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二十二章
Ⅴ
しおりを挟む昨夜のことなんてなにもなかったといわんばかりの普段通りのルウに、どことなく気恥ずかしくなっていそいそと着替えをする。
一夜にして、今までの苦労と疲れが消失した。こんなにすっきりと目覚められたのは初めてじゃないだろうか。うっとりと昨夜のことを振り返って、でへへとだらしのない笑いが出る。
いや、凄かったな。おもいだしてもうっとりとしてしまう。夢でも幻でもないのは、昨日の気持ちよさがしっかりと体と心に刻まれているからだ。
またしてほしいな。
そういえば最後のほうだとルウの尻尾、温かくなったけどあれってどんな仕組みがあったんだろう?
『もふもふタイム』に勝るとも劣らない尻尾を使ったマッサージ。まるで天国にいるがごときの時間、だとするなら『もふもふヘブン』?
よし、『もふもふヘブン』に決定だ。
朝食は特に飾ったメニューではない。食べやすくてあっさりと蒸した鶏肉に瑞々しい野菜と甘辛いドレッシングがかかったサラダ、そして果実が入ったパンと昨夜の残っているサーモン入りのクリームシチュー。
豪勢でもないけど、質素というわけでもない。それでも、食べるだけで活力が湧いてきそうな味に香り。少しいつもより早い時間に起きたけど、ルウはそれより早く準備をして用意をしていたってなればじ~~ん、とした幸せが。
「愛情がスパイスになっているのかな?」
「寝言ほざく暇があったら早く食べてください」
・・・・・・大丈夫、これも照れ隠しだ。だってそうじゃなかったら『もふもふヘブン』もしてくれないし、なにより俺と婚約してくれるわけがない。
「へへ、そうだね」
「?」
にへらっと笑いながら答えたけど、ルウは首を傾げた。
「うん、美味しい。美味しいよ」
「当たり前です。私、ルウを誰だとおおもいで? 奴隷としての職務を忠実に果たす私が不味い料理をお出しするとでも? 殺しますよ?」
はは、そこは奴隷じゃなくてお嫁さん、もしくは婚約者だろ? ルウのうっかりさんめ♪
でも、そんなルウも大好き。
「あはは」
「?」
しかし、あんなマッサージだけであんな風になるなんて。いざルウとそのときがきたときには、もっと凄いんじゃないか?
いや、そのときは今度こそ俺がリードしないと。
食事を終えて、手早く出掛ける準備に移る。必要な書類、そして魔導書、魔法薬。決して忘れてはならないものを何度も確認する。
魔道士試験。今まで受けたことはなく、遙か彼方にあるはずだった、壁。夢を叶える第一歩を踏みしめる道に立ち塞がる関門。
ぶるり、と寒気に似た震えが生じる。怯懦じゃない。自分の力を試せる機会とだっていう、前向きな現象なんだと捉える。
「なにをなさっているのですか。遅れてしまいますよ」
「あ、ああ。ごめん」
鞄にしっかりと入れたところで、片付けを終えたルウがやってきた。立ち上がりかけたけど、そのままルウが布でいきなり顔をごしごしと吹きだす。
「第一印象とは、一番大切であると聞きました。億が一、ご主人様が筆記に合格し、兆が一、実技に合格しても見栄えや風体が悪ければ落ちる可能性もあります」
やだ、この子どこまでも俺のこと中心。嬉しい。キスしたい。
「ただでさえご主人様のお顔は整っていえないこともなくもないけどだからといって特別悪いかと問われれば万人が疑問を持ってしまうようなものでしかありませんが」
「もうストレートに教えてくれていいよ?」
うん、わかってる。別にイケメンでもルックスが超絶にいいってわけじゃないし。はは。
「ただでさえ昨日のマッサージの影響でお顔が・・・・・・・・・いえなんでもありません」
「そこは教えてよ!」
なに? 『もふもふヘブン』の影響でどこかおかしくなってる? 変形したりしてる? だとしたらいろんな意味で危険な行為ってことじゃないか。副作用、デメリットをきちんと把握しておかないと今後『もふもふヘブン』は封印ってことに。
「無理です。私から指摘しては失礼ですし。なによりご主人様が死ぬので」
「なんで!? 逆になにもわからないまま死んだほうが申し訳なくない!?」
「ではご命令してください」
「ここでその無茶ぶりいいいい!? そんなに指摘したくないことなの?! できないことなの!?」
「もしくはぶってください」
「いやだよ! 自分のことだけにルウに手をあげるなんて! だったら素直に死を選ぶよ!」
「ご主人様」
「え、なに? 深刻になったけど」
「うるさいです。朝から不快です。試験前に奴隷の鼓膜を破ろうとするなんてなにを考えているのですか?」
「なんかもう生きててごめんねぇぇ・・・・・・・・・(小声)!?」
はぁ、なんかどっと疲れた。小難しいことを考えていた自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。
「戻りましたね」
「え?」
「いつものご主人様のお顔にです」
意味がわからず、自ら顔を触ってみるけど実感がない。
「柄にもなく不安になっているようなお顔ではなく、どうでもよいことにツッコんだり慌てたりしているご主人様のほうが試験は受かるのでは?」
あ・・・・・・・・・。
「ルウ、ありがとう」
「? 奴隷に面白おかしく弄られてお礼を述べるなんて。ついに頭がおかしくなったのですか?」
「へへっ」
ぎゅう、っと衝動のままに抱きしめた。胸のあたりで、ルウの呼吸が吐きだされ、「!?」と驚いているのが聞こえた。
ただ俺の緊張を和らげようとしたルウの優しさが嬉しくて、愛おしくて、我慢ができなかった。
尻尾がめまぐるしく波打っている。そのまま硬直したまま先端が上下左右とあちこちへと向きを変えて、次第に捉えきれない速さになっていく。
「絶対に魔道士になるよ」
決意を新たにする。大好きな婚約者が、これだけ想ってくれた。なら、応えたい。応えるしかない。
俺の夢のため。それだけじゃない。ルウのためにも。この子に報いるためにも。
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