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夜鷹編
人気者クロノ死す
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「きゃーっ! 何あれ、可愛いーっ!」
昼の町中を歩くと、黄色い声をあげたメスどもが群がってくる。おじさんはもうスターダムの階段をエスカレーターの如く進んでいるのだ。
「あのっ、握手してもいいですかっ?」
またひとり、欲情したメスにおねだりされた。紳士的なおじさんは微笑み、ゆっくりと頷いた。
「きゃーっ! ぶにぶにしてるっ。もっと触りたーい!」
「あのっ、名前を教えてくださいっ!」
いやー、人気者にも困ったものだ。それでもおじさんは紳士なので、もちろん教えてあげる。
「ナイトメアって言うんだ。おじさんが勝手に名付けちゃっただけで、とても優しい子だよ」
「ナイトメアきゅん。可愛い……っ!」
潤んだ瞳のメスが、また落ちた。ナイトメアをがばっと抱きしめ、頬ずりをしている。うむ、頑張ってくれ。ナイトメア。
『ねぇ、いつまでやらないといけないの』
(俺が飽きるまでよろしく。これも俺たちのためになるからな)
『……しょうがないね。ボクも頑張るよ』
――きゅきゅぅん!
ナイトメアが媚びた鳴き声をあげると、メスどもの歓声は激しさを増す。いいぞナイトメア。そこで自分から頬を寄せていけ。メスを虜にするのだ!
『はぁ、一体いつになったら終わるのやら……これ何日目?』
晴れてEランク冒険者になった俺は、自分の地位向上を図るべく、可愛いナイトメアを餌に町人からの好感度アップ作戦を実行していた。
初めはナイトメアを頭に乗せて街中を歩き回り、姿をお披露目する。その可愛さに釣られてやってきた人々に、爽やかに挨拶してナイトメアを触らせる。酸いも甘いも味わい尽くせ。ブサイクとキュートを併せ持つ俺たちをな。
『君って、こういうことは凄いよね。どうせなら強くなることに頭を使ったほうがいいと思うんだけど……』
(ちゃんと強くなってるだろ。エンチャントまじ強いぞ)
『90分だけね。レベル上がったんだから、普通にスキルで取りなよ』
(消費MP300だぞ。吐き気がヤバすぎてムリムリ。他のスキルも使わないといけないんだから、使用回数が制限されててもスキル化でやるしかないだろ)
『だからもっとレベルをだねぇ……』
(地位向上も立派なレベル上げだ。人間レベルを上げまくりよ)
『冒険者として強くなれば、勝手にモテると思うけど?』
(気持ちは分かる。だが、確固たる地位を固めると好き放題できないの)
『ボクは好き放題されてるわけなんだけど、そこのところはどう思う?』
ちょっとした人だかりは、多くの目を引く。今ではもう人が群がってきて逃げ場がないし、人混みを縫って現れた子どもたちにナイトメアが好き放題されている。
(なんて哀れなナイトメア。代われるものなら代わってあげたい)
『心にもないことを……』
(嘘じゃないさ。5秒くらいならな)
『け、契約したときのやり取りを根に持ってたんだね……』
実際のところ、俺が代わったとして、群がってくる連中はオークを討伐しようとする冒険者と、肉のバーゲンセールを喜ぶ主婦くらいだろう。
『いい加減に飽きたよ。今日いっぱいで終わろう』
(分かったよ。今日で最後だ。だから頑張ってくれ)
嘘である。ナイトメア媚び媚び大作戦はしばらく続いた……。
安全に家賃を稼ぐためにも、ヒーラーのバイトは続けている。冒険者たちが集まると有益な情報が多いのだ。今日もまた、新しい噂を聞いた冒険者が酒を片手に語りだす……。
――勇者御一行が、街道を荒らしていたシャドーウルフの群れを撃退したらしいぜ。これで物が仕入れやすくなるな。
(……ん? シャドーウルフ?)
――討伐した数は数百を超えるらしい。戦闘が終わったあとの街道は、ちょっとした地獄だったって話よ。一部には逃げられたらしいが、大したもんだ。
(ま、まさかとは思うが、この前のシャドーウルフは……)
この世界に携帯電話などない。あるのは手紙か、人伝いの噂か、ギルド職員などが使える緊急用のレスキューバードと呼ばれる鳥の魔物だけだ。
俺が体を張って、ミラちゃんとティミちゃんを、シャドーウルフから守ったことは記憶に新しい。あれは勇者御一行が討ち漏らした残党だったのか。
その前に赤竜に襲われたわけだが、それからしばらくして勇者御一行が、赤竜の住処を荒らし回った噂を聞いたので……。
(おいィ!? 勇者の残飯が全部こっちに来てるじゃねーか!?)
『勇者にも困ったものだねぇ』
(……勇者って、疫病神だったんだな)
『君も、勇者だからね?』
俺が持つ【強運】は、周辺の強力な魔物を引き寄せる。そこに勇者御一行から逃げ延びた運と実力を兼ね揃えたヤバい魔物がダイ○ンされる。なんとえげつないコンボだろう。この世界、ガチで俺を殺しに来てる。
(なぁ、エンチャントで勝てると思う?)
『相手によるね。だって君は、攻撃力はバカ高いけど、紙装甲だもん。一撃で相手を倒せなかったら……』
(ワンパンで滅されるぅぅぅっ!)
死ぬの怖い。やだやだやだ。そんなわけで臆病者の俺は、冒険をお休みして地位向上に熱を入れていた。レイナに言われたことを忘れていないのだ。
そんなある日のこと。夕方になり人通りが減ったので、撤収しようとすると後ろから声をかけられた。
「……それ、ナイトメアですよね?」
「あぁ、そうだよ。でも今日はおしまいで――」
目の前に居た女の子が消えた。口を覆われて背中に何かを突きつけられた。チクリと痛みが走る。こいつ、強盗か……?
「動くな。騒ぐな。少しでも妙な素振りをしたら殺す」
「分かった。俺に何を求めてる?」
「その魔物を渡せ。素直に差し出せば、お前の命は助けてやる」
「……渡さなかったら?」
「お前を殺して奪うだけだ。どっちでもいい」
死にたくない。でも相棒は渡せない。背中に突きつけられているのは、間違いなく刃物だ。【闇の喜び】で乱れた心をリセットしたいが、相手はその時間を与えてくれそうにない。
『ボクを渡せばいい。それが一番、安全さ』
まるで悪魔の囁きだ。流石は俺の相棒だ。だけど、この女は俺の本質を知らないはず。そこに命を賭けることにした。
「ひとつ質問をさせてくれ」
「……何だ? 時間稼ぎのつもりなら殺す」
「お前は、女だよな? ナイトメアを触りたいなら、いくらでも触らせてやる。何も奪う必要はないだろ」
「いいから渡せ。女だと侮っているなら、死んで後悔することになる」
相手は女だ。そうなると、俺が取る行動は決まってる。口を覆っていた指にしゃぶりついて、激しく舐めまくる!
「ずちゅうぅぅぅっ! レロレロレロレロ!」
「……ひっ! 気持ち悪っ!?」
生理的嫌悪感から生まれた一瞬の隙を、見逃すおじさんではない。とにかく走って距離を取る!
「バカがっ! 手を離したなっ!」
『そうやって、すーぐ煽るんだから……』
「止まれ! 止まらないと――」
女は走りながら短剣を構えている。冒険者の武器と比べてやや小さい。投擲用の投げナイフか。相手はレンジャー。魔術師のおじさんが逃げ切るのは難しい。だったら、渾身の秘策を使うしかない!
「うわぁぁぁぁぁっ! 殺されるぅぅぅ! 誰か助けてくれぇぇぇっ!」
襲われたら助けを求めるのは当たり前! おじさんは恥も外聞も捨てて、力の限り叫び続ける。投げナイフをブサイクな格好で避けながら、人通りの多い道を目指して走った。
「……ちっ。覚えてろ」
女は路地に消えた。それでも安心できなかった俺は、走り続けてギルドに転がり込んだ……。
「はぁはぁ、ハゲッ、助けろ!」
「人にものを頼む態度じゃねぇな!?」
ハゲは的確なツッコミをしながらグラスを差し出してくれる。ぐいっと中身を飲み干して、長いため息をついた。
「死ぬかと思った。盗賊に襲われた」
「盗賊だぁ? 返り討ちにしろよ。殺しても罪にならねぇぞ」
「血塗られたハゲと違って、俺は優しいんだよ……」
「あまちゃんがっ。そういう類は、人の姿をした魔物よ。そんな考えでよく逃げられたもんだ」
「女の子だったから、指を舐め回して逃げてきた」
「……歪みねぇな。その度胸を自分の身を守ることに使え」
物騒なことを話しやすいのは、やっぱり男だ。女の子に心配されるのも悪くないのだが、相談することに満足して死んだら意味がないからな。
「安心しろって。投げナイフを華麗に避けながら、恥も外見もかなぐり捨てて叫んで逃げたから。俺だって強くなってるんだよ」
「言ってることがめちゃくちゃじゃねぇか! しかし、投げナイフか。ひょっとしたらお前、今度こそ本当に死ぬかもな」
「えっ? どこか刺さってる!?」
「いや……ただの盗賊だと思っていたが、相手が投げナイフを使ったのなら、お前を狙ったのは暗殺者だろうな。厄介だぞ」
暗殺者はレンジャー系統の職で、隠密・短剣・投擲スキルを集中的に習得しているだけなので、珍しい職ではない。
「そうか? この前なんて、暗殺者に『何あの人……怖い』って言われたばっかりだぞ? お前が言うなってツッコミかけたわ」
「冒険者の暗殺者とは違うんだ。職の話ではなく、生き方の話だ。スキルの力を悪用して盗み・人さらい・殺人……何でもする犯罪者どもだよ」
「……まじで? アルバの治安はどうなってるんだ。俺なんて町に入るときに、槍を突きつけられて犯罪歴を調べられたんだぞ?」
「犯罪を犯したところで、捕らえて魂を赤く染めなきゃ誰にも分からん。町に入るだけなら、他にも抜け道はある。とにかく用心しろ」
「はぁ、どうしてこんなことになったんだか……」
「ナイトメアを見せびらかしたんだろ。町じゃ凄い噂になってたぜ。珍しい魔物の金の匂いに釣られて、悪いやつが寄って来たんだろう」
この世界、魔物のみならず人間まで俺を殺すつもりか。ベリーハードってレベルじゃないな……。
「このことは誰にも言わないでくれ。そんじゃ、帰るわ!」
「……頼らねぇのか?」
「自分で撒いた種だ。何とかするさ。非常識なヘビから生き残った俺が、人間に殺されるわけないだろ。また明日な」
ナイトメアは渡さない。俺も死ぬつもりはない。そして、誰かを巻き込むつもりもなかった。
相手は何でもする悪党らしいが、俺だって生き残るためなら何でもする男だ。底辺同士の頂上決戦……最後に煽るのは、この俺だ……。
「ブサクロノ……死ぬんじゃねぇぞ……」
「あぁ、分かってるさ。そんなわけで、今日からギルドに泊めて!?」
「おぃぃ!? また明日って言ったよな!? どう見ても帰る流れだったろ!?」
「家に帰りたいんだけど、押し入られたら怖いじゃん。派手に壊すに決まってるし、弁償してくれるか分からないし」
「ギルドに住むなんて許可が出るわけないだろうがっ!」
「ここで働かせてください! 何でもしますから!」
完璧な土下座を決めた俺は、ギルドに住むことになった……。
あとがき 2019/03/16 10:35分頃、誤字と一部内容を修正しました。
昼の町中を歩くと、黄色い声をあげたメスどもが群がってくる。おじさんはもうスターダムの階段をエスカレーターの如く進んでいるのだ。
「あのっ、握手してもいいですかっ?」
またひとり、欲情したメスにおねだりされた。紳士的なおじさんは微笑み、ゆっくりと頷いた。
「きゃーっ! ぶにぶにしてるっ。もっと触りたーい!」
「あのっ、名前を教えてくださいっ!」
いやー、人気者にも困ったものだ。それでもおじさんは紳士なので、もちろん教えてあげる。
「ナイトメアって言うんだ。おじさんが勝手に名付けちゃっただけで、とても優しい子だよ」
「ナイトメアきゅん。可愛い……っ!」
潤んだ瞳のメスが、また落ちた。ナイトメアをがばっと抱きしめ、頬ずりをしている。うむ、頑張ってくれ。ナイトメア。
『ねぇ、いつまでやらないといけないの』
(俺が飽きるまでよろしく。これも俺たちのためになるからな)
『……しょうがないね。ボクも頑張るよ』
――きゅきゅぅん!
ナイトメアが媚びた鳴き声をあげると、メスどもの歓声は激しさを増す。いいぞナイトメア。そこで自分から頬を寄せていけ。メスを虜にするのだ!
『はぁ、一体いつになったら終わるのやら……これ何日目?』
晴れてEランク冒険者になった俺は、自分の地位向上を図るべく、可愛いナイトメアを餌に町人からの好感度アップ作戦を実行していた。
初めはナイトメアを頭に乗せて街中を歩き回り、姿をお披露目する。その可愛さに釣られてやってきた人々に、爽やかに挨拶してナイトメアを触らせる。酸いも甘いも味わい尽くせ。ブサイクとキュートを併せ持つ俺たちをな。
『君って、こういうことは凄いよね。どうせなら強くなることに頭を使ったほうがいいと思うんだけど……』
(ちゃんと強くなってるだろ。エンチャントまじ強いぞ)
『90分だけね。レベル上がったんだから、普通にスキルで取りなよ』
(消費MP300だぞ。吐き気がヤバすぎてムリムリ。他のスキルも使わないといけないんだから、使用回数が制限されててもスキル化でやるしかないだろ)
『だからもっとレベルをだねぇ……』
(地位向上も立派なレベル上げだ。人間レベルを上げまくりよ)
『冒険者として強くなれば、勝手にモテると思うけど?』
(気持ちは分かる。だが、確固たる地位を固めると好き放題できないの)
『ボクは好き放題されてるわけなんだけど、そこのところはどう思う?』
ちょっとした人だかりは、多くの目を引く。今ではもう人が群がってきて逃げ場がないし、人混みを縫って現れた子どもたちにナイトメアが好き放題されている。
(なんて哀れなナイトメア。代われるものなら代わってあげたい)
『心にもないことを……』
(嘘じゃないさ。5秒くらいならな)
『け、契約したときのやり取りを根に持ってたんだね……』
実際のところ、俺が代わったとして、群がってくる連中はオークを討伐しようとする冒険者と、肉のバーゲンセールを喜ぶ主婦くらいだろう。
『いい加減に飽きたよ。今日いっぱいで終わろう』
(分かったよ。今日で最後だ。だから頑張ってくれ)
嘘である。ナイトメア媚び媚び大作戦はしばらく続いた……。
安全に家賃を稼ぐためにも、ヒーラーのバイトは続けている。冒険者たちが集まると有益な情報が多いのだ。今日もまた、新しい噂を聞いた冒険者が酒を片手に語りだす……。
――勇者御一行が、街道を荒らしていたシャドーウルフの群れを撃退したらしいぜ。これで物が仕入れやすくなるな。
(……ん? シャドーウルフ?)
――討伐した数は数百を超えるらしい。戦闘が終わったあとの街道は、ちょっとした地獄だったって話よ。一部には逃げられたらしいが、大したもんだ。
(ま、まさかとは思うが、この前のシャドーウルフは……)
この世界に携帯電話などない。あるのは手紙か、人伝いの噂か、ギルド職員などが使える緊急用のレスキューバードと呼ばれる鳥の魔物だけだ。
俺が体を張って、ミラちゃんとティミちゃんを、シャドーウルフから守ったことは記憶に新しい。あれは勇者御一行が討ち漏らした残党だったのか。
その前に赤竜に襲われたわけだが、それからしばらくして勇者御一行が、赤竜の住処を荒らし回った噂を聞いたので……。
(おいィ!? 勇者の残飯が全部こっちに来てるじゃねーか!?)
『勇者にも困ったものだねぇ』
(……勇者って、疫病神だったんだな)
『君も、勇者だからね?』
俺が持つ【強運】は、周辺の強力な魔物を引き寄せる。そこに勇者御一行から逃げ延びた運と実力を兼ね揃えたヤバい魔物がダイ○ンされる。なんとえげつないコンボだろう。この世界、ガチで俺を殺しに来てる。
(なぁ、エンチャントで勝てると思う?)
『相手によるね。だって君は、攻撃力はバカ高いけど、紙装甲だもん。一撃で相手を倒せなかったら……』
(ワンパンで滅されるぅぅぅっ!)
死ぬの怖い。やだやだやだ。そんなわけで臆病者の俺は、冒険をお休みして地位向上に熱を入れていた。レイナに言われたことを忘れていないのだ。
そんなある日のこと。夕方になり人通りが減ったので、撤収しようとすると後ろから声をかけられた。
「……それ、ナイトメアですよね?」
「あぁ、そうだよ。でも今日はおしまいで――」
目の前に居た女の子が消えた。口を覆われて背中に何かを突きつけられた。チクリと痛みが走る。こいつ、強盗か……?
「動くな。騒ぐな。少しでも妙な素振りをしたら殺す」
「分かった。俺に何を求めてる?」
「その魔物を渡せ。素直に差し出せば、お前の命は助けてやる」
「……渡さなかったら?」
「お前を殺して奪うだけだ。どっちでもいい」
死にたくない。でも相棒は渡せない。背中に突きつけられているのは、間違いなく刃物だ。【闇の喜び】で乱れた心をリセットしたいが、相手はその時間を与えてくれそうにない。
『ボクを渡せばいい。それが一番、安全さ』
まるで悪魔の囁きだ。流石は俺の相棒だ。だけど、この女は俺の本質を知らないはず。そこに命を賭けることにした。
「ひとつ質問をさせてくれ」
「……何だ? 時間稼ぎのつもりなら殺す」
「お前は、女だよな? ナイトメアを触りたいなら、いくらでも触らせてやる。何も奪う必要はないだろ」
「いいから渡せ。女だと侮っているなら、死んで後悔することになる」
相手は女だ。そうなると、俺が取る行動は決まってる。口を覆っていた指にしゃぶりついて、激しく舐めまくる!
「ずちゅうぅぅぅっ! レロレロレロレロ!」
「……ひっ! 気持ち悪っ!?」
生理的嫌悪感から生まれた一瞬の隙を、見逃すおじさんではない。とにかく走って距離を取る!
「バカがっ! 手を離したなっ!」
『そうやって、すーぐ煽るんだから……』
「止まれ! 止まらないと――」
女は走りながら短剣を構えている。冒険者の武器と比べてやや小さい。投擲用の投げナイフか。相手はレンジャー。魔術師のおじさんが逃げ切るのは難しい。だったら、渾身の秘策を使うしかない!
「うわぁぁぁぁぁっ! 殺されるぅぅぅ! 誰か助けてくれぇぇぇっ!」
襲われたら助けを求めるのは当たり前! おじさんは恥も外聞も捨てて、力の限り叫び続ける。投げナイフをブサイクな格好で避けながら、人通りの多い道を目指して走った。
「……ちっ。覚えてろ」
女は路地に消えた。それでも安心できなかった俺は、走り続けてギルドに転がり込んだ……。
「はぁはぁ、ハゲッ、助けろ!」
「人にものを頼む態度じゃねぇな!?」
ハゲは的確なツッコミをしながらグラスを差し出してくれる。ぐいっと中身を飲み干して、長いため息をついた。
「死ぬかと思った。盗賊に襲われた」
「盗賊だぁ? 返り討ちにしろよ。殺しても罪にならねぇぞ」
「血塗られたハゲと違って、俺は優しいんだよ……」
「あまちゃんがっ。そういう類は、人の姿をした魔物よ。そんな考えでよく逃げられたもんだ」
「女の子だったから、指を舐め回して逃げてきた」
「……歪みねぇな。その度胸を自分の身を守ることに使え」
物騒なことを話しやすいのは、やっぱり男だ。女の子に心配されるのも悪くないのだが、相談することに満足して死んだら意味がないからな。
「安心しろって。投げナイフを華麗に避けながら、恥も外見もかなぐり捨てて叫んで逃げたから。俺だって強くなってるんだよ」
「言ってることがめちゃくちゃじゃねぇか! しかし、投げナイフか。ひょっとしたらお前、今度こそ本当に死ぬかもな」
「えっ? どこか刺さってる!?」
「いや……ただの盗賊だと思っていたが、相手が投げナイフを使ったのなら、お前を狙ったのは暗殺者だろうな。厄介だぞ」
暗殺者はレンジャー系統の職で、隠密・短剣・投擲スキルを集中的に習得しているだけなので、珍しい職ではない。
「そうか? この前なんて、暗殺者に『何あの人……怖い』って言われたばっかりだぞ? お前が言うなってツッコミかけたわ」
「冒険者の暗殺者とは違うんだ。職の話ではなく、生き方の話だ。スキルの力を悪用して盗み・人さらい・殺人……何でもする犯罪者どもだよ」
「……まじで? アルバの治安はどうなってるんだ。俺なんて町に入るときに、槍を突きつけられて犯罪歴を調べられたんだぞ?」
「犯罪を犯したところで、捕らえて魂を赤く染めなきゃ誰にも分からん。町に入るだけなら、他にも抜け道はある。とにかく用心しろ」
「はぁ、どうしてこんなことになったんだか……」
「ナイトメアを見せびらかしたんだろ。町じゃ凄い噂になってたぜ。珍しい魔物の金の匂いに釣られて、悪いやつが寄って来たんだろう」
この世界、魔物のみならず人間まで俺を殺すつもりか。ベリーハードってレベルじゃないな……。
「このことは誰にも言わないでくれ。そんじゃ、帰るわ!」
「……頼らねぇのか?」
「自分で撒いた種だ。何とかするさ。非常識なヘビから生き残った俺が、人間に殺されるわけないだろ。また明日な」
ナイトメアは渡さない。俺も死ぬつもりはない。そして、誰かを巻き込むつもりもなかった。
相手は何でもする悪党らしいが、俺だって生き残るためなら何でもする男だ。底辺同士の頂上決戦……最後に煽るのは、この俺だ……。
「ブサクロノ……死ぬんじゃねぇぞ……」
「あぁ、分かってるさ。そんなわけで、今日からギルドに泊めて!?」
「おぃぃ!? また明日って言ったよな!? どう見ても帰る流れだったろ!?」
「家に帰りたいんだけど、押し入られたら怖いじゃん。派手に壊すに決まってるし、弁償してくれるか分からないし」
「ギルドに住むなんて許可が出るわけないだろうがっ!」
「ここで働かせてください! 何でもしますから!」
完璧な土下座を決めた俺は、ギルドに住むことになった……。
あとがき 2019/03/16 10:35分頃、誤字と一部内容を修正しました。
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