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二十四章

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『炎獣』、『炎球』で周囲を照らす。それでも、充分な見通しは確保できない。周囲の地形もどんなものなのかすら把握できない。

 いや、ただの暗黒しかない。壁も天井も地面もない。ただどこまでも際限なく広がっている黒、黒、黒。地形などというものにはそもそもあてはまらないのかもしれない。まるで星のない夜空の中を歩いているみたいだ。

 だのに、足裏にはしっかりとした固い踏み応えがある。これは道なのだろうか。どこまで足場があるかわからないから、ふとすれば急に足下の道が突然なくなっているかもしれないという不安がある。

「このまままっすぐ進めばよろしいのでありましょうか?」
「待て。お前は先行くな」
「?」

 ただでさえドジしがちなアンナを自由にさせたら、こちらまで巻きこまれてしまう。さっきのノーム達の場所を突破できたのはアンナの手柄だと素直に認められる。けど、アンナはふとしたドジで大変なことになる。ここがなんなのか解明できていないのに散策されては命がいくつあっても足りない。
  
「ご主人様、義眼はどうでしょうか?」
「いや、だめだな」

 義眼を封じられてしまったら、とんと役立たずであると自覚せざるをえない。この封じられている効果はどこまで有効なのか。ひょっとしたら遺跡にいる間ずっとなんだろうか。

 ゆっくりと進んでいるけど、際限がない周囲を包む闇は、それこそ果てなどないのではないかと疑うほど永く続いている。魔物達と三人の息遣いと衣擦れの音がなんとも頼りなく、下手をすれば互いを見失ってしまいそうだ。距離の間隔を狭めて、できるだけ異常があればわかるようにしているけど。
 
 それでも心細さと互いの確認はおぼつかない。

「ルウ、ここは危ないから手を繋ごう」

 交互に前後と手を繋いでいれば、見失うこともないだろう。

「どうしたんだ? ルウ」
「いえ、『念話』を使わずともご主人様のよこしまな意図を把握できるようで、それでいて従うしかない自分が情けなく」
「よこしま?」
「この機会に私の手を握って感触を楽しみたいのでしょう。ご主人様と常一緒にいる私でなければ気づけませんでした」
「誤解だ!」
「まぁっ」
「アンナも信じるな!」
「そしてアンナ様や魔物達がいる中、暗闇を利用してそのまま一人で興奮なさるのでしょう」
「なんてひどい誤解だ! おいアンナ魔物! お前らなにドン引きしてんだ!」
「ご主人様のような童貞は手を繋いだだけで快感をかんじるほど飢えておられるはずですので」
「だったらルウの尻尾握るよ! 触り慣れてるし!」
「このけだものっっっ!!!」

 突然ルウは今までにないくらい絶叫した。鼓膜が破れるかとおもった。

「人前で尻尾をだなんて。私の尻尾をなんだとおおもいなのですか」
「え!? そんなにだめなことだった!?」
「私の尻尾を人前で握るだなんて。いきなり女性のスカートを捲って下着を脱がせて下半身露出して襲いかかるのにも等しい行為です」
「なに!? そんなに恥ずかしいことだった!? 俺いつも触らせてもらってるけど!?」
「そのようなことを大声で・・・・・・・・・恥を覚えなさい」
「え、ええ~~~?」

 そこまで? そこまでいけないことした? 俺。なんか魔物達も「あ~~、だめだこいつわかってねぇな」的に荒ぶってるし。なに? 尻尾持ってるやつ共通の羞恥心なの?

「まぁ、ユーグ様いけませんよ。婚姻前の男女がはしたない」
「お前の貞操意識は十歳前後でとまってんのか!」

 まさかアンナまで非難してくるなんて。けどこいつは他のと違って尻尾なんてないはずなのに。

「肉体と肉体を接触させるだなんてそんなの子作りにも等しい行為に他なりませぬよ? 私も修道院でそのように学びました。身心ともに信仰に身を捧げるのであれば純潔を守るべし、男性と触れあってはならないと」
「どんだけピュアすぎんだ修道院! というか俺信仰心とか別にねぇし! 魔導とルウ以外に身心捧げるつもりねぇし!」
「まぁ」
「・・・・・・・・・バキ(脇腹を殴り抜ける音)!」
「痛い! なんでルウ殴るの!」
「申し訳ございません。ご主人様の突然の告白に心臓が」
「ではこうしましょう。私がお二人の間に入ります。それならばユーグ様もルウさんによこしまに発情せずにすみますしルウさんもユーグさんを心配する必要はございませぬ。手を・・・・・・こうやって裾で隠せば手を繋いだことにはなりませぬゆえ」

 それだとなんか汚いものに触られてるかんじがして嫌だなぁ・・・・・・。

 でも、そうこうしてても時間がもったいないし。

 バシ!

「え?」

 バシ!」

「あら?」

 ルウが俺とアンナの間に入り、それぞれの手を叩き落とした。そして、ぎゅうううう~~! と握り潰さんばかりの渾身の握力。

「ちょ、ルウ!? 痛い痛い痛い!」
「なんでございましょうか。アンナ様と手を繋ぎたいのでございますか? 私ではなく?」
「いや、だってさっき散々――――――」

 ぎゅううう! と更に力が強くなって、喋ることもできなくなる。ただ壊れたように首を横に振りつづけた。フッ、と力が緩んでそのまませっせと急かすように前で出る。

「あらあら。仲良し様でございますね~~」

 けど、落ち着いてきたらなんだか恥ずかしくなってきた。勿論こうやってられるのは仕方がないことで、不謹慎かもしれないけど、柔らけぇ・・・・・・・・・。

 血管を通っている血液が沸騰してしまう、このまま繋ぎつづけていたら死んでしまうと自覚しているほどの恥ずかしさと嬉しさ。離したい。けど離したくないと矛盾した熱で頭が沸騰しそう。けど磁石のようにがっしりと離れない。

 アンナの、心底微笑ましそうな茶々も羞恥を倍加させるものでしかなくて。

「も、もぞもぞしないでください。気持ちが悪いです・・・・・・」
「わ、悪い」
「ルウさん? なんだか顔が赤くないですか?」
「気のせいです」
「さようですか。それでは私も――」
「・・・・・・・・・スパァン!(アンナの手をすばやく尻尾で叩き落とす)」
「きゃ、ルウさん?」 
「はっ。私ったらなにを?」

 反対側の空いている手を、触れるか触れないかの瞬間、ルウは尻尾で払い除けた。なに? 尻尾大切なものだったんじゃないの? というツッコミは心に留めておく。

「では私はワイちゃんと繋ぎまする。ね? ワイちゃん。それならばルウさんもよろしいのでは?」

 乱暴なめに遭わされたアンナは、それでもニコニコだ。逆にルウが申し訳なさそうに耳がしゅん、と垂れる。

「申し訳ございません」
「いえいえ、お気になさらず~~」

 そのまま進むけど、ルウとアンナの間にいるワイバーンがギャースカギャースカと喚いている。ルウを責めているとしかおもえない。

「・・・・・・・・・ただ、アンナ様に触れられるのがおそろしいのでございます」
 
 罪悪感に負けたのか、ぽつりと漏らした。

「あら? 私の手はなにも普通の手でございますよ? 左手は人と仲良くなるため。右手は救いを与えるためと教えられてはございますが」

「いえ。先程のノームに触れたとき、見えてかんじたのです。おそらくは、アンナ様の魔法かと」
「ノームに?」 
「おかしいでございますね~~。私は特になにもしておりませんが~~」
「そうか・・・・・・・・・」

 アンナの魔法は魔物の使役だけじゃない。ノームみたいな特殊な存在にも有効だった。それをかんじとったというルウは、自分にも通じてしまうと。

「それはたしかにおかしいでございますね~~」

 呑気な声と表情に、気が抜けそうになる。おっとりとしていて本当におかしいとおもってるのか不思議になる。

「じゃあまだ君は魔法の制御ができていないのか?」

 それにしては魔物達に異常はない。皆規律正しく手を繋ぎ合っている。まぁ、そんな光景がそもそもおかしいんだけど。

「いえいえ。制御などしておりませぬ。自然とできてしまうものでして」
「「え?」」
「そもそも私は魔法を使っているという認識も、意識して使っているのでもございませぬ。つい最近までそれが魔法だと知りもしなかったものですから」

 衝撃の事実に、揃ってルウと足をとめる。

「さ、さすがに魔力の動きはわかるだろ?」
「?」

 魔法士であるならば、誰しも最初に教わる魔力の存在の感知、流れの把握。そうしないと魔法を発動することもできない、すべての基本。慣れれば簡単なことでしかない、ごく初歩的なこと。

 それも、目の前の少女は「なにそれ?」と言わんばかりにこちらを見つめ返している。並んで呆然とする。
 
「じゃあどうやって魔法を創ったんだ?」
「私は魔法など創ったことはございませぬが?」

 三度目の衝撃。ここまでくると魂が抜けてしまいそうなほど呆気にとられる。

「き、君は一体?」
「?」

 今までの常識と価値観、そして心の中での評価を覆す少女が、得体のしれない化け物めいて見えて、さっきとなにも変っていないのに魔物を背後に控えさせている少女が、暗闇よりもおそろしくなってきてしょうがない。 
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