ヒヨクレンリ

なかゆんきなこ

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~番外編~

上野にて

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こちらは書籍版「ひよくれんり6」の刊行記念として、ブログで公開していたSSです。幸村×朧のお話。
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 とある日曜日の昼下がり、上野公園にほど近いカフェに幸村と朧の姿があった。
 夕方、上野で共通の知人と会う約束をしているのだ。早めに東京入りした二人は、なんとなく目に入ったこの店で昼食をとることにした。北欧風のインテリアでまとめられた、こじんまりとしているものの、落ち着いた雰囲気のカフェである。
「朧の頼んだランチ、美味しそうだね。ね、パスタ一口ちょうだい?」
 向かいに座る朧に、幸村はそうねだる。
 朧が頼んだのは本日のパスタランチ。エビとブロッコリーのペペロンチーノに、サラダとスープ、ドリンクがセットでついている。ちなみに幸村が注文したのは、チキンカツバーガーとフライドポテト、それにドリンクがセットになったものだ。
「やだ」
 朧は幸村の頼みをにべもなく断り、パスタをくるくるとフォークに巻き付けてぱくりと口にした。味の感想は言わないが、食べ続けているということは美味しいのだろう。これが口に合わないものだったら、文句を言いながら幸村に押しつけていたはずだ。
「ちぇ~。俺がゆーちゃんだったら、朧ぜったい「アーン」ってしてあげてたよね?」
 幸村としては、どうしてもパスタが食べたかったわけではなく、ただ朧に「はい、アーン」をやってもらいたかっただけなのだ。それを素っ気なく断られ、ぶうぶうと不満の声を上げる。
「当たり前だ。お前と優月を一緒にするな」
「ひどいっ!」
 即答する恋人に、幸村はオーバーに嘆いてみせる。
 まあ、朧が自分より友人の子どもである優月に甘いのはわかりきっていたことだ。なにせ朧ときたら、上野に着いた途端「動物園に寄るぞ」と突然言い出し、驚く幸村を引き連れて並みいる動物達は総スルーし、売店に直行。優月へのお土産と称して、お菓子やぬいぐるみを買ったのである。ちなみにぬいぐるみは、大きなパンダのぬいぐるみだ。しかもそれを自分では持たず、「ん」とだけ言って幸村に押しつけた。
『……なんでパンダ? ゆーちゃん、そんなにパンダ好きだったっけ?』
『馬鹿。上野といったらパンダだろ』
『あー、まあ、そうだけど……。あ! せっかく上野動物園来たんだし、動物も見ていこうよ。ね?』
『やだ。疲れる。動物園はまた優月と来るからいい』
『ええええええ』
 そう、朧は優月へのお土産を買うためだけに上野動物園に入ったのだ。なんだそれ……と脱力しつつ、しかし真剣な顔でパンダのぬいぐるみを吟味する朧の姿を見れたのでまあまあ満足している幸村であった。幸村にはどれも同じ顔に見えるが、朧には違って見えたらしい。朧がじいっとパンダのぬいぐるみを品定めしている姿はとても可愛かったと、幸村は思い出し笑いを浮かべる。
 パンダを持たされるのも、まあ荷物持ちを押しつけられるのは今に始まったことじゃないし、苦ではない。いい大人が大きなパンダのぬいぐるみを抱えて歩く姿は、やけに人目を引いてしまったけれど。
(ほんっとーに、朧も丸くなったよねぇ……)
 朧の優しさや甘さを一身に受けている優月を羨ましく思うこともあるけれど、幸村はそれ以上に、他者を慈しむことを覚えた朧の変化(それを『成長』と言ってしまったらたぶん本人に怒られそうな気がする)が嬉しかったし、なんだかんだ、自分には我が儘を言ったり好き勝手に振る舞ったりするのは、彼なりに甘えてくれているんだろうなあとも思うから、朧の態度も愛おしく思えるのだ。
「真」
「んー?」
 感慨深く思いながらセットのアイスコーヒーを飲んでいたら、ふいに目の前に朧のフォークが差し出された。それには、さっき断られたパスタが巻き付けられている。
「しょーがないから、一口だけ、やる」
「朧……」
「いらないのか?」
「いるっ!」
 幸村は慌てて、目の前のパスタをぱくっと口にした。
 ちょうどいい塩加減。唐辛子のピリリとした辛さも効いていて、とても美味しい。
「んーっ、美味しいねっ」
「そうか? こんなもんだろ」
「えー、美味しいよ。朧がアーンしてくれたから、よけいにね」
「…………簡単な奴」
 フン、と鼻で笑う朧の顔には、少しの照れが滲んでいるように見えた。
 幸村は笑みを深め、素直じゃない、けれど可愛くて愛おしい恋人を見つめる。
(あー、もう……)
「大好きだよ、朧」
「ハア? いきなり何言ってんだよ、ばか」
「へへー。ごめんごめん」
 言いながら、幸村が自分のフライドポテトの皿をすっと朧の方に寄せてやると、彼は無言でポテトにフォークを突き刺し、もぐもぐと食べ始めた。
「美味しい?」
 香辛料が効いたスパイシーな味付けで、幸村の好みだったのだが、さて朧はどうだろうか?
「まあまあ」
 美味しかったらしい。
「俺もアーンしてあげよっか?」
「やめろ」
「ふふふー」
 照れ屋さんなんだからっ、と口には出さずともそう思ったことが顔に出ていたのか、朧はむっと不機嫌そうに眉をしかめる。
 そんなところも可愛いんだよなあと、幸村はデレデレだ。
「ね、俺エビ食べたいなぁ~」
 すっかり調子に乗った幸村は、朧のパスタに入っているエビをねだる。
「やらん。これでも食ってろ」
 言って、朧がフォークで突き刺し幸村に差し出したのは……
「唐辛子オンリー!? ひどい!」
「お前にはこれで十分だろ」
 くくっと、朧が意地悪く笑う。
「うう……」
 それでも、恋人が綺麗な微笑を浮かべて「ほら、アーンしろ」とフォークを差し出してくるので、幸村は逡巡ののち、ぱくっと唐辛子を口にした。
「辛い……」
「だろうな」
 一番デカイの選んだからな、と朧。
「でも、朧からのアーン……」
「そこでうっとりすんな、気色悪い」
「へへー」
 そう言われても、そうしても顔がニヤケてしまう。
 だって、口にしたものは辛かったけれど、朧からの「はい、アーン」は甘かったのだ。あれはぐっときた。
 ニコニコと相好を崩す幸村と、そんな恋人に呆れる朧はゆっくりとランチを楽しみ、それからカフェを後にした。

 カフェの女性店員が影でこっそりこの二人の話題で盛り上がっていたのは、言うまでもない。



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8月末にコミティア参加のため上京した折、上野でランチをしていた時にフォロワーさんとのツイッターのやりとりをきっかけに考えたお話です。
上野のカフェで幸村と朧が食事して(かつちょっといちゃこらしてたら)萌えるよね、むしろ店員さんになりたいよね! 的な。
な り た い で す !!
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