137 / 192
二十章
Ⅰ
しおりを挟む
『ご主人様、ただいま戻りました』
『お帰りルウ! 見て見て! すごい魔法できた!』
紫色の空に枯れた木々。焼け焦げた草原があちこちから燻った匂いと煙を発している。そこいら中に気色の悪い顔がついた花が歌って、空には死にかけのコウノトリ。運ばれている卵が時折地面に落下してグシャ、グシャ、と潰れていく。
『んん~~~! ウィヒヒヒヒヒィ~~~!』
『まったく。ご主人様は仕方のない人ですね』
気持ちの悪い笑顔で奇声をあげ、ルウを抱きしめてゴロゴロ転がっている。腕がにょきにょきと四本、肩と脇腹から生えてルウの尻尾、耳、体を蹂躙していく。口から伸びた舌は蛇のごとく長くて枝分かれしていく。
『これもご主人様の魔法ですか? こんなことをするために魔法を創ったのですか?』
『すごいでしょ! すごいでしょ!』
『そんなに私のことが好きすぎるのですか?」
『ちゅきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』
俺がルウをこれでもかってくらい欲望のままに愛でて撫でて舐めて吸って愛を伝えている。
『もっと言ってください』
「ちゅきちゅきちゅきちゅき大ちゅきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』
「聞こえないです」
『大ちゅきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』
『うるさいです。どうせシエナ様やルナ様達のほうがよろしいのでしょう?』
『そんなわけないだろ! なんだったらあいつらをこれからぶっ殺して証明するよ!』
どこからともなくドサドサドサ、と現われた見知った顔。包丁を一舐めしたあと、
ザク! ザシュ! ズバズバドスドス!
『まったく、ご主人様は仕方のない人です』
『えへへへへへへへ! だってルウのことがすきなんだもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!』
「なんだこれ」
遠く離れたところから、俺はただもう一人の俺が好き放題している光景を唖然としながら眺めて素直な感想はそれしかない。
いやいやいや。なにこれ。なにここ。すっげぇ不気味なところだし。ちょっとこわいし。
『ご主人様。今日はシエナ様とネフェシュ様とルナ様とガーラ様を一人ずる狩れました。夕食はどれになさいますか?』
俺、さっきまでモリク達と戦っていたはず。そして、『念話』でルウが生きているかたしかめようとした。そこまでははっきりとしている。なのにここなに?
あのルウと俺はなに? ここはどこ?
『ご主人様。それでは失礼します』
ガブリとルウが俺に噛みついて肉と血を貪っていく。欠けた身体のパーツがにょきにょきと生えて、そのたびにまた食べられて。
『あああああ!! ちゅきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!! 食べて!! もっと俺を食べてルウの血肉になってええええええええええええええええええええええええええ!! 幸せええええええええええええええええ!!』
まさか、これはモリクの呪いか? 魔法か? それとも呪具の影響で『念話』に影響を与えている?
『ご主人様』
ルウが全裸になった俺の体を尻尾で愛撫していく。その間、俺は足が数十本生えて頭も分裂して、
『可愛いよ!』
『好きだよ!』
『愛してる!』
だとしたら、幻覚魔法と同じ状況に陥っているのか? それともルウの心の中、精神の世界に入ってきたのか?
『ずっとずっとずっとずっと永遠に魂がなくなっても輪廻転生を繰り返しても死んでもずっとずっとずぅぅぅぅぅぅぅ
っと一緒にいよう!』
『魔法なんてもうどうでもいい!』
神話に登場する悪魔、魔物、怪物。そんな異形な姿へと変った俺。紫の空の色が濃くなって、血反吐を吐く花。撒き散らされた血は地面に吸いこまれていって新たな蕾が芽を開かせてにょきにょきにょきと成長していく。どこからか風が吹きすさんで舞い散る葉っぱが枯れたキャベツとなって祝福の言葉を投げかけている。
『ご主人様』
『ルウ』
『もっと触ってください』
『ふひひひひひひひひひひひ!!』
だめだ。一刻も早くここから脱出しないと。視覚・聴覚的だけじゃなくて、精神衛生上の問題で、一刻もいたくない。けど、どうやったらここを出られる?
『ルウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!! 俺を愛してえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!』
「うるせええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!』
いよいよ我慢できなかった。『炎塊』を連続で発動し、怪物へとぶつける。怪物がルウへの愛を叫ぶな。
「ああ、ご主人様っ」
「違う! ルウ! 怪我するぞ!」
燃え盛り叫ぶ怪物に駆け寄ろうとするルウを庇う。
「? ご主人様がもう一人?」
この子の中ではあんな怪物に成り果てても俺なんかい。ショック。
あ、けどそれって俺がリアルにあんな怪物になってもルウは俺を受け入れてくれるってこと?
違う。それどころじゃねぇ。
「ルウ! 早くここから出るんだ!」
「出る? なにをほざいているのですか。殺しますよ?」
「ええええ!?」
「だって、ここが私達の理想郷ではないですか」
「はぁ!?」
この子なに言ってんの? きょとんとしたかんじで。本当なに言ってんの?
「違う! これはモリク、エルフの呪いの影響だ! 現実じゃない! ある意味夢の世界だ! ルウもあんなこと俺にされる世界なんて嫌だろ!」
「いつもご主人様がやっていることではないですか」
「やってない・・・・・・・・・って言い切れない自信がない! なんだったらちょっとやりたい! でもだめだ!」
「なにゆえですか?」
ルウが、静かに俺の手を振り払った。
「ここには私達しかいません。煩わしいことも苦しいこともありません。ご主人様は好きなだけ魔法の研究をできて私と生涯二人きりで生きられます。ですが、現実は違います」
こんな不気味な世界が理想? そんなことありえない。将来こんなところに住みたいんだったら精神が心配なんだけど。
もしかしたらモリクの呪いのせいか? 正常な判断ができなくなって、ここを理想の世界だとおもいこんでしまっている。だから俺があんな風になってしまっているんだ。そうじゃなかったら、
決して普段の俺から連想してあんな怪物になる俺をご主人様だって認識しているはずがない。もしそうだったら死んでやる。
「わかりました。ご主人様は決して嘘はおっしゃいません。ご主人様は、私に優しいお方です。だから私を優先してくださいます」
おお、いきなりだけどルウが納得してくれた。だったら後はここから脱出する方法を――――
「よって、あなたは偽物です」
「え?」
鋭く素早い攻撃に、意識が刈られた。連続してくる打撃は確実に俺の命を仕留めるためのもの。
「や、やめろルウ!」
錯乱している。
「ユーグ様は決して私を否定しません。絶対に。なのに、私がいたい場所を否定します。よって貴方は偽物です」
極論すぎる。
「ユーグ様は、世界を変えると。事象もこの世の理すら変える魔法を創るとおっしゃいました。ここがそうです」
「ここでは妬むことも羨むこともありません。他の誰もいません。お義母様もガーラ様もルナ様も。種族も身分も奴隷もありません」
燃え盛る怪物が黒炭のまま再生して、どすんどすんと近づいていく。空からは隕石。炎。木々と草、花に至る一切が俺を攻撃してくる。
まるでルウとリンクして、排除してきているみたいだ。
「なにゆえですか? ユーグ様はなにゆえここから連れだすのですか?」
「ルウ・・・・・・」
無限に増殖を続け、巨大化を続ける異物達。いや、もしかしたらこの世界にとって俺こそが異物なんだろう。
ルウの細くしなやかな指が、俺の首に当てられて力が加わる。あかぎれも擦り切れも一切ない、ある意味ルウらしくてルウらしくない奇麗な手。なんだか、悲しくなって手の甲を撫でた。
「ここで・・・・・・いいのか? ルウ」
「もちろんです」
「俺は、我が儘なんだ。こんな世界じゃ満足できない」
ここには、決定的なものが欠けている。
「未来が・・・・・・ないじゃないか・・・・・・」
「み、みらい?」
渾身の力が、少し緩んだ。
この世界は今のルウの理想とした世界。ありのままのルウを反映させたもの。そう、まさに現実に生きてきたルウのこれまでの答えだ。
現実に戻って、成長したルウの理想とする世界、夢、俺となにをしたいかっていうことはきっと今のルウとはかけ離れているだろう。
もったいないじゃないか。もっと面白い世界になるかもしれない。もっと良くなる理想、もっといえば夢。それを叶える可能性が潰える。ここにいたら、ずっとこの世界のままだ。
「俺は、きっと欲張りで勝手で気持ちの悪いやつだ。ルウとずっとずぅぅぅぅぅっと一緒にいられたらしたいこともどんどん増え続ける」
「わ、私は」
手が俺から完全に離れて、自分の頭を抱える。
「ルウは? もっとないか? したいこと。俺にしてほしいこと」
「わ、わた、・・・・・・しは、」
「ご主人様に食事を作りたいです」
「他には?」
「ご主人様を癒やしたいです」
「他には?」
「ご主人様の魔道士となる姿が見たいです」
「他には?」
「ご主人様にもっとちゃんとしてほしいです」
「他には?」
「お義母様に認めてもらいたいです」
「他には?」
「ご主人様にもっと落ち着いてもらいたいです。特に私に関することで」
「・・・・・・・・・・・・他には?」
「ご主人様の奇行・言動にツッコみたいです」
「他には?」
「ご主人様の服を洗濯したいです」
「他には?」
「お肉を食べたいです」
「他には?」
「ご主人様にもっと稼いでもらって安心して生きたいです」
「他には?」
「ご主人様にやきもきさせられたくないです」
「他には?」
「え、っと。えっと・・・・・・」
「それだけか?」
俯いて、耳すら垂れているルウに、そっと手を差し伸べた。
「もっともっと。他にしたいことはないか? もっとほしいもの、したいこと。知りたくないか?」
「・・・・・・・・・」
「現実に戻れば、もっともっと。増えるよ。見つかるよ。今のままじゃ気づかないこと、おもいつかないこと。そんな機会を捨てて今のままで満足するなんて、もったいないだろ?」
「あ、」
「俺は、ルウに伝えたいことがある。それはここじゃ言いたくない。言わない。知りたくないか?」
「・・・・・・・・・」
ルウが自らのと俺のとを重ねて、そしてなにかに驚いた。そのままなにかをたしかめるように自分のほっぺたに。
「ご主人様、なのですね。貴方が本当のご主人様なのですね。いつものようにごつごつとしていて太くてカサカサしてて。魔法臭くて。いつも私の尻尾と耳を触ってくる気持ちの悪くて――――」
ちょっとへこむ。容赦ないなどんなときでも。
「そして――――」
世界が、崩壊していく。今の今まで囲んでいたおそろしい異形達が灰になって溶けて壊れて。
「いつもと同じで温かい、ユーグ様の手です」
世界が白一色に包まれた。
『お帰りルウ! 見て見て! すごい魔法できた!』
紫色の空に枯れた木々。焼け焦げた草原があちこちから燻った匂いと煙を発している。そこいら中に気色の悪い顔がついた花が歌って、空には死にかけのコウノトリ。運ばれている卵が時折地面に落下してグシャ、グシャ、と潰れていく。
『んん~~~! ウィヒヒヒヒヒィ~~~!』
『まったく。ご主人様は仕方のない人ですね』
気持ちの悪い笑顔で奇声をあげ、ルウを抱きしめてゴロゴロ転がっている。腕がにょきにょきと四本、肩と脇腹から生えてルウの尻尾、耳、体を蹂躙していく。口から伸びた舌は蛇のごとく長くて枝分かれしていく。
『これもご主人様の魔法ですか? こんなことをするために魔法を創ったのですか?』
『すごいでしょ! すごいでしょ!』
『そんなに私のことが好きすぎるのですか?」
『ちゅきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』
俺がルウをこれでもかってくらい欲望のままに愛でて撫でて舐めて吸って愛を伝えている。
『もっと言ってください』
「ちゅきちゅきちゅきちゅき大ちゅきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』
「聞こえないです」
『大ちゅきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』
『うるさいです。どうせシエナ様やルナ様達のほうがよろしいのでしょう?』
『そんなわけないだろ! なんだったらあいつらをこれからぶっ殺して証明するよ!』
どこからともなくドサドサドサ、と現われた見知った顔。包丁を一舐めしたあと、
ザク! ザシュ! ズバズバドスドス!
『まったく、ご主人様は仕方のない人です』
『えへへへへへへへ! だってルウのことがすきなんだもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!』
「なんだこれ」
遠く離れたところから、俺はただもう一人の俺が好き放題している光景を唖然としながら眺めて素直な感想はそれしかない。
いやいやいや。なにこれ。なにここ。すっげぇ不気味なところだし。ちょっとこわいし。
『ご主人様。今日はシエナ様とネフェシュ様とルナ様とガーラ様を一人ずる狩れました。夕食はどれになさいますか?』
俺、さっきまでモリク達と戦っていたはず。そして、『念話』でルウが生きているかたしかめようとした。そこまでははっきりとしている。なのにここなに?
あのルウと俺はなに? ここはどこ?
『ご主人様。それでは失礼します』
ガブリとルウが俺に噛みついて肉と血を貪っていく。欠けた身体のパーツがにょきにょきと生えて、そのたびにまた食べられて。
『あああああ!! ちゅきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!! 食べて!! もっと俺を食べてルウの血肉になってええええええええええええええええええええええええええ!! 幸せええええええええええええええええ!!』
まさか、これはモリクの呪いか? 魔法か? それとも呪具の影響で『念話』に影響を与えている?
『ご主人様』
ルウが全裸になった俺の体を尻尾で愛撫していく。その間、俺は足が数十本生えて頭も分裂して、
『可愛いよ!』
『好きだよ!』
『愛してる!』
だとしたら、幻覚魔法と同じ状況に陥っているのか? それともルウの心の中、精神の世界に入ってきたのか?
『ずっとずっとずっとずっと永遠に魂がなくなっても輪廻転生を繰り返しても死んでもずっとずっとずぅぅぅぅぅぅぅ
っと一緒にいよう!』
『魔法なんてもうどうでもいい!』
神話に登場する悪魔、魔物、怪物。そんな異形な姿へと変った俺。紫の空の色が濃くなって、血反吐を吐く花。撒き散らされた血は地面に吸いこまれていって新たな蕾が芽を開かせてにょきにょきにょきと成長していく。どこからか風が吹きすさんで舞い散る葉っぱが枯れたキャベツとなって祝福の言葉を投げかけている。
『ご主人様』
『ルウ』
『もっと触ってください』
『ふひひひひひひひひひひひ!!』
だめだ。一刻も早くここから脱出しないと。視覚・聴覚的だけじゃなくて、精神衛生上の問題で、一刻もいたくない。けど、どうやったらここを出られる?
『ルウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!! 俺を愛してえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!』
「うるせええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!』
いよいよ我慢できなかった。『炎塊』を連続で発動し、怪物へとぶつける。怪物がルウへの愛を叫ぶな。
「ああ、ご主人様っ」
「違う! ルウ! 怪我するぞ!」
燃え盛り叫ぶ怪物に駆け寄ろうとするルウを庇う。
「? ご主人様がもう一人?」
この子の中ではあんな怪物に成り果てても俺なんかい。ショック。
あ、けどそれって俺がリアルにあんな怪物になってもルウは俺を受け入れてくれるってこと?
違う。それどころじゃねぇ。
「ルウ! 早くここから出るんだ!」
「出る? なにをほざいているのですか。殺しますよ?」
「ええええ!?」
「だって、ここが私達の理想郷ではないですか」
「はぁ!?」
この子なに言ってんの? きょとんとしたかんじで。本当なに言ってんの?
「違う! これはモリク、エルフの呪いの影響だ! 現実じゃない! ある意味夢の世界だ! ルウもあんなこと俺にされる世界なんて嫌だろ!」
「いつもご主人様がやっていることではないですか」
「やってない・・・・・・・・・って言い切れない自信がない! なんだったらちょっとやりたい! でもだめだ!」
「なにゆえですか?」
ルウが、静かに俺の手を振り払った。
「ここには私達しかいません。煩わしいことも苦しいこともありません。ご主人様は好きなだけ魔法の研究をできて私と生涯二人きりで生きられます。ですが、現実は違います」
こんな不気味な世界が理想? そんなことありえない。将来こんなところに住みたいんだったら精神が心配なんだけど。
もしかしたらモリクの呪いのせいか? 正常な判断ができなくなって、ここを理想の世界だとおもいこんでしまっている。だから俺があんな風になってしまっているんだ。そうじゃなかったら、
決して普段の俺から連想してあんな怪物になる俺をご主人様だって認識しているはずがない。もしそうだったら死んでやる。
「わかりました。ご主人様は決して嘘はおっしゃいません。ご主人様は、私に優しいお方です。だから私を優先してくださいます」
おお、いきなりだけどルウが納得してくれた。だったら後はここから脱出する方法を――――
「よって、あなたは偽物です」
「え?」
鋭く素早い攻撃に、意識が刈られた。連続してくる打撃は確実に俺の命を仕留めるためのもの。
「や、やめろルウ!」
錯乱している。
「ユーグ様は決して私を否定しません。絶対に。なのに、私がいたい場所を否定します。よって貴方は偽物です」
極論すぎる。
「ユーグ様は、世界を変えると。事象もこの世の理すら変える魔法を創るとおっしゃいました。ここがそうです」
「ここでは妬むことも羨むこともありません。他の誰もいません。お義母様もガーラ様もルナ様も。種族も身分も奴隷もありません」
燃え盛る怪物が黒炭のまま再生して、どすんどすんと近づいていく。空からは隕石。炎。木々と草、花に至る一切が俺を攻撃してくる。
まるでルウとリンクして、排除してきているみたいだ。
「なにゆえですか? ユーグ様はなにゆえここから連れだすのですか?」
「ルウ・・・・・・」
無限に増殖を続け、巨大化を続ける異物達。いや、もしかしたらこの世界にとって俺こそが異物なんだろう。
ルウの細くしなやかな指が、俺の首に当てられて力が加わる。あかぎれも擦り切れも一切ない、ある意味ルウらしくてルウらしくない奇麗な手。なんだか、悲しくなって手の甲を撫でた。
「ここで・・・・・・いいのか? ルウ」
「もちろんです」
「俺は、我が儘なんだ。こんな世界じゃ満足できない」
ここには、決定的なものが欠けている。
「未来が・・・・・・ないじゃないか・・・・・・」
「み、みらい?」
渾身の力が、少し緩んだ。
この世界は今のルウの理想とした世界。ありのままのルウを反映させたもの。そう、まさに現実に生きてきたルウのこれまでの答えだ。
現実に戻って、成長したルウの理想とする世界、夢、俺となにをしたいかっていうことはきっと今のルウとはかけ離れているだろう。
もったいないじゃないか。もっと面白い世界になるかもしれない。もっと良くなる理想、もっといえば夢。それを叶える可能性が潰える。ここにいたら、ずっとこの世界のままだ。
「俺は、きっと欲張りで勝手で気持ちの悪いやつだ。ルウとずっとずぅぅぅぅぅっと一緒にいられたらしたいこともどんどん増え続ける」
「わ、私は」
手が俺から完全に離れて、自分の頭を抱える。
「ルウは? もっとないか? したいこと。俺にしてほしいこと」
「わ、わた、・・・・・・しは、」
「ご主人様に食事を作りたいです」
「他には?」
「ご主人様を癒やしたいです」
「他には?」
「ご主人様の魔道士となる姿が見たいです」
「他には?」
「ご主人様にもっとちゃんとしてほしいです」
「他には?」
「お義母様に認めてもらいたいです」
「他には?」
「ご主人様にもっと落ち着いてもらいたいです。特に私に関することで」
「・・・・・・・・・・・・他には?」
「ご主人様の奇行・言動にツッコみたいです」
「他には?」
「ご主人様の服を洗濯したいです」
「他には?」
「お肉を食べたいです」
「他には?」
「ご主人様にもっと稼いでもらって安心して生きたいです」
「他には?」
「ご主人様にやきもきさせられたくないです」
「他には?」
「え、っと。えっと・・・・・・」
「それだけか?」
俯いて、耳すら垂れているルウに、そっと手を差し伸べた。
「もっともっと。他にしたいことはないか? もっとほしいもの、したいこと。知りたくないか?」
「・・・・・・・・・」
「現実に戻れば、もっともっと。増えるよ。見つかるよ。今のままじゃ気づかないこと、おもいつかないこと。そんな機会を捨てて今のままで満足するなんて、もったいないだろ?」
「あ、」
「俺は、ルウに伝えたいことがある。それはここじゃ言いたくない。言わない。知りたくないか?」
「・・・・・・・・・」
ルウが自らのと俺のとを重ねて、そしてなにかに驚いた。そのままなにかをたしかめるように自分のほっぺたに。
「ご主人様、なのですね。貴方が本当のご主人様なのですね。いつものようにごつごつとしていて太くてカサカサしてて。魔法臭くて。いつも私の尻尾と耳を触ってくる気持ちの悪くて――――」
ちょっとへこむ。容赦ないなどんなときでも。
「そして――――」
世界が、崩壊していく。今の今まで囲んでいたおそろしい異形達が灰になって溶けて壊れて。
「いつもと同じで温かい、ユーグ様の手です」
世界が白一色に包まれた。
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
やり直し令嬢の備忘録
西藤島 みや
ファンタジー
レイノルズの悪魔、アイリス・マリアンナ・レイノルズは、皇太子クロードの婚約者レミを拐かし、暴漢に襲わせた罪で塔に幽閉され、呪詛を吐いて死んだ……しかし、その呪詛が余りに強かったのか、10年前へと再び蘇ってしまう。
これを好機に、今度こそレミを追い落とそうと誓うアイリスだが、前とはずいぶん違ってしまい……
王道悪役令嬢もの、どこかで見たようなテンプレ展開です。ちょこちょこ過去アイリスの残酷描写があります。
また、外伝は、ざまあされたレミ嬢視点となりますので、お好みにならないかたは、ご注意のほど、お願いします。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
悪役令嬢は所詮悪役令嬢
白雪の雫
ファンタジー
「アネット=アンダーソン!貴女の私に対する仕打ちは到底許されるものではありません!殿下、どうかあの平民の女に頭を下げるように言って下さいませ!」
魔力に秀でているという理由で聖女に選ばれてしまったアネットは、平民であるにも関わらず公爵令嬢にして王太子殿下の婚約者である自分を階段から突き落とそうとしただの、冬の池に突き落として凍死させようとしただの、魔物を操って殺そうとしただの──・・・。
リリスが言っている事は全て彼女達による自作自演だ。というより、ゲームの中でリリスがヒロインであるアネットに対して行っていた所業である。
愛しいリリスに縋られたものだから男としての株を上げたい王太子は、アネットが無実だと分かった上で彼女を断罪しようとするのだが、そこに父親である国王と教皇、そして聖女の夫がやって来る──・・・。
悪役令嬢がいい子ちゃん、ヒロインが脳内お花畑のビッチヒドインで『ざまぁ』されるのが多いので、逆にしたらどうなるのか?という思い付きで浮かんだ話です。
転生調理令嬢は諦めることを知らない
eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。
それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。
子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。
最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。
八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。
それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。
また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。
オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。
同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。
それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。
弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。
主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。
追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。
2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる