ヒヨクレンリ

なかゆんきなこ

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~番外編~

手作りホワイトデー

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幸村×朧がメインのお話です。
三人称です。
********************************************

 受け持ちの授業の無い空き時間、正宗は自分のデスクのある社会科準備室で一人、コーヒーを飲みながら次の授業で使う教材に目を通していた。他の教師陣は、みな授業で出払っている。
「正宗~! コーヒーちょうだい!!」
 すると、他の教師陣が留守なのを見計らったかのように、正宗の長年の友人であり同僚でもある養護教諭、幸村が顔を出した。
 正宗はまたか……と呆れつつ、こちらの返事を待たずに自分用のマグカップ――幸村が勝手に置いていった――にコーヒーを注ぐ幸村を一瞥した。
「飲むなと言っても飲むんだろう」
「もちろん! ……あ、ところでさ~、正宗はもうホワイトデーのプレゼント決めた?」
 正宗の隣の椅子に腰掛けるなり、幸村はそう質問を投げかけてくる。
「今年もお菓子と花を贈ろうと思ってるが……」
 彼は毎年、妻である千鶴へのお返しにお菓子――その年によって内容はまちまち――と花束を贈ることにしている。ちなみに去年は初めて、息子の優月と手作りクッキーに挑戦した。
 それに加えて、十四日には家族三人で食べるためにケーキを買って帰るのが恒例になっている。
「それなんだけどさ~、今年は俺と一緒にお菓子作らない?」
「はあ?」
 突然の申し出に疑問符を浮かべる親友に、幸村は滔々と語って見せた。
 彼はここしばらく、ずっとホワイトデーのプレゼントについて悩んでいた。というのも、今年は幸村の恋人である朧が初めて手作りのチョコレートをくれたからだ。
 お世辞にも料理が得意とはいえない朧が、それでも自分のために作ってくれたチョコ。それはとてもとても特別で、だからこそお返しであるホワイトデーのプレゼントも特別なものにしたい! いや、しなければ!! と、頭を悩ませたらしい。
「高級ブランドのお菓子とか、アクセサリーとか、あ~、実用性を考えて絵の道具とか、もしくは高級レストランのディナー……とか、それこそ正宗みたいに花束! とかさ~。色々考えたんだけど、どれもしっくりこなくて……」
 そして辿り着いた答えが、朧と同じく手作りのお菓子を贈ること、だったらしい。
「それで何故俺を巻き込む」
「だって~、俺、料理はするけどお菓子なんて作ったことないし~。一人より二人の方が心強いじゃん! それに、去年はゆーちゃんと二人でクッキー手作りして、ちーちゃん大喜びだったんでしょ? 経験者がいてくれたら心強い! あ、それからさ、できれば朧には内緒にして驚かせたいんで、柏木家のお台所貸して下さいっ!!」
 幸村は「お願いっ! 手伝って!!」っと両手を合わせて頭を下げた。
 そしてちらっと窺うように正宗を見上げると、「……今年も正宗が手作りしてくれたら、ちーちゃん絶対大喜びすると思うな~」と囁いた。
「………………」
「…………ダメ?」
「…………しょうがないな」
「やったあ! ありがとう、正宗!!」
 正宗、陥落である。
 おそらく、去年のように千鶴が自分の手作りのお菓子に大喜びしてくれる姿でも想像したのだろう。口ではしょうがないと言いつつ、まんざらでもなさそうな顔をしている。
「作るものはもう決まっているのか?」
「あのね~、クッキーにしようと思って色々レシピ検索したんだ~。これとか~」
 そして一緒にホワイトデーのお菓子を作ることにした男二人は、幸村のスマホでクッキーのレシピを眺め、ああでもないこうでもないと計画を立てていくのであった。


 三月十三日、夜。
 仕事を終えた正宗と幸村は、スーパーに寄って必要な材料を買い、柏木家に帰ってきた。ここで夕飯を一緒に食べたあと、二人でクッキーを作る予定なのだ。
「おかえりなさい、正宗さん。いらっしゃいませ、幸村先生」
 二人を出迎えた千鶴は、にこにこしながら二人に夕飯を用意する。 
 時刻は九時をとうに過ぎていたため、息子の優月はベッドの中だ。
「よっし! それじゃやろうか」
「ああ」
 千鶴が作ってくれた野菜たっぷりのうどんを食べたあと、二人は揃って台所に立った。
 幸村は自分で持参したエプロンを、そして正宗は千鶴が用意してくれたエプロンをつけ、スーパーの袋から材料を取り出して並べていく。
「…………うわぁ。こうしてみると、お菓子ってすごい砂糖の量だね…………」
「ああ、バターもかなりの量だぞ」
 お菓子作りなんて遠い昔に調理実習でしかしたことがない幸村は、予想以上の砂糖とバターの量に驚きつつ、レシピどおりに作業を進めていく。
 去年一度クッキー作りを経験している上に几帳面な正宗と、未経験だが手先が器用な幸村の二人は、心配半分萌え半分で時々様子を見に来る千鶴も感心するほどの手際で、着々とクッキーを作っていった。
「おお! これなんか楽しい!!」
「……ちょっと貸してみろ」
「ええ~、しょうがないなあ、ほら」
「……おお」
「でしょ?」
「ああ」
 ちなみに、二人が夢中になっているのはクッキー生地を型抜きする工程である。
 綺麗にすぽっと抜けるのが思いのほか快感だったらしい。良い年をした男二人が子どものように型を取り合っている。
 そんな、なんだかんだ楽しそうにクッキーを作っている男二人を前に、こっそり様子を窺っていた千鶴はニヨニヨと相好が崩れそうになるのを必死に堪えていた。
(あああああああ! 正宗さんと幸村先生のエプロン姿ツーショットってだけでもう美味しいのに! 夢中になってお菓子作りとか可愛過ぎる萌え死ぬううううう!!!)


 そして翌日の朝。
 幸村が昨夜遅くに帰宅した頃には、朧はもうベッドに入って眠ってしまっていた。
 そのため、幸村は朝食を作りながらソワソワと朧の目覚めを待つ。
(やっぱり早く反応が見たいしね~)
 仕事から帰って来てから渡すのではなく、朝食の席で昨日作ったホワイトデーのクッキーを渡すつもりなのだ。
 あのあと、焼き上がったクッキーは正宗と二人でそれぞれ綺麗にラッピングまで済ませた。正宗はそれを、「数時間早いですが」とさっそく千鶴にプレゼントし、千鶴は「正宗さんのクッキー! 食べるのがもったいないくらい、嬉しいです!!」と大喜びしていた。
 ちなみに正宗は今日ちゃんと、仕事帰りに花束とケーキも買って帰るらしい。
 何年たってもラブラブな友人夫婦に、幸村もつい相好が緩む。
(ちーちゃんくらい大喜びしてほしい、とは言わないけど……)
 千鶴のように大喜びする朧なんて想像できないし、きっとああはしてくれないだろうと思う。けれど……
(少しでも、喜んでくれたらいいなあ)
 ふふ、と。喜ぶ朧の顔を想像しながらベーコンエッグを焼いていたら、寝室の扉が開いて寝起きの朧があくびをしながらやってきた。
「ふあああ……おぁよ……」
「おはよう、朧! オレンジジュースと牛乳あるけど、どっちがいい?」
「カフェオレ……」
「わかった! 今すぐ淹れるね~」
 甲斐甲斐しくカフェオレを淹れてやりながら、幸村はちらちらとテーブルに座った朧に視線を送る。まだ眠いのだろう彼の、コシコシと瞼を擦る姿がたまらなく可愛く見えた。
(ああ~、今日もウチの朧は可愛いな~)
「はーい。これ、カフェオレと朝ごはんね。今日はクロワッサンとベーコンエッグ、それからニンジンとキュウリのサラダとコーンスープだよ~」
「ん」
 次々と目の前に並べられていく朝食を見て、朧はこくんと頷く。
「……それから、これ!」
「?」
「ホワイトデーのプレゼント」
「……ああ。そういえば今日だったな。ありがと」
 言って、朧は手渡されたプレゼントの袋を受け取ると、テーブルの脇に置く。
 どうやらいつもと同じ、市販のお菓子だと思われているようだ。関心が薄い。
「……あのね、今年は俺も朧と同じで初めて手作りに挑戦……してみたんだ」 
 だから、よかったら今開けてみて? と幸村が言うと、朧はだるそうに包みを解き始めた。
 明らかに、面倒くさがっている。
(あちゃ~、タイミング、悪かったかなあ……?)
 寝起きでまだ眠そうな時に渡してしまったのは失敗だったかもしれない。
 ちょっぴり後悔しながら包装を解く朧をじっと見つめていると、やがて朧の手がぱかりとボックスの蓋を開け……
「…………これ、真の手作りだって、言ったよな……?」
「う、うん! 実は昨日、正宗と一緒に作ったんだ……ぁ」
 語尾が小さくなっていったのは、クッキーを見つめる朧の顔がどんどん険しくなっていったからだ。
(え!? え!? お、俺何か地雷踏んだ!?)
 クッキーが嫌い……ということはないはずだ。今までも、朧が普通に食べているところは何度も目にしてきた。では、もしや正宗と二人で作った、というのがまずかったのだろうか? 昔より随分マシになったとはいえ、正宗と朧の仲はあまりよくない。
(う、うわああああああ!! 一人で作るべきだった? もしくは、今までみたいに市販のお菓子にした方がよかった……のかなあ?)
 自分は余計なことをしてしまったのだろうか? よかれと思って、喜んでもらいたいと思って手作りにしたけれど、朧は喜ぶどころか明らかに機嫌を害している。
 そう、幸村が後悔の嵐に苛まれていると……
「……ぃ」
「え?」
「だから、ずるい!」
「ええ?」
 なにがどうして「ずるい」なのか。わけもわからず幸村が困惑していると、朧はきっと柳眉を逆立てて言い放った。
「初めてなのにこんなに上手く作るんじゃねー!! 馬鹿!!」
「えええええええええええええええ!?」
 なにそれ理不尽!!
 ふんっと不機嫌そうに鼻を鳴らす朧は、拗ねたような顔でぷいっとそっぽを向くではないか。
(え、えっと……)
 要するに、彼は幸村が初めて手作りしたお菓子の出来が良いのが気に入らなかったようだ。先月自分が初めて手作りしたチョコはあまり良い出来では無かったから、悔しいのだろう。たぶん。
「ろ、朧……?」
 朧は喋りたくないとばかり、不機嫌そうにカフェオレに口付ける。
「……あー、なんか、ごめんね?」
「その謝り方、上からでむかつく」
「そんなつもりじゃないよ! でもあの、ごめん。朧に喜んでもらおうと思ったのに、ご機嫌損ねちゃったね。そうだ! ホワイトデー、やり直しさせて? 今日、仕事帰りに朧の好きなケーキ買って帰るよ」
 そう、幸村は必死に朧の機嫌を窺う。
「……別に、いらねー」
「朧……」
 恋人の素っ気ない言葉に、幸村はしゅん……としょげかえった。
(ああ……、喜ばせようと思ったのに、俺、大失敗だ……)
「…………」
 朧はちらっと、そんな幸村の顔を窺い見る。
 そして、「はあ」とため息を吐くなり、ボックスからクッキーを一枚取り出して口に入れた。
「あ……」
 ボックスの中には、ココア生地とプレーン生地で二種類、型抜きクッキーが入っている。形は、ハート型と桜の花の形と丸い形と、三種類あった。どれも形が綺麗に整っている。先月朧が幸村に贈った、不格好なフォンダンショコラとは大違いだ。
「…………」
(くそ……)
 さくっと軽い口当たりに、甘さ控えめのしっとりとした食感がとても美味しい。これが初めて作ったものなのかと思うと、朧はやっぱり悔しかった。
 幸村の方が自分よりずっと料理が上手いのは知っている。常日頃、二人分の食事を用意しているのはもっぱら幸村で、味に煩い自分の舌を満足させてくれているのも彼だからだ。でも、お菓子作りまで上手いなんて、反則じゃないか……
「…………ぃ」
「?」
「……悔しいけど、美味い」
「!!」
 腹立たしげにそう言い放って、朧はもう一枚クッキーを手に取る。
 自分は上手くできないのに、幸村がさらっと上手くやってのけるのは悔しい。けれど、幸村がこれを自分のために、自分を喜ばせるために焼いたのだということは、わかる。
 その気持ちはけして、嫌ではなかった。
 むしろ、嬉しいと思う。
 でも、悔しさが先に立ってどうしても素直に言えなくて……
「……もうちょっと、甘くても、いいけど。……また、作れよ……」
「……朧……」
「……しょうがないから、また食ってやっても、いい」
 つい、そんな憎まれ口を叩いてしまう。
 けれど、そんな朧の気持ちはしっかりと幸村の心に届いていた。
「うん!」
 喜んでくれるかな、喜んで欲しいなと、初めて挑戦した手作りのクッキー。
 けれど返ってきたのは思っていたのとは随分違う反応で、機嫌を損ねてしまった、怒らせてしまったかと後悔したけれど。
 でもそんな後悔も、可愛い恋人の素直じゃない、でも精いっぱいの褒め言葉に掻き消されていく。
 そして温かい気持ちが湧き上がって、胸一杯に広がっていくのだ。
「へへへ~」
「何笑ってんだよ、気持ち悪ぃ」
「んふふふふ~」
 手作りにしてよかった!
 料理もそうだけど、自分が作ったものを食べてもらえるのって、嬉しい。
 そう心から思う、今年のホワイトデーであった。


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