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ブチ猫の家族 後編
しおりを挟むあれから一ヶ月後。キースは主人家族や仲間の使い魔猫達と共に、生まれ故郷に帰って来た。
初めての家族全員旅行にはしゃぐステラやアクアをよそに、キースは胸が苦しいほどに脈打っていた。
キースを始め、使い魔猫達は全員人の姿になっている。移動中はかさばるので猫の姿でいることも多かったが、町に入ってからは人の姿になると決めていた。猫耳も尻尾も消している。全ては、猫が苦手なミナライのお嫁さんに配慮してのことだ。人の姿でなら、彼女を怖がらせることも無いだろう。
そして緊張の面持ちでやってきたのは、今日の宿。もちろん、ミナライが働いている、じっちゃんとばっちゃんの宿屋だ。手紙によると、ミナライは結婚を機に宿の近くに家を構えたらしい。
(…………この向こうに、ミナライが……)
「……キース、皆さん待ってらっしゃるわ」
扉の前でじっと立ちすくむキースに、アニエスが優しく声を掛けてやる。
到着の時間は知らせていたので、ミナライ達は宿で待っててくれているはずだ。
「は、はいにゃ……」
ごくりと唾を飲んで、ええいままよと扉を開ける。
すると……、
「……お前……ブチ……か?」
入り口で待っていてくれたコック服の男――記憶の姿よりも精悍に歳を重ねたミナライが、驚きに目を見張って立っていた。
「う、うん……」
人の姿を彼に見せるのはもちろん初めてで、耳も尻尾もない自分を「ブチ」だとすぐに気付いてもらえるとは思わずにいたキースも、驚きに胸が脈打ち、上擦った声で返事をする。
「ブチ!」
「!!」
そんなキースを、ミナライはがばっと抱き締めた。
ミナライからは、懐かしい香りがした。仔猫の時分、一緒に寝ていた時に包まれていた香りだ。
「ちくしょう!! こんなにデカくなりやがって!! 会いたかった!! やっと会えた!!」
(ミナライ……!!)
キースを抱きしめながら、ミナライはわんわん泣いている。それにつられて、キースの瞳からもぽろぽろと涙が零れた。
「ごめん! ごめんよ!! オレも会いたかった!! 会いたかったよう……!!」
泣いて再会を喜び合うふたりは、騒ぎを聞きつけたじっちゃんに「うるせえ馬鹿野郎ども!!」と怒鳴られるまで泣いて泣いて泣きまくった。
おかげでサフィール達はずっと入口や扉の外に足止めをくったけれど、みんな優しい眼差しでふたりを見守っていた。
さんざんに泣いて目と鼻をぐずぐずにしたミナライとキースをよそに、サフィール達はじっちゃん達が用意してくれた部屋に荷物を運びこんで、そして宿屋の食堂でじっちゃんとミナライが作ってくれた昼食を囲んだ。
そこにはばっちゃんと、それからミナライのお嫁さんもいた。お嫁さんはキースに、あの時のことを過ぎるくらいに謝ってくれた。キースもキースでいっぱい謝って、いつまでも謝り合う二人に白猫のジェダが「いい加減にしろ」とキースの頭をぺしんと叩くほどだった。
お嫁さんは、叩かれたキースの頭を恐る恐る撫でてくれて、「初めて猫さんに触れた」とちょっと嬉しそうに笑ってくれた。初めて間近に見ることができたお嫁さんの笑顔に、キースは人の姿になれて良かった! と思った。
その後、縞猫のアクアが、「これくらいならどうですにゃ?」と猫耳をにょっと現し、お嫁さんが「きゃあっ」と悲鳴を上げてアクアがキースにしばかれたのは言うまでも無い。
そんな騒がしさの後の、さらに騒がしい昼食。
ルイスもステラもそして猫達も、じっちゃんとミナライの作ってくれた料理に舌鼓を打ち、「美味しい!」「美味しい!」と夢中になった。アニエスも「本当に美味しい」と味わいながら、じっちゃんにレシピを聞いたり、逆にじっちゃんからクレス島の料理について質問されたりと、会話に花を咲かせていた。
ばっちゃんやお嫁さんはそんな食事風景をにこにこと見守っている。賑やかで、楽しい食卓だった。
昼食の後は、キースを置いてサフィール達は観光に行ってしまった。ステラやアクアは森で遊ぶのだと張り切っているし、ルイスは途中で見かけたお菓子屋に興味津々である。
積もる話もあるだろう、ゆっくり話すと良いと気を遣われたキースは、ミナライとふたりで皿洗いをしていた。
ふたりとも、テーブルに座って面と向かって話す……のはなんだか堅苦しく感じられたのだ。結局、こうして何かをしながら……が一番落ち着く。それに、皿洗いとはいえミナライと厨房に二人並んでいられるのが、キースは嬉しかった。
おまけに、夜にはアニエスと一緒にじっちゃん、ミナライと料理を作らせてもらうことになっている。アニエスの元で鍛えた料理の腕を二人に見てもらえることが楽しみでしかたなかった。
「ミナっ……あっ、えっと、もう宿の料理を一人で任されることもあるんにゃね。すごいにゃ!」
「まぁな! ようやく……って感じだ。師匠も歳だしよ、オレももっと精進しねーとな」
「その意気にゃ~!」
「ブチだって、アニエスさんとこのカフェの厨房、任されてるんだろ?」
「うん。オレ、食べるのも好きだけど、作るのも好きだ」
それはきっと、ミナライの作ってくれるご飯で育ち、ミナライの背中を見て育ったからなんだろうと、キースは思う。
「一番好きなのは、オレの料理を食べた人が嬉しそうに笑ってくれること、にゃ」
「わかるぜ! 料理人冥利に尽きるよなぁ~」
「にゃあ~」
(……どうしよう、オレ……)
こんな風にミナライと料理の話ができるなんて。
楽しくて、嬉しくて、幸せすぎて……
涙が滲んできた。
こんな風にまた、ミナライに会えて、話せて……
(嬉しい……にゃあ……)
「……お前が幸せそうで、安心……した。あんな別れ方だったからよ、申し訳なくって、お前が元気でやってるのか心配で……」
涙を堪え、にこにこと笑っているキースを見て、ミナライが噛み締めるように、言った。
「ミナラ……! っと、ええと、ご主人様は無愛想だけどすっごく優しいにゃ! 奥方様も!! 子ども達もホントの弟や妹みたいに可愛いし、仲間達だって大切な家族みたいに思ってるにゃ!! だから……」
「ああ、あのひと達の人となりは手紙からも伝わって来る。クレス島でお前は幸せにやってるんだって、わかってはいたけどよ……。でも、やっぱりこうして顔を見られて、それが本当だってわかって、嬉しいんだ。オレは」
「ミナ……っと。オ、オレも!! オレも、あんたがお嫁さんやじっちゃんばっちゃんと幸せに暮らしてるって、それをこの目で見ることができて、すげー幸せだよ!!」
「ブチ……」
「あ、あのさ、オレは猫だけど、あんたのこと、あんたのお嫁さんや、じっちゃんやばっちゃんのこと、これからも……『家族』だって、思ってていい?」
「あっ、当たり前じゃねえか馬鹿野郎!!」
「わわっ」
泡がたっぷりついた手で、キースはがしっとミナライに抱き締められた。
「お前は今も昔も、オレの大事な家族だ!!」
「ミナラ……うっ、うわああああん!!」
ミナライがおいおいと泣いている。
キースも、やっぱり嬉しくって泣いている。
皿ぁ洗うのにいつまで掛ってんだ! とじっちゃんが怒鳴りこんでくるまで、二人はわんわん泣いた。
「……ところでブチ、お前さっきからミナラ……とかミナとか言いかけてるけど、あれって……」
二人仲良くじっちゃんにゲンコツされ、痛む頭を撫でてミナライがそう言う。
「あっ、え、えっと……」
そこで初めてキースは、彼のことをずっと『ミナライ』と呼んでいたことを白状するのだった。(手紙では名前で呼んでいたので、ミナライは自分がそう呼ばれていたことを知らなかったのだ)
楽しい時間は過ぎるのも早い。
あっというまに旅立ちの日を迎えたキース達は、町の入口まで見送りに来てくれたミナライ達と別れを惜しんでいた。
じっちゃんとミナライは皆にお弁当を、ばっちゃんとお嫁さんは焼き菓子を作って持たせてくれた。アニエスとサフィールは、「今度はぜひクレス島にも遊びに来て下さいね」と話している。
ルイスとステラも、その時には自分達が案内をする! と張り切っていた。
そして……、
「達者に暮らせよ、キース」
「うん。フレッドも」
『ブチ』ではなくなったキースと、『ミナライ』ではなくなったフレッドは……
「「また絶対、会おうな(にゃ)!!」」
がっしり抱き合って、再会を誓いあった。
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