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魔法使いと縞猫

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サフィールと使い魔猫の出会い編、六匹目は縞猫のアクア。
※シリアスです。
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 おれは、たくさんの荷物を運ぶ貿易船の中で生まれた。
 母ちゃんは、この船でネズミから荷物や食料を守るために飼われている猫だ。ネズミ捕りがすっごく上手い。
 でも母ちゃんはもうだいぶ年をとってて、「子どもを生めるのも、きっとこれが最後だろうねえ」って、おれや兄弟達の毛づくろいをしてくれながらさびしそうに呟いてた。
 母ちゃんが最後に生んだおれと兄弟達は、みんな体が小さくて弱かった。
 生まれて三日たって兄ちゃんが死んで、四日たって弟が死んで、残ったのは兄ちゃんとおれの二匹だけになった。

 ある日、船乗りのオッサンがおれと兄ちゃんを見比べて、「こっちだな」って兄ちゃんを連れてった。
 兄ちゃんはきっと他の船に貰われていったんだろうって、母ちゃんは言う。ネズミ捕りの上手い母ちゃんの子どもは、船乗りたちからありがたがられてるんだって。
 これまでに何度も子どもを生んできたけど、みんな母ちゃんの手元には残らなかった。きっとどこかの船で、ネズミをいっぱい捕って人間の役に立っているんだろうって、母ちゃんは誇らしそうに、でもやっぱりちょっとさびしそうに言う。

 おれがどこの船にも貰われず母ちゃんの手元に残されたのは、母ちゃんの後を継ぐためだ。
 母ちゃんみたいに、ネズミをいっぱい捕ってこの船の役に立つ。そのために頑張りなさいって、母ちゃんは言った。
 おれも母ちゃんみたいになりたかった。かっこよくネズミを捕って、人間の役に立ちたかった。
 母ちゃんはおれに、ネズミ捕りを教えてくれた。
 ネズミを見かけてすぐに飛びかかるのは三流以下の猫だって。じっとネズミの動きを見て、先を予測して、飛びかかる。爪と牙を使って逃がさないようにしっかり捕らえる。それが大事だって。
 ネズミを捕るときの母ちゃんは、すっごく、すっごく恰好良くて。
 おれは目をキラキラさせて、母ちゃんを見ていた。母ちゃんみたいになりたい! って強く思った。
 でも、おれは母ちゃんみたいにはネズミを捕れなかった。獲物をじっと見てるうちに我慢できなくなって、すぐ飛びかかっちゃうんだ。そして、おれが飛びかかっている内にネズミは逃げ出してしまう。
 ネズミを捕れないおれに船乗りたちはがっかりして、兄ちゃんじゃなくておれをよそにやればよかったなぁ、なんて言う。
 そんな中、母ちゃんだけは「大丈夫だよ、あんたはわたしの子なんだから」って励ましてくれた。
 でも、でもな……
 おれ、気付いてたよ。母ちゃんがだんだん、ネズミを捕るのもそれを教えるのも大変になってたこと。おれにネズミ捕りを教えてくれた後は、「ふう……」って息を吐いて、それからたっぷり眠らないといけないこと。
 母ちゃんはもうだいぶ、年をとっていた猫。おれ達が最後の子どもで、そう遠くない未来、母ちゃんは死んでしまう……
 だからこそおれは、おれは……
 腕の良いネズミ捕りの猫に、なりたかった。ならなきゃいけなかったんだ。


「剣の腕を上達させるには、やはり修業をするに限る」

 そう言ったのは、船に乗っていた旅の剣士だった。大きな剣を背負うその剣士は、酒をたっぷり飲んだ赤ら顔で、船乗り達にそう自分のブユウデン? を語っていた。
 修行!! おれはその言葉にピピーンと尻尾を立てた。
 それだ! おれも『修業』すればいいんだ!! おれ一匹で修業すれば、母ちゃんの負担にもならない。一匹でネズミ捕りの修業をして、母ちゃんみたいなネズミ捕りの上手い猫になればいいんだ!! ……って。
 でも、一匹で修業……か。この船はそんなに大きくない。こっそり抜け出してネズミを捕ろうとしても、すぐ母ちゃんに気付かれるだろう。
 それで、ネズミが捕れなくてあく……アクセンクトウ? してるおれを見て、また一から教えてくれようとするだろう。代わりに、ネズミを捕ろうと飛びかかるだろう。いつもそうしているように。でも、それじゃ修行の意味がない!
 むむむ……
 船乗りから与えられた餌を前にうなるおれに、母ちゃんは「餌が足りないのかい」って、自分の分の餌をわけてくれた。
 だ、ダメだよ母ちゃん! ただでさえ最近食が細いんだから、ちゃんと食べないと。
 おれはわけてもらった餌を母ちゃんに返して、水をぴちゃぴちゃと舐めた。頭の中は、『修行』のことでいっぱいだった。

 修行の機会は、それからすぐに巡って来た。
 水の補給のために、船がとある島の港に停まったんだ。
 その島は小さいけれど、おれ達みたいに水や食料を補給するためにたくさんの船が立ち寄る島なんだって。その島には小さいけれど豊かな森があって、そこには森ネズミがいっぱいいるんだって。そう教えてくれたのは母ちゃんだった。
 「森ネズミは船に居るネズミより警戒心が強くってねぇ。捕まえるのに難儀するけれど、その分面白いんだよ」
 そう、ネズミ捕りの上手い母ちゃんはにいっと笑う。若い頃は、よくこの森でネズミを捕って遊んだんだって。
「でも、あんたはまだ一匹で出て行っちゃいけないよ。あんたはまだ船から出たことがないんだし、外の世界を知らない。港には船がいっぱいあるんだ。自分の船がどれかわからなくなっちまって、戻れなくなったら大変だからね」
 森に興味を示したおれに、母ちゃんはそう釘を刺した。おれは「わかってるよ」って素直に頷いて見せたけど……ごめん、母ちゃん。
 おれ、決めたんだ。森でネズミ捕りの修業をする! それで、一人前のネズミ捕り猫になる!! って。

 船乗り達の声に、しっかりと耳をそばだてる。
 船が港に停まるのは、きっかり半日。その間に帰ってこなきゃいけない。
 おれはこっそりと母ちゃんと一緒の寝床から抜け出して、生まれて初めて船を降りた。
 今までも船の上から港を見たことはあるけど、実際にこの足で降りるのは初めてだ。これが陸なんだ……ってドキドキした。
 でもすぐにはっと目的を思い出し、おれは港の先に見える緑の森を目指して走りだした。大丈夫、ちゃんと船の外見と停まっている場所は覚えたから!
 森は、海風とは違う匂いに満ちていた。見たことも無い植物やデッカイ樹がいっぱいあって、土はふかふかで、ネズミ以外にも色んな動物がいた。
 おれは夢中になって森ネズミを追いかけ回した。最初は全然捕れなくって、落ち葉の山に顔を突っ込んだり樹にぶつかったりしてたけど、その内コツがつかめてきた。
 そして生まれて初めて一匹だけの力でネズミを捕まえたのは、太陽がだいぶ傾いてからだった。
 おれは気付かなかったんだ。ネズミを追いかけ回すのに夢中になりすぎて、半日があっというまに過ぎていたってこと。

 初めて捕った獲物を口に咥えて、おれは誇らしげに港に戻った。これを母ちゃんに見せるんだ! 勝手に船を降りたこと、言い付けを守らなかったこと。きっといっぱい怒られる。けど、これを見たらきっと喜んでくれる!!
 ……でも……
 戻った港に、おれの船はもうなかった。
 その時初めて、おれは出航の時間を過ぎてしまったんだって気付いた。
 茫然と口を開けた拍子、咥えていたネズミがぼとりと落ちてバタバタと逃げ出す。でもおれは、船の居ない停まりを眺めることしかできなかった。
 どうしよう……! おれは、自分が乗っていた船がなんて名前なのか、この次にどこに向かうのかも知らない。そもそも、どうやって海をいく船を追いかけたらいいのかわからない。
 母ちゃん、母ちゃん……!!
「ナーオ、ナーオ!!」
 おれは鳴いた。鳴いて、母ちゃんを呼んだ。この声が母ちゃんに届くはずないってわかってたけど、鳴かずにはいられなかった。
「ナアアァオ!」
 おれはなんて馬鹿だったんだろう。ちゃんと、母ちゃんの言いつけを守らなくて。置いていかれてしまった。
 母ちゃんにはもう会えないのかな、嫌だ、嫌だよう……!!

「うるさいにゃぁ……」

 海に向かって鳴きわめくおれに、ふいに、声がかかる。
 驚いて振り返ると、そこにはフサフサした白い毛の猫がいた。こんな毛の長い猫、初めて見た!
「さっきからナアナアナオナオ、うるさいのにゃ」
「……っ、だ、だって……」
 おれの目からぶわっと、涙が溢れた。それに、白猫はますます嫌そうな顔をする。
 でも止まらなくって、口も止まらなくって、おれは自分のことや母ちゃんのこと、船に置いていかれてしまったことを話していた。
 嫌な顔をしながら、それでもひとしきりおれの話を聞いてくれたその白猫は、「しょうがないにゃあ」とため息を吐いて、「ついてこいにゃ」と言った。そして連れて来られた先は、すぐ隣に停まっている船の中だった。
 おれが乗っていた船とは違い、この船は人間をあちこちに連れて行くための船なんだって。
 その中の部屋の一つに入ると、そこには黒いローブを纏った人間がひとりと、四匹の猫がいた。白猫を入れると五匹だ。
「その子、どうしたのにゃ?」
 おれを見てそう白猫に尋ねたのは茶色の猫だった。白猫と違って、優しそうな猫だった。
 でも白猫はその茶色猫を無視して、人間に向かっておれのことを話す。馬鹿だなぁ、人間にはおれ達の言葉はわからな……
「ふうん。船に置いていかれた、のか」
 ええっ!? おれ達の言葉、わかるの? 
 おれはびっくりと目を見開く。だって、船に乗ってた人間は誰一人おれ達の言葉がわからなかったのに!!
 そうしたら、黒猫が教えてくれた。「ご主人様は魔法使いだから、俺達の言葉がわかるのにゃ」って。
 そして、ブチ猫が言った。「大丈夫にゃ。きっと、ご主人様が助けてくれるにゃ」って。
 その言葉通りに、黒いローブの人間……もとい、魔法使い様は自分の乗っている船の船員達に隣に停まっていた貿易船の話を聞いて、次の次の港で一緒になるって突き止めてくれた。
 それで、そこまで一緒に行ってくれるって。
「ありがとう……っ、ございます……!!」
 おれは泣きながら、魔法使い様に何度も何度も頭を下げた。これでまた、母ちゃんに会える! 怒られたって良い。母ちゃんに、また会いたい。
 そんな俺の頭を、魔法使い様はなぐさめるように優しく撫でてくれた。


 魔法使い様の乗る船が貿易船に二つ先の港で追いついたのは、それから半月後のことだった。魔法使い様は本当は一つ前の港で降りるつもりだったけど、最後まで付き合ってくれたんだ。
「母ちゃん……!!」
 やっと母ちゃんに会える!
 おれは喜び勇んで、魔法使い様達と一緒に、貿易船に戻った。で、でも……
「母ちゃん……?」
 貿易船に乗っていたのは、母ちゃんじゃない。全然知らない猫だった。
 な、なんで……?
「この猫の母猫は……?」
 呆然とするおれの代わりに、魔法使い様がそう船乗り達に聞いてくれた。
「……先週、死んだよ」
 え……
「元々、もう年だったんだ。最後まで、いなくなった坊主を探してうろうろして……」
 母ちゃん……
 おれ……おれ……
「……墓は……?」
「途中立ち寄った島に埋葬した。……行くつもりかい?」
「母猫に会わせてやるって、約束したから。最後まで付き合う」
 そう言って、魔法使い様は動けずにいるおれを抱き上げ、港で小さな船を借りて、母ちゃんの墓がある島に連れて行ってくれた。


 母ちゃんはとっても、とっても優秀なネズミ捕りの猫で。たっくさん、たくさん船乗り達の役に立った。
 だから、そんな母ちゃんの墓は、小島の中心にある海を見渡す綺麗な丘に作られていた。母ちゃんは、船乗り達に愛されていたんだ。
 大きな石には母ちゃんの名前が刻まれている、らしい。人間の字は読めないから、魔法使い様が読んでくれた。それは確かに、おれの母ちゃんの名前だった。
「母ちゃん、おれ、おれ……」
 言いつけを破って、ごめん。
 最期の時に一緒にいれなくて、ごめん。ごめんよう……!!
 おれ、ちっとも良い息子じゃなかった。ネズミ捕りは下手くそだし、勝手に森に行って、それで船に置いてかれるし。最期まで、母ちゃんに心配かけちまった。
 いつか船乗り達が言ってたように、おれじゃなくて兄ちゃんが残ればよかったんだ! そうしたら、こんな……
「ナアアアアアアアオ!!」
 おれは鳴いた。母ちゃんの墓を前に、泣いた。
 ごめん、ごめんよ……!! 
「母ちゃん、母ちゃん……!!」
 でも、おれ、おれ……母ちゃんに、会いたいよう……
 母ちゃんの声で叱られたかった。それで、それで……
「まったくしょうがない子だねえ」って、毛づくろいしてもらって……
 森ネズミを捕れたこと、初めてネズミを捕れたことを話して、「よくやったねえ」って。「さすがわたしの子だ」って、言われたかった。言われたかったんだよう……
「母ちゃぁん……」
 母ちゃんみたいに、人の役に立つ猫になりたかった。
 ううん、違う……おれは……

 母ちゃんの役に、立ちたかったんだ。

 でももう、叶わない。おれが馬鹿だったから、おれが……
「ナアアアアオオオオオオ!!!」
 次から次へと涙が溢れて来て、止まらなかった。
 魔法使い様はそんなおれの傍にずっと、ずっといてくれた。


 それから、元の船にはもう新しいネズミ捕りの猫がいて戻る場所のなくなってしまったおれを、魔法使い様は自分の使い魔猫として迎えてくれた。
 ここなら、仲間の猫達がいてさびしくないだろう、って。
 それから名前をつけてくれたんだ。船乗り達には「坊主」ってしか呼ばれてなかったおれに、海と……母ちゃん譲りのこの目の色にまつわる名前を。
 母ちゃん、おれな……
 母ちゃんの役に立つことのできなかった、ダメな息子だけど……
 魔法使い様……ご主人様の役に、人の役に立てる猫に、なるよ。
 いつか、母ちゃんが「さすがわたしの子だ」って言ってくれるような。
 そんな猫に、なるから……!! がんばるから……!!

 だから、あの島から見守っていて下さい。
 いつか立派な使い魔猫になって、きっと、また母ちゃんに会いに行きます。 


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