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~番外編~
初めての……
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こちらはブログ二周年記念リクエスト企画のSSとしてブログで公開していたお話です。
時系列としては結婚後すぐ。新婚ほやほや時代です。
********************************************
逸るような気持ちで、俺は家路についていた。
電車から見える風景も、駅から家までの町並みも、今まで何度となく通って来た道なのに……
どうしてだろうか、少しだけ違って見えた。
(……我ながら……)
単純だなあと、思う。今までとは違う帰り道。その理由は……
(千鶴さんが、家で待っていてくれている……から)
今日は結婚してから初めての出勤日だった。
千鶴さんは少し緊張した面持ちで、「はい」と鞄を手渡してくれて。
それから頬を染めて、「いってらっしゃい」と送り出してくれた。
そんななんでもない、当たり前の挨拶がどれだけ嬉しかったことか。
(やっぱりいいもの……だな)
家族を亡くしてから数年、あんな風に見送られて仕事に行くことなんてなかった。
それに、『家族の待つ家に帰る』のも、随分久しぶりだ。
嬉しいなあと、素直に思う。だからだろうか、年甲斐も無く俺は少し浮かれていて……
だからこそ、なんでもない見慣れた風景が少しだけ違って見えるのかもしれない。
ようやく帰りつくと、家のあかりが灯っていた。そんなことでも、嬉しくて頬が緩んでしまう。
そしてふっと息を整えてから、「ただいま帰りました」と声を掛け、扉を開けると……
「お、おかえりなさい! 正宗さん」
「!?」
千鶴さんが床に正座して、三つ指をついて待っていた。
俺の帰宅に気付いてから座った……にしては早すぎる。ということは、つまり……
「いつから待っていたんですか!?」
「え、えっと、十……分くらい前から、ですかね」
どうしてまた、そんな前から……
まだ秋とはいえ、板張りの床は冷えるだろうに。
「あの、最初……なので。ちゃんと、お迎えしたくて」
「千鶴さん……」
今日を特別に思っていてくれていたのは、俺だけじゃなかったのか。
はにかんだように微笑む新妻が、可愛くて、愛しくて……
ああ本当に、この人と結婚してよかった。
「改めまして。お帰りなさいませ、正宗さん!」
「はい。ただいま帰りました、千鶴さん」
「ところで千鶴さん、次からは玄関で待ってなくて良いですからね」
「えっ」
「これからますます寒くなりますし。ほら……頬っぺた、冷たくなってますよ」
「ひゃっ! ……うう、次からはダッシュでお出迎えに参じます」
(ダッシュ……)
【おまけ その時千鶴は……】
「ええっと、次は……」
まだ使い慣れない台所で、まだまだ慣れない料理を作る。
うう、これからは毎日これを……。い、いや! がんばらないと!!
「ん?」
……なんて悪戦苦闘していたら。おや? テーブルに置いておいた携帯に着信……メールだな。
「どれどれ……、あっ!」
正宗さんからだ!
何々……お帰りは七時半くらいになります……と。
「…………へへっ!」
あー! なんだろう!! なんだろうこのこそばゆさ!!
嬉しいような、気恥ずかしいような……!!
ここが台所でなければローリングごろごろー!! したいような気持ち。
正宗さんが、この家に帰ってきてくれる……(いや、元々正宗さんのお家だからね! ここ!!)のが、なんか……
「嬉しい、なぁ~」
新婚早々帰ってこない方が問題だろ、とか。
そんな当たり前のことで、とか、ツッコむなかれ!!
些細なことでも幸せを感じちゃう!! それが!! 新婚なのです!!
なんちゃって!!
そんなこんなで浮かれ気味で夕飯の支度を終え、時刻は午後七時十五分。
もうすぐ正宗さんが帰って来る!
「…………」
お茶の間でテレビを見つつ、待ってるんだけど……
そわそわ……しちゃうなぁ。だ、だって、今日が初めてなんですよ。
お仕事に行った正宗さんのお帰りを待つ……の。
どんな感じでお迎えしよう。お、おかえりなさいのチュー……は、無理! 新婚さんの定番ネタだけど、無理!!
頭の中でイメージトレーニング! ううむ……普通に「お帰りなさい」で、鞄を受け取って……
ああでも、ここは古式ゆかしく……正座なんかしちゃったりして。三つ指ついてにっこり「お帰りなさいませ、旦那様」的な!?
やりすぎかなあ? でも、個人的にはこう……、三つ指ついてって、すごく丁寧な仕草だし、憧れるんだ。昔見たドラマで、そんな風に旦那様をお迎えする奥さんをすごく綺麗だと思ったっけ。
私もそんな奥さんになりたい……なあ。
で、でも、引かれる? かな。現代の一般家庭でこれやったら……
でも……でも……
「いや!」
記念すべき初日、なんだから。そのくらいの気持ちで、お出迎えしよう!!
そして……
(ええっと、こう……)
誰もいない玄関で、私は三つ指をつき頭を下げる。
そしてにっこり笑顔を作って、
「お帰りなさい!」
うーん、今のは元気良すぎ……かな。もうちょっと、こう……控えめに……
「お帰りなさい、正宗さん」
ひゃー!! 照れる!!
それに今のは大人し過ぎる~!! ちょっと私のキャラじゃないくらい大人しいって言うかはんなり系をめざして失敗してちょっとキモイ!!
ええっと……ん? 何をしてるのかって?
練習ですよ!! どうせそわそわしちゃうから先に玄関でスタンバッたのですが、待っている間することも無いので練習をね、しているのです。
まあ、はたから見るとおバカっぽい光景ですよね。でもやってるうちになんかこう、ちょっと楽しいですよ!
(正宗さん、早く帰ってこないかな~)
時系列としては結婚後すぐ。新婚ほやほや時代です。
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逸るような気持ちで、俺は家路についていた。
電車から見える風景も、駅から家までの町並みも、今まで何度となく通って来た道なのに……
どうしてだろうか、少しだけ違って見えた。
(……我ながら……)
単純だなあと、思う。今までとは違う帰り道。その理由は……
(千鶴さんが、家で待っていてくれている……から)
今日は結婚してから初めての出勤日だった。
千鶴さんは少し緊張した面持ちで、「はい」と鞄を手渡してくれて。
それから頬を染めて、「いってらっしゃい」と送り出してくれた。
そんななんでもない、当たり前の挨拶がどれだけ嬉しかったことか。
(やっぱりいいもの……だな)
家族を亡くしてから数年、あんな風に見送られて仕事に行くことなんてなかった。
それに、『家族の待つ家に帰る』のも、随分久しぶりだ。
嬉しいなあと、素直に思う。だからだろうか、年甲斐も無く俺は少し浮かれていて……
だからこそ、なんでもない見慣れた風景が少しだけ違って見えるのかもしれない。
ようやく帰りつくと、家のあかりが灯っていた。そんなことでも、嬉しくて頬が緩んでしまう。
そしてふっと息を整えてから、「ただいま帰りました」と声を掛け、扉を開けると……
「お、おかえりなさい! 正宗さん」
「!?」
千鶴さんが床に正座して、三つ指をついて待っていた。
俺の帰宅に気付いてから座った……にしては早すぎる。ということは、つまり……
「いつから待っていたんですか!?」
「え、えっと、十……分くらい前から、ですかね」
どうしてまた、そんな前から……
まだ秋とはいえ、板張りの床は冷えるだろうに。
「あの、最初……なので。ちゃんと、お迎えしたくて」
「千鶴さん……」
今日を特別に思っていてくれていたのは、俺だけじゃなかったのか。
はにかんだように微笑む新妻が、可愛くて、愛しくて……
ああ本当に、この人と結婚してよかった。
「改めまして。お帰りなさいませ、正宗さん!」
「はい。ただいま帰りました、千鶴さん」
「ところで千鶴さん、次からは玄関で待ってなくて良いですからね」
「えっ」
「これからますます寒くなりますし。ほら……頬っぺた、冷たくなってますよ」
「ひゃっ! ……うう、次からはダッシュでお出迎えに参じます」
(ダッシュ……)
【おまけ その時千鶴は……】
「ええっと、次は……」
まだ使い慣れない台所で、まだまだ慣れない料理を作る。
うう、これからは毎日これを……。い、いや! がんばらないと!!
「ん?」
……なんて悪戦苦闘していたら。おや? テーブルに置いておいた携帯に着信……メールだな。
「どれどれ……、あっ!」
正宗さんからだ!
何々……お帰りは七時半くらいになります……と。
「…………へへっ!」
あー! なんだろう!! なんだろうこのこそばゆさ!!
嬉しいような、気恥ずかしいような……!!
ここが台所でなければローリングごろごろー!! したいような気持ち。
正宗さんが、この家に帰ってきてくれる……(いや、元々正宗さんのお家だからね! ここ!!)のが、なんか……
「嬉しい、なぁ~」
新婚早々帰ってこない方が問題だろ、とか。
そんな当たり前のことで、とか、ツッコむなかれ!!
些細なことでも幸せを感じちゃう!! それが!! 新婚なのです!!
なんちゃって!!
そんなこんなで浮かれ気味で夕飯の支度を終え、時刻は午後七時十五分。
もうすぐ正宗さんが帰って来る!
「…………」
お茶の間でテレビを見つつ、待ってるんだけど……
そわそわ……しちゃうなぁ。だ、だって、今日が初めてなんですよ。
お仕事に行った正宗さんのお帰りを待つ……の。
どんな感じでお迎えしよう。お、おかえりなさいのチュー……は、無理! 新婚さんの定番ネタだけど、無理!!
頭の中でイメージトレーニング! ううむ……普通に「お帰りなさい」で、鞄を受け取って……
ああでも、ここは古式ゆかしく……正座なんかしちゃったりして。三つ指ついてにっこり「お帰りなさいませ、旦那様」的な!?
やりすぎかなあ? でも、個人的にはこう……、三つ指ついてって、すごく丁寧な仕草だし、憧れるんだ。昔見たドラマで、そんな風に旦那様をお迎えする奥さんをすごく綺麗だと思ったっけ。
私もそんな奥さんになりたい……なあ。
で、でも、引かれる? かな。現代の一般家庭でこれやったら……
でも……でも……
「いや!」
記念すべき初日、なんだから。そのくらいの気持ちで、お出迎えしよう!!
そして……
(ええっと、こう……)
誰もいない玄関で、私は三つ指をつき頭を下げる。
そしてにっこり笑顔を作って、
「お帰りなさい!」
うーん、今のは元気良すぎ……かな。もうちょっと、こう……控えめに……
「お帰りなさい、正宗さん」
ひゃー!! 照れる!!
それに今のは大人し過ぎる~!! ちょっと私のキャラじゃないくらい大人しいって言うかはんなり系をめざして失敗してちょっとキモイ!!
ええっと……ん? 何をしてるのかって?
練習ですよ!! どうせそわそわしちゃうから先に玄関でスタンバッたのですが、待っている間することも無いので練習をね、しているのです。
まあ、はたから見るとおバカっぽい光景ですよね。でもやってるうちになんかこう、ちょっと楽しいですよ!
(正宗さん、早く帰ってこないかな~)
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