60 / 73
婚約者は魔法使い
夢が叶う日 後編
しおりを挟む翌日の早朝。
厨房に揃った使い魔猫達は、みんな目をキラキラと輝かせて、アニエスの指示を待っていた。
今日はいよいよ、アニエスのパン屋のオープン当日である。
まるでこれからカーニバルでも始まるかのように、使い魔猫達はわくわくと胸を高鳴らせていた。
「それじゃあ、カルとジェダでお店の飾りつけをお願いね」
「「はいですにゃ!!」」
店中をピカピカに磨いて、パンで飾りつけますにゃ!! と。黒猫と白猫の少年は意気込んでいる。(アニエスがこの日のために作り置きしておいた飾りパンを使うのだ)
「ネリーとライト、キースにアクアは私と一緒にパンを作るの」
とにかく、作って作って作りまくるわよ!! と、アニエスは右手を宙に突き出した。
「「「「はいですにゃ!!」」」」
猫達もアニエスのように、右手を「おー!!」と宙に突き出す。
その言葉通りに、アニエスと使い魔猫達は店に並べるパンを作って作って作りまくった。
途中、試作で作っていた食パンに卵とハムを挟んだだけのサンドイッチと、野菜のたっぷり入ったスープで簡単に朝食をとり。
再び厨房に籠ってパンを作っては、焼き上がったそれを棚に並べていく。
開店まであと三十分をきったところで、アニエス達はそれまで着ていた服を着替えて、新しいエプロンを身につけた。昨夜、アニエスが縫っていたエプロンだ。
アニエスは、こざっぱりとした水色のワンピースに白いエプロンを。
使い魔猫達は、ぱりっと洗濯した白のシャツに黒の半ズボンに、黒のエプロンを纏って。
これで、お客さんを迎える準備は万端である。
「奥方様! 大変ですにゃ!!」
早々に着替えを終え、店にパンを運んでいた縞猫のアクアがぴゅーと厨房に駆けてきた。
何か問題が発生したのかと、アニエス達は作業の手を止める。
「外!! 人がいっぱいですにゃ!!」
「ええ!?」
アクアに言われ、アニエス達が店の窓のカーテンを開くと……
そこには、開店を待つ人の行列が。
「うわああ、いっぱいにゃー」
「すごい……」
「宣伝効果アリ、ですにゃ!!」
「これは……大変ですにゃあ」
上から、ネリー、ライト、キース、カルが感嘆の声を上げる。
「…………っ」
アニエスはぎゅっと、両手を握りしめた。
(嬉しい……)
こんなにたくさんの人が、開店を待ってくれる。
なんて、ありがたいんだろう……!!
(……っ! 頑張らなくっちゃ!!)
「みんな! 少し早いけど、店を開けるわ!!」
「「「「「「はいですにゃ!!!」」」」」」
「私達のパンを待っていてくれる人達に、早く美味しいパンを届けましょう!!」
「「「「「「にゃー!!!!」」」」」
そしてその日、クレス島に新しく『アニエスのパン屋』がオープンした。
混雑を見越して、開け放たれたままの木の扉。
白壁に木の棚が並ぶ、店内。棚には美味しそうなパンがたくさん並んでいて、奥の厨房からは、パンを焼く良い匂いが漂ってくる。
落ち着いた色合いのマホガニーのカウンターには、パンで作られた籠の中に小さなパンがいくつも盛られている。他にも、店内には可愛い猫の形をしたパンや、パンで出来たウェルカムボードが飾られていた。
客がパンを入れる籠も、真新しい白い籠で。
銀のパン掴みは、ピカピカに磨かれている。
「いらっしゃいませー!!」
訪れる客を元気よく迎え入れるのは、使い魔猫の少年達。
そして……
「ありがとうございます。こちらもぜひ、召し上がって下さいね」
客の買い求めたパンを丁寧に袋に詰め、オープン記念のプレゼントであるクッキーを笑顔で渡してくれる、美しい女店主。
人々は彼女の美味しいパンに舌鼓を打ち、可愛らしいネコのクッキーに笑みを浮かべ。
またここへ来ようと、思うのだった。
「……カル! 次のパンをオーブンに入れてくるわ。それまで、カウンターをお願いね!!」
「はいですにゃ!!」
たくさんの客で賑わう店内。
早くも空になりそうな棚に次々とパンを並べていたアニエスは、次のパンを焼くべく一端カウンターを黒猫のカルに任せて、厨房に引きこんだ。
体中が嬉しい悲鳴を上げている。
ばたばたと立ち回っても追いつかないくらいの盛況ぶりだ。
「ええっと、次は……」
成型までしておいたパンを、オーブンに入れる。
これが焼き上がったら、棚に並べて……と時計を見た所で、アニエスは「あっ!!」と声を上げた。
時計の針はとうに十三時を過ぎている。
昼食のことを、すっかり失念していた。
「どうしよう……!! す、すぐに簡単な物を……」
今も忙しく働いてくれている使い魔猫達。そして夫のサフィールに、昼食を……
「アニエス?」
頭の中で慌てて昼食のメニューを考えるアニエスに、声を掛けたのは……
両手に紙袋を持った、夫のサフィール。
「ああっ、ごめんなさいサフィール! 今すぐ昼食の準備を……」
「大丈夫だよ、アニエス。はい、これ」
慌てる妻に、サフィールは微笑を浮かべて持っていた紙袋を手渡した。
「これ……」
「忙しくてそれどころじゃないだろうと思ったから。港の料理屋に頼んで、作ってもらったんだ」
アニエスのパン屋が大盛況な様子を見て、サフィールが気を回してくれたらしい。
わざわざ港まで降りて買って来てくれたのだろう。
紙袋の中には、焼き立てのミートパイと色とりどりの野菜のピクルスが。
「……っ」
「今お茶を淹れるから、一緒に食べよう? 午後からは俺も店を手伝うから、猫達にも休憩を……って。アニエス……?」
ぽふん、と。
自分の胸に倒れこむように抱きついてきたアニエスの頭を、サフィールが「どうしたの?」と撫でてやる。
「……ありがとう……! サフィール……」
サフィールの優しさに、アニエスは泣きそうになった。
頑張らなくちゃと張り詰めていた糸を、ほろりと緩めてくれる。
優しい、気遣いに。
「うん。店、いっぱい人が来てくれて、良かったね」
「うん……!」
「アニエスの美味しいパン、きっとみんな、喜んでくれるよ」
「うん……!!」
そうして慌ただしくも、サフィールと二人で食べたミートパイはとても美味しかった。
この味を、自分はけして忘れないだろう、と。アニエスは思う。
言葉通りに、サフィールは店を手伝ってくれて。(日頃無愛想な彼が珍しく笑みを浮かべて、客の相手をしていた)
猫達も順番に休憩に入り、お腹を満たして。午後からはさらに頑張ってくれた。
そうして、閉店時間の二時間も前にはお店のパンは全て完売してしまい。
アニエスは最後の客を笑顔で送った後、店の扉を閉めた。
あっという間の一日だった。
けれど、親しい友人達やお世話になった農場主、近隣で店を営む人々が入れ替わり立ち替わり店を訪れては、「おめでとう!!」と祝福してくれて。
たくさんのお客さんに、「美味しそう!!」と。「また来るわ!!」と言ってもらえて。
体はくたくたに疲れていたけれど、喜びで、胸がいっぱいだった。
アニエスは「ありがとう」と、一生懸命手伝ってくれた使い魔猫達を、ひとりひとり抱き締める。ぎゅ~っと。感謝の気持ちを込めて。
猫達は嬉しそうに、目を細めて喉を鳴らした。
大好きな奥方様の役に立てたことが、こうして「ありがとう」と言って抱きしめられることが、誇らしく、嬉しかった。
「お疲れ様、アニエス」
そうして使い魔猫達をみんな抱きしめたアニエスの体を、今度はサフィールが抱き寄せる。
ぽんぽんと、労うようにその背を撫でて。
「ありがとう、サフィール」
アニエスはそっと、サフィールの口にキスを贈る。
「ねえ、サフィール」
「ん……?」
「私、これからも頑張るわ」
あなたと使い魔猫達が、一緒にいてくれるから。
こうして手助けしてくれて、支えていてくれるから。
頑張れると思った。パン屋の仕事も、もちろん、家のことも。
パン屋の女主人として。魔法使いサフィールの、妻として。
だから……
「これからも傍で、見守っていてくれる……?」
アニエスの手が、そっとサフィールの頬に伸びる。
その手をとって、サフィールは……
「そんなの、当たり前だよ」
ちゅ……と。彼女の掌に、キスを贈った。
************************************************
ちなみにサフィールが料理を作るのではなく買ってきたのは、厨房が忙しくて使えなかったからです。
一生懸命働く奥さんと、そんな奥さんを要所要所で気遣う旦那様っていうのを書きたかったこの一話。楽しんでいただけたなら、幸いです。
0
お気に入りに追加
460
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛
冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる