上 下
18 / 68

三毛猫と吟遊詩人

しおりを挟む


 夫婦のクリスマス・ディナーを彩る音楽。
 三毛猫セラフィは一心にバイオリンを奏でながら、思い返していた。
 このバイオリンを教えてくれた、吟遊詩人のことを。


 十一月初旬。三毛猫のセラフィは、言い付かった仕事を終えて夜の自由時間になると、猫の姿のままで港街のある場所に向かった。
 それは港に程近い、一軒の酒場である。そこには今、他の土地から流れの吟遊詩人が来ていて、夜になると酒場で音楽を奏でているのだ。
 夜の散歩をしている時にその音楽を耳にしたセラフィは、それから「自分もこんな風に音を奏でてみたい」と思うようになった。
 猫の自分の手では、楽器を奏でることは難しいかもしれない。でも、自分は使い魔猫だ。人の姿になれる。人の姿になれば、自分も。
 人のように、楽器を奏でることができるかもしれない。

 今夜も、吟遊詩人の音楽を聞きに来たセラフィは、猫の姿でふらりと酒場に入り、床にちょこんと座って耳を済ませる。
(…うん、今日も良い…)
 目を細めてじっと聞き入っている内に、演奏は終わった。
 これから彼が夕食をとるのだと、ここ数日通っているセラフィは知っている。
 意を決して、セラフィは隅のテーブルに座る吟遊詩人の元へ近付き、「こんばんは」と話しかけた。
 吟遊詩人は、三毛猫が突然話し掛けて来たので驚いたのだろう。目を見開き、「ああ、」と呟いて、言った。
「いつも聞きに来てくれる猫さんだ。君、使い魔だったんだね」
 魔法使いや魔女の使い魔は人語を話す。
「はいですにゃ。この島の魔法使い様にお仕えしておりますにゃ」
「そうなんだ。いつも聞きに来てくれて、ありがとう」
 吟遊詩人はそう言って手を伸ばし、セラフィの頭を撫でる。
 ごろごろと喉を鳴らしながら、セラフィは目を細めてされるがまま。
「…実は、お願いがありますのにゃ」
「? なんだい?」
「私に、楽器の演奏を教えてほしいのですにゃ」
 突然のお願いで、申し訳ないのですが…とセラフィは頭を下げる。
「あなたの演奏を聞いて、私も音楽を奏でてみたい…と思いましたのにゃ。そして、それを敬愛するご主人様と奥方様に聞いていただきたい…と。無茶なお願いと、わかっています。それでもどうか、私に…」
 楽器の演奏を教えてください、と。
 三毛猫は吟遊詩人に頭を下げる。
「………うーん。楽器の演奏は、見た目ほど簡単じゃないよ?」
 吟遊詩人は柔和な笑みを浮かべたまま、目の前の猫を見つめる。
「わかって、おりますにゃ」
「あまり時間もとってあげられない」
「それも、承知しておりますにゃ。あなたの邪魔にならないようにしますにゃ」
「…僕も、これが商売でね。タダでは教えて上げられないよ?」
「私にできることなら、なんでもしますにゃ」
「…………」
 吟遊詩人はしばらく思案すると、「それじゃあ」と切り出す。
「これから、毎晩僕の所へ通っておいで。仕事の後、少しの時間だけ教えてあげよう。報酬は、次の日の朝食に食べるパン、でどうかな?」
「…パン、ですかにゃ?」
 セラフィはきょとん、と目を見開く。
 それだけ、でいいのだろうか、と。
「そう。君が仕えてる魔法使い様の奥方って、あのパン屋の主人だろう? 使い魔達が手伝ってるって、噂を聞いたことがある」
「…そうすれば、教えてくれるのですか?」
「うん、いいよ。あそこのパンは美味しいって評判だからね。それが毎朝食べられるなら、僕も張り切って教えよう」
「ありがとうございますにゃ!!」
 こんな、突然現れた猫の願いを、「毎朝のパン」ひとつで快諾してくれて。
 吟遊詩人は言葉通り、張り切って。懇切丁寧に、セラフィに楽器の扱い方を教えてくれた。
 彼が夕食をとった後、次の演奏をするまでの短い時間ではあったけれど。
 予備に持っているというもう一丁のバイオリンを貸してくれて。
「君は耳が良いね。曲もすぐに覚えるから、弾けるようになるのも早いよ」
「ほんとうですかにゃ!!」
「ああ。それに姿勢も良い。あとはようく弾き込んで、指の動きを覚えることだ」
「はいですにゃ!」
 セラフィは張り切って、練習した。
 酒場以外でも、暇を見ては貰った楽譜を見たり、指の動きや弓の返しを復習したり。
(…楽しい…にゃ…)
 何よりセラフィは、楽器を奏でることができるのが楽しくて仕方なかった。
 もっと練習して、上手くなって…。
(…お二人に…、聞いてもらうのにゃ…)
 大好きな二人に。
 自分が奏でる旋律を、楽しんでもらいたい、と。


 そして今、こうして二人の前でバイオリンを奏でていられる。
(…喜んでもらえて、よかった…)
 そう、セラフィは思った。
(ありがとうにゃ…。吟遊詩人さん)


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

女の子がひたすら気持ちよくさせられる短編集

恋愛
様々な設定で女の子がえっちな目に遭うお話。詳しくはタグご覧下さい。モロ語あり一話完結型。注意書きがない限り各話につながりはありませんのでどこからでも読めます。pixivにも同じものを掲載しております。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※完結済み、手直ししながら随時upしていきます ※サムネにAI生成画像を使用しています

【R18】短編集【更新中】調教無理矢理監禁etc...【女性向け】

笹野葉
恋愛
1.負債を抱えたメイドはご主人様と契約を (借金処女メイド×ご主人様×無理矢理) 2.異世界転移したら、身体の隅々までチェックされちゃいました (異世界転移×王子×縛り×媚薬×無理矢理)

奴隷の私が複数のご主人様に飼われる話

雫@更新休みます
恋愛
複数のご主人様に飼われる話です。SM、玩具、3p、アナル開発など。

【R-18】残業後の上司が甘すぎて困る

熊野
恋愛
マイペースでつかみどころのない上司とその部下の話。【R18】

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

氷獄の中の狂愛─弟の執愛に囚われた姉─

イセヤ レキ
恋愛
※この作品は、R18作品です、ご注意下さい※ 箸休め作品です。 がっつり救いのない近親相姦ものとなります。 (双子弟✕姉) ※メリバ、近親相姦、汚喘ぎ、♡喘ぎ、監禁、凌辱、眠姦、ヤンデレ(マジで病んでる)、といったキーワードが苦手な方はUターン下さい。 ※何でもこい&エロはファンタジーを合言葉に読める方向けの作品となります。 ※淫語バリバリの頭のおかしいヒーローに嫌悪感がある方も先に進まないで下さい。 注意事項を全てクリアした強者な読者様のみ、お進み下さい。 溺愛/執着/狂愛/凌辱/眠姦/調教/敬語責め

処理中です...