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本編

真夜中の訪問者-2

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「誰、ですか……?」

 誰かがいる、そう確信して紗綾は問いかける。
 ラップ音などではないと思うし、そもそも心霊現象と思わない。
 真っ先に幽霊がいるとは考えない。サイキックがいると言えば、いるのかと他人事のように思うだけだ。

「俺っス」

 その声に紗綾は安心する。

「圭斗君……?」
「俺の眷属、見張りに付けておいたんス。まあ、俺だけじゃないんスけど」

 善美が見たと言う大きな犬、それが彼の眷属――彼を守護する霊らしい。

「とりあえず、入っても平気っスか?」

 善美を見れば、弱々しくも彼女が頷くのがわかった。

「あ、うん……」

 扉が開いて、圭斗が入ってくると善美は少し落ち着いたようだった。夕方に救われたからだろうか。
 安心するはずなのにどこかざわざわと紗綾の胸は騒ぐ。
 けれど、その意味がわからない。それでも、嫌だと思うのだ。

「足止めしてる間に、少し話そうか」

 空いてるところに圭斗は座り込む。そして、真剣な眼差しで善美を見た。
 やはり、終わっていなかったのか。
 紗綾が不安げに見れば、その視線に圭斗が気付く。

「そっちはわかってると思うけど、夕方のとは別。まあ、夕方のはこれが原因で引き付けられたんスけどね」

 簡単な説明ではあったが、圭斗が善美に何かあると思っていたことはわかる。

「俺、こういうの専門じゃないから、はっきり言うけど、お前についてるのは生霊ってやつ」
「いき、りょう……?」
「実体がある怨霊」

 圭斗は淡々としていたが、善美は戸惑っていた。
 紗綾も何も言えない。言うべきではないと思うのだ。
 口を開くには重すぎる話だった。

「心当たり、あると思うけど」

 その声はやけに大きく響く。残酷な言葉だった。
 それは、善美が誰かに恨まれているということなのだから。

「あたし……ちょっと怖い夢見てさ、寝惚けてて、それで……」
「こういうの、何か責めてるみたいで、俺も気分悪いんだけど、生憎カウンセラーじゃないから優しくは言わない」

 それが彼の精一杯の優しさなのかもしれないと紗綾は思う。
 少し不器用なところが十夜と重なる。

「ここのところ、たまにおかしなことが起こった。初めの内は気のせいだと思ってた。だけど、それが気のせいじゃなくなって、噂の悪霊だと思うようになった。でも、ある日、見た。自分の枕元に立つ……」
「見てないってばっ!!」

 叫ぶ善美が圭斗の言葉を遮る。
 彼女はおそらく何かを見ている。それは紗綾にもわかる。彼女の様子は普通ではない。

「素直じゃねぇやつ」

 善美は気丈だ。耐える理由が彼女にはあるのかもしれない。
 きっと、圭斗はそれを見透かしている。
 近くにいるのに自分が入れない世界を、その疎外感を紗綾は感じていた。

「人を呪わば何とかって言うだろ? 相手、痛い目に遭うけど、いい?」

 その言葉に善美の肩がビクリと震える。

「こんなの、今日だけだもん!」

 善美はどこかでは脅えていたようにも思える。
 今まで耐えてきたものが恐ろしくなったのは、自分達が来たからなのかもしれないと紗綾は考える。
 現象を霊によるものだと断定できる者の存在、その攻撃を阻む者がそれを更に刺激したのかもしれない。

「善美ちゃん……」

 紗綾はどうしたらいいかわからなくなる。何もわからず、救いになれない自分は何をすれば良いのか。
 戸惑う内に圭斗は結論を出してしまった。

「わかった。じゃあ、俺はここで手を引く。せいぜい、祈ってろ」

 圭斗は立ち上がり、そのまま扉を開けて出て行こうとする。そんな彼を紗綾は呼び止めた。

「圭斗君!」

 くるりと振り返った圭斗は微笑んだように見えた。

「それじゃあ、ちゃんと寝て下さいね。紗綾先輩」
「圭斗君……」

 穏やかな声に揺らぐ心が続く言葉を紡がせなかった。

「おやすみなさい」

 呼びかけも虚しく扉は閉まり、また静寂が訪れた。


 善美の様子と圭斗の口振り、それはまるで生霊が彼女の知り合いであり、庇っていることを示しているように思えたが、聞けるはずもない。

「紗綾、あたしね……」

 善美は必死に紗綾に何かを伝えようとしていたが、その躊躇いが胸に痛い。

「もう、いいよ」

 聞いてはいけない気がした。
 何もできない自分が聞いたところで救いにはならない。話してすっきりすると言うのなら良いが、きっと余計に辛くなるだけだろう。
 彼女の中の不安を消すことができたらいいのに、特別な能力は何もない。
 それでも、もうこの問題は解決すると確信していた。

「大丈夫だから」

 圭斗は手を引くと言ったが、彼の言葉を思い返せば、無責任に放り出したわけでないことはわかる。
 その紗綾の信頼を感じ取ったのか、善美は緊張から解き放たれた様子で大きく欠伸をした。

「不思議……なんか凄く眠くなってきた」

 紗綾には何もわからないが、状況に変化もあったのかもしれない。そのまま善美は布団に入り、まるで今まで寝ぼけていたかのようにすぐに寝入ってしまった。

「おやすみ」

 そう小さく口にしてから紗綾はそっと部屋を出た。
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