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二十六章
Ⅵ
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「まずいな・・・・・・・・・」
オスティンが初めて動揺らしい動揺を見せた。今までユーグとその奴隷、アンナと魔物をそれぞれ冷徹に監視していた。グレフレッドとユーグの戦いの趨勢を見守っているときも、複雑な心境で眺めていた自分とは違い、品定めをするようななんの感情も無い瞳をしていた。
謎の少女の出現と、過去に滅びた魔獣の復活はそれだけ想定外なことだった。魔獣がいるかもしれない、という可能性はあったらしいが。
魔獣。神話と古代にいた、魔力を有する魔物の上位種。現在においては絶滅した過去の生き物。それがおぞましい形で復活した。
大きさを測ることも諦めてしまうほどの体長、人間を三人横に並べても丸呑みできる口腔。肉と皮を失い、臓器も脳もない骨だけの姿でまるで生きていたときと同じく咆哮し、空洞な姿で這いずり地上を目指している。少女が影より呼びだしたなにかを内包し、遺産とおぼしき魔道具を頭部に設置されていた。
ユーグがどうなったのか。復活した途端の衝撃で魔法が無効化されたのか。そもそもどのような魔法で、どのような形で復活をしようとしているのか。それも所々壊れた監視では把握できない。
「どうされるのでしょうか?」
遺跡の崩壊はとまらない。最初のノーム達がいた風景は壊れたガラスのようにバラバラに欠けていき、闇の通路は所々穴が空いた布のように、ユーグ達が闘った地底は栓が抜けた桶のようにマグマが渦を巻いて消失していく。
「うん、行くしかないね・・・・・・・・・」
立ち上がるのもやっとという風なオスティンに、暫定的に肩を貸して歩きだす。歩くスピードと振動でさえ辛いのか胸をおさえた。
「なぁ、アコ―ロン君。あの少女は一体誰なんだろうね」
「さぁ」
「ユーグ君のことを知っているみたいだったけど。彼は知らない風だった」
「どうでしょうか」
「モーガンと関係があるのかな」
「・・・・・・・・・・・・」
「そうか。君も知らないのか」
知らされていないのか、そんな口ぶりだった。嫌がらせのつもりで、少し歩くスピードをあげる。途端に悪い咳をするようになった。
「あの奴隷の女の子、なにがあったんだろうね」
「ウェアウルフは感覚が魔物に近いですし、それで魔獣の魔力を感じとったのではないでしょうか。モーガン様の魔法も見えていたようですし」
「うん?」
あの奴隷がいなければ。ウェアウルフでなかったら。今頃モーガン様は帝都で研究をしていた。それをおもうと腹立たしい。あのまま遺跡の中で圧し潰されて死んでくれればすっとするだろうか。
「それは・・・・・・・・・おかしいね。ウェアウルフなのにそんなことできるはずないのに」
危うくオスティンを落としそうになってしまった。
「今なんと?」
「いや・・・・・・・・・。私の魔法、そして研究テーマの関係で私は種族に詳しくなったのだよ。ウェアウルフはたしかに嗅覚味覚聴覚触角視覚、そして身体能力反射速度に優れている。それこそ魔物を素手で屠れるほどにね」
「ですが。モーガン様の目で視認できない重力魔法を見破ったと」
「そもそも、この森でも結界について見破っていたが、本来どの種族にも、どの生物にも視認できないものだ。結界とは魔法は魔力を根源としている。そして魔力の根源である魂は存在し、形あると定義されている。だが、どの魔法士にも魔道士にも視認できたものはいないのだ。君も存じてるだろう?」
「・・・・・・・・・」
なら、あの娘は一体なんなのだ?
「いや、待てよ? あの子がかんじとっていたものは・・・・・・・・・。アコ―ロン君。少し戻ってくれ」
「戻る? どちらへ?」
「さっきの部屋にだよ。もう一度ユーグ君と奴隷を調べ直したいのだ」
「しかし、試験は?」
「後回しだ。だとしても中止だ。彼らの過去、産まれ、経歴。経験。それを事前に調べていただろう? それを持ってきてくれ」
言い募りかけて、はたととめる。『隷属の首輪』のせいではない。死にかけの病人にあるまじき、情熱とやる気に満ちた、血走った眼球が魔法士ユーグの顔と重なった。
魔道士オスティンは、立場にふさわしいほどの実力と魔法への熱意を持っている。自分が監督を任されている試験を後回しにし、彼らを見捨ててもよいと肯んじられるほど。もし今回全員死んだとしても、次があるから。冷徹で理性的で、そして狂人めいている。
やっぱり気に入らない。
ユーグとその奴隷達が死んでくれて清々するけど、モーガン様みたいに自己を優先する魔道士気質は許せない。
「命令だよ。私を優しく部屋へと連れて行ってくれたまえ」
いっそ自死してやろうかというほどの弱々しい囁きは、途端に魂を縛る。意志に反して体が強制的に動いてしまう。
「ありがとうアコ―ロン君・・・・・・・・・ついでに薬を煎じてくれるかな? ああ、資料のあとでかまわないよ」
遺跡に仕掛けられている監視の魔法は、ほとんど全滅。復活した魔獣に、崩壊した遺跡に潰されたんだろう。だとすればユーグ達が生きている可能性は少ない。
ざまぁみろ。心の中の呟きは誰にも届きはしない。資料と材料をとりにむかうとき、まだ一箇所だけ残っている映像があることにきづいた。
水で満たされている。地底湖だろうか。どこかが決壊したのか激しく波打ちながらどこかへ流れていく川の様相を呈している。
振動が、自分達がいる地上へと近づいてくる。頭上の燭台が揺れ、部屋中の影が不規則に伸びて消える。
「アコ―ロン君・・・・・・・・・早く頼むよ」
あの少女がここの影から現われて殺してくれないものか。ある種の期待をしながら作業にとりかかった。
オスティンが初めて動揺らしい動揺を見せた。今までユーグとその奴隷、アンナと魔物をそれぞれ冷徹に監視していた。グレフレッドとユーグの戦いの趨勢を見守っているときも、複雑な心境で眺めていた自分とは違い、品定めをするようななんの感情も無い瞳をしていた。
謎の少女の出現と、過去に滅びた魔獣の復活はそれだけ想定外なことだった。魔獣がいるかもしれない、という可能性はあったらしいが。
魔獣。神話と古代にいた、魔力を有する魔物の上位種。現在においては絶滅した過去の生き物。それがおぞましい形で復活した。
大きさを測ることも諦めてしまうほどの体長、人間を三人横に並べても丸呑みできる口腔。肉と皮を失い、臓器も脳もない骨だけの姿でまるで生きていたときと同じく咆哮し、空洞な姿で這いずり地上を目指している。少女が影より呼びだしたなにかを内包し、遺産とおぼしき魔道具を頭部に設置されていた。
ユーグがどうなったのか。復活した途端の衝撃で魔法が無効化されたのか。そもそもどのような魔法で、どのような形で復活をしようとしているのか。それも所々壊れた監視では把握できない。
「どうされるのでしょうか?」
遺跡の崩壊はとまらない。最初のノーム達がいた風景は壊れたガラスのようにバラバラに欠けていき、闇の通路は所々穴が空いた布のように、ユーグ達が闘った地底は栓が抜けた桶のようにマグマが渦を巻いて消失していく。
「うん、行くしかないね・・・・・・・・・」
立ち上がるのもやっとという風なオスティンに、暫定的に肩を貸して歩きだす。歩くスピードと振動でさえ辛いのか胸をおさえた。
「なぁ、アコ―ロン君。あの少女は一体誰なんだろうね」
「さぁ」
「ユーグ君のことを知っているみたいだったけど。彼は知らない風だった」
「どうでしょうか」
「モーガンと関係があるのかな」
「・・・・・・・・・・・・」
「そうか。君も知らないのか」
知らされていないのか、そんな口ぶりだった。嫌がらせのつもりで、少し歩くスピードをあげる。途端に悪い咳をするようになった。
「あの奴隷の女の子、なにがあったんだろうね」
「ウェアウルフは感覚が魔物に近いですし、それで魔獣の魔力を感じとったのではないでしょうか。モーガン様の魔法も見えていたようですし」
「うん?」
あの奴隷がいなければ。ウェアウルフでなかったら。今頃モーガン様は帝都で研究をしていた。それをおもうと腹立たしい。あのまま遺跡の中で圧し潰されて死んでくれればすっとするだろうか。
「それは・・・・・・・・・おかしいね。ウェアウルフなのにそんなことできるはずないのに」
危うくオスティンを落としそうになってしまった。
「今なんと?」
「いや・・・・・・・・・。私の魔法、そして研究テーマの関係で私は種族に詳しくなったのだよ。ウェアウルフはたしかに嗅覚味覚聴覚触角視覚、そして身体能力反射速度に優れている。それこそ魔物を素手で屠れるほどにね」
「ですが。モーガン様の目で視認できない重力魔法を見破ったと」
「そもそも、この森でも結界について見破っていたが、本来どの種族にも、どの生物にも視認できないものだ。結界とは魔法は魔力を根源としている。そして魔力の根源である魂は存在し、形あると定義されている。だが、どの魔法士にも魔道士にも視認できたものはいないのだ。君も存じてるだろう?」
「・・・・・・・・・」
なら、あの娘は一体なんなのだ?
「いや、待てよ? あの子がかんじとっていたものは・・・・・・・・・。アコ―ロン君。少し戻ってくれ」
「戻る? どちらへ?」
「さっきの部屋にだよ。もう一度ユーグ君と奴隷を調べ直したいのだ」
「しかし、試験は?」
「後回しだ。だとしても中止だ。彼らの過去、産まれ、経歴。経験。それを事前に調べていただろう? それを持ってきてくれ」
言い募りかけて、はたととめる。『隷属の首輪』のせいではない。死にかけの病人にあるまじき、情熱とやる気に満ちた、血走った眼球が魔法士ユーグの顔と重なった。
魔道士オスティンは、立場にふさわしいほどの実力と魔法への熱意を持っている。自分が監督を任されている試験を後回しにし、彼らを見捨ててもよいと肯んじられるほど。もし今回全員死んだとしても、次があるから。冷徹で理性的で、そして狂人めいている。
やっぱり気に入らない。
ユーグとその奴隷達が死んでくれて清々するけど、モーガン様みたいに自己を優先する魔道士気質は許せない。
「命令だよ。私を優しく部屋へと連れて行ってくれたまえ」
いっそ自死してやろうかというほどの弱々しい囁きは、途端に魂を縛る。意志に反して体が強制的に動いてしまう。
「ありがとうアコ―ロン君・・・・・・・・・ついでに薬を煎じてくれるかな? ああ、資料のあとでかまわないよ」
遺跡に仕掛けられている監視の魔法は、ほとんど全滅。復活した魔獣に、崩壊した遺跡に潰されたんだろう。だとすればユーグ達が生きている可能性は少ない。
ざまぁみろ。心の中の呟きは誰にも届きはしない。資料と材料をとりにむかうとき、まだ一箇所だけ残っている映像があることにきづいた。
水で満たされている。地底湖だろうか。どこかが決壊したのか激しく波打ちながらどこかへ流れていく川の様相を呈している。
振動が、自分達がいる地上へと近づいてくる。頭上の燭台が揺れ、部屋中の影が不規則に伸びて消える。
「アコ―ロン君・・・・・・・・・早く頼むよ」
あの少女がここの影から現われて殺してくれないものか。ある種の期待をしながら作業にとりかかった。
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