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本編

策士と悪魔と生贄と-1

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 いよいよ帰らなければならないという時、彼はやってきた。
 紗綾も薄々わかってはいた。
 できれば来て欲しくなかったという気持ちが強い。彼はトラブルホイホイであるのだから。
 けれど、鈴子は彼を運転手として呼んでしまったらしい。
 彼女は彼が自分の言うことを簡単に聞くことを知っているだろう。
 彼の性質をよくわかった上でわざわざ寄越してくるのだから嫌がらせにも思える。
 尤も、実際、足として使える暇人など限られているのだが。


「ヤッホー! みんなが大好きなヤッチーだよー! 麗しの鈴子様に呼ばれてホイホイノコノコ出て来ちゃったよー! あっはっはー! 嬉しい? みんな、嬉しいよね? 俺もみんなに会えて嬉しいよー!」

 いつでも、どこでも彼八千草光のテンションは限りなく高い。
 誰もついていけないというのに、彼は常にノンストップだ。
 今日も一切空気を読むことなく、場違いなテンションだった。

「何、これ」
「前部長の八千草先輩だよ」
「これが?」

 初対面の圭斗は疑わしそうな眼差しを光に向けるが、紗綾も気持ちはわからないでもなかった。
 そして、光が圭斗を見て、それからリアムに気付いた。

「およよ、君が今年の生贄君? あれ、もう一人新顔? しかも、外人さん? なぜ? なぜなの、俺にはわからない! 教えて、クッキー!」
「……お前には説明するのも、口をきくのすら面倒臭い」

 嵐の対応は冷めたものだった。
 確かにここで一から彼に説明するのは大変面倒臭いだろう。
 どうやら、光は鈴子から何も聞いていないらしい。紗綾も逐一彼に報告するわけではない。

「ひ、ひどい……! ひどすぎるよ、クッキー! 俺達、クッキー&ヤッチーじゃないかっ!」
「コンビみたいに言うなよ。お前はただのタクシーなの、さっさと黒羽とその金色の犬乗せて。いつまでも、ここで騒いでたら迷惑だから」

 喚く光をうるさげに見て、嵐は十夜とリアムを指さし、次に紗綾と圭斗を見た。

「一般の方はこちらへどうぞ」
「部長が凄く嫌そうな顔してるっスけど」

 圭斗の言葉通り、がっしりと光に腕を捕まれた十夜は恨めしげに嵐を見ていたが、彼は無視した。

「恐怖体験したいなら、あちらへどうぞ~、なんてね」

 嵐の言葉の意味も十夜が嫌がる理由も紗綾にはわかっていた。
 一晩で疲れが取れるわけでもなく、きっと十夜は今以上に疲れることになるだろう。何かあってもなくても。
 だが、わかったところで紗綾にはどうにもできない。
 できるとすれば、気休めにもなりないとわかっていながら、何事もないことを祈ることぐらいだ。
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