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本編
悪魔な生贄の憂鬱-2
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ふと、適当にめくっていた漫画の上に影が落ち、圭斗は顔を上げる。
良からぬことだろうと内心溜息を吐きながら。
前に立っているのは二人の女子、顔は何となく覚えてしまったが名前は未だに覚えていない。
尤も、覚える気はない。
「ねぇ、榊君」
二人の内の一人が呼びかけてくる。積極的な方と圭斗は記憶していた。
入学式の日から何度か声をかけられているが、興味がなかった。
面倒臭くて仕方がないのだ。見え透いた好意を喜べるほど社交的ではない。
「オカ研の生贄にされちゃったって本当?」
なんて嫌な聞き方だと圭斗は思う。
「されたんじゃなくて、自分からなったんだけど」
彼女たちの表情に戸惑いが混じったのがわかったが、生贄になることを望んだのが圭斗自身であることは言わされているわけでもなく、事実なのだ。
圭斗が紗綾を見付け、少しばかり強引に入り込んだとも言えるかも知れない。
「じゃあ、本当ってことだよね……?」
「それが何?」
そんなことは他人には関係ないと言ってしまいたかったが、圭斗は不快感に耐えていた。
「お前っ、大丈夫なのかよ?」
ずっと聞きたかったとばかりに中学からの腐れ縁である飯田元気が話に入ってきて、また圭斗の不快感が増す。
また離れたところでも話し声が止み、好機の眼差しが向けられていることに気付く。
先ほど自分が聞き耳を立てていたように、今度は自分がそうされている。それも、一人ではなく、多数に。
きっと、紗綾はこういうことに耐え続けてきたのだろう。
「大丈夫って何が?」
問いかけるも、本当はわかっていた。
自分ならば大丈夫だが、繊細な彼女には辛いだろうと心の中では思っている。
「だって……ねぇ?」
「う、うん……」
「だよなぁ? あのオカ研だもんなぁ……」
元気も女子二人も顔を見合せる。
はっきりと本当に言いたいことを言えよ、とさえ圭斗が思うほど、その空気は貼り付くようで気持ちが悪い。
このまま、教室を出てしまおうかと思った時、空気の読めない男がやってきてしまった。
「オカケン、ボクも入りました!」
「リアムも?」
「お情けの仮入部は黙ってろ。俺はちゃんと届け出してんだ」
ここぞとばかりに元気よく手を上げたリアムに圭斗は殺意さえ覚えた。
仮入部という事実が実に腹立たしい。場合によっては圭斗の届けがなかったことにされるからだ。
「皆さん、素晴らしいサイキックです!」
「さいきっく?」
噂から考察すれば嵐や十夜がまともなサイキックであることを知っている生徒は少ないらしい。
片方は口癖のように呪うなどと言うし、もう片方は圭斗からすればただの淫行教師だ。
そして、彼らはサイキックであるという事実を公にしたいわけではないようだ。そのためにわざと悪い噂が流れるようにしている節もある。
圭斗も紗綾には明かしているが、彼女の性格を考慮してやむを得ずという部分がある。退部を免れるために嵐達に自ら明かすつもりはない。
ましてや、サイキックでない人間に明かして、そう簡単に信じてもらえるはずがないのだ。
「ベラベラ喋ってんじゃねぇよ。呪われろ」
この変な留学生に仮入部という措置を取ったのは大いなる間違いだったに違いないと圭斗は思う。
これでは全て台無しではないだろうか。
頭の中にゴーストが湧いていそうなこの男に、どれほど言葉が通じているかも大いに謎である。
紗綾が何か言葉を間違って覚えているのではないかと思ったのも無理はないと圭斗は思う。何せ、変な言葉ばかり知っているのだから。
「サヤは僕のヨメです!」
「紗綾先輩が、いつ、お前の嫁になったんだよ?」
またとんでもないことを言い出すリアムに圭斗は思わず机を叩いた。
そこで不安そうな顔をしたのは消極的な方(と圭斗は記憶している)の女子だった。
彼女はいつもそうだ。本当は自分で聞きたいくせに、もう一人の影に隠れている。
いつだって一緒、二人で一人、圭斗にとって気に食わない一番の理由だった。
「サヤって生贄の人だよね?」
「そうだけど」
好奇に満ちた言葉に圭斗は自分の態度がきつくなるのを感じていた。
我慢しようとは思っても、限界というものが存在する。
これ以上、その話に付き合えばどうなるかはわかっている。
「悪い噂……いっぱい聞くけど大丈夫?」
「さっきから大丈夫とか、何なわけ?」
「噂……聞いてないの?」
生贄の月舘は黒羽の愛玩である。実に不愉快な噂が圭斗の脳裏をよぎる。
関わった者を不幸にするということを言っているのかもしれないが、彼女自身は他人を不幸にできる人間ではない。
「聞いたけど、だから何?」
八つ当たりかもしれない。
圭斗もわかっていても一度湧き出た怒りはそう簡単に治まらない。
「ちょっと、榊君、もっと優しい言い方できないの!?」
積極的な方がバンと机を叩く。声が頭に響く。既に関係は読めている。
「優しくする必要あんの?」
「お前、女には優しかっただろ?」
「お前と違って、誰にでもじゃねぇし。俺が今優しくしようと思うのは一人だけだから」
「この子、榊君のこと、心配して……!」
「心配? 知りもしない人間のことを平気で悪く思えるようなやつが俺を? 馬鹿じゃねぇの?」
自分が原因だとわかっていても、居心地の悪さに圭斗は悪態を吐きたくなった。
気が長い方ではない圭斗にとっては耐え難いことだ。
「そうやって、次からは俺のことも散々噂に付け加えてくんだろ?」
こうして自分も疎まれていくのだと思いながら圭斗は教室から出た。
今は一秒たりともいたくはなかった。
なぜ、誰もわからないのか。
なぜ、自分だけがわかるのか。
彼らが背負わされる苦しみを、人柱というシステムを。
だが、どこかでは自分だけはわかっていればいいという暗い気持ちがあるのかもしれなかった。
良からぬことだろうと内心溜息を吐きながら。
前に立っているのは二人の女子、顔は何となく覚えてしまったが名前は未だに覚えていない。
尤も、覚える気はない。
「ねぇ、榊君」
二人の内の一人が呼びかけてくる。積極的な方と圭斗は記憶していた。
入学式の日から何度か声をかけられているが、興味がなかった。
面倒臭くて仕方がないのだ。見え透いた好意を喜べるほど社交的ではない。
「オカ研の生贄にされちゃったって本当?」
なんて嫌な聞き方だと圭斗は思う。
「されたんじゃなくて、自分からなったんだけど」
彼女たちの表情に戸惑いが混じったのがわかったが、生贄になることを望んだのが圭斗自身であることは言わされているわけでもなく、事実なのだ。
圭斗が紗綾を見付け、少しばかり強引に入り込んだとも言えるかも知れない。
「じゃあ、本当ってことだよね……?」
「それが何?」
そんなことは他人には関係ないと言ってしまいたかったが、圭斗は不快感に耐えていた。
「お前っ、大丈夫なのかよ?」
ずっと聞きたかったとばかりに中学からの腐れ縁である飯田元気が話に入ってきて、また圭斗の不快感が増す。
また離れたところでも話し声が止み、好機の眼差しが向けられていることに気付く。
先ほど自分が聞き耳を立てていたように、今度は自分がそうされている。それも、一人ではなく、多数に。
きっと、紗綾はこういうことに耐え続けてきたのだろう。
「大丈夫って何が?」
問いかけるも、本当はわかっていた。
自分ならば大丈夫だが、繊細な彼女には辛いだろうと心の中では思っている。
「だって……ねぇ?」
「う、うん……」
「だよなぁ? あのオカ研だもんなぁ……」
元気も女子二人も顔を見合せる。
はっきりと本当に言いたいことを言えよ、とさえ圭斗が思うほど、その空気は貼り付くようで気持ちが悪い。
このまま、教室を出てしまおうかと思った時、空気の読めない男がやってきてしまった。
「オカケン、ボクも入りました!」
「リアムも?」
「お情けの仮入部は黙ってろ。俺はちゃんと届け出してんだ」
ここぞとばかりに元気よく手を上げたリアムに圭斗は殺意さえ覚えた。
仮入部という事実が実に腹立たしい。場合によっては圭斗の届けがなかったことにされるからだ。
「皆さん、素晴らしいサイキックです!」
「さいきっく?」
噂から考察すれば嵐や十夜がまともなサイキックであることを知っている生徒は少ないらしい。
片方は口癖のように呪うなどと言うし、もう片方は圭斗からすればただの淫行教師だ。
そして、彼らはサイキックであるという事実を公にしたいわけではないようだ。そのためにわざと悪い噂が流れるようにしている節もある。
圭斗も紗綾には明かしているが、彼女の性格を考慮してやむを得ずという部分がある。退部を免れるために嵐達に自ら明かすつもりはない。
ましてや、サイキックでない人間に明かして、そう簡単に信じてもらえるはずがないのだ。
「ベラベラ喋ってんじゃねぇよ。呪われろ」
この変な留学生に仮入部という措置を取ったのは大いなる間違いだったに違いないと圭斗は思う。
これでは全て台無しではないだろうか。
頭の中にゴーストが湧いていそうなこの男に、どれほど言葉が通じているかも大いに謎である。
紗綾が何か言葉を間違って覚えているのではないかと思ったのも無理はないと圭斗は思う。何せ、変な言葉ばかり知っているのだから。
「サヤは僕のヨメです!」
「紗綾先輩が、いつ、お前の嫁になったんだよ?」
またとんでもないことを言い出すリアムに圭斗は思わず机を叩いた。
そこで不安そうな顔をしたのは消極的な方(と圭斗は記憶している)の女子だった。
彼女はいつもそうだ。本当は自分で聞きたいくせに、もう一人の影に隠れている。
いつだって一緒、二人で一人、圭斗にとって気に食わない一番の理由だった。
「サヤって生贄の人だよね?」
「そうだけど」
好奇に満ちた言葉に圭斗は自分の態度がきつくなるのを感じていた。
我慢しようとは思っても、限界というものが存在する。
これ以上、その話に付き合えばどうなるかはわかっている。
「悪い噂……いっぱい聞くけど大丈夫?」
「さっきから大丈夫とか、何なわけ?」
「噂……聞いてないの?」
生贄の月舘は黒羽の愛玩である。実に不愉快な噂が圭斗の脳裏をよぎる。
関わった者を不幸にするということを言っているのかもしれないが、彼女自身は他人を不幸にできる人間ではない。
「聞いたけど、だから何?」
八つ当たりかもしれない。
圭斗もわかっていても一度湧き出た怒りはそう簡単に治まらない。
「ちょっと、榊君、もっと優しい言い方できないの!?」
積極的な方がバンと机を叩く。声が頭に響く。既に関係は読めている。
「優しくする必要あんの?」
「お前、女には優しかっただろ?」
「お前と違って、誰にでもじゃねぇし。俺が今優しくしようと思うのは一人だけだから」
「この子、榊君のこと、心配して……!」
「心配? 知りもしない人間のことを平気で悪く思えるようなやつが俺を? 馬鹿じゃねぇの?」
自分が原因だとわかっていても、居心地の悪さに圭斗は悪態を吐きたくなった。
気が長い方ではない圭斗にとっては耐え難いことだ。
「そうやって、次からは俺のことも散々噂に付け加えてくんだろ?」
こうして自分も疎まれていくのだと思いながら圭斗は教室から出た。
今は一秒たりともいたくはなかった。
なぜ、誰もわからないのか。
なぜ、自分だけがわかるのか。
彼らが背負わされる苦しみを、人柱というシステムを。
だが、どこかでは自分だけはわかっていればいいという暗い気持ちがあるのかもしれなかった。
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