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二十四章

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 千載一遇の機会。魔道士になるチャンスだけじゃない。大魔道士の遺産を手にするなんて一生に一度あるだけじゃない。意気込んで調査に乗りだした。

「よぉしルウ、アンナ! やるぞぉ!」
「はぁ・・・・・・・・・」
「お、おおー?」

 しかし、テンションが上がっているのは俺だけのようで、ルウはテンションだだ下がり。アンナに至ってはちんぷんかんぷんの様子。せっかくの勢いが冷めてしまう。

「なんだよ二人ともー。もっと元気だしていこうぜー?」
「いや、無理です。またご主人様の研究意欲に火がついてしまったので。なにゆえに最終試験によりによって大魔道士なんて選んだのか・・・・・・・・・」
「だって大魔道士だぞ!? エドガーのときのことをおもいだせ!」
「覚えているからこそです。あのときの過酷さは忘れられません。またあの苦労をしなければいけないと考えると億劫です。しかもご主人様の狂気に似た研究欲と探究心も然りです」

 あ、あれ? また大魔道士の偉大さを垣間見れる貴重な体験なのに。

「あ、アンナ? アンナさん? あなただったらわかってくれるよな?」

 助け船を求めたけど、アンナは困った様子。

「あ、あの~~。私は遺跡というのも大魔道士という人についても無知でございまして。ユーグ様とルナさんのどちらにも共感することは難しいのでございます」
「え!? 大魔道士知らないの!?」

 魔法士でありながら大魔道士を知らないやつがいるなんて。魔法学院に入学していたなら一度は講義で耳にしたはず。それか一生に一度は聞いたことがあるはず。

「本当に知らないのか!? 火、風、土、水! あらゆる属性の魔法の基礎を完成させた伝説だぞ!?」
「申し訳なく。そもそも魔法についてもあまり。教典についてなら幼い頃から暗誦でそらんじられるのですが」
「ま、まじかぁ~~。じゃあしょうがないな。じゃあ大魔道士について俺が―――ー」
「時間の無駄です」

 後ろから襟を引っ張られて喉が詰まった。ぐえっと間の抜けた悲鳴を発し、すごすごと引き下がる。

「とにもかくにも、まずは入り口を見つけなければならないのでしょう?」

 流石はルウ。前回の経験をしっかり覚えている。鼻が高いよ。

「では手分けして探そうか。アンナの魔物達も手伝わせられるか?」
「ええ。それはかまわないのでございますが、よろしいのでございましょうか?」

 魔物達は器用にもサムズアップで了解であると示してくれた。けどアンナは引っかかっていることがあるのか、ある方向を見つめた。

「あの人のことは放っておけばよいかと」

 グレフレッドは、伸びた状態ながら手紙の内容がしっかり伝わっていたらしい。早々に付き人を連れて別行動を取り始めた。俺と行動をするのが嫌なのか、それとも身分が低いやつらと群れたくないのか。どちらにせよ自信たっぷりで傲慢なあいつには、嫌悪感しかない。

「そうだ。ああいう勝手に行動する輩は自滅して最初の犠牲者になるか出し抜かれて最後痛い目をみるもんなんだ」
「それはご主人様の経験則なのでしょうか?」
「昔先輩がな。あのときは両足で済んでよかったよ」
「それは果たしてよかったと言って良い犠牲なのでございましょうか?」

 とにかく、幸いなことにアンナも協力してくれるのは肯んじてくれてる。それに一度大魔道士の遺跡を突破しているという実績が自信にある。

「よし。じゃあまずは手分けして痕跡を探そう。どこかに魔法陣があるはずだ」
「かしこまりました」
「それでは私達はあちらへ参ります~~」

 三人集合地点を決めて、それぞれ探索を開始した。どれだけの広さかわからないが、ここは森。『炎獣』や『眼』を使って広範囲に調べるのは延焼の可能性があるからできない。

 じっくりこつこつと。地味な作業だけど、これも遺産の発見と魔道士になるためとおもえば楽しささえある。

「あれ?」
「あらま?」
「え?」

 けど、いつの間にか三人ともばったりと出くわしてしまった。別々に進んでいたのに。

「というか二人ともなに持ってんの?」
「クルミにアロエ、それからキノコにニラでございます」
「ねずみに蛙、コウモリにフクロウです」
「君達なに探してたの?」

 ちょっとした食材調達じゃないか。

「この森は宝庫でございますね~~。あ、魔物の皆には引き続き調べてもらっております~~」
「何日かかるかわからないので前もって食べ物を調達しておこうというご命令にないことでも未来を予測してすべきことをついでにやったまでですがなにか文句でもおありで?」

 いえ、なにも。

「あ、あら?」

 大小様々な足音とシルエットが近づいてくる。アンナの使役していた魔物だ。魔物達も意味がわからない、という反応をしている。

あらあら。これは一体どういうことでしょうか~?」
「迷わすための魔法か。ややこしいな」
「それでは、ワイちゃんにお願いして上空から調べてもらいましょうか? それならば」
「いえ。それはやめたほうがよろしいかと」
「どうしてだ?」
「上空に、透明ななにかがかかっています。それが森を覆ってしまっているのでございます。モーガンの重力魔法のときと同じです」

 ルウにつられて、空を確認する。ウェアウルフとしての能力で、見抜けたのか。だとしたら下手にワイバーンを飛ばそうものならなにがおこるか。

「それと、覆ってるものが定期的に変ります。厚さであったり形であったり場所であったり」
「変るだって?」
「あ、またです。今度は格子状になりました」
「じゃあルウ。上空じゃなくて森にかかっている魔法は? なにか見えないか?」
「いえ。それはどうも難しいです。鼻で探っても匂いがあちこちに散ってしまって」

 うう~~む。困った。俺の義眼でも無理だろう。どうするか、と悩み始めたとき、魔物達が騒ぎ始めた。

「あ、申し訳ございません~~。この子達お腹が減ってしまったようでございます~~。少しお待ちいただいてよろしいでありましょうか~~?」

 アンナの指示など待つことなく、魔物達は食事とやらをはじめた。それは少し興味深いものだった。規律正しいというわけではない。行儀なんて無いに等しい。各々が好き勝手に取りだした餌を、喚き、食い散らかし、それでも一つの輪になって食べている。

 異なる危険な魔物が固まって食事をする統一感が不思議だ。それも、中心に人間であるアンナがいるからこそ纏まっているんだと、実感させられる。

「喧嘩をしてはいけませんよ~~?」

 慈愛に満ちた、

 植物型の魔物、ヤテベオが輪から外れて木を引き抜いた。そのまま自らの筒状花であり口に当たるであろう部分が粘膜を纏いながら開かれ、咀嚼を開始する。一本丸々食べきると、新たに引っこ抜きまた咀嚼。

「食べ盛りでございますね~~。もっと食べて大きくなるのですよ~~?」

 こいつ、まだ成長途中なの?

「ご主人様。空の魔法におかしな動きが」

 何気なしに観察していたら、注視していたルウに袖を引っ張られて面喰らった。

「とまりました。靄が。魔法の膜が。あ、あそこが欠けました」
「欠けた? 止っただって?」
「はい。一部分だけですが。今までにない変化です。もっというなら穴が空いた、とでもいいましょうか」

 穴。欠けた。止った。それは覆っている魔法、つまりは結界に異常が生じたということじゃないか?

「どうかなさったのでありましょうか~~?」
「あ、また。今度は大きく膜が剥げています。それから、森も。さっきと様子が違います。匂いも音も変りました」

 今までにない変化。さっきとは違う状況。おもいあたること。

 大きくげっぷをしたヤテベオに、なにかが閃いた。

「そういうことか・・・・・・・・・」

 刻々と変化する魔法は、おそらくこの森にあるものが術式に組み込まれている。風の強さ、向き、天候、生き物の動き、木々の揺れ。迷ってしまうのも、おそらく。とんでもなく緻密で複雑で奔放。それでいて自然さえも取り込んでしまうなんて大胆すぎる発想。

 本来はこの森に入る侵入者を惑わし、防ぐ。二つの魔法を一つで成立させている。いや、もしかしたら遺跡の入り口さえも隠している。

 けど、ヤテベオが木を食べたことで、この森の風景に影響が出た。魔法を構成する部分が維持できなくなった。一つ一つが精密に組み合わさっているのだから脆いのだろう。

「よし、じゃあもっと木を食べてもらうか。それと魔物達にも木を壊したり」
「かしこまりました。お茶のあとでよろしいのでございますね?」
「今すぐがいいんだけど!?」

 とはいえようやく打開策が見つかったから気持ちに余裕ができる。魔物達を急かさず暖かく見守っているあんなにも、しょうがないなぁと広い心でいられる。

「あ、ご主人様。もう魔法無くなったみたいです」
「え!?」

 さぁこれから一暴れするぞ! と意気揚々だったけど、ルウの一言に一同仰天してしまった。

「空を覆っていたものも、森で惑わす魔法も」
「え、どういうこと!?」
「それは私にも」
「ヤテ君が食べた分で維持できず無効化されたのでありましょうか~~?」

 いや、それだとおかしい。ヤテベオが食べた木は数本。そして異常が出たのと照らし合わせればまだ足りないはず。

「そういえば、グレフレッド様は大丈夫なのでありましょうか~~? あの方々も今はなにして―――」
「っ!」

 まさか、と。存在を忘れていたはずの男の胸くそ悪い顔にあることを連想してしまう。

「急ぐぞ、二人とも」

 ルウの五感を頼りに、ある場所を目指す。  
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