上 下
34 / 45
第五章

王子様は永遠に 03

しおりを挟む
「私だけの捺樹先輩……」

 陶酔しきった表情に捺樹は冷めた目を向ける。今すぐにでも殴って目を覚ましてやりたい。彼女は自分を背後から襲った。自分が感知していながら許してやったことだとしても仕返しはしたかった。大人しく殺されてやるつもりなど毛頭ない。

「私、知ってるんですよ? 先輩はフレーバーティーが好きだって。チョコレートもお好きですよね? 一番のお気に入りはオレンジのチョコレートがけで、音楽は洋楽……ハードロック。ブランド、愛用の香水も何でも知ってます」

 うふふ、と彼女が笑う。誇らしげだが、勘違いにすぎないことを捺樹は知っている。

「雑誌のインタビューで色々答えさせられた気がするよ」

 全て捺樹が彼女に教えたわけではない。彼女が知っていることはファンならば知っているようなことだ。外に出していない情報も紛れているが、その理由もわかっている。

「全部、読みました。先輩のこと、何でも覚えてます」

 もっと別のことを記憶しろよ、捺樹はそう言ってやりたかった。
 龍崎にも言ったことがある。彼は事件のデータベースを脳内に持っている。勉強ができるのは探偵として必要なことだから、バンドのことは趣味だからなどと言っているが、捺樹達と過ごしたことはすぐに忘れてしまう。それも彼にとっては昨日の夕食が思い出せないという程度のことだ。尤も、彼は自分がその日に食べた物さえ容易には思い出さない。

「冷たいフリしてるようで本当は優しいことも」

 果たして彼女のこの行動の裏にいる人物を共犯者と言うべきなのだろうか。捺樹は考えてみる。きっと本人にぶつけても知らないと言うだろう。そして、それは必ずしも嘘というわけでもないだろう。証拠がない、あるはずもないものだろう。
 クロエは死への興味が強いが、彼女にとっては非現実的なことだからだ。けれど、あれは違う。《スリーヤミーゴス》と半端に関わったせいで精神に悪影響が働いている。好奇心が暴走して、今では尊敬する彼女と同じ感情を抱いていると思っている。
 そのことに気付いているのは自分だけだと捺樹はわかっている。クロエも大翔も気付かないだろう。だから、《彼》は怖いのだ。柄ではないが、《彼》を正常にできるのは自分しかいないだろう。そう感じるからこそ、捺樹はここで彼女に殺されるわけにはいかなかった。

「あのさ、俺から君への最初で最後のお願い叶える気ある?」
「ええ、先輩のこと愛してますから。でも、離してあげませんよ?」

 美奈は怪しい色香を放っているが、まるでそそられない。それを引き出したのが、《彼》だとわかっているからだろうか。
 とにかく好みではない。最後に抱きたいという気にはなれない。助けてくれと無様に縋るつもりはない。逃げようと思えばいつでも逃げられる。そうしないのは、こうなったことで楽しみが一つだけできたからだ。

「親父に電話してみてくれるかな? 身代金要求の」
「身代金……?」

 彼女は不思議そうにしている。そんなこと考えもしなかったのだろう。金など彼女は欲していない。本当は何もわかっていないのだから。けれど、捺樹は続ける。

「いくらまで出すか聞いてみてよ。こんな時じゃなきゃ俺のことどう思ってるかわからないし」

 本当はそんなことに興味はない。目的のためのワンクッションにすぎない。

「あれ? 知らなかった? 俺、結構なお坊ちゃまだよ? まあ、誰にも言ってないんだけどね」

 クスクスと捺樹が笑えば、悔しそうに唇が引き結ばれる。
 それでも、彼女は激昂しない。最後に付け加えた言葉が効果的だったようだ。他の誰も知らないということではない。クロエは薄々気付いているだろうが、彼女を溺れさせるには致死量かもしれない。

「じゃあ、クロエ。俺の携帯でもう一回彼女にかけてみてよ。俺のこと、どう思ってるか、よくわかると思うから。あ、スピーカーにしてね。俺も聞きたいから」

 今度こそ彼女は出る。捺樹は確信していた。根拠はないが、不安もない。捺樹はいつもそうだ。勘だけで動いているところがある。
 そして、彼女はポケットから捺樹の携帯電話を取り出し、特に迷う様子もなく操作して、コール音が聞こえてきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】では、なぜ貴方も生きているのですか?

月白ヤトヒコ
恋愛
父から呼び出された。 ああ、いや。父、と呼ぶと憎しみの籠る眼差しで、「彼女の命を奪ったお前に父などと呼ばれる謂われは無い。穢らわしい」と言われるので、わたしは彼のことを『侯爵様』と呼ぶべき相手か。 「……貴様の婚約が決まった。彼女の命を奪ったお前が幸せになることなど絶対に赦されることではないが、家の為だ。憎いお前が幸せになることは赦せんが、結婚して後継ぎを作れ」 単刀直入な言葉と共に、釣り書きが放り投げられた。 「婚約はお断り致します。というか、婚約はできません。わたしは、母の命を奪って生を受けた罪深い存在ですので。教会へ入り、祈りを捧げようと思います。わたしはこの家を継ぐつもりはありませんので、養子を迎え、その子へこの家を継がせてください」 「貴様、自分がなにを言っているのか判っているのかっ!? このわたしが、罪深い貴様にこの家を継がせてやると言っているんだぞっ!? 有難く思えっ!!」 「いえ、わたしは自分の罪深さを自覚しておりますので。このようなわたしが、家を継ぐなど赦されないことです。常々侯爵様が仰っているではありませんか。『生かしておいているだけで有難いと思え。この罪人め』と。なので、罪人であるわたしは自分の罪を償い、母の冥福を祈る為、教会に参ります」 という感じの重めでダークな話。 設定はふわっと。 人によっては胸くそ。

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

処理中です...