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四章

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 意志が恐縮する怒鳴り声も、右から左へと受け流す。血管が浮び上がる上級生の顔は、まるで破裂寸前の風船だけど笑う余力さえない。本日何度目のミスか。午前中の講義も上の空で、身がはいらなかった。

 れみの一件が完全に尾を引いているのは自覚できているけど、もう俺にはなにもできない。あの子は完全に愛想を尽かしたんだろう。愛想というのすらおこがましい。また同じ過ちを繰り返した事実。最低だという自己嫌悪。これでよかったんだって自己弁護することすらおこがましい。

「ちょっと私、休憩行ってくるワン」
 
 れみがあのとき相談したかったこととはなんなんだろう。連絡もかえってこないでアパートに一人いたとき、不安だったんだろうか。一人じゃどうにもできないから、俺を頼ってきたんだろうか。れみが勝手に成長したって勘違いしていたけど、あの子はまだ高校生。家族にも友達にも相談できない内容を抱えて、俺に助けを求めにきたんだろうか。今となっては、それを知ることさえできない。


 なにも変わっていない。今も俺は自分のことしか考えていなかった。れみのことで悩んでいても、それは結局俺自身のため。一度でもれみを本気で慮っていただろうか。ただフリをしていただけではないか。れみが家からアパートに来るまでの間、なにを想っていたか。それすらしていなかった。

 どちらにせよ、もうどうにもできない。れみへ謝罪に行くことも、連絡をすることすら許されてはいけない。これ以上俺に関わっても、マイナスになってもプラスにはならない。仮にもし俺がれみの立場だったら、絶対に許せないだろう。

 これで、もういいんだ。いつか来るはずだった終わりが、突然やってきただけ。諦めてしまおう。どちらにせよ、れみにとって元義兄との最後の記憶が最低最悪であるという真実は変えられなかったというだけ。自分にとっての言い訳が、自己嫌悪を強めていく。
「瞬くん、ちょっとコンビニ付き合ってほしいんだワン」
「え? はい」

 足どり重い俺の背中をうんせ、ふんせと押して外に出る。構内にあるコンビニまでの道のりは、決して遠くはないけど今の俺には辿り着くのも億劫だ。必要な備品と材料をてきぱき選んで会計をすませた途端、荷物を持って戻ろうとした俺の肩を押して反対方向へ。

「え? え?」

 あれよあれよと、先輩が買っていた飲み物を手渡されてオープンテラスへ。まだ日差しが強いけど、木々が陰になっていて煩わしさがだいぶ和らいでいる。

「瞬くん、あれからどうなったんだ、ワン?」
「もうその語尾いいですよ」
「ゴホン。じゃあ改めて、れみちゃんとはあれからどうなったの?」

 厳しさと優しさが入り交じった、先輩としての顔つき。いつもののほほんとした癒やされる姉フェイスではないため、怯んでしまう。目をそらした俺に、先輩は悲しげに小さく溜息を零す。

「連絡した? 会いにいった?」
「・・・・・・いえ」
「じゃあれみちゃんの連絡先を教えて」
「え?!」
「あのね」

 携帯を取り出した先輩が、姿勢と居ずまいを正した。
 
「このまま放置しておくと、私たちにも迷惑がかかるのよ? 今日までに何回ミスしたか数えてる? もう三十八回よ。三十八回。あきらかに、れみちゃんのこと引きずっているでしょ?」

「・・・・・・・・・ウス」

「このままだと取り返しのつかないミスにつながるの。手伝ってる身として勝手かもしれないけど、このままじゃ私たちにとって不利益になるの。わかる?」
「・・・・・・・・・そッすね」

「なにより、今にも死にそうな後輩くんの顔なんて、お姉ちゃん見ていたくないんだから」

 どこまでだめな奴なんだ。先輩にまで迷惑をかけて。心配をさせて。肩をがっくり落とす俺の頭を撫でてくる先輩の優しさに、涙があふれそうだ。

「それに、私の説明不足だったとはいえ瞬くんに原因があるでしょ? 彼女がいるのにあんな・・・・・・あんな・・・・・・」

 あのときのことをおもいだしたのか。髪の毛を撫で続ける先輩の手がピタリととまって離れてしまった。

「ゴホン。とにかく、あれはお酒のせいだってことをちゃんと説明して――」
「・・・・・・・・・違うんです」
「え?」

 頑なだった心がなぜかほぐれている。情けない自分のすべてを曝けだすことに恥ずかしさはあるけど、躊躇いはなかった。

「俺とれみ、恋人同士じゃないんです」
「え・・・・・・・・・?」
「昔、兄妹だったんです。俺たち」
「え!? ちょ、ええ!?」

 目をぱちくりさせていた先輩が、立ち上がりかけてあたふたとして飲み物をこぼしかけて、うん。凄いびっくりしてる。

「実は――――」

 それから、説明をはじめた。れみと俺の両親が再婚して家族になったこと。母が許せなくて、家を出たこと。現在は父の戸籍に入っていて、オープンスクールで再会して、それからだらしない俺のところへ矯正しに通うようになったこと。それから、周りにそれを説明するのがいやだから恋人同士を演じていたこと。

「嘘をついていて、ごめんなさい」

 一気に話終えて、頭を下げる。反応がこわくて頭が上げられない。

「そう。そうだったの。でも納得できたかな~」

 え、と意外な言葉に頭を上げてしまった。

「つまり、妹が飽きたからお姉ちゃんである私がほしくなったってことね?」
「話聞いてました!?」
「理系的にも文系的にも、証明することができるもの。どんなにステーキが好きでも毎日ステーキを食べ続けていたら飽きるでしょ? それと同じで妹が飽きたから姉を抱きたくなった。性欲を持て余した二十代の男性ならむしろ当然よ。Q.E.D、証明終了」
「だ・か・ら! 俺とれみは血が繋がってないんですって! しかもQ.E.Dなんて単語出すな! なんの証明にもなっちゃいないんですよ!」 
「でもごめんなさい。瞬くんとは先輩後輩でいたいの。私は皆のお姉ちゃんだし」
「なんか俺が振られたかんじになってるし!」
「それに、私大人な男の人がタイプだから」
「聞いてませんわ! 健あたりに聞かせて大ダメージ与えればいいでしょ!」
「それに、普段の瞬くんの姿も知ってると、どうしても異性とは見れないの。弟と同じに見えてしまうの。悪乗りがひどかったり健くんと一緒にいるときとか特にひどいじゃない? もう大学生なんだからもう少し落ち着きと大人っぽさを兼ね備えないと。就活や社会に出たとき苦労しちゃうよ?」
「しかもなにお説教&真に迫るアドバイスしてくれちゃってんですか!」
「だってあの日私を誘ってきた意味は本気だったってことでしょ? なら私も本気でお断りしないとだめだな~って」
「誘ってきた? 本気? なんのことですか?」
「え?」


 それから更に話しこんで、カラオケ店でのことは、お互いの勘違いのすれ違いがゆえにおきた悲しい事故あったと判明。先輩は恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にしながら、だけど年上の威厳を維持しようと咳払いをするけど、無理すぎる。

「でもそっかぁ~。れみちゃんとは元兄妹だったんだぁ~。どうりでどうりで~。あ、もうキスはした?」
「元兄妹だって把握してるのにその質問する意図はなんですか!?」
「じゃあれみちゃんとはどうするの?」
「・・・・・・・・・急にトーンダウンしないでシリアスにならないでくださいよ・・・・・・・・・」

 テンションのアップダウンが激しすぎる。
 
「どうもできないですよ。説明しましたけど、元々嫌われてたのが、最悪なくらい嫌われたってだけです」
「んん~。そうかなぁ~。どうしてそうおもうの?」
「え? だって説明しましたよね?」
「ええ。瞬くんからの一方的な観点でね」

 飲み物を一口飲んで、間を空けた。

「研究だと、ある事象を調べるためにいろいろな実験をするでしょ? それで得られたデータを元に仮説をたてて最後に結論を出す。それと同じよ。だかられみちゃんが瞬くんをどうおもっているのか。その事象について瞬くんからの観点は得られているけど、私からの観点、そしてれみちゃんの観点はまだない。だから嫌われているっていうのは瞬くんの勝手なおもいこみ。それか仮説にしか過ぎないのよ」

 のほほんとした喋り方だけど、的を射ている。そうだ、そもそもれみが俺のところに来るようになった理由だってちゃんと聞いたことがないじゃないか。

「もし私だったら心底嫌っている人には、二度と会いたくないよ? たとえ昔好きだった家族とはいっても。その人に頼まれたわけでもないのに自分の時間を犠牲にしてまで通い妻になるなんて。瞬くんは? どう?」

 ・・・・・・・たしかに。俺ももう二度と母には会いたくない。たとえあの人が命を落としそうになったとしても。

「じゃあ先輩からの観点は?」
「んん~。第三者から見てたら、れみちゃんは嫌ってなかったとおもうよ~? 演技で恋人になってたとしても、どこか嫌々やってるのもなかったし。逆に喜んでるところもあったし」

 喜んでいる云々は抜きにして、先輩の言葉には説得力がある。

「それに、れみちゃんが私のところに泊まったとき話をしたからね~」

 そうだ。再会したばかりの頃そんなことがあった。今までスルーしてたけど。

「ちなみになにを?」
「上杉瞬さんは大学でどんな風ですか? とか。お友達と仲良くしていますか? とか。あとちゃんとご飯食べれてますかとか成績のこととか」

 おかんかあいつは。

「あと恋人はいるんですかっていう質問はグイグイしてきたっけ。たしかいないんじゃないっけ~って話してもそんなあやふやじゃ困ります、もっと的確に、仲のいい女性のお名前も教えてください、そもそもあなたとあの人は本当に先輩後輩かって」
「なんかすいません。いやほんと」
「あのときは瞬くんのこと好きになったのかなって勘違いしちゃったけど、あれは瞬くんのことが心配だったからなんだな~って」

 もしそうだったらどれだけいいか。れみが俺を嫌っていない。それが事実であってほしいと。けど、たしかめに行く勇気が出ない。だってもし違ってたら? 全部希望的観測にすぎないとしたら? なんて言えばいいんだ。

「私の意見と観点で、瞬くんの一方的な仮定は崩れたよ~。あとはれみちゃんの観点を知れれば――」
「上 杉 瞬 は ど こ だ ぁ ~!!」

 構内からの声が、外にいる俺たちにも伝わって揃って身を震わせる。ガラスの奥ではポニーテールをブンブン振り回してまりあちゃんがズンズンと学食スペースを闊歩しながらぎょろりぎょろりと視線を右往左往している。いつもと違ってとんでもない形相。

「私の親友を汚れ物にした上杉瞬はどこだぁ~!! この大学の生徒だってのはとっくにご存じなんだぁ~! 高校生を好き勝手弄んでゴミみたいにポイ捨てしやがったクズはどこにいるんじゃああああ!!」

「ちょ、おおおいいいい!!??」

 さすがに放っておけない。このままじゃ俺の大学生活もと名誉が。それとあの子も不審者として経歴に傷をつけることになってしまう。先輩と一緒に学食エリアにダッシュで戻る。

「ああ、いやがったなこのやろう! ここで会ったが百年目っス!! あんたをここで潰してやるうう!!」

 手に握っているバールのような形状のものをこっちに構えながら野営動物さながらの獰猛さで、怒りをあらわにしている。

「ちょ、まりあちゃん落ち着いて。どうしてここに?」
「うるさううるさいうるさ~い! よくも私の友達を泣かせたっスね! 絶対許さないっス! これであんたのを三つとも潰して開いてぐちょぐちょにして裂いて細切れにしたあとちょん切ってやるっス!」

 なにを!? と聞きたかったけど、自然とまりあちゃんの視線が股間付近にいっているのをみてサァー・・・・・・と血の気が引いて内股になる。

「ちょ、ちょっと落ち着いて。え~っと、あなたオープンキャンパスに来てたわよね? もしかしなくてもてれみちゃんの?」
「ああ!? ああ、あんた! この泥棒猫!」
「ど、泥棒!?」
「れみから聞いてるっス! あんたとこの男が浮気してるって! 優しそうな顔して、人の男を誘惑すたぁどういう了見すか! あんたのも二つとも捥いでれみに移植してやるっス!」

 バッ! と先輩が胸を手で覆い隠す。二人揃って腰が引けたまま、まりあちゃんと対峙しているけど、彼女は興奮しきっている。こちらの話をまともにきいちゃくれないだろう。さてどうしたものか。

「なぁ、れみがどうしたんだ?」
「うるさいっス! もうあんたのものじゃないっス! 気安く呼び捨てにするなぁ!」
「え~っと、竹田れみがどうしたのかな?」
「捨てた途端他人行儀かぁ! とことん性根が腐ってやがる!」

 どうせぇっちゅうねん。

「あんなに、あんたのこと大好きだったのに・・・・・・! あんたのお世話してるの嬉しそうに話してたのに!」
「え?」
「ただでさえあの子ストーカーに遭ってて不安になってたのに! 私にも相談してなかったのに! あんたからプレゼントしてもらったもの、今でも大切に学校に持ってきてるんスよ! あんたあの子に申し訳なくないんスか!」
「ちょ、ちょっと待って。本当にちょっと待って」

 おかしいところがあって気になった俺は話を途中でとめる。

「え? 俺からもらったものってなに? それにストーカー?」
「今そんなことはどうでもいいんだぁああ! 話をすり替えるなぁ!」

 いよいよ金属バットよろしくバールめいた物を構え、じりじりと一歩ずつ間合いを詰めていく。けど、俺に意識をとられていたからか先輩が後ろから羽交い締め。ナイス。足をばたつかせたり腕を振り回そうとしたせいで先輩が痛がるので、そのまま口を塞いで二人で外へ運びだす。

「それで、さっきの話の続きなんだけど。いろいろと誤解なんだ。俺は先輩と付き合っていないし、そもそも俺もれみと付き合っていない」

 なにを言いだすんだといわんばかりに上体を固定されているまりあちゃんは器用に膝と足裏で俺を攻撃してくる。けど、体力的に限界だったのかぐったりと先輩に体を預ける形に。それでも、俺は説明を続ける。


「俺たちのことが信じられないなられみにも聞いてみてくれ。れみなら信じられるだろ? あと、さっきの話で、俺からもらったものをれみが今も大切に持ってるってなんのことだ? それさえ聞かせてくれたら俺のことは好きにしていい。それで足りないなら土下座でもなんでもする」
 
 れみを傷つけたってことには違いない。だから、この子に制裁される覚悟はある。せめて、最後にそれだけ知りたかった。先輩に拘束されているまりあちゃんは、抵抗しても無駄だと悟ったのか大人しくしている。けど、まだ胡乱げに俺を睨みつけて、一言も喋るもんかって意志を。

「俺、れみになにかあげた記憶がないんだよ。いや、あげたといえば一つだけあげたけど、それもあいつが俺に返してきたし。ほら、これ」

 ポケットから取り出したのは、れみが投げつけた例のキーホルダー。

「これ以外で、あいつに渡したものなんて、ないんだ。それと、ストーカーのことについても教えてくれ」

 プイ、と顔を背けてしまう。まりあちゃんにとって今の俺たちは敵でしかない。敵の言葉なんて信じたくないに違いない。

「頼む! 教えてくれ!」
「瞬くん・・・・・・!」
「っ!」
 
 俺は、土下座をした。先輩とまりあちゃんだけじゃなく、もう構内にいる学生たちの視線が集中しているけど、なりふりかまっていられない。もう恥も外聞もきにしていられない。見たいやつはいくらでみみればいいし、笑えばいい。携帯のムービーも写真も、好きなだけ撮影すればいい。れみにしたことに比べたら、これでも足りないくらいだ。

「先輩、まりあちゃんを離してください」
「でも――――」
「それで、俺のことを好きなだけ殴っても叩いてもいい。ちょん切っても潰しても、君の気がすむまでやってくれていい。俺に教えてくれるのは、その後でいい! だから――」

 先輩は、俺の覚悟を悟ったのか。とん、と地面に何かが落ちた音がした。けど、いくら待っても想像するような衝撃も痛みもなかった。

「夏休みに入ってから、家の郵便受けに手紙が入ってたそうっス」

 頭をあげそうになるけど、ガン! という金属音が真横で響いてそのまま固定する。

「それから、プレゼントだっていって女性用の下着とかも一緒に。毎日なにがしかれみ宛に入ってて。家と携帯にも電話がかかってきたりして。私も最近知ったんス」
「じゃああのとき相談したいことって、ストーカーのことだったんだね」

 れみは、どんなに心細かったんだろう。どれだけ辛くてこわかったんだろう。どうしようもなくなって、最後の最後で俺を頼ってきたのに。俺ときたら。なにも知ろうとしないで勝手に遊んで好き勝手やって。れみの言う通りだった。結局今でも俺は自分しかない。

「じゃあさっきのもらったものっていうのは? このキーホルダーのことじゃないのかしら?」
「それじゃないっス。というかなんスか? それ。この前聞いたとき、あんたはっきりあげたものだって言ったじゃないスか」

 もう怒る気がないのか、どこか呆れているような声音が上から語りかけてくる。

「あのボロボロのロボットのストラップ」
「っっっ」

「え? ロボット?」
「っス。所々外れてて。けどテープで無理やりくっつけて接着剤でくっつけて。れみ、というか女の子が付けるのおかしかったんで聞いたことあるんス。そうしたら、大切な人にもらったって。昔その人が好きだったテレビのやつだって。恥ずかしそうに。けど、よくよく考えたらおかしかったっス。あのときまだオープンキャンパス前だったし。だから、勘違いだったって」
「違う・・・・・・」

 それは俺があげたものだった。記憶の彼方にあって、もうどんな形をしているのかさえ定かじゃないけど。それは確実に、絶対に、俺があげたものだった。あれはプレゼントしたっていう認識はなかった。俺が持っているのを羨んだれみがほしいって駄々をこねたから、仕方なく譲ったにすぎない。

 それを、れみは大切に今でも持ち続けている。大切な人からもらったって認識していて。

「う、ううう・・・・・・・」

 白いアスファルトに大量の滴が零れていく。塩辛い液体が目と鼻からこぼれ落ちて一面水浸し。けど、このまま泣き続けているだけではいけない。れみの元に行かなくては。

「まりあちゃん、俺を殴ってくれ」

 泣きながら立ち上がった俺に驚いているまりあちゃんに、懇願する。れみを泣かせ悲しませたことには違いない。そのことでここへ来たまりあちゃん自身も溜飲が下がらないだろう。まりあちゃんは道具を手から離して固く握った拳を一発。女の子の本気の力っていうのはこれほど凄まじいのか。痛みを知覚する前にもう一発二発。連続で計四発顔面に。

「はぁ、はぁ。まだ殴りたいっス・・・・・・」
「ありがとう。ごめん。それから先輩。俺この後手伝いできなくなりました」
「うん。わかった。皆には伝えておくね?」

 もう俺のことなんてどうでもいい。喋ることもするべきことも決められていない。今はれみに会いに行くこと。それしか見えていなかった。
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