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第五章
王子様は永遠に 03
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「私だけの捺樹先輩……」
陶酔しきった表情に捺樹は冷めた目を向ける。今すぐにでも殴って目を覚ましてやりたい。彼女は自分を背後から襲った。自分が感知していながら許してやったことだとしても仕返しはしたかった。大人しく殺されてやるつもりなど毛頭ない。
「私、知ってるんですよ? 先輩はフレーバーティーが好きだって。チョコレートもお好きですよね? 一番のお気に入りはオレンジのチョコレートがけで、音楽は洋楽……ハードロック。ブランド、愛用の香水も何でも知ってます」
うふふ、と彼女が笑う。誇らしげだが、勘違いにすぎないことを捺樹は知っている。
「雑誌のインタビューで色々答えさせられた気がするよ」
全て捺樹が彼女に教えたわけではない。彼女が知っていることはファンならば知っているようなことだ。外に出していない情報も紛れているが、その理由もわかっている。
「全部、読みました。先輩のこと、何でも覚えてます」
もっと別のことを記憶しろよ、捺樹はそう言ってやりたかった。
龍崎にも言ったことがある。彼は事件のデータベースを脳内に持っている。勉強ができるのは探偵として必要なことだから、バンドのことは趣味だからなどと言っているが、捺樹達と過ごしたことはすぐに忘れてしまう。それも彼にとっては昨日の夕食が思い出せないという程度のことだ。尤も、彼は自分がその日に食べた物さえ容易には思い出さない。
「冷たいフリしてるようで本当は優しいことも」
果たして彼女のこの行動の裏にいる人物を共犯者と言うべきなのだろうか。捺樹は考えてみる。きっと本人にぶつけても知らないと言うだろう。そして、それは必ずしも嘘というわけでもないだろう。証拠がない、あるはずもないものだろう。
クロエは死への興味が強いが、彼女にとっては非現実的なことだからだ。けれど、あれは違う。《スリーヤミーゴス》と半端に関わったせいで精神に悪影響が働いている。好奇心が暴走して、今では尊敬する彼女と同じ感情を抱いていると思っている。
そのことに気付いているのは自分だけだと捺樹はわかっている。クロエも大翔も気付かないだろう。だから、《彼》は怖いのだ。柄ではないが、《彼》を正常にできるのは自分しかいないだろう。そう感じるからこそ、捺樹はここで彼女に殺されるわけにはいかなかった。
「あのさ、俺から君への最初で最後のお願い叶える気ある?」
「ええ、先輩のこと愛してますから。でも、離してあげませんよ?」
美奈は怪しい色香を放っているが、まるでそそられない。それを引き出したのが、《彼》だとわかっているからだろうか。
とにかく好みではない。最後に抱きたいという気にはなれない。助けてくれと無様に縋るつもりはない。逃げようと思えばいつでも逃げられる。そうしないのは、こうなったことで楽しみが一つだけできたからだ。
「親父に電話してみてくれるかな? 身代金要求の」
「身代金……?」
彼女は不思議そうにしている。そんなこと考えもしなかったのだろう。金など彼女は欲していない。本当は何もわかっていないのだから。けれど、捺樹は続ける。
「いくらまで出すか聞いてみてよ。こんな時じゃなきゃ俺のことどう思ってるかわからないし」
本当はそんなことに興味はない。目的のためのワンクッションにすぎない。
「あれ? 知らなかった? 俺、結構なお坊ちゃまだよ? まあ、誰にも言ってないんだけどね」
クスクスと捺樹が笑えば、悔しそうに唇が引き結ばれる。
それでも、彼女は激昂しない。最後に付け加えた言葉が効果的だったようだ。他の誰も知らないということではない。クロエは薄々気付いているだろうが、彼女を溺れさせるには致死量かもしれない。
「じゃあ、クロエ。俺の携帯でもう一回彼女にかけてみてよ。俺のこと、どう思ってるか、よくわかると思うから。あ、スピーカーにしてね。俺も聞きたいから」
今度こそ彼女は出る。捺樹は確信していた。根拠はないが、不安もない。捺樹はいつもそうだ。勘だけで動いているところがある。
そして、彼女はポケットから捺樹の携帯電話を取り出し、特に迷う様子もなく操作して、コール音が聞こえてきた。
陶酔しきった表情に捺樹は冷めた目を向ける。今すぐにでも殴って目を覚ましてやりたい。彼女は自分を背後から襲った。自分が感知していながら許してやったことだとしても仕返しはしたかった。大人しく殺されてやるつもりなど毛頭ない。
「私、知ってるんですよ? 先輩はフレーバーティーが好きだって。チョコレートもお好きですよね? 一番のお気に入りはオレンジのチョコレートがけで、音楽は洋楽……ハードロック。ブランド、愛用の香水も何でも知ってます」
うふふ、と彼女が笑う。誇らしげだが、勘違いにすぎないことを捺樹は知っている。
「雑誌のインタビューで色々答えさせられた気がするよ」
全て捺樹が彼女に教えたわけではない。彼女が知っていることはファンならば知っているようなことだ。外に出していない情報も紛れているが、その理由もわかっている。
「全部、読みました。先輩のこと、何でも覚えてます」
もっと別のことを記憶しろよ、捺樹はそう言ってやりたかった。
龍崎にも言ったことがある。彼は事件のデータベースを脳内に持っている。勉強ができるのは探偵として必要なことだから、バンドのことは趣味だからなどと言っているが、捺樹達と過ごしたことはすぐに忘れてしまう。それも彼にとっては昨日の夕食が思い出せないという程度のことだ。尤も、彼は自分がその日に食べた物さえ容易には思い出さない。
「冷たいフリしてるようで本当は優しいことも」
果たして彼女のこの行動の裏にいる人物を共犯者と言うべきなのだろうか。捺樹は考えてみる。きっと本人にぶつけても知らないと言うだろう。そして、それは必ずしも嘘というわけでもないだろう。証拠がない、あるはずもないものだろう。
クロエは死への興味が強いが、彼女にとっては非現実的なことだからだ。けれど、あれは違う。《スリーヤミーゴス》と半端に関わったせいで精神に悪影響が働いている。好奇心が暴走して、今では尊敬する彼女と同じ感情を抱いていると思っている。
そのことに気付いているのは自分だけだと捺樹はわかっている。クロエも大翔も気付かないだろう。だから、《彼》は怖いのだ。柄ではないが、《彼》を正常にできるのは自分しかいないだろう。そう感じるからこそ、捺樹はここで彼女に殺されるわけにはいかなかった。
「あのさ、俺から君への最初で最後のお願い叶える気ある?」
「ええ、先輩のこと愛してますから。でも、離してあげませんよ?」
美奈は怪しい色香を放っているが、まるでそそられない。それを引き出したのが、《彼》だとわかっているからだろうか。
とにかく好みではない。最後に抱きたいという気にはなれない。助けてくれと無様に縋るつもりはない。逃げようと思えばいつでも逃げられる。そうしないのは、こうなったことで楽しみが一つだけできたからだ。
「親父に電話してみてくれるかな? 身代金要求の」
「身代金……?」
彼女は不思議そうにしている。そんなこと考えもしなかったのだろう。金など彼女は欲していない。本当は何もわかっていないのだから。けれど、捺樹は続ける。
「いくらまで出すか聞いてみてよ。こんな時じゃなきゃ俺のことどう思ってるかわからないし」
本当はそんなことに興味はない。目的のためのワンクッションにすぎない。
「あれ? 知らなかった? 俺、結構なお坊ちゃまだよ? まあ、誰にも言ってないんだけどね」
クスクスと捺樹が笑えば、悔しそうに唇が引き結ばれる。
それでも、彼女は激昂しない。最後に付け加えた言葉が効果的だったようだ。他の誰も知らないということではない。クロエは薄々気付いているだろうが、彼女を溺れさせるには致死量かもしれない。
「じゃあ、クロエ。俺の携帯でもう一回彼女にかけてみてよ。俺のこと、どう思ってるか、よくわかると思うから。あ、スピーカーにしてね。俺も聞きたいから」
今度こそ彼女は出る。捺樹は確信していた。根拠はないが、不安もない。捺樹はいつもそうだ。勘だけで動いているところがある。
そして、彼女はポケットから捺樹の携帯電話を取り出し、特に迷う様子もなく操作して、コール音が聞こえてきた。
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