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第3章

第422話 ルカリア学園の裏庭の出来事③

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「彼女が転んだから、助け起こそうとして、僕も転んでしまっただけさ。」
 ベンジャミンはそう言って起き上がると、服についた草を慣れた仕草で払った。

「……知ってるか?」
「文官科の平民だ。確か元キャベンディッシュ侯爵家の後継者と親しくしていた筈だ。」
「……ああ。──塞ぐか?」

 男子生徒たちは、ヒックスの顔を見て、そうコソコソと話をしていた。
 少女は起き上がると、一言も告げずに、慌てて裏庭から走り去って行った。

 その様子に声をかけようとしたヒックスたちは、声をかける隙もないほど素早く逃げていった少女を目で追った。本当に転んだだけであれば、あんな風にはならない筈だ。

「あれはもう呼び出しても駄目だな。」
「残念、結構可愛かったのにな。」
「呼び出しに応じるくらいのところまで、いけてたらよかったんだけどな。」

 ハハハハ、と少年たちは笑う。そんな少年たちの様子を、ヒックスは訝しげに眺めていた。どう見てもあの状況は……。だが目の前に居るのは王族と上位貴族の集まりだ。

 下手なことを言えば自分が危ない。ヒックスは逡巡しつつも言葉が出なかった。
「どうしたんだい?パル。」
「ニール。」

 その時、ヒックスの後ろから、ひょっこりと別の少年が顔を出した。
「──ベンジャミン?」
「ああ、久しぶり。」

 眉間にシワを寄せたまま、ベンジャミンが答える。何にどこまで気が付いているのか、探るような視線だった。

「僕の婚約者の従兄弟だ。」
「エリーの?ということは、カーボネット伯爵家の後継者か。」
「はい、お初にお目にかかります、殿下。」

 ベンジャミンの言葉に、ルーデンス王太子がニールの顔を見上げる。ルカリア学園の中の為、最敬礼まではしなかったが、王族を前にして軽くお辞儀をするニール。

 ある程度の貴族の入学情報は、すべての貴族と王族に伝わっている。顔は知らなかったものの、ベンジャミンの婚約者であるエリーの従兄弟である、カーボネット伯爵家の後継者が入学した話は伝え聞いていた。

「……あれは駄目だな。」
「ああ。婚約に響いたらまずい。」
 ベンジャミンは侯爵令息とはいえ、後継者ではない3男だ。

 彼は、ニール・カーボネットの従姉妹である、エリー・ホドナ辺境伯令嬢との結婚がなければ、途端に平民になってしまう立場だ。

 ましてやベンジャミンは、グリフィス侯爵家始まって以来の出来の悪い兄弟と言われるほどの、低いスキルの持ち主だ。

 代々上級近接職のスキルを得るグリフィス侯爵家において、兄2人が中級、ベンジャミンなどは下級のスキルしか得られなかった。

 兄2人はまだ騎士団への所属がそれでも決まったが、下級のスキル持ちであるベンジャミンは、この婚約がなければ、ルカリア学園を卒業しても職にあぶれてしまうだろう。

 ホドナ辺境伯家の入婿になることは、ベンジャミンにとって必ず成し遂げなければならないことだった。それでもこの危険な遊びをやめることが出来ない。

 ルーデンスと親しくい続けるためにも必要なことだが、何より自分自身がこの危険な遊びにハマってしまっていたのだ。

 騎士家系の名門であるグリフィス侯爵家との婚約は、ホドナ辺境伯家としても、辺境の守りを固めるうえで必要な婚約だった。

 だがホドナ辺境伯は潔癖で知られる傑物である。こんな遊びをしていると知られれば、貴族の間では当たり前でも、目をつぶってはもらえないだろうことはわかっていた。

「では私たちはもう行くよ。騒いで邪魔をして悪かったね。」
「いえ、お気遣いなく……。」

 笑顔で去っていくルーデンスたちを、ヒックスとカーボネットは、どこか奇妙な違和感を感じながら見つめていた。

「代わりのオモチャを探さなくちゃな。」
「向こうから寄ってきてるのはいないの?」
「いなくはないが、まだ時間がかかるな。」
「こっちから呼び出すと目立つしねえ。」

 グレイソンの言葉に、ラーニーがハリソンに尋ねる。ボビーは頭の後ろで腕を組みながら、困ったように首をひねった。

「呼び出されたことを人に話されても困るからね。そこは慎重にいこう。」
 ルーデンスがそれに応じる。

「あの子はどうなの?新しく騎士科に入ってきた平民のさ。現役の冒険者だっていう、ええと……、ヒルデ!ヒルデだ。あの子かなりかわいいよねえ。親しくなれたの?」

「いや、まるで私には興味がないみたいだ。
 話しかけてはみたんだがね。」
 ルーデンスが肩を竦める。

「へえ!王太子に興味のない女生徒なんているんだ!?ずいぶん変わった子なんだね。」
 ラーニーが目を丸くしてそう言った。

「……あいつ平民のくせして、上級片手剣使いにスキルが変化したとかで、第2のセオドア・ラウマンだとか言われて調子に乗ってるからな。ちょっと痛い目を見せてやりたい。なんとかして呼び出してくれないか。」

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