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二十七章

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 ユーグ様の義眼は、抜かれていました。あれは人為的方法でなければ簡単には抜けない代物。

 以前義眼を抜いてしまえば、ユーグ様は死んでしまうとおっしゃっていました。ユーグ様の死因は、義眼を消失した可能性が高いです。

 なら、義眼を取り戻せばまだご主人様は。

 義眼をこんな状態の森で探し当てるなど、いくら私でも無理です。砂漠の中にある一粒の砂を探すにも等しい。けど、すぐにどこにあるのかわかりました。

 今の私は鼻が、目が、肌が、いつも以上におかしくなっているからです。遠く離れた魔獣からユーグ様の強い匂いを嗅ぎとれるくらいに。

 人間ではない少女が持っている見慣れた義眼を確認し、それの正体に気づけるくらいに。

 魔獣。得体のしれない化け物。古の生き物。アンナ様達の魔物達が本能的に感じとった魔獣の気配が、禍々しいほどの恐怖が、今はありません。逆に親しみを覚えて、どこか懐かしいです。

「お、や?」

 オスティン様の攻撃で倒れ伏し、歪み、吹き飛び、一々形が変る魔獣の体を駈けます。今の私には、造作もないことでした。

「あ、なたは?」

 間違いありません。この少女の体内に、ご主人様の義眼があるのが視えます。感じます。匂います。

「返せ」

「う、にゅ?」

 突如として活動を停止した魔獣をどうしたのかとたしかめているのか。足でバンバンと踏んだりしています。オスティン様も攻撃をやめました。

 うねうねとした影を侍らし、私を警戒している少女に突貫します。少女は影に隠れたけど、すぐに爪を魔獣の頭部に削るようにしてスピードを殺します。そのまま次に頭を出したほうへとぐるんぐるん独楽のように回転しながら攻撃しました。

「返せ」
「あ、あ。魔法士、ユーグ、の奴隷。ウェアウルフ?」

 あちこちに現われ移動する少女、そして影。すべての動きが捉えきれているのに、当たりません。

「あな、た、ウェアウルフ、ちがう。この子、とおなじ?」
「返せ」

 足に絡みついた影が、枝別れして私の全身を覆い包もうとします。

「返せ」
「あ、あ。なんだった? ご主人様がいってた。まつ、えい?」
「返せ」
「せ、せんぞ? せんぞ?」
「返せ」
「せんぞ、がえり」

 パン、と柏手を打った少女。影に引っ張られて、そのまま沼のように少女の周囲の影に足が呑みこまれます。

「実際に、いる、の。珍しい」
「返せ」
「あなた、も、この子と、同じ。けど、血が薄、い」
「返せ」

 影の中は冷たくて、風もなくて、足がぶらんぶらんと宙づりになったように所在なさげ。一度入ったら底も果てもなく、どこまでも落ちていってしまうのでしょう。

「返せ」

 それでも、私は影に抗い、少女にむかいます。感情に呼応しているのか、それとも別の理由か。体全体が大きく、どんどん毛が濃くなってきます。

 私が別のなにかに変ってくのを自覚していきますが、どうでもいい。私がどうなるのか。

「目覚めかけ、て、る。きけん。魔法士ユーグ、油断できない。やっぱ、り。命とっておいて、正解」
「返せ」

 だって、ご主人様を死なせておくわけにはいきません。私が勝手に求婚を受け入れて婚約したなんて勘違いして浮かれたままのご主人様が哀れです。

 きちんと説明をして誤解をとかないまま死に別れるなんてできません。勝手です。

 私のご主人様に対する気持ちの正体がわからないままこれで終わりだなんて許せません。

 奉仕心でも忠誠心でも違う、ユーグ様への気持ちの名前に気づいても、それを伝えることすらできません。

 だめです。絶対。このままユーグ様を死なせるなんて。

 嫌だ。嫌だ。

「あな、た。めんどう」

 鞭のように鋭い影が、私の首を、『隷属の首輪』を傷つけました。心臓に穴が空いたような痛みが、全身を巡ります。

「あ・・・・・・・・・」

 なにかが弾けそうです。私の中にあるとてつもないものが。暴れて、込みあげてきそうです。たまらず自分を抱くような体勢で踏ん張ります。

「あ、なた。連れていく。連れて、く。ご主人、様。喜ぶ」

 ひたひたと足音もさせず歩み寄る少女と取り囲む影。オスティン様がまた攻撃を再開しました。それで私は少女と一緒に影の中に入ってしまいました。

 体が縛られていきます。隙間がなく、呼吸さえ難しくなる、四方八方が暗闇の世界。影に締めつけられると『隷属の首輪』がひび割れ、そのたびに私の中で満たされて溢れそうなものが破裂しそうです。

「大、丈夫。私、のご主人様、優しい。あな、たも満足、できる」

 嫌だ。

 私の主はユーグ様です。他の誰かなんて。私がいないとあの人は。

 あの人がいないと私は。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。

「・・・・・・・・・・・・返せ」

「うゆ?」
「ご主人様を返せエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!」



 体が、力で満たされます。



 力が私のすべてに働きかけます。




 そして私は私じゃない別の私へと。


「目、覚めた・・・・・・」


 そして私の意識は途切れました。
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