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~番外編~
お兄ちゃんの焼きリンゴ
しおりを挟む優月が高校生、陽菜が小学生のころの冬のお話です。
********************************************
その日、両親は知人の結婚式に招かれていて留守だった。
家に残っているのは、留守番を任された俺――優月と小学生の妹――陽菜だけ。
もう高校生なんだから、妹の面倒を見ながら留守番をするくらい楽勝である。
だから結婚式の話を聞いた時、俺は両親に「俺が陽菜と留守番しておくから、この機会に式場のホテルで一泊して、久々に夫婦水入らずでゆっくりしてくれば」と言ったんだ。
親孝行したいという気持ちと、親のいない家でのんびりしたい気持ちからきた提案だったけど、両親はそれを受けて一泊し、明日の昼ごろに帰ってくることになっている。
母さんは最後まで「本当に大丈夫?」って心配していたけど、父さんは久しぶりに夫婦水入らずで過ごせるのが嬉しいみたいで、俺にこっそり「ありがとうな」と言ってきた。
ただ、「もし何かあったら些細なことでもすぐ連絡しなさい」とも言われたっけ。
とにもかくにも、そんなわけで今日は午前中から妹と二人っきりだった。
土曜日で学校が休みだから、「今日はお兄ちゃんと一緒にいっぱい遊べるね」と喜んでくれた可愛い妹と一緒にテレビゲームをしているうちにあっという間に午前中は過ぎていって、昼食には母さんが用意しておいてくれたおにぎりと卵焼き、豚汁を温めて食べた。
おにぎりと豚汁の組み合わせって最強だよなあ……
そこに甘い卵焼きが加わると、さらに至高の組み合わせになる。
俺達は残さずぺろりと平らげると、午後からは近所の公園に遊びに行った。
公園の遊具で妹を遊ばせて、暗くなる前にスーパーに寄ってから家に帰る。
夕飯は、俺が作るといっておいたので何も用意はされていない。
スーパーに向かう道すがら、陽菜に「夜は何食べたい?」と聞いたら「鍋!」と渋い答えが返ってきたので、今夜は寄せ鍋だ。
いつもなら大きな土鍋で作る鍋料理も、今夜は俺と陽菜の二人きりしかいないので、一人分の小さな鍋を使って作ることにした。
「よし、できたぞ~」
鍋敷代わりに土鍋の蓋を置いて、その上に土鍋を置く。
熱いから気をつけろよ、陽菜。
「うわあ、いつもと違う!」
「たまにはこういうのもいいだろ?」
大きい鍋を家族四人でつつくのもいいが、こういう一人鍋っていうのにも実は憧れてたんだよなあ。
俺達は二人で「いただきます」と手を合わせ、寄せ鍋を食べ始めた。
母さんが作ってくれる寄せ鍋より、具の種類はちょっと少ない。その分、入っている具は俺と陽菜が好きな物ばかりだ。(というか、好きな物しか入れてないから種類が少ないんだけどな)
ん~! 好きな物だけ入っている鍋ってのも、親がいないからこそ作れるメニューだよなあ。
「美味しいね、お兄ちゃん」
「ああ。やっぱりこれからの季節は鍋が美味いなあ」
具が減ってきたら、土鍋をコンロに戻してうどんを投入!
良い感じに煮えたそれを、再び食卓に戻す。
「うどん美味しい~」
陽菜はにこにこしながら、うどんをはふはふちゅるちゅると啜った。
鍋の締めのうどんって美味いんだよなあ。あ、ご飯と卵を入れておじやにするのも好きだ!
トマト鍋とかだと、ご飯とチーズを入れてリゾットにしたり、パスタを入れるのも合うよなあ。今度やってみよう。
「……お兄ちゃん。陽菜、お腹いっぱいになっちゃった」
一人分とはいえ、土鍋ひとつ分の寄せ鍋とうどんは陽菜には量が多かったらしい。
逆に俺はちょっと物足りなかったので、俺が食うから大丈夫だよと、妹の残したうどんと具を自分の土鍋に入れた。
先に茶の間に行ってテレビ見てて良いよと言ったんだけど、陽菜は「ううん」と首を振って俺が食べ終わるまで台所の食卓で待っていてくれた。可愛いやつめ……
陽菜の話――小学校の話とか、友達の話とか、好きなアニメの話とか――を聞きながら、うどんを食べ進める。
「っし! 完食!! あー、美味かったあ」
「ごちそうさまでした」
俺が箸を置くと、陽菜が手を合わせてそう言った。
「うん。ごちそうさまでした」
俺も手を合わせて、今度は後片付けだ。
俺一人でやるから大丈夫だよと言ったんだけど、陽菜は「陽菜も手伝う」と言ってくれた。
我が妹ながら、良い子だ……
それで、踏み台に乗った陽菜が食器を洗って濯ぎ、俺が拭いて片付ける。
その後は二人でテレビを見たり漫画を読んだりして、順番に風呂に入ってそれぞれ部屋に戻って寝ることにした。
「陽菜。一人で大丈夫か?」
陽菜は普段、両親と一緒のベッドで寝ている。
でも今日は二人がいないので、陽菜一人だ。
寂しいなら俺が一緒に寝てやろうかと言ったんだけど、陽菜は「お兄ちゃん、カホゴ! 陽菜、一人で寝れるもん」と言って両親の寝室に入っていった。
しかし布団に入るなり、扉のところで見守っていた俺にこんなことを言う。
「……でも、陽菜が寝るまでここにいてもいいよ?」
陽菜め。やっぱり寂しいんじゃないか。
いてもいい、じゃなくて、いてほしいんだろ?
しょうがないなあと思いつつ、そんな妹が可愛くて、俺はデレッとしながら陽菜の傍に行った。
こんなだから俺、「シスコン」って言われるんだろうなあ。
でも、うちの妹はこんなに可愛いんだから、しょうがない。
俺はベッドに腰掛け、陽菜の頭をぽんぽんと撫でる。
「子守唄でも歌ってやろうか?」
「お兄ちゃん下手だからいい」
なにを~! べ、別に下手じゃねえし! ……下手じゃない、よな?
しばらく話しているうちに、陽菜は寝入ってしまった。
俺は寝室の灯りを消し、自分の部屋に戻る。
小学生の就寝時間と、高校生の就寝時間は違う。俺はまだまだ寝るつもりはなく、自室で本を読み始めた。学校の図書室で借りてきたこの本、そろそろ返却期限なんだよな~。
「……ん?」
気付けば、二時間ほど経っていたらしい。
ちょっと早いけど、そろそろ寝るか~と伸びをしたところで、トントンと襖を叩く音がした。
「陽菜か?」
「ん」
すすっと襖が開いて、寝ていたはずの陽菜が顔を出す。
目が覚めちゃったのか?
「……あのね、陽菜ね、えっと……」
陽菜は言葉が出ないのか、もごもごと口を動かしている。
その両手が自分のお腹を押さえているのを見て、俺は「腹が痛いのか?」と尋ねた。
「ちがうの。あのね…………コバラがすいたの」
「小腹……」
どうやら俺の可愛い妹は、腹が減って目が覚めちゃったみたいです。
うどんって消化良いし、陽菜は半分以上残してたからなあ。
「そっか、小腹が減ったのか」
「うん……」
さすがに陽菜もこんな理由は恥ずかしいと思っているのか、俯いている。
でも気にすることないぞ陽菜! 俺も、夕飯をがっつり食ったのに夜になると小腹が空いちゃうことってよくあるしな。
食欲が旺盛なのは、きっと母さんに似たんだよ。俺も、陽菜も。
「俺もちょうど小腹が空いてたんだ。一緒に何か食うか」
「……うん!」
俺は陽菜の手を引いて、一階の台所に向かった。
さ~て、何を作ろうかな……
個人的にはラーメンとか良いなって思うんだけど――夜食のラーメンってまた格別だよなあ――陽菜には多いだろうし、あんまり重いのは胃にもたれるよなあ。
(あ、そうだ)
思い付いて、俺は果物籠に盛られていたリンゴを一つ手に取った。
前にネットで見たレシピ、試してみたかったんだよな~。
「リンゴ? むくならうさぎさんにして」
リンゴを手に取った俺の裾をくいくいと引いて、陽菜がリクエストしてくる。
ん~、残念ながら俺が作ろうとしているのはうさぎさんリンゴではないのだ。
「これから焼きリンゴ作ってやるから、ちょっと待っててな」
「焼きリンゴ! それ、前に絵本で読んだよ! 美味しそうだった!」
「だろ~? 俺も子どものころ、絵本で読んで憧れたっけなあ」
俺はさっそく、リンゴを軽く水洗いする。
そして皮を剥かずに、貫通させないように気をつけながらリンゴの芯をくり抜いた。
あとはこの穴に、バターと砂糖、それからシナモンを交互に詰めていく。
そうしたら、オーブンで焼くだけ。簡単だ。
(あ、一応シナモンを軽くふりかけておくか)
俺も陽菜もシナモン好きだからな。穴に詰めるだけじゃなくて、全体に軽くまぶしてからオーブンに入れる。
「ドキドキするね~」
「ああ。上手く焼き上がるといいんだけど……」
俺達はドキドキそわそわしながら焼き上がりを待った。
そして……
「できた!」
「きゃ~!」
オーブンの蓋を開けると、甘い良いにおいがぶわっと広がる。
実を丸々一個使った焼きリンゴは、いつか絵本で見た通りの仕上がりで、俺も陽菜もテンションが上がってしまった。美味そうだ!
(そうだ! これに、さらに……)
俺は冷凍庫からバニラアイスを取り出した。
ふっふ~。熱々の焼きリンゴに冷たいバニラアイス! これ最高だろ!! 絶対美味いだろ!!
……っと、飲み物も欲しいな。ホットミルクでも作るか。
マグカップに牛乳を注ぎ、レンジに入れて温める。その間、俺はオーブンから取り出した焼きリンゴを半分に切り、それぞれ皿に盛った。
「うわあ~!」
焼きリンゴを切った瞬間、中心の穴に詰めていたバターがとろっと溶け出す。
最後にバニラアイスを添えて、完成だ!
ちょうどホットミルクも出来上がり、俺達は食卓に座ってフォークを手に、焼きリンゴのバニラアイス添えを口にする。
「ん~!」
焼きリンゴとバニラアイスを一緒に口にした陽菜が、ほっぺたに手を当てて足をじたばたと動かし、喜びをあらわにする。
わかる、わかるぞ陽菜! 自分で言うのもなんだが、この焼きリンゴめっちゃ美味い!!
バターだけじゃなくリンゴもトロトロでジューシー。シナモンの風味が効いていて、冷たいバニラアイスと一緒に食べるともう、最高に美味い!
「すっごくすっごーく美味しい! ありがとう、お兄ちゃん!」
そんなに喜んでもらえると、作った甲斐があるってものだ。
「どういたしまして!」
半分こした焼きリンゴとホットミルクでお腹も満たされ、陽菜はまたとろんと眠たそうな眼をこする。まだ寝るなよ~と声を掛けて、俺は陽菜ともう一度歯を磨き直し、それぞれの布団に戻った。
それにしても焼きリンゴ、美味かったなあ~。
作るの簡単だし、今度父さんと母さんにも作ってやろう。
特に母さんは大喜びしそうだ。「カロリーが~」とか言いながら、それでもペロリと食べてしまう姿が目に浮かんで、俺はふっと笑ってしまう。
(あ、焼きリンゴもいいけど、アップルパイとかにも挑戦したいな~)
そのまま食べても美味しいリンゴ。
焼いて食べても、ジャムにしても美味しいリンゴ。
さあ次はどんな風に食べようか。
考えるだけでわくわくする。
そして、俺が作ったリンゴ料理を美味しそうに食べてくれる家族の顔が思い浮かんで、胸がほっこり温かくなった。
――そんなある冬の、お兄ちゃんの焼きリンゴのお話。
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その日、両親は知人の結婚式に招かれていて留守だった。
家に残っているのは、留守番を任された俺――優月と小学生の妹――陽菜だけ。
もう高校生なんだから、妹の面倒を見ながら留守番をするくらい楽勝である。
だから結婚式の話を聞いた時、俺は両親に「俺が陽菜と留守番しておくから、この機会に式場のホテルで一泊して、久々に夫婦水入らずでゆっくりしてくれば」と言ったんだ。
親孝行したいという気持ちと、親のいない家でのんびりしたい気持ちからきた提案だったけど、両親はそれを受けて一泊し、明日の昼ごろに帰ってくることになっている。
母さんは最後まで「本当に大丈夫?」って心配していたけど、父さんは久しぶりに夫婦水入らずで過ごせるのが嬉しいみたいで、俺にこっそり「ありがとうな」と言ってきた。
ただ、「もし何かあったら些細なことでもすぐ連絡しなさい」とも言われたっけ。
とにもかくにも、そんなわけで今日は午前中から妹と二人っきりだった。
土曜日で学校が休みだから、「今日はお兄ちゃんと一緒にいっぱい遊べるね」と喜んでくれた可愛い妹と一緒にテレビゲームをしているうちにあっという間に午前中は過ぎていって、昼食には母さんが用意しておいてくれたおにぎりと卵焼き、豚汁を温めて食べた。
おにぎりと豚汁の組み合わせって最強だよなあ……
そこに甘い卵焼きが加わると、さらに至高の組み合わせになる。
俺達は残さずぺろりと平らげると、午後からは近所の公園に遊びに行った。
公園の遊具で妹を遊ばせて、暗くなる前にスーパーに寄ってから家に帰る。
夕飯は、俺が作るといっておいたので何も用意はされていない。
スーパーに向かう道すがら、陽菜に「夜は何食べたい?」と聞いたら「鍋!」と渋い答えが返ってきたので、今夜は寄せ鍋だ。
いつもなら大きな土鍋で作る鍋料理も、今夜は俺と陽菜の二人きりしかいないので、一人分の小さな鍋を使って作ることにした。
「よし、できたぞ~」
鍋敷代わりに土鍋の蓋を置いて、その上に土鍋を置く。
熱いから気をつけろよ、陽菜。
「うわあ、いつもと違う!」
「たまにはこういうのもいいだろ?」
大きい鍋を家族四人でつつくのもいいが、こういう一人鍋っていうのにも実は憧れてたんだよなあ。
俺達は二人で「いただきます」と手を合わせ、寄せ鍋を食べ始めた。
母さんが作ってくれる寄せ鍋より、具の種類はちょっと少ない。その分、入っている具は俺と陽菜が好きな物ばかりだ。(というか、好きな物しか入れてないから種類が少ないんだけどな)
ん~! 好きな物だけ入っている鍋ってのも、親がいないからこそ作れるメニューだよなあ。
「美味しいね、お兄ちゃん」
「ああ。やっぱりこれからの季節は鍋が美味いなあ」
具が減ってきたら、土鍋をコンロに戻してうどんを投入!
良い感じに煮えたそれを、再び食卓に戻す。
「うどん美味しい~」
陽菜はにこにこしながら、うどんをはふはふちゅるちゅると啜った。
鍋の締めのうどんって美味いんだよなあ。あ、ご飯と卵を入れておじやにするのも好きだ!
トマト鍋とかだと、ご飯とチーズを入れてリゾットにしたり、パスタを入れるのも合うよなあ。今度やってみよう。
「……お兄ちゃん。陽菜、お腹いっぱいになっちゃった」
一人分とはいえ、土鍋ひとつ分の寄せ鍋とうどんは陽菜には量が多かったらしい。
逆に俺はちょっと物足りなかったので、俺が食うから大丈夫だよと、妹の残したうどんと具を自分の土鍋に入れた。
先に茶の間に行ってテレビ見てて良いよと言ったんだけど、陽菜は「ううん」と首を振って俺が食べ終わるまで台所の食卓で待っていてくれた。可愛いやつめ……
陽菜の話――小学校の話とか、友達の話とか、好きなアニメの話とか――を聞きながら、うどんを食べ進める。
「っし! 完食!! あー、美味かったあ」
「ごちそうさまでした」
俺が箸を置くと、陽菜が手を合わせてそう言った。
「うん。ごちそうさまでした」
俺も手を合わせて、今度は後片付けだ。
俺一人でやるから大丈夫だよと言ったんだけど、陽菜は「陽菜も手伝う」と言ってくれた。
我が妹ながら、良い子だ……
それで、踏み台に乗った陽菜が食器を洗って濯ぎ、俺が拭いて片付ける。
その後は二人でテレビを見たり漫画を読んだりして、順番に風呂に入ってそれぞれ部屋に戻って寝ることにした。
「陽菜。一人で大丈夫か?」
陽菜は普段、両親と一緒のベッドで寝ている。
でも今日は二人がいないので、陽菜一人だ。
寂しいなら俺が一緒に寝てやろうかと言ったんだけど、陽菜は「お兄ちゃん、カホゴ! 陽菜、一人で寝れるもん」と言って両親の寝室に入っていった。
しかし布団に入るなり、扉のところで見守っていた俺にこんなことを言う。
「……でも、陽菜が寝るまでここにいてもいいよ?」
陽菜め。やっぱり寂しいんじゃないか。
いてもいい、じゃなくて、いてほしいんだろ?
しょうがないなあと思いつつ、そんな妹が可愛くて、俺はデレッとしながら陽菜の傍に行った。
こんなだから俺、「シスコン」って言われるんだろうなあ。
でも、うちの妹はこんなに可愛いんだから、しょうがない。
俺はベッドに腰掛け、陽菜の頭をぽんぽんと撫でる。
「子守唄でも歌ってやろうか?」
「お兄ちゃん下手だからいい」
なにを~! べ、別に下手じゃねえし! ……下手じゃない、よな?
しばらく話しているうちに、陽菜は寝入ってしまった。
俺は寝室の灯りを消し、自分の部屋に戻る。
小学生の就寝時間と、高校生の就寝時間は違う。俺はまだまだ寝るつもりはなく、自室で本を読み始めた。学校の図書室で借りてきたこの本、そろそろ返却期限なんだよな~。
「……ん?」
気付けば、二時間ほど経っていたらしい。
ちょっと早いけど、そろそろ寝るか~と伸びをしたところで、トントンと襖を叩く音がした。
「陽菜か?」
「ん」
すすっと襖が開いて、寝ていたはずの陽菜が顔を出す。
目が覚めちゃったのか?
「……あのね、陽菜ね、えっと……」
陽菜は言葉が出ないのか、もごもごと口を動かしている。
その両手が自分のお腹を押さえているのを見て、俺は「腹が痛いのか?」と尋ねた。
「ちがうの。あのね…………コバラがすいたの」
「小腹……」
どうやら俺の可愛い妹は、腹が減って目が覚めちゃったみたいです。
うどんって消化良いし、陽菜は半分以上残してたからなあ。
「そっか、小腹が減ったのか」
「うん……」
さすがに陽菜もこんな理由は恥ずかしいと思っているのか、俯いている。
でも気にすることないぞ陽菜! 俺も、夕飯をがっつり食ったのに夜になると小腹が空いちゃうことってよくあるしな。
食欲が旺盛なのは、きっと母さんに似たんだよ。俺も、陽菜も。
「俺もちょうど小腹が空いてたんだ。一緒に何か食うか」
「……うん!」
俺は陽菜の手を引いて、一階の台所に向かった。
さ~て、何を作ろうかな……
個人的にはラーメンとか良いなって思うんだけど――夜食のラーメンってまた格別だよなあ――陽菜には多いだろうし、あんまり重いのは胃にもたれるよなあ。
(あ、そうだ)
思い付いて、俺は果物籠に盛られていたリンゴを一つ手に取った。
前にネットで見たレシピ、試してみたかったんだよな~。
「リンゴ? むくならうさぎさんにして」
リンゴを手に取った俺の裾をくいくいと引いて、陽菜がリクエストしてくる。
ん~、残念ながら俺が作ろうとしているのはうさぎさんリンゴではないのだ。
「これから焼きリンゴ作ってやるから、ちょっと待っててな」
「焼きリンゴ! それ、前に絵本で読んだよ! 美味しそうだった!」
「だろ~? 俺も子どものころ、絵本で読んで憧れたっけなあ」
俺はさっそく、リンゴを軽く水洗いする。
そして皮を剥かずに、貫通させないように気をつけながらリンゴの芯をくり抜いた。
あとはこの穴に、バターと砂糖、それからシナモンを交互に詰めていく。
そうしたら、オーブンで焼くだけ。簡単だ。
(あ、一応シナモンを軽くふりかけておくか)
俺も陽菜もシナモン好きだからな。穴に詰めるだけじゃなくて、全体に軽くまぶしてからオーブンに入れる。
「ドキドキするね~」
「ああ。上手く焼き上がるといいんだけど……」
俺達はドキドキそわそわしながら焼き上がりを待った。
そして……
「できた!」
「きゃ~!」
オーブンの蓋を開けると、甘い良いにおいがぶわっと広がる。
実を丸々一個使った焼きリンゴは、いつか絵本で見た通りの仕上がりで、俺も陽菜もテンションが上がってしまった。美味そうだ!
(そうだ! これに、さらに……)
俺は冷凍庫からバニラアイスを取り出した。
ふっふ~。熱々の焼きリンゴに冷たいバニラアイス! これ最高だろ!! 絶対美味いだろ!!
……っと、飲み物も欲しいな。ホットミルクでも作るか。
マグカップに牛乳を注ぎ、レンジに入れて温める。その間、俺はオーブンから取り出した焼きリンゴを半分に切り、それぞれ皿に盛った。
「うわあ~!」
焼きリンゴを切った瞬間、中心の穴に詰めていたバターがとろっと溶け出す。
最後にバニラアイスを添えて、完成だ!
ちょうどホットミルクも出来上がり、俺達は食卓に座ってフォークを手に、焼きリンゴのバニラアイス添えを口にする。
「ん~!」
焼きリンゴとバニラアイスを一緒に口にした陽菜が、ほっぺたに手を当てて足をじたばたと動かし、喜びをあらわにする。
わかる、わかるぞ陽菜! 自分で言うのもなんだが、この焼きリンゴめっちゃ美味い!!
バターだけじゃなくリンゴもトロトロでジューシー。シナモンの風味が効いていて、冷たいバニラアイスと一緒に食べるともう、最高に美味い!
「すっごくすっごーく美味しい! ありがとう、お兄ちゃん!」
そんなに喜んでもらえると、作った甲斐があるってものだ。
「どういたしまして!」
半分こした焼きリンゴとホットミルクでお腹も満たされ、陽菜はまたとろんと眠たそうな眼をこする。まだ寝るなよ~と声を掛けて、俺は陽菜ともう一度歯を磨き直し、それぞれの布団に戻った。
それにしても焼きリンゴ、美味かったなあ~。
作るの簡単だし、今度父さんと母さんにも作ってやろう。
特に母さんは大喜びしそうだ。「カロリーが~」とか言いながら、それでもペロリと食べてしまう姿が目に浮かんで、俺はふっと笑ってしまう。
(あ、焼きリンゴもいいけど、アップルパイとかにも挑戦したいな~)
そのまま食べても美味しいリンゴ。
焼いて食べても、ジャムにしても美味しいリンゴ。
さあ次はどんな風に食べようか。
考えるだけでわくわくする。
そして、俺が作ったリンゴ料理を美味しそうに食べてくれる家族の顔が思い浮かんで、胸がほっこり温かくなった。
――そんなある冬の、お兄ちゃんの焼きリンゴのお話。
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