀な先生だと聞いています」

「えっと、プライド高そうだネ」


 レジェンド○学生クロノとして、人生リスタートすることも考えていたのに、これで計画は白紙になってしまった。赤ちゃんの作り方を、週イチで聞いてやるつもりだったのに。


「だったら、叱られる女の子は、どんなやつなんだ?」

「授業中は集中力を欠くことがあるけど、運動神経もいいし、明るくて優しい方ですよ。気配りもできるし、皆から慕われるのも当然です」

「ほうほう。さすがはクラスのマドンナ」

「それに比べて僕は、勉強しか出来ません。先生に褒められると嬉しいけど、彼女は僕が持ってない良いところをたくさん持っています。これじゃ、僕の立つ瀬がないですよ……ははは」


 泥沼化した面倒事だと思っていたが、簡単な問題だ。少し背中を押してやるのが先生の務めだな。


「答えは出てるじゃないか。今の言葉を、教室でみんなの前で言えばいい」

「えぇっ!? そんなの、恥ずかしくて……ムリです……」


 聞き分けのない子には、アイアンクロー。そのまま崖の前まで運んで、将来のあるお坊ちゃまを宙ぶらりん。


「せっ、先生!? 何するんですかっ、止めてください……っ」

「死ぬのとどっちが怖い? 少し勇気を出して、皆の前で自分の気持ちを打ち明ける。それでダメだったら、辞めればいいじゃん」

「わっ、分かりましたから! 助けてくださいぃぃぃっ!」


 聞き分けの良い子で助かった。冷や汗で滑って、うっかり落とすところだった。もっとも、シャドーデーモンを配置してたから落ちても死なないけど。


「今日の講義は終了だ。あとはお前次第だな」

「ゆ、勇気が出ました。今の怖さに比べたら、どうってこと……怖いですけど、頑張ってみます!」


 膝が笑った状態で、走り去る弟子の背中を見送った。


 それから数日後、元気な声とともにマルスがやってきた。


「その様子なら、上手くいったみたいだな」

「はい。先生のおかげです! それで、相談があって……」


 ま、またですかい!? 残業手当を所望する。まぁ、可愛い弟子の頼みだから聞くけどさ……。


「その子に……こ、告白されて……交際することになりまして……」

「ファッッッ!?」

「僕には夢がありますし、異性にうつつを抜かしている場合じゃないし、今からでも断ったほうがいいですよね……?」

「いや、付き合ったほうがいいな。30歳までにまともな恋愛をしておかないと、大人になったとき変態になる」

「えぇっ!? そうなんですかっ!?」

「あぁ、ガチで変態になる。確率はかなり高い。それが嫌なら、今すぐ手土産を持って、返事してこい!!」


 マルスの背中をぶっ叩き、送り出した。頑張れ、男の子……。


 他人の色恋事情がどうなろうと知ったことではないが、俺と性癖が被る変態に育つと困る。俺は特殊な性癖そのものに興奮してる節もあるので、未来の同族は少ないほうがいいのである。


 ただ、俺の心中は穏やかではない。甘酸っぱい青春を見せつけられて、我が息子はお怒りである。ちょっと前かがみで家に戻ってきた。


「おかえり。その顔、また何かあったのね。仕方がないから聞いてあげるわ。特別なんだからね。感謝しなさいよ」

「ありがとう。すべてテレサちゃんの体がエチエチすぎるのが悪い」

「えっ……またなの!? ちょっとぉ!? あたしの扱い、雑すぎよぉぉ!」


 またしてもテレサちゃんに八つ当たりした。性的な意味で。
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