旦那様は魔法使い

なかゆんきなこ

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第四章 二人の日常3

お留守番の日 後編

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 カフェの帰りに市場や食料品店を回って、食材を買う。
 今夜帰って来る予定の夫や使い魔猫達に、美味しい夕食を作るのだ。
 たくさんの食材を抱えて家に帰るアニエス。
 そうして早い時間から、せっせと夕食の下拵えに入った。
 きっと疲れて帰って来るだろう、と。
 ボリュームも栄養も、そして愛情もたっぷりの料理の数々。
 次々と作り上げていくそれらを、食卓に運んで。
 サフィールの好きな、ワインも空けよう。
 猫達の好きなまたたび酒も、と。
 ぱたぱたと立ち回って色々用意して、その頃にはサフィール達が帰って来る。
 はず、だった。
(……遅い……)
 時計の針は夜の八時を回っていた。
 食卓に座り、一人待つアニエスはぼんやりと目の前の料理を見つめる。
 熱々だったそれらは今、みんな冷めてしまっていた。
 サフィールは、「六時には帰れるから」と言っていたのに。
 アニエスはフォークで、山と盛られたチキンナゲットをぱくりと食べる。
「美味しい…」
 自信作のナゲットは、冷めても美味しい。
 けれど…。
「…サフィールの馬鹿…」
 温かいうちに、食べてほしかったのに。
 
 結局、九時になってもサフィール達は戻らず。
 アニエスは料理を厨房に片付けて、寝室に戻った。
 お風呂を済ませ、寝台に入り。
 明日はどうしよう…と思い悩む。
(…明日も、お店を休みにしないとダメかしら…)
 得意先には、明日も配達に行けると言ってある。
 その約束を破るわけにはいかないが、そうすると店を開けられない。
(…頑張れば、午後からなら…)
 店を開けられるかもしれないと。
 思いながら、アニエスの意識は眠りの淵に落ちていった。


 カタン、と物音がする。
 その音に目を覚ましたアニエスは、灯りを消していたはずの室内が明るいことに気付いて身を起こした。
「…サフィール…?」
「…ごめん。起こした…?」
 見れば夫のサフィールが、旅装のままで寝台の傍に立っていた。
 ああ、帰って来てくれたのだ。
「おかえりなさい…」
「ただいま、アニエス。ごめん、遅くなった」
 アニエスはぎゅうっとサフィールに抱きついて、首を振る。
 遅い、と少し恨めしく思っていたけれど。
「ううん…。帰って来てくれて、嬉しいわ」
 いざサフィールの姿を目にすると、それよりも嬉しさの方が勝ってくる。
「…一人で、大丈夫だった?」
 サフィールはそう、囁くように問いかける。
 アニエスはまじまじと、サフィールの顔を見つめて。
「ええ!」
 と笑った。
 瞬間、サフィールの顔がしゅん…と沈む。
 彼は言って欲しかったのだ。「淋しかった」と。
 自分がいなくて、「淋しくてしょうがなかった」と。
「久しぶりにゆっくり眠って、一人でカフェでランチして…。楽しかったわ」
「………」
「でもね」
 アニエスは落ち込む夫の両頬に、そっと手を当てる。
「美味しいランチも、一人じゃなくて…。サフィールと一緒が良いって、思ったの」
「アニエス…」
 一人で大丈夫だなんて嘘よ、と。
 アニエスは言う。
 約束を破ったサフィールに、ちょっとだけ意地悪をしたのだと。
「おかえりなさい、サフィール。帰って来てくれて、嬉しい」
「…うん」
 二人は再びぎゅうっと互いを抱きしめ合って、キスをする。
 そのまま寝台に押し倒される、そう思ったアニエスだったが…。
「…?」
 サフィールはそっと、身を離した。
「…汗でどろどろ、だから。シャワー浴びてくる」
 そういえば、彼はまだ旅装のままだった。
 そのままでも、構わないのに…とアニエスは思ったが、
「……うん。待ってる」
 頬を赤らめて、夫を送り出す。


 寝台で、シャワーを浴びる夫を待つ。
 その間のどきどきは、何度体を重ねても変わらない。
 自分はこれからあの人に抱かれるのだ、という。
 緊張と、高揚は。
「………」
 やがて、浴室の扉が開く音がして。
「………」
 腰にタオルを巻いただけのサフィールが、寝台に近付く。
「…髪、濡れてるわ」
「うん…。でも、」
 もう待てないから、と。
 サフィールはアニエスの顎を捕らえ、口付けを。
 これ以上は待てないと言った言葉の通り、その舌でアニエスの口内を蹂躙する、情熱的なキスだった。
「んん…」
 口付けを交わしながら、ゆっくりと寝台に体を押し倒される。
「…っ、駄目…。風邪ひいちゃうわ」
 濡れた髪に手を当てて、アニエスが言う。
「うん。だから…」
 君が温めて、と。
 サフィールはアニエスの体を、ぎゅう、と抱きしめる。

「ああっ」
 サフィールに貫かれて、アニエスは最初の絶頂を迎えた。
 その頃にはもう、互いに生まれたままの姿になって、シーツの上で絡み合っている。
 自分の上に押し被さる夫の体を、アニエスはぎゅうと抱きしめたまま離さない。
 離れたくないと、懇願するように自分にしがみつく妻に、サフィールはますます煽られてしまう。
「…そんなに淋しかった?」
 俺が傍に居なくて、とサフィールは問う。
 だから俺を離さないの? と。
 自分を捕らえて離さないアニエスの中に、さらにずん…っと自分を押し込む。
 低く囁かれながら腰を動かされ、アニエスは息も絶え絶えに頷いた。
「んっ。あ…っ、淋し、かった…のっ」
 くちゅりくちゅりと、淫らな水音が響く。
 達したばかりの体に与えられる快楽に、また果ててしまいそうだった。
「…っ、は…っ。アニエス…、可愛い…」
 涙を零しながら快楽に悶える妻の瞼をぺろりと舐めて、背中に回された彼女の腕を離し、自分の手と絡ませるようにシーツに縫い付ける。

「離さないよ。アニエス。愛してる…っ」

 そしてサフィールは、いっそう激しくアニエスを抱き貫いた。


 夜中の寝台の上で。
 互いにくたくたになった体を絡ませ、横になる。
 そういえば…と、アニエスは自分の黒髪を玩ぶ夫に問うた。
「サフィール、夕飯食べたの…?」
「…あ」
「もう! ちゃんと食べないと、駄目よ…」
 持ってくるから待っていて、とアニエスは裸身にガウンを纏い、寝室の扉を開ける。
 すると、廊下にはトレイに載った夕食が一人分、置かれていた。
「あら…」
 これは、アニエスが作って厨房に置いておいた夕食だ。
 それを手にとって、「猫達が用意してくれたのね…」とアニエスは微笑む。
 サフィールにそのトレイを見せると、彼は案の定、「カル達か…」と言った。
 相変わらず、抜かりの無い使い魔猫達である。
「……帰りに面倒な魔法使いに捕まって、遅くなって。帰ってきたら厨房から美味しそうな匂いがしたから、猫達が騒いでた」
「まあ…」
「あいつらは、アニエスの料理が大好きだから」
 すぐに飛びついて、皆でがつがつ食べていたよ、とサフィール。
「…あなたも一緒に食べればよかったのに」
 トレイを膝にのせ、フォークを手に取るサフィールにアニエスが言うと。

「俺はいちばん、アニエスが食べたかったから」

 と、しれっと答えた。
「…っ! もう…」
「? これ、美味しいね」
 色々な運動で疲れた体には、それはもう美味しいだろう。
 赤面するアニエスを尻目に、サフィールはぱくぱくと食事を進めていった。
 もう、本当に…。
 この人には、敵わないわ。
「…食べたら、もう一回、良い?」
「!?」
 まだまだアニエスが足りない、と言うサフィール。
 ああ、本当に。
 愛しい人には、敵わない。



************************************************
久しぶりに書いた気がする、この二人の甘いちゃらぶえっち。
しかし相変わらず、濡れ場を書くのは難しいです…。
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