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二十七章
Ⅲ
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巨人よりも遙かな肉体となったオスティンが、噛みつかんとする魔獣の頭を渾身の力でとめた。ともすれば牙から滴り落ちる毒液が皮膚を爛れさせるが、そのまま高く飛びあがりながら地面へと叩きつける。頭骨に罅も入らず、尻尾に首を絞められ、外側にむかって尖る骨の一部がずぶずぶと肉ごと抉り裂く。
力任せにその場で回転しながら剥きだしの背骨の出っ張りを掴むとそのまま地面に叩きつけては離し叩きつけては離しを何度も繰り返す。内部から黒いヘドロめいた液体が飛び散り、モリとオスティンを汚していく。腕と胸筋に絡みつき、首筋に牙を突き立てられたが、
「ふんっっっ」
と力を込めて血管と神経を圧迫、毒が駆け巡るのを防いだ。荒々しく拳を叩きつけ、牙と頭骨を粉々に砕いた。すぐに再生し、黒い光線が口腔内から放たれた。
「ふむ」
顎めがけて渾身のアッパーがきまり、光線が天へと消えていく。闘いながらもオスティンは冷静さを失わず、観察をしていた。蛇に似ていながらも骨と牙から滲む毒性の液体は髄液か。強度もさることながら先程の光線、あれは骨内部に残っていた魔力を用いたのだろう。生きていたときよりもだいぶ威力が落ちてはいるだろうが、それでも凄まじい。
オスティンと魔獣のやりとりで森の被害はいかほどかの暴れっぷりだ。
「魔力の源となる魂を失っても、これほどとは。驚いたな」
魔獣のみならず、生き物の肉体には魔力が宿るが時間とともに霧散し、消滅する。魔獣がいた古代より幾星霜の時を経ても骨が、そこに含まれていた魔力は消滅して然るべき。
おもわず身震いする。
「?」
足下に違和感を覚えたオスティンは、黒い影が網状となって甲部分を覆っているのを見てとった。あちこちの影が物理的に伸びて体を縛っていく。
オスティンがしたのは、腕を広げて足を持ちあげるという、ごくシンプルな行為だった。固くしなやかで弾力性がある影が、ブチブチブチ、と千切れながら、尚もオスティンを拘束しようとするがオスティンはとまらない。
「素晴らしい魔法だ」
胸筋にぶつかってきた魔獣、その頭部に立っている少女に語りかける。
「この魔獣を操り蘇らせたのとは別のものだろう」
憮然とした少女は、なにも答えない。ただむくれているように唇を尖らせて耳を塞ぐだけだ。
「どこに、いた? 魔道士オスティン」
「よもや名前を知られているとは光栄の至り。ずっと森にいたさ。結界を施した場所にね」
「うそ。け、はいなかった。魔力、も」
「そりゃあ何重にも何重にも何重にもして隠していたからね」
「む、ぅぅぅぅ~~~」
ぺしぺしと魔獣を叩くと呼応したかのように魔獣が再び口を開ける。黒い光線が集まり、徐々に形を増大化させ、そのまま猛進してきた。
至近距離から、顔面に光線を浴びせられたオスティンは踏鞴をふんだ。濛々とした酸を含んだ煙が晴れると、
「もし魔獣が完全な状態であったならば、危なかったかな」
「オゥ・・・・・・・・・」
オスティンは無事だった。それどころか傷一つ負っていない。
寧ろ、また巨大化したような気さえする。
魔獣が光線を連発する。そのたびにオスティンの筋肉が膨れ、重みを増し、体躯が増す。魔獣の牙が通らずに弾かれ、蚊が及ぼす痒みさえ与えられていないほどまで発達を遂げていた。
魔法、魔力を浴びれば浴びるほど己の肉体を強化するオスティンの魔法は、元々回復魔法を基にしたものだ。それは相手の魔法が強力なほど自身の糧となり、際限がない。筋肉が、神経が、骨が、脳が、眼球が、臓器が、魔力を分解しそのままの機能で肥大化していく。
魔道士でありながら肉体を使った攻撃というのは類になく常軌を逸しているが、複雑な構造と理論を用いて成し遂げられている。
「さて。その魔獣を動かしている魔法は生け贄を使ったものだね?」
天より見下ろすオスティンによって太陽の日差しが遮られる。オスティンの声音は穏やかなものの表情が暗くなっていてわからない。
「それも、まだ死なせていない人間を魔力源としている」
魔獣の内部にある黒いヘドロ、具に確認しなければ見てとれないが肉体の殆どが液体と化した生きた人間達の造形を浮び上がらせている。それも何千、何万もの。
「大したものだ。死すれすれの状態にし、肉体のみならず魂から直接強力な魔力を補給しているんだね?」
「そう。ご、主人様。すごい。えへん」
「ああ。誰にでもできることではない」
「えへん。当たり、前。だって、ご主人様は―――」
「だが、私の評価は。下の下だ」
拳骨の要領で下ろされた腕が、少女ごと魔獣を地面へとめり込ませた。塵状になった頭部からヘドロがふき零れる。
「
「むぅ、ご主人、様。悪くいう。許せない」
「事実だよ。命を犠牲にするのではなく知識で積み上げなければ。時代錯誤も甚だしい。三流も三流。もし私の試験に受けていたら落第させて痛さ」
「むう、ぅぅぅ~~~。むぅぅぅ~~。許せ、ない」
「危、険。排除、する」
「やってみなさい。若者のおもいあがった鼻っ柱をへし折るのも年長者、そして魔道士の務めなのだからね」
力任せにその場で回転しながら剥きだしの背骨の出っ張りを掴むとそのまま地面に叩きつけては離し叩きつけては離しを何度も繰り返す。内部から黒いヘドロめいた液体が飛び散り、モリとオスティンを汚していく。腕と胸筋に絡みつき、首筋に牙を突き立てられたが、
「ふんっっっ」
と力を込めて血管と神経を圧迫、毒が駆け巡るのを防いだ。荒々しく拳を叩きつけ、牙と頭骨を粉々に砕いた。すぐに再生し、黒い光線が口腔内から放たれた。
「ふむ」
顎めがけて渾身のアッパーがきまり、光線が天へと消えていく。闘いながらもオスティンは冷静さを失わず、観察をしていた。蛇に似ていながらも骨と牙から滲む毒性の液体は髄液か。強度もさることながら先程の光線、あれは骨内部に残っていた魔力を用いたのだろう。生きていたときよりもだいぶ威力が落ちてはいるだろうが、それでも凄まじい。
オスティンと魔獣のやりとりで森の被害はいかほどかの暴れっぷりだ。
「魔力の源となる魂を失っても、これほどとは。驚いたな」
魔獣のみならず、生き物の肉体には魔力が宿るが時間とともに霧散し、消滅する。魔獣がいた古代より幾星霜の時を経ても骨が、そこに含まれていた魔力は消滅して然るべき。
おもわず身震いする。
「?」
足下に違和感を覚えたオスティンは、黒い影が網状となって甲部分を覆っているのを見てとった。あちこちの影が物理的に伸びて体を縛っていく。
オスティンがしたのは、腕を広げて足を持ちあげるという、ごくシンプルな行為だった。固くしなやかで弾力性がある影が、ブチブチブチ、と千切れながら、尚もオスティンを拘束しようとするがオスティンはとまらない。
「素晴らしい魔法だ」
胸筋にぶつかってきた魔獣、その頭部に立っている少女に語りかける。
「この魔獣を操り蘇らせたのとは別のものだろう」
憮然とした少女は、なにも答えない。ただむくれているように唇を尖らせて耳を塞ぐだけだ。
「どこに、いた? 魔道士オスティン」
「よもや名前を知られているとは光栄の至り。ずっと森にいたさ。結界を施した場所にね」
「うそ。け、はいなかった。魔力、も」
「そりゃあ何重にも何重にも何重にもして隠していたからね」
「む、ぅぅぅぅ~~~」
ぺしぺしと魔獣を叩くと呼応したかのように魔獣が再び口を開ける。黒い光線が集まり、徐々に形を増大化させ、そのまま猛進してきた。
至近距離から、顔面に光線を浴びせられたオスティンは踏鞴をふんだ。濛々とした酸を含んだ煙が晴れると、
「もし魔獣が完全な状態であったならば、危なかったかな」
「オゥ・・・・・・・・・」
オスティンは無事だった。それどころか傷一つ負っていない。
寧ろ、また巨大化したような気さえする。
魔獣が光線を連発する。そのたびにオスティンの筋肉が膨れ、重みを増し、体躯が増す。魔獣の牙が通らずに弾かれ、蚊が及ぼす痒みさえ与えられていないほどまで発達を遂げていた。
魔法、魔力を浴びれば浴びるほど己の肉体を強化するオスティンの魔法は、元々回復魔法を基にしたものだ。それは相手の魔法が強力なほど自身の糧となり、際限がない。筋肉が、神経が、骨が、脳が、眼球が、臓器が、魔力を分解しそのままの機能で肥大化していく。
魔道士でありながら肉体を使った攻撃というのは類になく常軌を逸しているが、複雑な構造と理論を用いて成し遂げられている。
「さて。その魔獣を動かしている魔法は生け贄を使ったものだね?」
天より見下ろすオスティンによって太陽の日差しが遮られる。オスティンの声音は穏やかなものの表情が暗くなっていてわからない。
「それも、まだ死なせていない人間を魔力源としている」
魔獣の内部にある黒いヘドロ、具に確認しなければ見てとれないが肉体の殆どが液体と化した生きた人間達の造形を浮び上がらせている。それも何千、何万もの。
「大したものだ。死すれすれの状態にし、肉体のみならず魂から直接強力な魔力を補給しているんだね?」
「そう。ご、主人様。すごい。えへん」
「ああ。誰にでもできることではない」
「えへん。当たり、前。だって、ご主人様は―――」
「だが、私の評価は。下の下だ」
拳骨の要領で下ろされた腕が、少女ごと魔獣を地面へとめり込ませた。塵状になった頭部からヘドロがふき零れる。
「
「むぅ、ご主人、様。悪くいう。許せない」
「事実だよ。命を犠牲にするのではなく知識で積み上げなければ。時代錯誤も甚だしい。三流も三流。もし私の試験に受けていたら落第させて痛さ」
「むう、ぅぅぅ~~~。むぅぅぅ~~。許せ、ない」
「危、険。排除、する」
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