137 / 192
二十章
Ⅰ
しおりを挟む
『ご主人様、ただいま戻りました』
『お帰りルウ! 見て見て! すごい魔法できた!』
紫色の空に枯れた木々。焼け焦げた草原があちこちから燻った匂いと煙を発している。そこいら中に気色の悪い顔がついた花が歌って、空には死にかけのコウノトリ。運ばれている卵が時折地面に落下してグシャ、グシャ、と潰れていく。
『んん~~~! ウィヒヒヒヒヒィ~~~!』
『まったく。ご主人様は仕方のない人ですね』
気持ちの悪い笑顔で奇声をあげ、ルウを抱きしめてゴロゴロ転がっている。腕がにょきにょきと四本、肩と脇腹から生えてルウの尻尾、耳、体を蹂躙していく。口から伸びた舌は蛇のごとく長くて枝分かれしていく。
『これもご主人様の魔法ですか? こんなことをするために魔法を創ったのですか?』
『すごいでしょ! すごいでしょ!』
『そんなに私のことが好きすぎるのですか?」
『ちゅきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』
俺がルウをこれでもかってくらい欲望のままに愛でて撫でて舐めて吸って愛を伝えている。
『もっと言ってください』
「ちゅきちゅきちゅきちゅき大ちゅきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』
「聞こえないです」
『大ちゅきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』
『うるさいです。どうせシエナ様やルナ様達のほうがよろしいのでしょう?』
『そんなわけないだろ! なんだったらあいつらをこれからぶっ殺して証明するよ!』
どこからともなくドサドサドサ、と現われた見知った顔。包丁を一舐めしたあと、
ザク! ザシュ! ズバズバドスドス!
『まったく、ご主人様は仕方のない人です』
『えへへへへへへへ! だってルウのことがすきなんだもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!』
「なんだこれ」
遠く離れたところから、俺はただもう一人の俺が好き放題している光景を唖然としながら眺めて素直な感想はそれしかない。
いやいやいや。なにこれ。なにここ。すっげぇ不気味なところだし。ちょっとこわいし。
『ご主人様。今日はシエナ様とネフェシュ様とルナ様とガーラ様を一人ずる狩れました。夕食はどれになさいますか?』
俺、さっきまでモリク達と戦っていたはず。そして、『念話』でルウが生きているかたしかめようとした。そこまでははっきりとしている。なのにここなに?
あのルウと俺はなに? ここはどこ?
『ご主人様。それでは失礼します』
ガブリとルウが俺に噛みついて肉と血を貪っていく。欠けた身体のパーツがにょきにょきと生えて、そのたびにまた食べられて。
『あああああ!! ちゅきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!! 食べて!! もっと俺を食べてルウの血肉になってええええええええええええええええええええええええええ!! 幸せええええええええええええええええ!!』
まさか、これはモリクの呪いか? 魔法か? それとも呪具の影響で『念話』に影響を与えている?
『ご主人様』
ルウが全裸になった俺の体を尻尾で愛撫していく。その間、俺は足が数十本生えて頭も分裂して、
『可愛いよ!』
『好きだよ!』
『愛してる!』
だとしたら、幻覚魔法と同じ状況に陥っているのか? それともルウの心の中、精神の世界に入ってきたのか?
『ずっとずっとずっとずっと永遠に魂がなくなっても輪廻転生を繰り返しても死んでもずっとずっとずぅぅぅぅぅぅぅ
っと一緒にいよう!』
『魔法なんてもうどうでもいい!』
神話に登場する悪魔、魔物、怪物。そんな異形な姿へと変った俺。紫の空の色が濃くなって、血反吐を吐く花。撒き散らされた血は地面に吸いこまれていって新たな蕾が芽を開かせてにょきにょきにょきと成長していく。どこからか風が吹きすさんで舞い散る葉っぱが枯れたキャベツとなって祝福の言葉を投げかけている。
『ご主人様』
『ルウ』
『もっと触ってください』
『ふひひひひひひひひひひひ!!』
だめだ。一刻も早くここから脱出しないと。視覚・聴覚的だけじゃなくて、精神衛生上の問題で、一刻もいたくない。けど、どうやったらここを出られる?
『ルウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!! 俺を愛してえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!』
「うるせええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!』
いよいよ我慢できなかった。『炎塊』を連続で発動し、怪物へとぶつける。怪物がルウへの愛を叫ぶな。
「ああ、ご主人様っ」
「違う! ルウ! 怪我するぞ!」
燃え盛り叫ぶ怪物に駆け寄ろうとするルウを庇う。
「? ご主人様がもう一人?」
この子の中ではあんな怪物に成り果てても俺なんかい。ショック。
あ、けどそれって俺がリアルにあんな怪物になってもルウは俺を受け入れてくれるってこと?
違う。それどころじゃねぇ。
「ルウ! 早くここから出るんだ!」
「出る? なにをほざいているのですか。殺しますよ?」
「ええええ!?」
「だって、ここが私達の理想郷ではないですか」
「はぁ!?」
この子なに言ってんの? きょとんとしたかんじで。本当なに言ってんの?
「違う! これはモリク、エルフの呪いの影響だ! 現実じゃない! ある意味夢の世界だ! ルウもあんなこと俺にされる世界なんて嫌だろ!」
「いつもご主人様がやっていることではないですか」
「やってない・・・・・・・・・って言い切れない自信がない! なんだったらちょっとやりたい! でもだめだ!」
「なにゆえですか?」
ルウが、静かに俺の手を振り払った。
「ここには私達しかいません。煩わしいことも苦しいこともありません。ご主人様は好きなだけ魔法の研究をできて私と生涯二人きりで生きられます。ですが、現実は違います」
こんな不気味な世界が理想? そんなことありえない。将来こんなところに住みたいんだったら精神が心配なんだけど。
もしかしたらモリクの呪いのせいか? 正常な判断ができなくなって、ここを理想の世界だとおもいこんでしまっている。だから俺があんな風になってしまっているんだ。そうじゃなかったら、
決して普段の俺から連想してあんな怪物になる俺をご主人様だって認識しているはずがない。もしそうだったら死んでやる。
「わかりました。ご主人様は決して嘘はおっしゃいません。ご主人様は、私に優しいお方です。だから私を優先してくださいます」
おお、いきなりだけどルウが納得してくれた。だったら後はここから脱出する方法を――――
「よって、あなたは偽物です」
「え?」
鋭く素早い攻撃に、意識が刈られた。連続してくる打撃は確実に俺の命を仕留めるためのもの。
「や、やめろルウ!」
錯乱している。
「ユーグ様は決して私を否定しません。絶対に。なのに、私がいたい場所を否定します。よって貴方は偽物です」
極論すぎる。
「ユーグ様は、世界を変えると。事象もこの世の理すら変える魔法を創るとおっしゃいました。ここがそうです」
「ここでは妬むことも羨むこともありません。他の誰もいません。お義母様もガーラ様もルナ様も。種族も身分も奴隷もありません」
燃え盛る怪物が黒炭のまま再生して、どすんどすんと近づいていく。空からは隕石。炎。木々と草、花に至る一切が俺を攻撃してくる。
まるでルウとリンクして、排除してきているみたいだ。
「なにゆえですか? ユーグ様はなにゆえここから連れだすのですか?」
「ルウ・・・・・・」
無限に増殖を続け、巨大化を続ける異物達。いや、もしかしたらこの世界にとって俺こそが異物なんだろう。
ルウの細くしなやかな指が、俺の首に当てられて力が加わる。あかぎれも擦り切れも一切ない、ある意味ルウらしくてルウらしくない奇麗な手。なんだか、悲しくなって手の甲を撫でた。
「ここで・・・・・・いいのか? ルウ」
「もちろんです」
「俺は、我が儘なんだ。こんな世界じゃ満足できない」
ここには、決定的なものが欠けている。
「未来が・・・・・・ないじゃないか・・・・・・」
「み、みらい?」
渾身の力が、少し緩んだ。
この世界は今のルウの理想とした世界。ありのままのルウを反映させたもの。そう、まさに現実に生きてきたルウのこれまでの答えだ。
現実に戻って、成長したルウの理想とする世界、夢、俺となにをしたいかっていうことはきっと今のルウとはかけ離れているだろう。
もったいないじゃないか。もっと面白い世界になるかもしれない。もっと良くなる理想、もっといえば夢。それを叶える可能性が潰える。ここにいたら、ずっとこの世界のままだ。
「俺は、きっと欲張りで勝手で気持ちの悪いやつだ。ルウとずっとずぅぅぅぅぅっと一緒にいられたらしたいこともどんどん増え続ける」
「わ、私は」
手が俺から完全に離れて、自分の頭を抱える。
「ルウは? もっとないか? したいこと。俺にしてほしいこと」
「わ、わた、・・・・・・しは、」
「ご主人様に食事を作りたいです」
「他には?」
「ご主人様を癒やしたいです」
「他には?」
「ご主人様の魔道士となる姿が見たいです」
「他には?」
「ご主人様にもっとちゃんとしてほしいです」
「他には?」
「お義母様に認めてもらいたいです」
「他には?」
「ご主人様にもっと落ち着いてもらいたいです。特に私に関することで」
「・・・・・・・・・・・・他には?」
「ご主人様の奇行・言動にツッコみたいです」
「他には?」
「ご主人様の服を洗濯したいです」
「他には?」
「お肉を食べたいです」
「他には?」
「ご主人様にもっと稼いでもらって安心して生きたいです」
「他には?」
「ご主人様にやきもきさせられたくないです」
「他には?」
「え、っと。えっと・・・・・・」
「それだけか?」
俯いて、耳すら垂れているルウに、そっと手を差し伸べた。
「もっともっと。他にしたいことはないか? もっとほしいもの、したいこと。知りたくないか?」
「・・・・・・・・・」
「現実に戻れば、もっともっと。増えるよ。見つかるよ。今のままじゃ気づかないこと、おもいつかないこと。そんな機会を捨てて今のままで満足するなんて、もったいないだろ?」
「あ、」
「俺は、ルウに伝えたいことがある。それはここじゃ言いたくない。言わない。知りたくないか?」
「・・・・・・・・・」
ルウが自らのと俺のとを重ねて、そしてなにかに驚いた。そのままなにかをたしかめるように自分のほっぺたに。
「ご主人様、なのですね。貴方が本当のご主人様なのですね。いつものようにごつごつとしていて太くてカサカサしてて。魔法臭くて。いつも私の尻尾と耳を触ってくる気持ちの悪くて――――」
ちょっとへこむ。容赦ないなどんなときでも。
「そして――――」
世界が、崩壊していく。今の今まで囲んでいたおそろしい異形達が灰になって溶けて壊れて。
「いつもと同じで温かい、ユーグ様の手です」
世界が白一色に包まれた。
『お帰りルウ! 見て見て! すごい魔法できた!』
紫色の空に枯れた木々。焼け焦げた草原があちこちから燻った匂いと煙を発している。そこいら中に気色の悪い顔がついた花が歌って、空には死にかけのコウノトリ。運ばれている卵が時折地面に落下してグシャ、グシャ、と潰れていく。
『んん~~~! ウィヒヒヒヒヒィ~~~!』
『まったく。ご主人様は仕方のない人ですね』
気持ちの悪い笑顔で奇声をあげ、ルウを抱きしめてゴロゴロ転がっている。腕がにょきにょきと四本、肩と脇腹から生えてルウの尻尾、耳、体を蹂躙していく。口から伸びた舌は蛇のごとく長くて枝分かれしていく。
『これもご主人様の魔法ですか? こんなことをするために魔法を創ったのですか?』
『すごいでしょ! すごいでしょ!』
『そんなに私のことが好きすぎるのですか?」
『ちゅきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』
俺がルウをこれでもかってくらい欲望のままに愛でて撫でて舐めて吸って愛を伝えている。
『もっと言ってください』
「ちゅきちゅきちゅきちゅき大ちゅきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』
「聞こえないです」
『大ちゅきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』
『うるさいです。どうせシエナ様やルナ様達のほうがよろしいのでしょう?』
『そんなわけないだろ! なんだったらあいつらをこれからぶっ殺して証明するよ!』
どこからともなくドサドサドサ、と現われた見知った顔。包丁を一舐めしたあと、
ザク! ザシュ! ズバズバドスドス!
『まったく、ご主人様は仕方のない人です』
『えへへへへへへへ! だってルウのことがすきなんだもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!』
「なんだこれ」
遠く離れたところから、俺はただもう一人の俺が好き放題している光景を唖然としながら眺めて素直な感想はそれしかない。
いやいやいや。なにこれ。なにここ。すっげぇ不気味なところだし。ちょっとこわいし。
『ご主人様。今日はシエナ様とネフェシュ様とルナ様とガーラ様を一人ずる狩れました。夕食はどれになさいますか?』
俺、さっきまでモリク達と戦っていたはず。そして、『念話』でルウが生きているかたしかめようとした。そこまでははっきりとしている。なのにここなに?
あのルウと俺はなに? ここはどこ?
『ご主人様。それでは失礼します』
ガブリとルウが俺に噛みついて肉と血を貪っていく。欠けた身体のパーツがにょきにょきと生えて、そのたびにまた食べられて。
『あああああ!! ちゅきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!! 食べて!! もっと俺を食べてルウの血肉になってええええええええええええええええええええええええええ!! 幸せええええええええええええええええ!!』
まさか、これはモリクの呪いか? 魔法か? それとも呪具の影響で『念話』に影響を与えている?
『ご主人様』
ルウが全裸になった俺の体を尻尾で愛撫していく。その間、俺は足が数十本生えて頭も分裂して、
『可愛いよ!』
『好きだよ!』
『愛してる!』
だとしたら、幻覚魔法と同じ状況に陥っているのか? それともルウの心の中、精神の世界に入ってきたのか?
『ずっとずっとずっとずっと永遠に魂がなくなっても輪廻転生を繰り返しても死んでもずっとずっとずぅぅぅぅぅぅぅ
っと一緒にいよう!』
『魔法なんてもうどうでもいい!』
神話に登場する悪魔、魔物、怪物。そんな異形な姿へと変った俺。紫の空の色が濃くなって、血反吐を吐く花。撒き散らされた血は地面に吸いこまれていって新たな蕾が芽を開かせてにょきにょきにょきと成長していく。どこからか風が吹きすさんで舞い散る葉っぱが枯れたキャベツとなって祝福の言葉を投げかけている。
『ご主人様』
『ルウ』
『もっと触ってください』
『ふひひひひひひひひひひひ!!』
だめだ。一刻も早くここから脱出しないと。視覚・聴覚的だけじゃなくて、精神衛生上の問題で、一刻もいたくない。けど、どうやったらここを出られる?
『ルウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!! 俺を愛してえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!』
「うるせええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!』
いよいよ我慢できなかった。『炎塊』を連続で発動し、怪物へとぶつける。怪物がルウへの愛を叫ぶな。
「ああ、ご主人様っ」
「違う! ルウ! 怪我するぞ!」
燃え盛り叫ぶ怪物に駆け寄ろうとするルウを庇う。
「? ご主人様がもう一人?」
この子の中ではあんな怪物に成り果てても俺なんかい。ショック。
あ、けどそれって俺がリアルにあんな怪物になってもルウは俺を受け入れてくれるってこと?
違う。それどころじゃねぇ。
「ルウ! 早くここから出るんだ!」
「出る? なにをほざいているのですか。殺しますよ?」
「ええええ!?」
「だって、ここが私達の理想郷ではないですか」
「はぁ!?」
この子なに言ってんの? きょとんとしたかんじで。本当なに言ってんの?
「違う! これはモリク、エルフの呪いの影響だ! 現実じゃない! ある意味夢の世界だ! ルウもあんなこと俺にされる世界なんて嫌だろ!」
「いつもご主人様がやっていることではないですか」
「やってない・・・・・・・・・って言い切れない自信がない! なんだったらちょっとやりたい! でもだめだ!」
「なにゆえですか?」
ルウが、静かに俺の手を振り払った。
「ここには私達しかいません。煩わしいことも苦しいこともありません。ご主人様は好きなだけ魔法の研究をできて私と生涯二人きりで生きられます。ですが、現実は違います」
こんな不気味な世界が理想? そんなことありえない。将来こんなところに住みたいんだったら精神が心配なんだけど。
もしかしたらモリクの呪いのせいか? 正常な判断ができなくなって、ここを理想の世界だとおもいこんでしまっている。だから俺があんな風になってしまっているんだ。そうじゃなかったら、
決して普段の俺から連想してあんな怪物になる俺をご主人様だって認識しているはずがない。もしそうだったら死んでやる。
「わかりました。ご主人様は決して嘘はおっしゃいません。ご主人様は、私に優しいお方です。だから私を優先してくださいます」
おお、いきなりだけどルウが納得してくれた。だったら後はここから脱出する方法を――――
「よって、あなたは偽物です」
「え?」
鋭く素早い攻撃に、意識が刈られた。連続してくる打撃は確実に俺の命を仕留めるためのもの。
「や、やめろルウ!」
錯乱している。
「ユーグ様は決して私を否定しません。絶対に。なのに、私がいたい場所を否定します。よって貴方は偽物です」
極論すぎる。
「ユーグ様は、世界を変えると。事象もこの世の理すら変える魔法を創るとおっしゃいました。ここがそうです」
「ここでは妬むことも羨むこともありません。他の誰もいません。お義母様もガーラ様もルナ様も。種族も身分も奴隷もありません」
燃え盛る怪物が黒炭のまま再生して、どすんどすんと近づいていく。空からは隕石。炎。木々と草、花に至る一切が俺を攻撃してくる。
まるでルウとリンクして、排除してきているみたいだ。
「なにゆえですか? ユーグ様はなにゆえここから連れだすのですか?」
「ルウ・・・・・・」
無限に増殖を続け、巨大化を続ける異物達。いや、もしかしたらこの世界にとって俺こそが異物なんだろう。
ルウの細くしなやかな指が、俺の首に当てられて力が加わる。あかぎれも擦り切れも一切ない、ある意味ルウらしくてルウらしくない奇麗な手。なんだか、悲しくなって手の甲を撫でた。
「ここで・・・・・・いいのか? ルウ」
「もちろんです」
「俺は、我が儘なんだ。こんな世界じゃ満足できない」
ここには、決定的なものが欠けている。
「未来が・・・・・・ないじゃないか・・・・・・」
「み、みらい?」
渾身の力が、少し緩んだ。
この世界は今のルウの理想とした世界。ありのままのルウを反映させたもの。そう、まさに現実に生きてきたルウのこれまでの答えだ。
現実に戻って、成長したルウの理想とする世界、夢、俺となにをしたいかっていうことはきっと今のルウとはかけ離れているだろう。
もったいないじゃないか。もっと面白い世界になるかもしれない。もっと良くなる理想、もっといえば夢。それを叶える可能性が潰える。ここにいたら、ずっとこの世界のままだ。
「俺は、きっと欲張りで勝手で気持ちの悪いやつだ。ルウとずっとずぅぅぅぅぅっと一緒にいられたらしたいこともどんどん増え続ける」
「わ、私は」
手が俺から完全に離れて、自分の頭を抱える。
「ルウは? もっとないか? したいこと。俺にしてほしいこと」
「わ、わた、・・・・・・しは、」
「ご主人様に食事を作りたいです」
「他には?」
「ご主人様を癒やしたいです」
「他には?」
「ご主人様の魔道士となる姿が見たいです」
「他には?」
「ご主人様にもっとちゃんとしてほしいです」
「他には?」
「お義母様に認めてもらいたいです」
「他には?」
「ご主人様にもっと落ち着いてもらいたいです。特に私に関することで」
「・・・・・・・・・・・・他には?」
「ご主人様の奇行・言動にツッコみたいです」
「他には?」
「ご主人様の服を洗濯したいです」
「他には?」
「お肉を食べたいです」
「他には?」
「ご主人様にもっと稼いでもらって安心して生きたいです」
「他には?」
「ご主人様にやきもきさせられたくないです」
「他には?」
「え、っと。えっと・・・・・・」
「それだけか?」
俯いて、耳すら垂れているルウに、そっと手を差し伸べた。
「もっともっと。他にしたいことはないか? もっとほしいもの、したいこと。知りたくないか?」
「・・・・・・・・・」
「現実に戻れば、もっともっと。増えるよ。見つかるよ。今のままじゃ気づかないこと、おもいつかないこと。そんな機会を捨てて今のままで満足するなんて、もったいないだろ?」
「あ、」
「俺は、ルウに伝えたいことがある。それはここじゃ言いたくない。言わない。知りたくないか?」
「・・・・・・・・・」
ルウが自らのと俺のとを重ねて、そしてなにかに驚いた。そのままなにかをたしかめるように自分のほっぺたに。
「ご主人様、なのですね。貴方が本当のご主人様なのですね。いつものようにごつごつとしていて太くてカサカサしてて。魔法臭くて。いつも私の尻尾と耳を触ってくる気持ちの悪くて――――」
ちょっとへこむ。容赦ないなどんなときでも。
「そして――――」
世界が、崩壊していく。今の今まで囲んでいたおそろしい異形達が灰になって溶けて壊れて。
「いつもと同じで温かい、ユーグ様の手です」
世界が白一色に包まれた。
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
いずれ最強の錬金術師?
小狐丸
ファンタジー
テンプレのごとく勇者召喚に巻き込まれたアラフォーサラリーマン入間 巧。何の因果か、女神様に勇者とは別口で異世界へと送られる事になる。
女神様の過保護なサポートで若返り、外見も日本人とはかけ離れたイケメンとなって異世界へと降り立つ。
けれど男の希望は生産職を営みながらのスローライフ。それを許さない女神特性の身体と能力。
はたして巧は異世界で平穏な生活を送れるのか。
**************
本編終了しました。
只今、暇つぶしに蛇足をツラツラ書き殴っています。
お暇でしたらどうぞ。
書籍版一巻〜七巻発売中です。
コミック版一巻〜二巻発売中です。
よろしくお願いします。
**************
住所不定の引きこもりダンジョン配信者はのんびりと暮らしたい〜双子の人気アイドル配信者を助けたら、目立ちまくってしまった件〜
タジリユウ
ファンタジー
外の世界で仕事やお金や家すらも奪われた主人公。
自暴自棄になり、ダンジョンへ引きこもってひたすら攻略を進めていたある日、孤独に耐えられずにリスナーとコメントで会話ができるダンジョン配信というものを始めた。
数少ないリスナー達へ向けて配信をしながら、ダンジョンに引きこもって生活をしていたのだが、双子の人気アイドル配信者やリスナーを助けることによってだんだんと…
※掲示板回は少なめで、しばらくあとになります。
優太の異世界のほほん滞在記〜特殊スキル『衣食住』で、DKトリオは今日も仲良く旅をする~
まるぽろ
ファンタジー
高校二年の夏休み、優太、大空、徹の仲良し三人組は、山で黒い靄を発見した。
靄を抜けるとそこは異世界だった!?
帰れなくなった三人が呆然とする中、神が現れ、彼らはこの世界で生きていくための身体と、この世界の人類が持って生まれてくる『天稟』を与えられる。
彼らは覚悟を決める、『どうせ帰れないなら三人でこの世界を楽しもう!』と。
これは後世に、勇者、賢者、聖女として語り継がれることになる英雄譚──の脚色前。
魔石を対価に衣類や食料を購入でき、色々と様子がおかしいテントを出現させる特殊すぎるスキル『衣食住』により、歴史家からその存在を疑われ従者としてしか語られない『巫師』の優太、『武辺者』の大空、『魔法家』の徹──男子高校生三人組の、わちゃわちゃ異世界冒険譚!
※本作は小説家になろう、ノベルアッププラスでも公開しております。
3/16タイトルの副題を変更しました。
解析の勇者、文字変換の能力でステータスを改竄して生き抜きます
カタナヅキ
ファンタジー
高校一年生となったばかりの「霧崎レア」は学校の授業中、自分の前の席に座るクラスメイトの男子が机から1冊の書物を取り出す。表紙は真っ黒でタイトルさえも刻まれていない書物をクラスメイトの男子が開いた瞬間、表紙に魔法陣が浮き上がり、教室は閃光に包まれた。
次にレアは目を覚ますと、自分の他に3人のクラスメイトが床に魔法陣が刻まれた煉瓦製の建物の中に存在する事を知り、さらにローブを纏った老人の集団に囲まれている事を知る。彼等が言うにはここは異世界の「ヒトノ帝国」という国家らしく、レアを含めた4人の高校生たちは世界を救う勇者として召喚されたという。
勇者として召喚された4人は「ステータス」という魔法を扱えるようになり、この魔法は自分の現在の能力を数値化した「能力値」最も肉体に適している「職業」最後に強さを表す「レベル」を表示する画面を視界に生み出せるようになった。だが、レア以外の人間達は希少な職業に高い能力値を誇っていたが、彼の場合は一般人と大して変わらない能力値である事が判明する。他の人間は「剣の加護」「魔法の加護」といった特別な恩恵を受けているのに対し、レアだけは「文字の加護」と呼ばれる書き記された文字を変換するという謎の能力だった。
勇者として召喚された他のクラスメイトが活躍する中、レアだけは帝国の人間から無能と判断されて冷遇される。しかし、様々な実験を経てレアは自分の能力の隠された本当の力に気付く。文字変換の能力はステータスにも有効であり、彼は自分の能力を改竄して馬鹿にされていた人間達から逆に見上げられる立場となる――
※文字変換シリーズの最初の作品のリメイクです。世界観はこれまでのシリーズとは異なります。
聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?
渡邊 香梨
ファンタジー
コミックシーモア電子コミック大賞2025ノミネート! 11/30まで投票宜しくお願いします……!m(_ _)m
――小説3巻&コミックス1巻大好評発売中!――【旧題:聖女の姉ですが、国外逃亡します!~妹のお守りをするくらいなら、腹黒宰相サマと駆け落ちします!~】
12.20/05.02 ファンタジー小説ランキング1位有難うございます!
双子の妹ばかりを優先させる家族から離れて大学へ進学、待望の一人暮らしを始めた女子大生・十河怜菜(そがわ れいな)は、ある日突然、異世界へと召喚された。
召喚させたのは、双子の妹である舞菜(まな)で、召喚された先は、乙女ゲーム「蘇芳戦記」の中の世界。
国同士を繋ぐ「転移扉」を守護する「聖女」として、舞菜は召喚されたものの、守護魔力はともかく、聖女として国内貴族や各国上層部と、社交が出来るようなスキルも知識もなく、また、それを会得するための努力をするつもりもなかったために、日本にいた頃の様に、自分の代理(スペア)として、怜菜を同じ世界へと召喚させたのだ。
妹のお守りは、もうごめん――。
全てにおいて妹優先だった生活から、ようやく抜け出せたのに、再び妹のお守りなどと、冗談じゃない。
「宰相閣下、私と駆け落ちしましょう」
内心で激怒していた怜菜は、日本同様に、ここでも、妹の軛(くびき)から逃れるための算段を立て始めた――。
※ R15(キスよりちょっとだけ先)が入る章には☆を入れました。
【近況ボードに書籍化についてや、参考資料等掲載中です。宜しければそちらもご参照下さいませ】
どうやら悪役令嬢のようですが、興味が無いので錬金術師を目指します(旧:公爵令嬢ですが錬金術師を兼業します)
水神瑠架
ファンタジー
――悪役令嬢だったようですが私は今、自由に楽しく生きています! ――
乙女ゲームに酷似した世界に転生? けど私、このゲームの本筋よりも寄り道のミニゲームにはまっていたんですけど? 基本的に攻略者達の顔もうろ覚えなんですけど?! けど転生してしまったら仕方無いですよね。攻略者を助けるなんて面倒い事するような性格でも無いし好きに生きてもいいですよね? 運が良いのか悪いのか好きな事出来そうな環境に産まれたようですしヒロイン役でも無いようですので。という事で私、顔もうろ覚えのキャラの救済よりも好きな事をして生きて行きます! ……極めろ【錬金術師】! 目指せ【錬金術マスター】!
★★
乙女ゲームの本筋の恋愛じゃない所にはまっていた女性の前世が蘇った公爵令嬢が自分がゲームの中での悪役令嬢だという事も知らず大好きな【錬金術】を極めるため邁進します。流石に途中で気づきますし、相手役も出てきますが、しばらく出てこないと思います。好きに生きた結果攻略者達の悲惨なフラグを折ったりするかも? 基本的に主人公は「攻略者の救済<自分が自由に生きる事」ですので薄情に見える事もあるかもしれません。そんな主人公が生きる世界をとくと御覧あれ!
★★
この話の中での【錬金術】は学問というよりも何かを「創作」する事の出来る手段の意味合いが大きいです。ですので本来の錬金術の学術的な論理は出てきません。この世界での独自の力が【錬金術】となります。
生活魔法しか使えない少年、浄化(クリーン)を極めて無双します(仮)(習作3)
田中寿郎
ファンタジー
壁しか見えない街(城郭都市)の中は嫌いだ。孤児院でイジメに遭い、無実の罪を着せられた幼い少年は、街を抜け出し、一人森の中で生きる事を選んだ。武器は生活魔法の浄化(クリーン)と乾燥(ドライ)。浄化と乾燥だけでも極めれば結構役に立ちますよ?
コメントはたまに気まぐれに返す事がありますが、全レスは致しません。悪しからずご了承願います。
(あと、敬語が使えない呪いに掛かっているので言葉遣いに粗いところがあってもご容赦をw)
台本風(セリフの前に名前が入る)です、これに関しては助言は無用です、そういうスタイルだと思ってあきらめてください。
読みにくい、面白くないという方は、フォローを外してそっ閉じをお願いします。
(カクヨムにも投稿しております)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる