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第五章

王子様は永遠に 13

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 クロエが自宅に近付くと人影があった。
 いつもの白ではない。けれど、わかってしまう。すぐに認識できるようになったのはいつからだっただろうか。
 距離が縮まって彼は両手を顔の位置まで上げる。

「がお」

 まるで爪がそこにあるかのように、掲げてみせるかのように。笑うのは牙を見せ付けるかのように。

「それ、狼のつもりなの?」

 前に彼は言っていた。狼は自分の役目だと。クロエはすぐにそれを思い出した。

「そうだよ、赤頭巾ちゃん」
「私が赤頭巾ならおばあさんはあなたが食べる前に死んでるわね」

 童話に興味はない。話したいのはそんなことではないだろう。

「四回も名字で呼んだよ」

 脅されて以来、彼のことは捺と呼んでいる。一度でも名字で呼べばどうなるかわからないと言い聞かせてきた。
 だが、今回のことには意図がある。

「余計な刺激与えたらいけないと思って」
「君は十分刺激的だったよ、おかげで俺、興奮しちゃって」
「面倒臭い男」

 溜息と共に呆れを吐き出す。
 まるで普段と変わらない様子に先程のことが自分を試すための狂言に思えてくる。
 けれど、この男はそこまで手の込んだことはしないだろう。

「大翔に似てきたんじゃないの?」

 捺樹には言われたくないことだった。彼と大翔は似ている。自分と大翔が似てきたことを認めれば、同時に三人が似たもの同士であることを認めてしまうような気がした。それは、きっと破滅の始まりだ。

「あなたこそ、いい加減にしたら? よく続くわね」
「何のことかな?」

 捺樹はとぼけてみせるが、わかっているだろう。彼は常に芝居をしている。

「愛してない女に執着するフリしたり、平気じゃないのに涼しい顔してみたり」
「的外れだね、クロエ」

 肩を震わせて捺樹は笑う。的外れ、それも普段彼が大翔に向ける言葉だ。

「私はいつだって的を見ていないわ。知ってるでしょ?」
「俺は多分君のことを本気で好きだし、君と同じように死なないってわかってた」
「わかってたわけじゃない。私の感覚がおかしいだけ」

 多分という言葉には触れないことにした。余計なことは聞きたくない。

「でも、あなたが生きてて少しだけほっとしてる」

 明日になれば彼は何事もなかったかのように自分の前に姿を現すと思っていた。
 万が一、と言ったからか、颯太からは連絡がない。
 けれど、クロエにも良心はある。もしかしたら、本当に捺樹は死んでいるのかもしれない。だから、連絡ができないのかもしれない。そうしたら生嶋刑事から連絡があるのだろうか。彼女はまた大泣きするのだろうか。考え出したら何も妄想できなくなった。

「犯行を指示したのがなかったことになるから?」

 捺樹の言葉は冷たく感じられた。電話の向こう、何かの手応えがあった気がした。自分は彼の期待に応えられただろうかと思っていた。

「龍崎と二人っきりに戻るのは退屈だから」

 これまで彼に本心を明かしたことはなかった。捺樹が来る前の犯研は息が詰まりそうだった。
 初めは捺樹のことも怖かったが、今は三人でいることが最良の形なのだと思っている。今だけのことだとしても。

「戻らせないよ。君が負い目を感じる必要もない。君の言葉がなければ俺は死を受け入れたかもしれない。君が俺を生かしたんだよ、俺の死の女神」

 心にもないことを、声には出さなかった。歯が浮く台詞だとも言わなかった。それが彼なのだ。だから、次の台詞はわかっていた。

「おかえり、捺」

 彼が戻ってきた。きっと、それだけでいいのだろう。
 抱き締められる。それは彼なりに生きていることを実感する行為なのだろう。だから、少しだけ、このままでも構わないとクロエは思った。
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