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二十四章

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 草原が広がっていた。穏やかな風に吹かれただけでたなびく濃い緑が、太陽を照り返しているほど輝いている。そうそうと流れる川のせせらぎは優しく、遙か彼方には目に痛いほどの青空と遠くにそびえている山々がかすんでいる。

 こんなところで暮したら幸せだろうなぁ、とつい妄想してしまう。

「ここは、どこなのでありましょうか?」
「きっと大魔道士の魔法で風景だけ再現されてるんだろう」
「はぁ」

 門扉を潜って進んでから、いきなりここへ辿りついてからアンナはおどおどとしている。今まで大魔道士すら知らなかったのだから、罠という危険な単語とかけ離れた景色が以外なんだろう。

「長閑でございますねぇ。やはり修道院の外は面白いことばかりでございます。まさか大魔道士というお方の住まわれていた場所にこんなに広いお庭があったなんて」

 厳密には住んでいない。研究施設の一つで、この風景も魔法で彩られた偽物なんだけど。庭じゃなくて侵入者を惑わす幻であろうことも、呑気な少女には通じないようだ。

「なぁ、ルウ。どうおもう?」
「むこうの山のほうには鹿や猪はいるのでしょうか?」
「なに? 狩りたいの?」

 そうじゃなくて。どうやってここを突破するか相談したいんだけど。振り返るとアンナの使役している魔物達は座りこんだり寝転んだり好き勝手やってるし。

「あ、あちらのほうに木がございます! 果実がとれるやもしれません!」

 ダァッとあっという間に走っていったアンナの姿が小さくなっていく。「ああああああぁぁぁぁぁ・・・・・・」という小さく遠くなっていく悲鳴と、転がるボールと化して木にぶつかったところでいろいろと諦めた。

「ニンゲンダ」
「うを!?」

 足下から聞こえた声に驚き、跳び退る。膝丈の半分ほどの大きさ、短く小さい手足。荒い木目と錯覚するほどのしわくちゃな皺は老人そのもの。

「ニンゲンダ」
「マタニンゲンダ」
「ニンゲン、ニンゲン」
「ココキタヨクキタ」

 どこから沸いてきたのか、そんな得体のしれない生き物がわらわらと無尽蔵に群がってくる。

「ご、ご主人様。これは一体?」

 普段と打って変って弱々しい様でシャツをぎゅっと握りながら頼ってきたルウ。か弱げなルウもかわいい。

「ん”ん”・・・・・・こいつらはノームかな。妖精の一種だよ」

 自然豊かで人を避けるように生息しているという。生息地によっては草花の化身、大地の中に隠れ住む、地中を自在に潜行できるという生態に違いがある。

「ニンゲンアソボ」
「アソボアソボ」

 すばしっこい動きで腕にぶら下がり、足や腹にしがみついてくる。ノームってこんなに人懐っこいの?

「イヌダ」
「イヌモイル」
「デモ、ニンゲントニテル」
「カオチガウ」
「おやめなさい。私は犬ではなくウェアウルフです。ああ、尻尾に触れないで」
「ホンモノダー」
「ホンモノホンモノ」
「シッポアルニンゲン」
「「「「「「ハジメマシテ」」」」」」

 おお、ルウが珍しく焦っている。眼福眼福。

「ええい、散りなさいっ、ガルルルルルゥゥゥ・・・・・・・・・」

 尻尾を乱雑に振り回し威嚇するルウに「ウワァー」とノーム達が逃げていく。

「アソンデクレナイネ」
「ツマラナイネ」
「ご主人様。早くここから逃げましょう」
「ああ。そうだな。けど、どうやってここを突破すればいいのか」
「そんなのグレフレッド様達の匂いを私が探れば造作もありません」

 ノームが心底いやなのか、手を掴んで鼻をひくつかせる。柔らかいルウの手の感触おっほ。けど、そんな簡単に匂いで追えるのだろうか?

「サッキトチガウネ」
「ネ――」
「デモ、サッキニンゲンアソンデクレタ」

「だめです。風が強くて匂いが消えています」
「そうか。しょうがない。義眼を使ってみるよ」

 これが魔法によって創られた景色であったら、制御できるはず。どこまで使えるかわからないけど。

「ドウグ、ダメ」
「え?」

 ノームの目が、赤く光った。

「っ!? ぐあああっ」

 痛覚どころか視神経さえ残っていない右眼孔、そして義眼が熱く燃える。極太の杭を刺されて抉られているような痛みが脈打つたびに疼く。

「ご、ご主人様?」
「ドウグキンシ――」
「ドウグダメ――」
「こ、こいつら・・・・・・!」

 痛みがましになってきて、押さえていた手を離すとケラケラ笑うノームを捕まえようと手を伸ばす。けど、虚しく宙を切りもんどり打った。視界が、いつもより狭く暗い。

 左目を閉じる。義眼は正常に作動しているはずなのに、開かれているはずなのに見えない。鉱石特有の乱反射と多視化され、頭痛と嘔吐感を伴う視界は存在せず、ただ暗闇だけを映している。

「なにしたんだお前ら!?」
「ドウグキンシ。ココデハキンシ」
「ズルダメー」
「くそ!」

 『炎球』を連発するも、あらぬ方向へ。

「ご主人様、大丈夫ですか?」
「ああ。けど、義眼が封じられたみたいだ・・・・・・」
 
 連発できるものではないけど、これはかなり痛手となる。
 
「このノーム達を根こそぎやっつければ使えるでしょうか?」

 腕まくりの仕草と共に、グルグルと肩を回しだす。張り切ってくれるのは嬉しいけど、どうだろう。こいつらノームに複雑な封印や魔法は使えないはず。

「ワー、アソンデクレル」
「サッキノニンゲントオナジダ-」
「ソレ二ゲロ――」
「ツカマッタラオワリダゾー」

 ルウが四足になって、一番近くにいたノームを口で捕らえた。手足をジタバタさせている。そのまま噛み殺さんばかりの勢いになったところで、

「なにをなさっておられるのですかっ。殺生はいけませぬっ」
「へぶっ」

 ルウの頭をアンナがおもいきり引っ叩いた。その拍子にポロッと口からノームが逃げていく。

「なにをなさるのですかアンナ様」

 恨めしそうに睨むルウに、アンナは顔をずいと寄せた。

「あなたこそなにをなさっているのですか。あんないたいけで小さい生き物を食べようなんて浅ましいにも程がありますっ。お腹が空いたのでしたらこちらを召し上がってください」
「それどころではありません。ご主人様が」

 アンナに見られそうになったので、慌てて背を翻しつつ布で右半分隠す。

「第一、あんなものいたいけでもなんでもございません」
「お腹が空いているから苛立ってしまうのでございますよ。むこうで皆と休みましょう。さすればこのように――」

 頭に被っていたベールが、もぞもぞと蠢く。まるでアンナの頭の髪の毛が意志を持って暴れる前兆のようで、俺とルウは揃って身構えてしまった。

「アンナ、スキ。タノシイ」
「ね? このようにお友達になれるのでございます」

 ノームが二体、ひょっこりと姿を現してずっこけそうになった。お前、人が大変なことになってるときになにやってるんだ。

「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・」

 ルウも同意見だったのか、深く長い溜息をどんよりと漏らしている。

「それに、この子が教えてくれましたけれど。グレフレッド様達もノームちゃん達と遊んで先へ進めたらしいのでございますよ?」
「「は?」」
「ね、ノームちゃん」
「ソウソウ」
「オニゴッコシタ――」
「ゼンインツカマッタ――」
「ボクタチマケチャッタ、ソシタラニンゲンタチキエタ」
「デモ、コノコトヒミツ」
「アンナダケトクベツ」
「ヒミツオシエタノバレタラコロサレル」
「ヒアブリヤツザキアッセイミナゴロシ。デモアンナトモダチ」
「わぁ~~。嬉しい。ありがとうございます~~」
 
 アンナがコショコショと指先で額の辺りを擦るとノームがケラケラ笑う。なんか附に落ちないけど、こいつらを全員捕まえたらいいってことか。

「では私達全員であなた達を捕まえればよろしいのですか?」
「ヒミツ――」
「ヒミツ。シンニュウシャ二オシエルノキンシ」
「アンナ様とて侵入者なのに・・・・・・・・・不公平です・・・・・・・・・」
「それはお友達になったからでございますっ」
「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・」

 アンナは友達とごまかしたけど、それはアンナの魔法が関係しているんじゃないか? アンナの魔法は魔物を従わせられるものだから、ノームもその対象になって支配下に置いてしまった。だから教えてしまった。

 ノームなんて妖精は魔物より遙かに知能が高く、従わせられる存在じゃない。なのに、だ。あっさりと従わせられるなんて。アンナはとてつもない魔法士なんじゃないか?

「すごいな、アンナ」
「なにがでございますか?」

 そうか。あえて知らないフリをしてごまかすか。

「なぁ、アンナ。ちょっと魔導書の中身見せてくれないか?」
「ふえ?」

 研究欲と知識欲、そしてうずうずとした興味心が重なった結果、本来魔法士としてあるまじきことを要求してしまった。そんな俺の心を読んだのか、ルウが踵を足の甲に下ろしグリグリと。

「え~~っと。魔導書でございますね? たしかこちらに――――」
「余計なことはせずにさっさと捕まえますよ二人とも。グレフレッド様に先を越されてしまいます」
「・・・・・・・・・はい」

 走りだしたルウが吠えながら駈けていく。そんなルウの姿に急かされ、俺達も気合いを入れ直した。 

「あ、あ~~~~れ~~~~~~~!!」

 けど、隣でゴロゴロと転がってぶつかってきたアンナに巻きこまれ、鼻と額を擦った。
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