ヒヨクレンリ

なかゆんきなこ

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~番外編~

ろうちゃんのごはん

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優月が幸村と朧の家にお泊まりするお話。三人称です。
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 優月は一泊分のお泊りセットを持って幸村と朧の家に遊びに来ていた。
 母親の千鶴が遠方に住む友人の結婚式に出席するため、ここに預けられたのである。ちなみに、今日は土曜日なのだが父親の正宗も顧問をしている弓道部の遠征と重なっていて留守にしている。
 峰岸の祖父母宅に預けられるか、幸村達の家に預けられるかの二択で、優月はちょっと迷ってから「ろうちゃんち!」とこちらを選んだ。峰岸の祖父母も大好きなのだが、優月は幸村と朧が、特に朧の方が大大大好きなのである。
 こうして一人でお泊りするのは初めてではない。今までにも何回か、この家に一人で泊まったことがある。夜にはちょっぴり親が恋しくて寂しくなることもあるけれど、そうするとそんな優月の気持ちを察してか、朧が優しく抱き寄せてあやしてくれるのだ。
 「よしよし、よしよし」と朧の低い声で囁かれ背を撫でられている内に、優月は安心して寝入ってしまう。朧からは、母親とも父親とも違う良い匂いがした。

 今日は幸村も仕事で出勤しているので、帰ってくるまでは朧が一人で相手をしてくれた。ちなみに、柏木家まで迎えに来てついでに千鶴を駅まで送ってここまで優月を連れて来てくれたのも朧である。
 駅で千鶴を降ろした後はレンタルショップに寄って、二人で見るアニメや子供向け映画のDVDを借りてきた。朧はこういうのはあまり見ない方だったけれど、優月と一緒に見るようになって少しだけ詳しくなった。
 マンションに帰ってから、さっそく二人で鑑賞会を始める。朧があらかじめ用意しておいたお菓子を食べながら、優月は牛乳を。朧はほうじ茶をお供にDVDを見るのだ。
 二本ほど見終わった頃、優月のお腹がぐう~と鳴って、時計の針も十二時を指す。朧は優月の正確な腹時計に笑いながら、昼食の用意を始めた。
 今日の二人の昼ごはんは、朝に幸村が用意しておいてくれたサンドイッチとフルーツサラダだ。冷蔵庫に入っているそれらを取り出す前に、朧は小鍋に缶詰のコーンスープを空ける。そうして牛乳を加えて温めた。
 温まったらスープマグに注いで、スープ用のスプーンを添えて完成。この家には優月用の食器も揃えてある。優月が遊びに来るようになってから、幸村と朧が二人で揃えていったものだ。今回使うスープマグとスプーンも、幸村や朧の使っているものと色違いのお揃いである。
 スープマグとサンドイッチの盛られた大皿、それから一人分ずつ分けられているフルーツサラダを一式トレイにのせてリビングに戻る。
 優月は待っている間に自分達が食べていたお菓子を片付け、テーブルの上を台拭きで拭いていた。こういうきちんとしたところは、父親の正宗に似ているのかもしれない。あるいは、千鶴の躾けがいいのだろう。
「良い子だな、優月」
「へへ~!」
 大好きな朧に褒められて、優月はにっこり顔を綻ばせる。

 二人きりで美味しいランチを食べた後、食器を片づけてから――食洗機にセットしてから――外に遊びに出かける。幸村と朧のマンションの近くに、緑の多い大きな公園があるのだ。季節の花々も植えられていて、朧は時折この場所にスケッチに出向く。
 今日も鞄にスケッチブックと鉛筆を入れて、優月と手を繋いで公園まで歩いた。
「おっでかけ~、ろうちゃんと~、おっさんぽ~、うっれしっいなぁ~」
「なんだ、その歌」
 即興で歌い始めた優月に朧がくすくすと笑う。手を離せば今にも走り出しそうなくらい、優月はご機嫌さんだった。
「だって、うれしいんだもん」
「嬉しいと、歌うのか?」
「ついつい~」
「ははっ」
 公園には他にも子供連れがたくさんいて、遊具のある場所で思い思いに遊んでいた。大きな公園ということもあって、近所の子だけではなく遠くから遊びに来た子もいたらしい。と、物怖じせず子供達の輪に飛び込んでいった優月が後で話してくれた。
「勝手に遠くに行くなよ~。必ず、目の届く範囲にいること」
「らじゃっ」
 優月にそう言いつけて、朧は子供達が遊んでいる遊具スペースにあるベンチに座る。ここからなら、遊んでいる優月の姿がよく見える。そうして彼はバッグからスケッチブックを取り出すと、砂場で遊び始めた優月の姿を絵に描き始めた。
 普段は植物を描くことが多くあまり人物を描かない朧ではあるが、優月は別だ。それこそ赤ちゃんの頃からその姿を描いてきた。このスケッチブックも、優月専用になりつつある。

 やがて優月は砂場遊びに飽いたようで、たたたっと朧の元に走って来た。
「ろうちゃんはあそばないの?」
「俺はいいよ。ここでお前を見てる方が楽しいからな」
「そっか~」
 乞われれば一緒にブランコに乗ったり滑り台で遊んだりしてやってもいいが、今日は子供達で賑わっている。あの中に朧が無理に入るより、こうして見守っていてやる方がいいだろう。
「そうだ優月、水分とっとけ」
 朧はバッグから水筒を取り出し、コップに冷たい水を注いでやる。優月は砂遊び後で手が砂まみれだったので、朧がコップを持って飲ませてやった。
「……んく。あれぇ? これ、お水?」
「檸檬水だ。さっぱりするだろ?」
「うん! さっぱりだ~」
「よし。ほら、遊んで来い。喉が乾いたら、すぐに飲みに来るんだぞ」
「はーい!」
 優月は今度は大きな滑り台に走って行った。他にもたくさんの子供達が階段を上っているが、ちゃんと順番を守っている。
 あ、今小さい子の順番を無理やり抜かそうとした男の子に注意したようだ。正義感が強いのは良いことだが、喧嘩になるか……? と朧は腰を浮かせたが、相手の男の子は何やら悪態を吐くだけでどこかに走り去った。
(小物かよ)
 くっくっと、朧は笑う。母親の方が文句を言いに来たら面倒だと思ったが、どうやら子供が泣きついた母親らしき女性はむしろ我が子を窘めているようだ。まともな親で良かったと朧は思う。もちろん、これで文句を言ってくるような親だったら朧が矢面に立って撃退するけれど。
 おや、優月が小さい子と、その子の姉らしい子にお礼を言われている。優月は「きにしないで~」と言っているようだ。そうして階段を上り、楽しげな歓声を上げながら滑り台を滑る。
 ……あ、さっきの子供が気まずそうに戻ってきた。それに気付いた優月が、その子供の手を引いてやる。そうして二人仲良く階段を上り始めた。
(あいつ……)
 そんな優月の姿に、朧はじんわりと胸が温かくなった。本当に自慢の子だ、ウチの優月は。


 公園で遊んだ後は、スーパーに寄って買い物をしてからマンションに帰る。今夜は珍しく朧が夕飯を作る予定だった。いつもは幸村が作ってくれるが、自分の手料理を優月に食べさせたくなったのである。
「よっし。じゃあ俺は夕飯を作るから、お前はテレビ見て大人しくしてろよ」
「はーい。ろうちゃんのごはん、たのしみだー」
「おお、期待しとけ」
 とは言ったものの、普段ほとんど料理をしない朧の頼みの綱はネットのレシピである。レシピを表示したタブレットを作業台に置き、確認しながら料理を進めていく。
 まあ、実家の板場で板前達が料理をする姿は何度か見ているし、幸村や千鶴がやっている所も何度も見ている。だから大丈夫だろうと思った……のだが。
「うおっ」
 タマネギのみじん切りに挑戦していた朧は、危うく自分の指を切りそうになった。しかもそうやって苦労しながら刻んだタマネギは大きさもまばらで、ちっとも自分が知っているみじん切りにならない。
「……なんでだ」
 まあ、大きい分しっかり火を通せばいいんだと納得させ、次の作業に移る。次はピーマンをみじん切り、それからニンジンもみじん切りだ。……指を切らないように慎重に慎重にやったら、恐ろしく時間が掛ってしまった。
 どうにか野菜をみじん切りにし終え、今度はベーコンを適当な大きさに切る。
「適当な大きさ……?」
 適当ってなんだ適当って! と悪態を吐きながら、朧はレシピに載っている写真をじいっと見つめておおよその大きさを計った。そうしてその通りに切る。みじん切りよりは簡単だった。
 材料を切り終えると、今度は冷凍庫からパイシートを取り出す。レシピを参考に電子レンジで解凍し、伸ばしてから耐熱皿に敷いた。
「フォークで穴を開ける……? って、どんな穴だよ」
 一か所だけ穴を開けるのか、それともまんべんなく開けるべきなのか。穴を開けたパイシートの写真は載っていないし、こんな説明じゃわかんねーよ! と朧は頭を抱える。
(簡単キッシュって言うから簡単だと思ったけど、結構めんどくせーじゃねーか……)
 タイトルに付いた『簡単』の文字に釣られ、ちゃんとレシピを読んでいなかったことが悔やまれる。自分を過信してレシピを斜め読みしたところがそもそもの失敗の始まりだったのかもしれない。
 だがとりあえず、ここまで来たらやらねばならない。
(……適当で、いいだろ)
 全体にちょんちょんっと穴を開けた朧は、そのパイ生地をいったん冷蔵庫にしまった。

 その後も卵を割るのに苦戦しながらどうにか卵液を作り、炒めた具と混ぜてパイ生地に流し込む。そうしてチーズを振り、プチトマトを半分に切ってちりばめ、オーブンで三十分ほど焼けばキッシュの完成だ。
 キッシュを焼いている間に、他のメニューも作る。サラダは簡単だ。生のほうれん草を洗い、切ってから水に晒しておく。そうしてアクを抜くのだ。その後はよく水気を切って、生ハムを散らしてドレッシングをかけて完成。これはレシピ通りにできた。
 他に、幸村が作っておいてくれた鶏肉のトマト煮がタッパーに詰められ冷蔵庫に入っているから、それを温める。最初はメイン料理も朧が作るつもりだったが、今となっては彼の言葉に甘えていて良かったと思う。キッシュとサラダを作っただけで疲労困憊だ。
(見るとやるとでは大違いだな……)
「ただいま~!」
 朧が深いため息を吐いた頃、幸村が仕事から帰って来る。そうしてリビングにいる優月に「いらっしゃいゆーちゃん!!」と熱烈なハグを交わすと、優月を抱き上げたままキッチンにいる朧の様子を見に来た。
「ただいま~っと、おお、上手にできたじゃん」
「おいしそう~」
「……まあ、な」
 見た目はどうにか上手く仕上がったが、それまでの作業過程を思い返すと不安が残る。
「……あっ! ……スープ忘れてた……」
 しまった……。すっかり頭から抜けていた。
「俺が作ろっか?」
「いや、ここまできたら俺がやる。簡単なのだけど」
「インスタント?」
 からかうような幸村に、朧はむっと柳眉を顰める。
「ちげーよ!」
「ごめんごめん。ふふ、楽しみだなあ、朧の手料理。俺、今日一日ずっと楽しみにしてたんだ~。ね~? ゆーちゃん」
「ね~」
「わかったから、お前らはあっちで待ってろ」
「「はーい」」
 スープは本当に簡単なものにした。今からちゃんとしたものを作り始めたらその間に焼き上がったキッシュが冷めてしまう。
 サラダ用に買っていたほうれん草の余りとベーコンの余りを茹でて、そこにコンソメスープの素を放り込んで塩コショウで味を調える。以上で完成だ。
 溶き卵を入れようかと思ったが、キッシュでたっぷり卵を使ったので控えた。具が被っているのはこの際気にしないでほしい。
「できたぞ~」
「「わーい」」
 ダイニングテーブルに夕食を運ぶ。今日の料理は洋食がメインだが、主食は茶碗に盛った白米だ。フランスパンでブルスケッタを作るのも良いが、昼食にサンドイッチを食べたので夜は米にしようと思ったのだ。白米でも合わないことはない。
 キッシュは切り分け、最初に優月の皿に取り分けてケチャップをかけてやる。
 だが優月はすぐには食い付かず、ちゃんと幸村や朧にもキッシュが行き渡るのを待つ。そうして三人揃って手を合わせ、「いただきます」をした。
(……そんなに悪くはないはず……うぐっ……)
 淡い期待を抱いてキッシュを一口食べると、じゃりっとした食感が襲って来る。これは……取り損ねた卵の殻だ。しかも全体的に味が薄い。のは塩コショウがちゃんと混ざっていないせいだろう。さっき、塩の塊みたいなものを噛んだ。うう……今度はしょっぱい。おまけに野菜から水分が出ていているのか水っぽいし、これは……なんというか……
(不味い……)
 これが他人の作ったものなら、朧は間違いなく「こんなもん人様に食わせるとはいい度胸だな」と文句を言っていただろう。
 朧と同じくキッシュを食べた幸村も、いかにもコメントに困っているという顔をしている。そして優月は……
 黙々と、キッシュを食べていた。
「あっ、ゆ、優月! 無理して食うな! 不味いだろ!!」
「んーん、たべる!」
 朧は優月からキッシュの皿を取り上げようとしたが、優月はさせまいと皿を掴む。
「こんなもん食ったら腹壊すかもしれないぞ!」
「やだ! たべるー!! だって、ろうちゃんがぼくのためにつくってくれたんだもん。おいしい、よ?」
「優月……」
 それが本当に美味しい物なら、優月はもっとニコニコしているはずだ。だが今の優月は、キッシュをもぐ……と噛む時にぎゅっと目を瞑ったり、顰め面をしながら食べ進めている。
 けれどその顔は、「ぜったいにのこさない」と固く決めているようでもあった。
「へへ。おいしいねえ、まこちゃん」
「……ん。美味しいね、ゆーちゃん」
 そして幸村もそんな優月の姿に腹をくくったのか、微笑を浮かべながら不味いキッシュを再び口にする。
 まあ味は良くないけれど、ちゃんと火も通っているからお腹を壊すことはないだろう。
「お前ら……」
「このサラダも最高!」
「さいこー!」
「スープも美味しい!」
「おいしー」
 サラダなんて切ってドレッシングを掛けただけだし、スープだって簡単なもの。それを美味しい美味しいと、まして不味いキッシュまで美味しいと食べてくれる二人に、朧は泣きそうになった。
「……っ」
 けして泣かないように、俯いてぐっと堪えたけれど。
「お前ら……って、ほんっと……」
「ん? ほらほら、朧も食べて」
「たべて~」
「……はいはい。わかったよ。あー、美味い」
 そう強がりながら、朧は不味いキッシュを咀嚼した。
 それは本当に不味かったけれど、でも……

 二人が美味しいと言ってくれたから、朧はまたいつか、今度こそ美味しい料理をこの二人のために作りたいと思った。

 優しいこの子と、優しい恋人のために……



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朧作の不味い料理を「おいしいよ」と食べる優月の姿が浮かんだのでした。優月は男前です。
朧は舌は肥えていますが実践となると経験が浅いです。
ちなみに、優月の「ついつい」はお父さんの口癖(笑)
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