上 下
10 / 45
第二章

永遠の花嫁 03

しおりを挟む
「興味ねぇっての」
「嘘吐き。針千本飲んでよ」

 捺樹の責めるような視線に大翔は大仰に肩を竦めた。彼は嘘を吐いているつもりなど少しもないのだろう。大翔はひねくれた捺樹に比べれば素直な人間だ。

「どうにでもなっちまえよ。俺には関係ねぇ。ただし、面倒なことには巻き込んでくれるな。俺の聖域で不快なものも見せるな」

 大翔は今を生きる人間には興味を抱けない。安楽椅子探偵として完璧に過去の事件を解き明かす彼の欠陥だ。あるいは、才能の代償なのか。
 それが嘘ではないと捺樹も知っているはずなのに、と颯太は疑問を抱く。
 大翔自身が気付いていないだけだと言うのだろうか。現在の闇を見詰める捺樹の眼力ならあり得る話だ。しかし、振り返ってみても颯太にはわからなかった。

「その言葉忘れないでよ。まあ、忘れさせてあげないけどね」
「俺はてめぇにもあいつにも興味はねぇ。特にてめぇはめんどくせぇ。大体、何でてめぇがあいつにそこまで入れ込むのかもわからねぇ。絶対に解き明かしたくねぇ謎だ」
「お前の側の言葉で言うなら、音楽性の違いって奴じゃないかな?」
「はっ、てめぇなんか、そんな円満な理由で抜けさせねぇよ。解雇だ、解雇。むしろ、今すぐ辞めてくれ、俺はてめぇの入部を受理したつもりはねぇ」

 捺樹は冷やかしに来てクロエに一目惚れし、大翔に断りもなく直接校長に承認させて犯研に入り込んだと言う。
 そして、自分の手の内を見せた二人目の探偵に校長は大喜びだったと言う。いっそ、探偵部に名前を変えないかという提案までしてきたほどだと聞いている。つまり、校長の探偵好きによってこの犯研は成り立っているとも言えるだろう。

「独裁は崩壊を招くよ。君のバンドもいつまでもつか……解散ライヴくらいならお情けで行ってあげてもいいよ」

 ふふふふふっ、と捺樹が怖いほど綺麗に笑う。颯太は同性ながら妙な色気を感じてぞっとしてしまった。
 《ドラグーン》の大ファンとしては聞き捨てならないが、黙っておくのが賢明だと判断するほどには恐ろしいものだった。

「うちのバンドには、てめぇみてぇなぶっ壊れた奴はいねぇからな。心配無用だ」
「心配なんかするわけないでしょ? 俺にとって、お前は目障りなだけなんだから」
「安心しろ、てめぇはアウトオブ眼中だ」

 捺樹の敵視は一方的なもので、大翔はただ煩わしいと思っているだけだが、それで捺樹が落ち着くならば誰も苦労しない。とにかく彼はクロエが絡むと面倒臭い男だった。

「じゃあ、その内、俺がクロエを連れて辞めても?」
「もう構わねぇよ」

 大翔は自分が安楽椅子探偵であることを隠し、謎解きは犯研の活動の一環となっている。表向き大翔は単なるミステリー好きという認識だ。
 安楽椅子探偵としても、自ら連絡をとることはない。颯太もお目にかかったことはないが、大翔には目であり耳であり鼻であり手足である人物がいるらしい。

「ああ、今度の生贄はおちびちゃんね」

 大翔は他人からの評価さえ興味はない。謎さえ解ければ手柄が自分のものである必要もない。クロエと捺樹が抜ければ今度は颯太一人に擦り付ければいいだけの話だ。


 ガラリと扉が開き、クロエが入ってくる。部室に入るのにノックすることもないのだが、微妙なタイミングに颯太はビクリとした。

「何の話?」

 緊迫した空気を感じ取ったのかクロエが首を傾げれば重苦しさは一瞬にして弾け飛んだ。

「クロエ!」

 捺樹はパッと表情を明るくして飛び付かんばかりだったが、すぐに紅茶の用意にかかる。

「それじゃあ、今日も一緒にいてあげられなくてごめんね」

 砂時計をセットし、クロエの前にカップを置いて捺樹は鞄を掴む。よほど差し迫っているのか、もう帰るようだ。

「最近、若い女の子が失踪してるって話だから気を付けて。みんな、君ほど可愛くなかったけど」

 思い出したように捺樹がくるりと振り返る。それは演出なのかもしれない。

「これ持ってて。これからは毎日、片時も離さないで。何か嫌な予感がするんだ」

 捺樹はコートのポケットから取り出したネックレスをクロエの首にかける。今までのネックレスとは違い、かなり大振りな物である。
 即座に外そうとするクロエの手を彼は包み込んで許さなかった。

「これが嫌なものを引き寄せる気がするんだけど……」

 クロエは訝しげにしている。またネックレスかと迷惑がっているのだろう。

「俺が必ず君を守るから」

 強く、深い愛情を感じられる言葉だった。捺樹はそっとクロエの頭を引き寄せて、彼女の額に自分の唇を押し当てる。それは、とてもドラマティックに見えた。喉元に万年筆が突き付けられ、両手を挙げて離れるまでは。
 だが、颯太は現実になるなどとは思わなかった。クロエも大翔もそうだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

首無し王と生首王后 くびなしおうとなまくびおうごう

nionea
恋愛
 かつて精霊王が創ったアイデル国。  魔法は遠い昔の伝説になったその国で、精霊王の先祖返りと言われる王が生まれた。  このお話は、   《首無し王》 レンフロ と《生首王后》と呼ばれたかった アンネリザ  の、結婚までの物語。  奇々怪々不思議大好きな辺境育ちの田舎伯爵令嬢、アンネリザが主人公になります。  シリアスな人生を歩んでいる登場人物はいますが、全体的にはコメディタッチです。  ※グロいつもりはないですが、   首無し王、とか、生首、という響きに嫌な予感がする方は、お逃げください。

【伝説の強戦士 異次元 抗魔執行官編:ゴスロリ死神娘の淡い恋】

藤原サクラ
ファンタジー
ある夜、凛太朗は夢を見た。何時も見る夢は取るに足らない。だから殆どは朝起きると忘れてしまうのだが、その夢は違った。宇宙戦士になり何処かの惑星を奪還するために宇宙揚陸艦に乗船していた。そこで新しく部下になった降下兵と短い会話をした。 「ねえ、小隊長、私は生きて帰る事が出来るかしら・・・」「ああ、大丈夫だ。この作戦から帰ったら飯でも奢るから俺に付いてこい」と俺自身が不安だったが、心にもない事彼女に言って励ました。 その時の小刻みに震えている降下兵の少女の顔が、どうしても頭から離れなかった。 少女は俺に続いて降下したが、運悪く頭上で降下している彼女に敵のサイコビームにあたり燃えるのが見えた。その夢は、これから起こる出来事を暗示しているかの様だった。 人間の欲望や憎悪・怒り嫉みなど負の感情は再び魔族を生み出した。 結城凛太朗は成長する最強の幻想銃と強運を武器に人類存亡を賭けて人知れず異次元抗魔執行官として魔族と戦う。だが、宇宙のダークエネルギーの増大は暗黒神の力を強め異形の者達が棲む異次元と交わるXデーが近づいていた。それは人類滅亡の危機を孕んでいたが、その事を知る者は誰もいない。 前世から一途に思い続ける創造主になった円城寺五月、ちっぱいにコンプレックスがある最強の死神娘の抱く淡い恋がある。やがて、亜神の力を得た凛太朗と前世からの魔族に対する恨みの深さから五月達と溝が出来る事になる。五月の思い人、凛太朗との時空を越えた愛は成就するのか? それを知りながら彼を思う死神娘、恋に行方は如何になるのか? 前作品では竜馬は銀河艦隊と共に魔界に攻め込み、自らの命と引き換えに宿敵、創造主や魔王を倒したところで終わりました。 本篇は、「伝説の強戦士、異世界を駆ける」の続編になります。 時は過ぎ、現世に再び凛太朗として生まれ変わった竜馬は警視庁の刑事になり平凡な日々を送っていた。 前世の記憶も宇宙最強の戦士と言われた能力は無い。 ある日、刑事として、猟奇殺人事件を捜査中、迷い込んだ異空間で、魔族と戦うことになった。そこで、ゴスロリファッションを着た死神娘と虎の獣人に助けられ九死に一生を得るが、この事件を、きっかけに思いもよらない運命が彼に待ち受けていた。

ショートショート「家族って良いもんだ」

あかりんりん
エッセイ・ノンフィクション
ショートショートを集めました

私が、スパイに間違われた理由をさぐる 

鏡子 (きょうこ)
エッセイ・ノンフィクション
何故、スパイに間違えられたんでしょう?

癒しの聖女を追放した王国は、守護神に愛想をつかされたそうです。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 癒しの聖女は身を削り激痛に耐え、若さを犠牲にしてまで五年間も王太子を治療した。十七歳なのに、歯も全て抜け落ちた老婆の姿にまでなって、王太子を治療した。だがその代償の与えられたのは、王侯貴族達の嘲笑と婚約破棄、そして実質は追放と死刑に繋がる領地と地位だった。この行いに、守護神は深く静かに激怒した。

処理中です...