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本編

生贄の証-2

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「って言うか、さっきから部長がぶっ倒れそうな顔してるんスけど」

 ちらりと圭斗が十夜を見る。
 彼の様子は正にその通りだった。いつ倒れても全く不思議ではない様子だ。

「今日が終われば、ぶっ倒れようとどうなろうといいよ」

 笑いながら言う嵐は薄情とも感じられる。
 何もない日だったならば十夜は間違いなく早退していただろう。けれど、今日は嵐がそうさせなかったに違いない。
 だから、少し暫くここで寝ていたのかもしれないと紗綾は思う。
 尤も、将也からそんなことは聞かされていないのだが、敢えて言う必要もないことなのかもしれない。彼も何もかも報告してくるわけではないし、午後のことならばどうせわかる。

「認定式、っスか」

 圭斗が言えば空気が重くなる。
 それはオカ研にとって重大な意味を持ちながら、実に憂鬱な行事である。
 紗綾も密かに、なくなればいいのに、と思っている。もっと言ってしまえば、やる意味がよくわからないのだ。

「じゃあ、メンバー揃ってるし、さっさと済ませちゃおっか?」

 そう言って、嵐は棚を開ける。

「そういうわけで、はい、月舘。よろしく」

 棚から取り出した物を紗綾へと差し出してくる。
 新品の黒いネクタイである。
 オカ研部員の証、あるいは生贄の証である。これがあるからこそ、すぐにオカ研の区別がついてしまう。

「やっぱり、やるんですか、これ……」

 紗綾も薄々わかっていたが、手渡されると気分が重くなる。
 できることならやりたくない。しかしながら、やるしかないことはわかっている。

「ひょっとして、トラウマ?」

 嵐が笑い、紗綾はちらりと十夜の様子を窺ってから小さく頷いた。
 そのネクタイ一つにオカ研の負の部分が全て詰まっていると言えるほど全くいい思い出がないのだ。

「去年、月舘は天国に旅立ちそうになってるからね」
「天国?」

 嵐が言えば、圭斗が首を傾げる。
 しかし、紗綾にとって決して大袈裟な表現ではなかった。
 確かに一瞬天国を見てしまったような気がするのだ。

「毎回、ある意味事故が起こるんだよ」
「事故って……」

 圭斗は困惑しているようだったが、それ以上聞かれると紗綾としてはやりにくくなってしまうものだ。

「ほら、月舘。これをやらないと始まらないのわかってるでしょ?」

 嵐の言う通りだった。一年前の繰り返しをするわけにはいかない。
 紗綾は覚悟を決めて、ネクタイを手に圭斗の前に立った。
 その意味を理解して、圭斗がネクタイを外し、無造作にポケットに入れる。
 新入部員のネクタイを締めるのは二年生だという習わしなのだから仕方ない。
 自分が捕まえた生贄に自ら首輪を付け、責任を持つという意味があるとも言われている。

「圭斗君、じっとしててね……?」

 他人のネクタイを締めることなど、まずなかった。
 紗綾も予習はしたが、香澄に練習台になってもらうべきだったかと今になって思う。
 去年はこうして自分の首が絞められたのだから。
 十夜も散々渋ったあげくに、思い切り絞めてきた。あれは殺人未遂だったと当事者は振り返る。
 更にその前は十夜も酷い目に遭ったらしいが、詳しく語られることはない。何せ、相手は光だ。彼が何をやらかしても全く不思議ではない。
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