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08. 俺と、婚約者②

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 館の主人であるシャノンは、夕食があまり進んでいないようだった。何かを考えているらしく、
スープの表面をじっと見つめたまま、スプーンを持った手が止まっている。
「あの女に何か言われたに違いない」
「館を売るかどうか考えているんだわ」
「阻止しないと」
「どうやって?」
 同じ食卓に付いたメイドたちがひそひそと言葉を交わしているのにも、シャノンは気付いていない。
「フーカ、出番よ」
「え? わたしですか!?」
「さりげなく聞いて」
「そう。フーカならできる」
 メイドたちに背中を押されて、フーカという、おっとりとしたメイドがシャノンの前に歩み出た。
 すると、シャノンは我に返り、顔をあげてフーカを見た。
「ああ、フーカさん。どうしたんだ?」
「ええと……」
 フーカが困ったように言い淀む。
「この館、売ったりしないですよね?」
 シャノンは再び視線を落とし、フーカの白い前掛けの辺りを見ながら、重い口をやっと開くように呟く。
「いや、分からない」
 その言葉を聞いて、青ざめたり、頭を抱えたりする他のメイドたち。
「あの方と、結婚するからですか?」
 フーカの問いに、シャノンは今度は顔を上げずに答える。
「たぶん、俺はあいつと結婚するだろう」
 目を丸くし、口を半開きにして固まるメイドたち。
 シャノンはそんなメイドたちの様子にも気づかず、すでに物思いに沈んでいる。
 そのとき、ガタンッと椅子が鳴った。
「結婚したいのッ!?」
 リサが立ち上がって、叫んでいた。
「あんた、あの女のことが好きなの!?」
 シャノンはゆっくりとした動作でリサを見る。
「それは、まだ……」
「まだって何よ!? ふざけんなバカ!」
 椅子が倒れて大きな音を立て、リサがダイニングルームを飛び出して行った。何人かのメイドがその背中を追って出ていく。
 一方、シャノンは椅子に深く座ったまま動かない。
「まあ、気にするようなことじゃない。メイドのお前たちには、変わらず仕事に励んでもらいたい」
 シャノンは笑顔で言ったが、メイドたちにはその笑顔がどこか作り物のように見えていた。


* * *


 一週間後、再びドアベルを鳴らす音が館に響き渡った。
 壁に立てかけた梯子の上で窓を拭いていたシャノンは、大声でメイドたちを呼んだ。
「おーい、誰か出てくれ」
 しかしメイドは誰も返事をしないし、玄関に向かった様子もない。
 仕方なくシャノンが自ら玄関に出向いていくと、予想通り、マリアベルだった。
「シャノン様~!」
「おい、待て! こんなところでやめてくれ!」
 獲物に跳びかかる猫のように抱き着かれ、シャノンは後ろに倒れそうになりながら、マリアベルをなんとか引き剥がそうとする。
「ほとばしる愛がいけないのです。愛が私にそうさせるのです!」
「だったら愛って野郎を殴りたい」
 離れないマリアベルを引きずるようにして、廊下を歩く。
「誰か、お茶を淹れてくれないか?」
 返事はない。
「シャノン様ってメイドたちに嫌われてます?」
「そうらしいな」
「そういうところも好きです」
「わけが分からん」
 シャノンがマリアベルごと部屋に入り、バタンとドアを閉じる。
 すると部屋の外にはメイドたちがどこからともなく現われて、ドアに耳を付けてじっと聞き耳を立てる。
 契約。売却。館。……そんな言葉がしばらく断片的に聞こえてきたので、メイドたちは不安げに、ひそひそと言葉を交わす。
「やばいわ」
「まだ二回目なのに、もう契約しちゃうんじゃ?」
「阻止するのよ」
「どうやって?」
「分からないけど」
「もう部屋に入って強引に邪魔するしかない」
「誰か?」
「…………」
 そんな調子である。
「困ったときのフーカさん」
「へ? わたしですか?」
「なるほど」
「よし、お茶」
「ラジャッ」
 メイドがティーセットを部屋の前に運んでくる。
「フーカさん、GO!」
「GOGO!」
「で、でもどうしたらいいんですか?」
「分からないけど何とかするのよ。ほら」
 メイドの一人がドアをノックした。
「なんだ?」と、中からシャノンの声。
 カギが開いて、シャノンが顔を出した。フーカ以外のメイドたちは柱の影や隣の部屋に隠れて、様子をうかがっている。
「お、お茶をお持ちしました」
「さすがフーカさん、気が利きますね。他の奴らとは大違いだ。ありがとう」
「いえ、どういたしまして。ごゆっくり」
 シャノンがティーセットを受け取り、ドアを閉めた。それを笑顔で見送るフーカ。
 スパーン! と気持ちのいい音が廊下に響き渡った。メイドの一人がフーカの頭をハリセンで引っぱたいたのである。ちなみにハリセンは異世界からやってきたという勇者から、以前シャノンが購入したらしい。
「それじゃ意味なーいっ!」
「何してんのよーっ!」
「ごゆっくりじゃない!」
「部屋に入らなきゃダメだってば!」
「誰だ『困ったときのフーカ』とか言ったの!?」
「次、あたしが行くわ」
 歩み出たのは金髪ツインテの小柄なメイド――リサである。
「作戦は?」
「……ないわ」
「じゃあ、これ持って」
 他のメイドがリサに手渡したのは、ローターである。
「なんでこれ!?」
「その手があったか!」
「それならいける!」
「シャノン様の欲望は無限大!」
「バカ! こんなもの持っていけるわけないじゃない!?」
 しかし争っているうちに、他のメイドがノックしてしまう。
「なんだ?」
 シャノンがドアを少しだけ開けて外をのぞいた。
「リサか。どうした? 今、忙しいんだが」
「え? あー……えっと……中に……入れてほしいんだけど……」
 リサはローターを手でいじりながら、もじもじした様子で、目を泳がせる。それを見てシャノンは何かを察したらしい。
「分かった。今晩、俺の部屋に来るように。もっといいものを入れてやるから、それまで自分で開発すること」
 バタン、とドアが閉じられる。
 廊下に一人残されたリサはローターを床に投げつけた。
「誰が自分で開発するかあッ!!」
 他のメイドたちが集まってきて、リサの肩を叩く。
「あれじゃ、ただの痴女だ」
「うん、痴女にしか見えない」
「今夜が楽しみだね」
「やかましいわ!」
 リサが三人のメイドの頭をハリセンで連打した。すると、いきなりドアが開いて、シャノンが顔だけ出す。
「ちょっと静かにしてくれるか? 大事な話をしてるんだ」
 メイドたちはお互いの顔を見合わせて、謎の頷きを交わしてから、次々と手を挙げた。
「シャノン様、部屋の中に忘れ物をしてしまったのですが」
「あとで取りに来てくれ」
「お茶だけでなくお菓子もどうですか?」
「部屋の前に置いといてくれ」
「お部屋に敵国のスパイが」
「ないない」
「このお部屋がダンジョンに繋がっているとの情報が」
「さすがにねえよ! なんなんだ、お前たちは!?」
 バタン、と冷たく閉ざされるドア。
 メイドたちはその前で沈黙するのみ。
「…………」
「手ごわいわ」
「ですね」
「怪しい」
「何か隠してる」
 相変わらず、シャノンとマリアベルの、はっきりと聞き取れない会話が続く。会話はいつの間にか談笑に変わり、はしゃぐマリアベルの声が外までよく聞こえてくるようになった。それから謎のカシャッという音も。「これ、すごいわ!」「シャノン様、もう一度!」「わあ、素敵!」「今度は二人で!」一時間ほど賑やかな時間が続き、その後はまた真面目な話に戻ったりして、数時間が経過した。
 二人が再びドアを開けて出てきたときには、メイドたちはそれぞれの持ち場に散って、何食わぬ顔をしていた。
 帰っていくマリアベルを見送るのはシャノンだけ。別れ際にシャノンがマリアベルにパン一つ分くらいの小箱を手渡す。
「これ、ホントにもらっていいの?」
「ああ、全部やるよ」
「シャノン様、ありがとうございます。家宝にします」
「んな大袈裟な」
 何やらお土産を持たせたらしい。メイドたちは二階の手すりの間からエントランスを見下ろし、二人の様子を監視していた。

* * *

「どう思いますか?」
 キッチンにはメイドたちが集まって、額を寄せ合って、小さな声で相談していた。
「黒です」
「館の売却は確実と言っていいですね」
「完全にあの女の手のひらの上」
「ご執心」
「お土産まで渡して、デレデレです」
「あの女とHなことを始めるのも、時間の問題かと」
「もうしてるかも」
「契約書にサインしてしまったと思う?」
「部屋に書類はなかった」
「あの女が持っていったのかも」
「だとしたら、もうお仕舞いよ」
「じゃあ、私たちも……」
「就職先を見つけたほうが良さそう」
「そんな……」
「おーい、何してんだ?」
 重苦しい空気を割って、いきなりシャノンがキッチンに顔を出したので、メイドたちは驚いて飛び上がった。
「な、なんでもありません」
「ご主人様には関係ない」
「ガールズトーク」
「そうか?」
シャノンは隠し事をされていることに気付かないのか、単に気にしないだけか、いつもの調子で続ける。「ところで、今晩、リサを部屋に呼んでるんだが、どうせならみんなで来ないか? 最後に全員で思い出を作るのもいいだろ? どうだ?」
 メイドたちは『最後に』という言葉を聞いた瞬間、互いの顔を見合わせた。
 誰もこんなに早く『最後』がやってくるとは思ってもみなかった、という顔だ。今にも泣きそうなメイドもいれば、しゅんと肩を落としているメイドもいる。
「ど、どうした?」
 なんだかメイドたちの様子がおかしいと気付き、シャノンが少しうろたえる。
 赤髪のエマが代表して、普段とあまり変わらぬ無表情で答えた。
「分かった。行く」
「そ、そうか! じゃあ、待ってるからな!」
 シャノンが去っていくと、メイドたちがエマに問う。
「行ってどうするの?」
「ホントに行くの?」
 エマは手招きしてメイドたちをそばに集め、声をひそめる。
「みんなで、ご主人様を、襲う」
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