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二十五章

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「え~~~、まずあの扉の開け方だけど」

 ボコボコに腫れ、きずだらけの俺は解説をはじめる。隣に陣取っているルウは不機嫌であると示したいのか、ふんぞり返って腕組をしている。アンナもじっと大人しくしてくれているからいいんだけど魔物達は怯えている。

「あの扉にはある法則に基づいたルーンを刻まないと開かない」 

 扉には特殊な魔法がかけられており、今の俺達でも阻害・無効化する手段はそれしかなく、一番現実的だ。と呼ぶには少しというよりもそれしかない。もし義眼が使えていたら、と歯がゆいけど。

 ルーンは扱う文字の羅列、数、順番によって効果や魔法が変わる。ポピュラーで簡単だけど奥が深い。だからこそ危険性が増すだろう。下手にルーンを刻んで失敗ともなれば、また石化する閃光が放たれてしまう。

「はぁ、そうなのでございますか。ルーンというのはなんとも不可思議なものなのでございますねぇ」
「アンナだってやろうとおもえばルーンで魔法使えるぞ。規則性を学べば」
「はぁ。そうなのでございますか。ユーグ様も?」
「知識としてな。昔の研究資料だと圧倒的にルーンを使った魔法が多かったくらいなんだ」
「まぁ、まことに?」
「他には―――」

 背筋にえたいのしれないゾクッとした寒気が。ルウがこっちをじっと見ている。視線を逸らすこともなく、怒るでもなく、ただ俺の感情を観察して読みとろうとでもしているようだ。
「ひとまずはどのルーンを刻むか――――!?」

 ただ単に説明をしたかっただけなのに、またゾクッとした。ルウが、じっと見ている。そしてさっきよりも距離が近づいている。そして、アンナにゆっくりと視線を移す。なんのことかと、小首を傾げる。

「それにしてもユーグ様は博識でございますね。尊敬いたします。さすが魔法学院を出ているだけありますね」
「い、いや・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

 なんだろう。さっきよりここ寒くなってない? 俺とアンナが会話するたびに。主にルウのほうから冷気が流れてきてるような気がする。

「と、とりあえず俺、ルーンの組み合わせについて考えてみるわ・・・・・・・・・」
「かしこまりました。それでは私はお手伝いを」
「それはおやめになられたほうがよろしいかと」

 突如として、アンナと俺の間にルウが割って入った。たしかに。アンナは魔法の知識に乏しいし、なによりドジだし。だったら慣れているルウに手伝ってもらったほうがいい。

「ご主人様の側にいるのはそのまま貞操の危機ですので」

 想像の斜め上すぎる理由だった。

「なに言ってんの!?」

「先程アンナ様を庇われていたとき、ご主人様はけだものになりかけておりました。具体的にはアンナ様に興奮してございました。お二人を観察していた私にはすぐにピンときたのです」
「そんなわけねぇだろ! ルウ以外に興奮するなんてこと!」
「・・・・・・・・・し、しかしユーグ様はあのとき私を助けてくださっていたはずでは?」

 そう。そうだよ。

「それがご主人様の罠だとしたら?」
「え?」
「そうやって危ないところを助けたという事実から、信頼させて油断したところをしっぽりむふふと美味しくいただく。それがご主人様のいつもの手段です」
「嘘はよくないよ! 嘘はやめようよ! ルウにだってしたことないだろ!」

 まったく。いきなりなに話すのかとおもいきや。目的はわからないけど、そんな荒唐無稽なことアンナが信じるわけないだろ。
 
「そういえば・・・・・・・・・生き物とは死すれすれまで追い詰められると生存本能が働いて子孫を残そうとしてしまうと・・・・・・・・・」

 まじかよおい。

「いや、アンナさん?」

 手を伸ばしてしまったことに、なんの意図もない。けどそれだけでアンナは怯えてしまったのか、バッと距離をとって胸を隠す仕草で肩をだく。魔物達も、「おいどういうことだ、ああん!?」って雰囲気で荒ぶりはじめた。

「ルウ? ちょっととまろ? まずはルーンの解析をしよう?」
「遺跡。誰もいない。バレない。男一人。女二人。つまり、理解できますか?」
「・・・・・・・・・はっ!」
「・・・・・・はっ! じゃねぇよ!」
「あのとき、ご主人様の体の一部、主に腰より下が硬くなっておりませんでしたか?」
「ああっ!」
「ああっ! じゃねぇよ! なにそういえば、みたいな顔してんだああ!」
「ご主人様はウェアウルフの耳と尻尾に興奮し、奴隷しか興奮できない奇特な男です。であれば今まで出会ったことのない修道女の衣服にも興奮する可能性も――――」
「一生涯死んでもありえねぇよ! 俺が愛しているのはルウだけだよ!」
「そういえばユーグ様の私を見る視線は、修道院の方々とは違っておりました・・・・・・・・・」
「そりゃあな! 性別も違うし今まで親しんできた奴らとは違って当たり前だ!」
「つまり・・・・・・・・・家族やお友達ではなく一人の異性として見ている・・・・・・・・・と?」
「どういう発想!?」
「申し訳ございませぬ。私は信仰にすべてを捧げる身であれば。ユーグ様の告白を受取るわけにはまいりませぬ」
「いつ告白した!? 俺の言ったことどう聞こえてんの!?」
「ですが、ユーグ様も私達と同じく信仰の道に進まれるのであれば。考えないでもございませぬ」
「ああ。それはよろしいですね。そうすればご主人様は少しましになりますし。煩悩と性欲が消えて一人の人間に戻れるでしょうし」
「だああああ!! どうすりゃいいんだあああああ!!」

 なにこれ。なんでいつの間にか俺が神に仕える信仰の道に進む話になってんの? おかしいだろ。

「それではアリアルサシャエワゼル様」
「誰だよそれ! 変な洗礼名つけんな!」
「ご主人様。いえアリアルサシャエワゼル様」
「うつった!?」
「遺跡を出たあと修道院にて修行なさいますか? それとも教会をご紹介しましょうか?」
「アリアルサシャエワゼル様はいっそのこと去勢して修道院に入れられてはいかがでしょうか」
「ああ、それはよろしゅうございますね」

 こひゅ・・・・・・・・・。なんておそろしいことを・・・・・・・・・。なんでだか魔物達も「ああ~、それなら」的に静かになったし。

「あああああああ! アンナ! お前はもうその話はやめ! 片づけに入れ! 奇麗にしろ!」

 強制的に話を中断させ、アンナの肩をぐいぐい押して強引に移動させた。
 
 
 少しましになった床に、魔法陣を描く。どんな魔法で扉が反応をするのかたしかめる。それによって扱うルーンを絞る。繰り返して、必要なルーンを選ぶっていう寸法だ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ルウは黙りこんだまま俺の隣に腰掛ける。


「な、なぁルウ。どうしてあのときアンナをとめたんだ?」
「遺跡に入る前に森にあったのと同じ膜に覆われておりました。それでなにかの魔法なのだろうと」
「そ、そうか・・・・・・・・・。さすがルウだな。ありがとう」
「なにゆえお礼を言われるのですか? 私はアンナ様が危ないとおもいアンナ様に声をかけたのですが」
「え? いや、それは」
「最低です。死んでください」
「まだなにも話してないよ!?」
「アンナ様の体を堪能する機会を与えてくれてありがとう、ということなのでございましょう?」
「違うよ!」
「あのときのご主人様は今までで一番輝いておりました」
「勘違いだよ!」
「ウェアウルフの目の良さを侮辱なさるのですか?」
「ルウ、本当にどうしたんだ?」

 この子が少し変っているのはいつものことだけど、さっきのはいつも以上だ。

「ご命令してくだされば、お話いたしますが?」

 ぐ、と黙りこんでしまう。ただ手と視線を、魔法陣に集中させる。それでも意識だけはどうにもならない。こっそりと、『念話』を発動させた。拒まれたらそこまで。


  ―――――――――私とて、石化するかもしれなかったのです――――――――――


「?」

 ルウの表情と反応は、喜ばしいもので受け入れられたってことなんだけど。肝心の理由についてどういう意味を含んでいるのか皆目見当がつかない。


 ―――――――――ですが、ご主人様はアンナ様だけ庇われました―――――――――――


「・・・・・・・・・それはつまり嫉妬してたってことか?」

 じかに尋ねたことが嫌だったのか。非難めいた視線で一言も喋らない。けど、ルウが嫉妬してくれたってことが、なんだかかわいくて。でも俺の何気ない行動がルウに嫌な気持ちにさせた原因にもなっていて。申し訳ない。

「あのときはルウが遠かったし。それにアンナとは違うしな」
「・・・・・・・・・それはどういうことですか?」

 ピクリ、と小さく反応して聞き返した。さっきより明らかに

「自分で身を守るってことはアンナにはできないけど、俺が知ってる、好きなルウだったら。あれくらい一人でなんとかできるって」
「・・・・・・・・・」
「信用できたってことかな。そんな信頼関係アンナにはないし」

 というか信頼とは真逆、不安のほうがアンナにはある。

「言い訳がお上手ですね」
「言い訳じゃないんだけどなぁ」
「私とて、なんでもできるというわけではないのですが」
「知ってる」

 俺の知っているルウは、強くて優しくて。変な誇りや拘りがあって。そして口では自信たっぷりだけど。だけど無敵じゃない。完璧じゃない。一度失いかけた俺は、嫌という程知っている。そんなルウだから好きになったんだから。

「男なら口で語るのではなく行動だけで示してください」

 厳しいな、と苦笑いをする。

 それから魔法陣が完成した。魔法と魔法陣の反応から鑑みて、効果のありそうなルーンをまず選ぶ。並び替え、列挙し、数を絞っていく。魔法陣の反応から、また新たに選びだしたルーンを組み合わせて刻む。そしてまた、と次第にルーンを絞っていく。

 魔力を消費し、しかも尋常じゃない集中力に、汗まみれになりながらも拭うことができない。頬と顎を滴り落ちていく汗が不快だけど、少しでも気を抜けない。

 精も根も尽き果てる寸前、四つのルーンが残った。

「これをあとは扉に刻めばよろしいので?」
「ああ、そのはずだ・・・・・・・・・」

 絶え絶えの息を整える余裕もないまま答える。

「では私が――――」
「いや。待った」

 おそらく石かなにかで掘ろうとしたであろうルウをとめる。扉に触れてしまえば、それだけで閃光がまた放たれる。

「けれど、どうやって扉にこれを刻むのでございますか?」

 『紫炎』でルーンを象らせて、四つ同時に押し当てる。焦げ跡となったルーンによって解除できるはず。

「けど、できれば少し休ませてくれ・・・・・・・・・」
「はい、お疲れさまでございます」
「アンナ様を呼んでまいります」
 
 アンナは、大丈夫だろうか。さっきまた怪しい音が聞こえたけど。

 ぱたぱたと走りだす体勢で、ルウはとまった。俺とアンナのいるほう、そして扉を交互に見た。

「ルウ?」

 一体どうしたのかと眺めていると、ルウが扉に近づいていって。
 
 ちらり、と俺のほうをむいて。そして手を伸ばしかけて引っ込めてチラッと。伸ばしそうになって引っ込めて。そしてまたチラッと。何度か繰り返したけど、反応を窺っているようだ。しかも段々と不機嫌になっていく。

「なにしてんの?」
「・・・・・・っち」

 なんで舌打ち?

「アンナ様を呼んでまいります」

 埃とも土ともわからないものを俺にむかって蹴りあげる。一気に噎せ返るように煙たくなった。

 なんなんだ・・・・・・・・・?
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