上 下
198 / 443

第66話 母の真意②

しおりを挟む
「いつもすみません、お母様。」
 嬉しそうにそれを受け取ると、イヴリンさんは一度キッチンに戻り、お皿を出して箱の中のケーキを皿に並べて再び戻ってきた。
 ケーキは3つしかなかったので、俺、サニーさん、ニュートンジョン侯爵夫人の前に、イヴリンさんはケーキを置いた。

「どうぞ。ここのお店のケーキはお砂糖が控えめなので、甘い物が食べたい時に、私でも安心して食べられるんです。
 お母様がいつも持ってきて下さって。」
 ああ、出産前後は妊娠高血圧症候群になることがあるから、甘い物は要注意だよな。

 重度になるとお腹の子どもの発育が悪くなったり、胎盤剥離が起きたりする、恐ろしい病気だ。
 血圧が問題なくても、別の問題が起こることもある。友人の娘さんの出産時も、乳腺炎になってしまうとかで、好きに甘い物が食べられないと言っていたっけ。

「わたくしはそんなに甘いものが好きではないの。だからこれはあなたが食べなさい。」
 そう言ってニュートンジョン侯爵夫人は、イヴリンさんの前にケーキを置いた。自分の分をさっさと食べだしてしまっていたサニーさんが、気まずそうな表情を浮かべる。

 ニュートンジョン侯爵夫人が、確実にイヴリンさんの為に持ってきてくれた、砂糖少なめのケーキなのに、イヴリンさんが食べられないのを気にしなかったのは、さすがにまずいぞ、サニーさん。
 客の俺ですら、そこに思い至って、ケーキに手を出したものか戸惑ったのに。

 それにしても、出産前後は体質が変わるから、女性は大変だよな。そこに気を配ってお菓子を持ってきてくれているのか。
 ……あれ?優しいんじゃないか?
 怯えるサニーさんの様子と、イヴリンさんの前のニュートンジョン侯爵夫人のイメージがつながらない。

「──それで、サニー。」
 俺の隣の席で、イヴリンさんの出してくれたお茶を一口飲んだニュートンジョン侯爵夫人が、サニーさんをジロリと睨む。
「いつ産まれてもおかしくない状態だという嫁を、ご近所様に何のお願いもせず、連絡もなしに仕事だからと、ほったらかして泊まりで出かけるとは何事ですか。
 妊娠中の女性が家で1人だなんて、どれだけ恐ろしいことだか分からないのですか?」

「はい……、申し訳ありませんお母様。」
 サニーさんはすっかり縮こまっている。
「わたくしはあなたの育て方を間違えてしまったかも知れませんね。」
「そんなことありませんわ、お母様。
 サニーさんはいつも私を手伝ってくれる、優しい旦那様です。」
 笑顔のイヴリンさんに、サニーさんが救いを求める目線を向ける。

「──手伝う、という考えがそもそもの間違いなのです。わたくしたちの元を離れ、従者のいない生活を選んだのは、あなたなのですよ、サニー。それならば、夫婦でともに支え合わなくてはならない筈。
 この先子どもが産まれても、あなたは手伝いで済ませるつもりなのですか?」

「はい……、申し訳ありません、お母様。」
 んんん?
「サニー、こんな時間だし、お母様とジョージさんにも、夕食を召し上がっていただいたらどうかしら?」
「ああ、そのつもりだよ。
 準備してくれるかい?」
「ええ。」
 話題を変えてくれたイヴリンさんに、サニーさんがほっとした表情を浮かべた。

「──サニー。」
 サニーさんがビクッとする。
「身重の妻を働かせて、あなたは何もしないつもりなの。なぜ、座ったままなのかしら。この時間なら、もう馬車はありませんよね。
 ということは、ジョージさんにはこのまま家にお泊りいただくのよね?
 それならば、ベッドの準備はもう済んでいるということでいいのかしら?」

「い、いえ、まだ……。イヴリンが……。」
「イヴリンは体が小さいのですよ。つまり子どもがお腹にいることで、イヴリンの体重は元の1.5倍。筋肉だってないわ。
 この状態でベッドメイキングをするのがどれほどの重労働なのか、あなたは想像したことがあるのかしら。」
 ニュートンジョン侯爵夫人が、冷たい眼差しでサニーさんにたたみかける。

────────────────────

少しでも面白いと思ったら、エピソードごとのイイネ、または応援するを押していただけたら幸いです。

しおりを挟む
感想 49

あなたにおすすめの小説

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

処理中です...