旦那様は魔法使い

なかゆんきなこ

文字の大きさ
上 下
26 / 73
幼馴染は魔法使いの弟子

黄色い薔薇の物語編 19

しおりを挟む
サフィール視点です。
********************************************


 この所、毎日幼馴染のアニエスが食事を差し入れてくれるおかげで、サフィールと使い魔猫達の食生活は一気に向上した。
 アニエスの作る料理は美味しい。それは、昔自分と師匠に食事を作りに来てくれていた時から変わらず。いや、あの頃よりも腕を上げたとサフィールは思う。
 使い魔猫達はすっかりアニエスに懐き、彼女が来る時間になると、そわそわとその訪れを待ちわびる。
 そして、使い終わったバスケットと食器をアニエスの滞在する宿屋に届けるのも、使い魔猫達の間で人気の仕事となった。なんでも、その時自分の好きな食材のことを話すと、次の日の食事に必ず使ってくれるらしい。
 好きな食材。
 サフィールのための食事にも、毎回彼の好物が入っていた。
 覚えていてくれたのかと、驚きつつも嬉しく思う。
 しかし嬉しく思っているのに、サフィールは中々その気持ちを上手く伝えられずにいた。
 初日に、言葉足りずに彼女を傷つけてしまって以来、思うように彼女と話せずにいる。
 いや、あの言葉だけが原因ではない。
 三年の間にますます美しく成長したアニエスを前にすると、サフィールは平静でいられなくなるような気がするのだ。そして、アニエスもサフィールの仕事の邪魔はするまいと思っているのか、使い魔猫にバスケットを渡すとすぐに帰ってしまう。
 使い魔猫達の話では、アニエスはこの島でパン屋を開く準備に追われているのだという。
 その合間に、滞在先の宿屋でも働いているのだとか。
 働き者の彼女らしいと、サフィールは思った。
 夢に向かって、頑張っているのだろう。
 アニエスは昔から、一途な性格の少女だった。
 サフィールには時にその一途さが眩しく映ったものである。
 しかし…。
 あの頃の自分は考えもしなかったろう、と彼は思う。
 かつて、本当の兄妹のように仲の良かった幼馴染のことを、使い魔猫越しに知る日が来ようとは。
 あの頃の自分達には、想像もできなかったことだ。


 ある日の夜。
 最後の客を帰してから、アニエスが夕食用にと作ってくれたパンとスープを一人食べるサフィール。パンもスープも冷え切っていたけれど、温め直すのが億劫で。
 そのまま口に運んで、咀嚼する。
 塩味がきいたジャガイモのスープは、冷え切って脂が浮いているのに、不思議と、美味しく感じられた。
 腹を満たすと、今度は隣の自宅にシャワーを浴びに戻る。
 先に帰していた猫達は、アニエス特製の夕飯を腹いっぱい食べて、幸せそうに丸くなって眠っていた。
 彼らを起こさないように、静かに店舗に戻って。
 奥の寝床に横になり、薄布の中に潜り込む。
 そうしてサフィールは、すぐに眠りの淵に落ちて行った。


 夢を、見る。
 この所、サフィールが見る夢は決まって。
 アニエスの、夢だ。
 夢の中で、幼い自分とアニエスが遊んでいる。過去の、幸福な記憶。
 どうして、自分達はあの頃のようにいられなかったのだろう。
 ただ傍に居るだけで、楽しかった。嬉しかった。幸せだった。
 他に、何もいらないと思っていた。
 けれど。
 年を重ねるごとに、その想いは変わっていって。
 彼女を欲しいと。『女』として欲しいと、思ってしまったから。
 もうあの頃のようには、いられなかった。
 サフィールは何度も何度も、あの時の事を悔やんでいた。
 彼女に劣情を抱く自分を抑えられなくて、距離を置いて。
 結果、失ってしまったあの時の事を。
 あの時自分が、もう少しうまく立ち回れていたら。
 そもそも自分が、あんな感情を抱かなければ。
 そう悔やむのと、同じだけ。
 それが無理だということも、解っていたけれど。
 過去は変えられない。それに。
(…きっと、俺は…)
 何度も、何度でも。
 アニエスに、恋をするだろう。
 今なら、わかる。
 彼女に優しくしたい、笑わせたい、幸せにしたいと思うのと同じくらい。
 彼女にキスをしたい、抱きしめたい、抱きたいと思うのもまた、恋なのだと。
 あの頃の自分は、それがひどくいけない感情のように思えて、目を逸らしてしまったけれど。
 本当は、その感情を受け入れて。
 素直に、彼女に。
 アニエスに、想いを伝えるべきだったのだ。
「…サフィール」
 夢の中のアニエスが、サフィールの名を呼ぶ。
「アニエス…?」
 そして、幼かった彼女の姿は見る見る成長していって。
 今の、十八歳のアニエスの姿になった。

「大好きよ、サフィール…」

 アニエスの瞳が、切なげに潤んでいる。
 そうして囁かれた、言葉に。
 夢と、わかっていても。
「…っ」
 サフィールは、全身が沸騰するような熱を覚えた。
 そして彼は、ぐっと彼女の手を掴むと。
 抱き寄せて、その唇にキスを落とした。
(アニエス…)
 それはとても幸福な夢で。
 今だけは、こうして。
 仮初でも良い。この幸せを、噛みしめていたかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

王妃となったアンゼリカ

わらびもち
恋愛
婚約者を責め立て鬱状態へと追い込んだ王太子。 そんな彼の新たな婚約者へと選ばれたグリフォン公爵家の息女アンゼリカ。 彼女は国王と王太子を相手にこう告げる。 「ひとつ条件を呑んで頂けるのでしたら、婚約をお受けしましょう」 ※以前の作品『フランチェスカ王女の婿取り』『貴方といると、お茶が不味い』が先の恋愛小説大賞で奨励賞に選ばれました。 これもご投票頂いた皆様のおかげです! 本当にありがとうございました!

転生王子はダラけたい

朝比奈 和
ファンタジー
 大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。  束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!  と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!  ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!  ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり! ※2016年11月。第1巻  2017年 4月。第2巻  2017年 9月。第3巻  2017年12月。第4巻  2018年 3月。第5巻  2018年 8月。第6巻  2018年12月。第7巻  2019年 5月。第8巻  2019年10月。第9巻  2020年 6月。第10巻  2020年12月。第11巻 出版しました。  PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。  投稿継続中です。よろしくお願いします!

絶対抱かれない花嫁と呪われた後宮

あさ田ぱん
BL
 ヴァレリー侯爵家の八男、アルノー・ヴァレリーはもうすぐ二十一歳になる善良かつ真面目な男だ。しかし八男のため王立学校卒業後は教会に行儀見習いにだされてしまう。一年半が経過したころ、父親が訪ねて来て、突然イリエス・ファイエット国王陛下との縁談が決まったと告げられる。イリエス・ファイエット国王陛下の妃たちは不治の病のため相次いで亡くなっており、その後宮は「呪われた後宮」と呼ばれている。なんでも、嫉妬深い王妃が後宮の妃たちを「世継ぎを産ませてなるものか」と呪って死んだのだとか...。アルノーは男で、かわいらしくもないので「呪われないだろう」という理由で花嫁に選ばれたのだ。自尊心を傷つけられ似合わない花嫁衣装に落ち込んでいると、イリエス・ファイエット国王陛下からは「お前を愛するつもりはない。」と宣言されてしまい...?! ※R-18 は終盤になります ※ゆるっとファンタジー世界ですが魔法はありません。

【完結】婚約破棄された女騎士には溺愛が待っていた。

まるねこ
恋愛
女騎士の彼女はこのご時世では珍しいとされる恋愛をし、彼からプロポーズを受けて婚約者となった。 けれど、そこに現れたのは相談女。相談女に弱い婚約者にイライラする主人公。 悲しみの後にきっと幸せが訪れる……はず! ヘイト溜まりまくりかもしれません。耐性のある方推奨かも!? Copyright©︎2023-まるねこ

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

【完結】番犬と呼ばれた私は、このたび硬派な公爵様に愛されることになりました。

恋愛
「私の妹リゼリアに勝てた殿方の元に嫁ぎますわ」 国一番の美女である姉の番犬として何年も剣を振り続けてきた伯爵令嬢リゼリア。金儲けや汚い思惑のために利用され続けた彼女だが、5年目となるその日両親からわざと負けるよう命じられる。 何故ならこの日相手をするのは、公爵という立場でありながら騎士としても活躍する男。玉の輿を目指す両親や姉はリゼリアの敗北に大喜びするが…… 「では約束通り、俺の元に来てもらおう。リゼリア嬢」 「…………へ、?」 一途な硬派騎士団長×愛され無自覚な男前ヒロイン ※ざまぁ必須。更新不定期。 誤字脱字にご注意ください。

タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗~

ルッぱらかなえ
大衆娯楽
★作中で出来上がるビールは、物語完結時に実際に醸造する予定です これは読むビール、飲める物語 ーーーー 時は江戸。もしくは江戸によく似た時代。 「泥酔して、起きたらみんなちょんまげだった!!!」 黒船来航により世間が大きく揺らぐ中、ブルワー(ビール醸造家)である久我山直也がタイムスリップしてきた。 そんな直也が転がり込んだのは、100年以上の歴史を持つ酒蔵「柳や」の酒を扱う居酒屋。そこで絶対的な嗅覚とセンスを持ちながらも、杜氏になることを諦めた喜兵寿と出会う。 ひょんなことから、その時代にはまだ存在しなかったビールを醸造しなければならなくなった直也と喜兵寿。麦芽にホップにビール酵母。ないない尽くしの中で、ビールを造り上げることができるのか?! ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。

処理中です...