旦那様は魔法使い

なかゆんきなこ

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幼馴染は魔法使いの弟子

黄色い薔薇の物語編 13

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サフィール視点のお話です。
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 物心ついた時から、十七の歳まで暮らした森の中の小さな家。
 幼馴染の少女との、甘く切ない思い出の詰まった故郷。
 けれど、サフィールが今暮らしているのはあの森ではなく。
 港街の中腹にある、小さな魔法使いの店。

 師であるクラウド・サルガタナスの突然の手紙によって呼び戻されたサフィールは、変わり果てた森の家の姿に少なからず衝撃を受けた。彼は、この家が嵐に見舞われていたことも、それによってクラウドが街中に越したことも知らされていなかった。
 呆然とするサフィールの前に、一匹の黒い蝶が飛んでくる。
 それがクラウドの魔法によるものだと、サフィールはすぐに直感した。
 蝶はサフィールの目の前で変じ、一通の手紙に変わる。
 その手紙に、この家が嵐に見舞われてこうなったこと。クラウドが街中に魔法使いの店を開き、その隣に家を借りていることが記されていた。
 そして、サフィールにはその家で生活し、魔法使いの店を切り盛りするように、と。
 どうしてこんな回りくどいことを、とサフィールは思う。
 嵐に見舞われたことも、引っ越したことも、あらかじめ教えておいてくれれば無駄足を踏まずにすんだかもしれないのに。
 しかし、一方でこれがずっと帰らずにいたサフィールへの、師匠なりの意趣返し、なのだろうとも理解していた。そういう人だ。サフィールの義父は。
 使い魔猫達を引き連れて森を出、夜の港街を歩きながら、サフィールは「しかし、ある意味これで良かったのかもしれない」と思った。
 それは、師匠に謀れたこと、にではない。
 あの家で暮らさなくて済んだこと、に対してだ。
 あの家は、良くも悪くも思い出が多すぎる。
 けれど、あまり訪れたことの無い街中の、初めて訪れる家でなら。
 アニエスとの思い出に心掻き乱されることも無く、穏やかに生活できるかもしれないと思った。
 その思惑は当たっていた。
 石造りの、小さい店内。
 薄暗く、薬草の匂いに満ちた、居心地のいい空間。
 クラウド所蔵の多くの書物に囲まれ、日がな一日魔法の研究に没頭する日々。
 サフィールを代わりにする必要があったのかと思うほど、来客は少ない。そもそも、クラウドは店の前に看板を出していなかった。きっと、ここに魔法使いがいることすら知らない住人もいるだろう。まして、開いているのかいないのかわからない店なのだ。
 そしてサフィールは、自分が出るほどの用件でない時は、接客を使い魔猫達に任せていた。魔道具や薬草の販売程度なら、彼らで十分事足りる。そうでない、占いやまじないの時には、師匠のように黒のローブを目深に被って対応した。
 クラウドは店を空けることを住人達には言って行かなかったようで、薄暗い店内で、クラウドと同じローブ姿のサフィールをクラウドと勘違いする客がほとんどだった。
 でも、サフィールは特にその間違いを訂正しない。自分は、師の代わりにここにいるのだからと。
 客と接する以外の多くの時間を、サフィールは魔法の研究に費やした。
 三年間の放浪の中で出会った、魔法使いや魔女達。彼らから教わった知識を、さらに深め、実践したり。
 書物に目を通したり、魔法薬を調合したり、魔道具を作ったり、星を観察して星図を作ったり。
 やりたいことが多くて、それに集中できる環境に在ることが楽しくて。
 サフィールは寝食も忘れがちになり、次第に隣の家に戻ることが少なくなっていった。
 クラウドが生活の場として使っていた隣家は、もっぱら使い魔猫達の寝床になった。
 サフィールは、この店の奥をカーテンで仕切ると、ありったけのクッションを用意して自分の寝床にした。そこで、眠くなったら寝る。起きたらまた、ここで魔法の研究や客の相手をする。
 日々の食事は、使い魔猫達が街から調達してきた。彼らは自分で料理ができないから(そしてサフィールもする気がないから)、食事はもっぱら出来合いの物ばかりだったが。
 そして、その日も。
 サフィールは、徹夜で星を観察した後、クッションの寝床で仮眠をとっていた。
 深い眠りではない。半分覚醒した、まどろみのような浅い眠り。
 その中にあって、サフィールは店の扉の向こうに人の気配を感じた。
 ああ、客が来たのかと彼は思う。
 どんな用件だろうか、と。 
 コンコンと、ノックの音。

「おはようございます、魔法使い様。アニエスです」

 夢を、見ているのかと思った。
 自分は本当はもう深く眠っていて、夢を見ているのだと。
「魔法使い様…?」
(…この…声…)
 忘れるはずもない、少女の声。
 その声が、かつてのように。
 かつて、魔法使いの家を訪ねて来た時と同じ言葉を掛けて、現れた。
 カチャリと、音を立てて回るドアノブ。
 サフィールは、滅多に扉に鍵を掛けない。ここのところ、常に店の中に引き篭もって留守にはしないからだ。
「魔法使い様…?」
「アニエス…?」
 寝起きで低く掠れた声が、「本当に?」と言わんばかりに少女の名を呼ぶ。
 眩しい朝の光を背に、現れた少女。いや、
 そこに立っているのは、かつての少女ではなかった。
 すらりと伸びた手足。昔よりも長く伸びた、緩くウェーブを描く漆黒の髪。
 丸みを増した身体。けれど、腰はきゅっとくびれている。
 清純な中に、確かに大人の女としての色香を纏う美しい娘が、驚きに目を見張ってこちらを見つめている。
「サフィール…?」
 彼女もまた、突然の再開に。
 目の前に居るサフィールに、戸惑っているようだった。
「サフィール…よね…」
 無理もない。三年の間に、彼もまたかつての少年ではなくなったのだから。
 サフィールは言葉も無く、目の前の娘を、いや、幼馴染のアニエスを見つめた。
 何を話せばいいのか、わからなかった。
 いや、彼は。
「……………」
 ただ、ただ。
 見惚れていたのかもしれない。かつて恋した少女の、美しく成長した姿に。
(…俺は夢を見ているのかな…)
 ふと、サフィールは思った。
 頭がぼうっとする。思考がまとまらない。
 そして、
「……これは夢かもしれない」
 ぽつりと、呟くと。
 彼はゆっくり、クッションの上に倒れ込んだ。
 身体に力が入らなかった。そういえば、と彼は思う。
(…最後に食事をしたの…、何日前だっけ…?)



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サフィール視点での、再会。

彼の反応が鈍いのは、寝起きなのと、しばらく何も食べてなくて頭が回らないから。そして倒れるって言う、オチ。これが二人の、再会です。
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