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二十章

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『ご主人様、ただいま戻りました』
『お帰りルウ! 見て見て! すごい魔法できた!』

 紫色の空に枯れた木々。焼け焦げた草原があちこちから燻った匂いと煙を発している。そこいら中に気色の悪い顔がついた花が歌って、空には死にかけのコウノトリ。運ばれている卵が時折地面に落下してグシャ、グシャ、と潰れていく。

『んん~~~! ウィヒヒヒヒヒィ~~~!』
『まったく。ご主人様は仕方のない人ですね』

 気持ちの悪い笑顔で奇声をあげ、ルウを抱きしめてゴロゴロ転がっている。腕がにょきにょきと四本、肩と脇腹から生えてルウの尻尾、耳、体を蹂躙していく。口から伸びた舌は蛇のごとく長くて枝分かれしていく。

『これもご主人様の魔法ですか? こんなことをするために魔法を創ったのですか?』
『すごいでしょ! すごいでしょ!』
『そんなに私のことが好きすぎるのですか?」
『ちゅきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』

 俺がルウをこれでもかってくらい欲望のままに愛でて撫でて舐めて吸って愛を伝えている。

『もっと言ってください』
「ちゅきちゅきちゅきちゅき大ちゅきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』
「聞こえないです」
『大ちゅきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』
『うるさいです。どうせシエナ様やルナ様達のほうがよろしいのでしょう?』
『そんなわけないだろ! なんだったらあいつらをこれからぶっ殺して証明するよ!』

 どこからともなくドサドサドサ、と現われた見知った顔。包丁を一舐めしたあと、

 ザク! ザシュ! ズバズバドスドス!

 
『まったく、ご主人様は仕方のない人です』
『えへへへへへへへ! だってルウのことがすきなんだもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!』






「なんだこれ」

 遠く離れたところから、俺はただもう一人の俺が好き放題している光景を唖然としながら眺めて素直な感想はそれしかない。

 いやいやいや。なにこれ。なにここ。すっげぇ不気味なところだし。ちょっとこわいし。


『ご主人様。今日はシエナ様とネフェシュ様とルナ様とガーラ様を一人ずる狩れました。夕食はどれになさいますか?』

 俺、さっきまでモリク達と戦っていたはず。そして、『念話』でルウが生きているかたしかめようとした。そこまでははっきりとしている。なのにここなに?

 あのルウと俺はなに? ここはどこ? 

『ご主人様。それでは失礼します』

 ガブリとルウが俺に噛みついて肉と血を貪っていく。欠けた身体のパーツがにょきにょきと生えて、そのたびにまた食べられて。

『あああああ!! ちゅきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!! 食べて!! もっと俺を食べてルウの血肉になってええええええええええええええええええええええええええ!! 幸せええええええええええええええええ!!』

 まさか、これはモリクの呪いか? 魔法か? それとも呪具の影響で『念話』に影響を与えている?

『ご主人様』

 ルウが全裸になった俺の体を尻尾で愛撫していく。その間、俺は足が数十本生えて頭も分裂して、

『可愛いよ!』
『好きだよ!』
『愛してる!』

 だとしたら、幻覚魔法と同じ状況に陥っているのか? それともルウの心の中、精神の世界に入ってきたのか?

『ずっとずっとずっとずっと永遠に魂がなくなっても輪廻転生を繰り返しても死んでもずっとずっとずぅぅぅぅぅぅぅ
っと一緒にいよう!』
『魔法なんてもうどうでもいい!』


 神話に登場する悪魔、魔物、怪物。そんな異形な姿へと変った俺。紫の空の色が濃くなって、血反吐を吐く花。撒き散らされた血は地面に吸いこまれていって新たな蕾が芽を開かせてにょきにょきにょきと成長していく。どこからか風が吹きすさんで舞い散る葉っぱが枯れたキャベツとなって祝福の言葉を投げかけている。

『ご主人様』
『ルウ』
『もっと触ってください』
『ふひひひひひひひひひひひ!!』

 だめだ。一刻も早くここから脱出しないと。視覚・聴覚的だけじゃなくて、精神衛生上の問題で、一刻もいたくない。けど、どうやったらここを出られる?

『ルウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!! 俺を愛してえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!』

「うるせええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!』

 いよいよ我慢できなかった。『炎塊』を連続で発動し、怪物へとぶつける。怪物がルウへの愛を叫ぶな。

「ああ、ご主人様っ」
「違う! ルウ! 怪我するぞ!」

 燃え盛り叫ぶ怪物に駆け寄ろうとするルウを庇う。

「? ご主人様がもう一人?」

 この子の中ではあんな怪物に成り果てても俺なんかい。ショック。

 あ、けどそれって俺がリアルにあんな怪物になってもルウは俺を受け入れてくれるってこと? 

 違う。それどころじゃねぇ。

「ルウ! 早くここから出るんだ!」
「出る? なにをほざいているのですか。殺しますよ?」
「ええええ!?」
「だって、ここが私達の理想郷ではないですか」
「はぁ!?」

 この子なに言ってんの? きょとんとしたかんじで。本当なに言ってんの?

「違う! これはモリク、エルフの呪いの影響だ! 現実じゃない! ある意味夢の世界だ! ルウもあんなこと俺にされる世界なんて嫌だろ!」
「いつもご主人様がやっていることではないですか」
「やってない・・・・・・・・・って言い切れない自信がない! なんだったらちょっとやりたい! でもだめだ!」
「なにゆえですか?」

 ルウが、静かに俺の手を振り払った。

「ここには私達しかいません。煩わしいことも苦しいこともありません。ご主人様は好きなだけ魔法の研究をできて私と生涯二人きりで生きられます。ですが、現実は違います」

 こんな不気味な世界が理想? そんなことありえない。将来こんなところに住みたいんだったら精神が心配なんだけど。

 もしかしたらモリクの呪いのせいか? 正常な判断ができなくなって、ここを理想の世界だとおもいこんでしまっている。だから俺があんな風になってしまっているんだ。そうじゃなかったら、


 決して普段の俺から連想してあんな怪物になる俺をご主人様だって認識しているはずがない。もしそうだったら死んでやる。 

「わかりました。ご主人様は決して嘘はおっしゃいません。ご主人様は、私に優しいお方です。だから私を優先してくださいます」

 おお、いきなりだけどルウが納得してくれた。だったら後はここから脱出する方法を――――

「よって、あなたは偽物です」
「え?」

 鋭く素早い攻撃に、意識が刈られた。連続してくる打撃は確実に俺の命を仕留めるためのもの。

「や、やめろルウ!」
 
 錯乱している。

「ユーグ様は決して私を否定しません。絶対に。なのに、私がいたい場所を否定します。よって貴方は偽物です」

 極論すぎる。

「ユーグ様は、世界を変えると。事象もこの世の理すら変える魔法を創るとおっしゃいました。ここがそうです」

「ここでは妬むことも羨むこともありません。他の誰もいません。お義母様もガーラ様もルナ様も。種族も身分も奴隷もありません」

 燃え盛る怪物が黒炭のまま再生して、どすんどすんと近づいていく。空からは隕石。炎。木々と草、花に至る一切が俺を攻撃してくる。

 まるでルウとリンクして、排除してきているみたいだ。

「なにゆえですか? ユーグ様はなにゆえここから連れだすのですか?」
「ルウ・・・・・・」

 無限に増殖を続け、巨大化を続ける異物達。いや、もしかしたらこの世界にとって俺こそが異物なんだろう。

 ルウの細くしなやかな指が、俺の首に当てられて力が加わる。あかぎれも擦り切れも一切ない、ある意味ルウらしくてルウらしくない奇麗な手。なんだか、悲しくなって手の甲を撫でた。

「ここで・・・・・・いいのか? ルウ」
「もちろんです」
「俺は、我が儘なんだ。こんな世界じゃ満足できない」

 ここには、決定的なものが欠けている。

「未来が・・・・・・ないじゃないか・・・・・・」
「み、みらい?」

 渾身の力が、少し緩んだ。

 この世界は今のルウの理想とした世界。ありのままのルウを反映させたもの。そう、まさに現実に生きてきたルウのこれまでの答えだ。

 現実に戻って、成長したルウの理想とする世界、夢、俺となにをしたいかっていうことはきっと今のルウとはかけ離れているだろう。

 もったいないじゃないか。もっと面白い世界になるかもしれない。もっと良くなる理想、もっといえば夢。それを叶える可能性が潰える。ここにいたら、ずっとこの世界のままだ。

「俺は、きっと欲張りで勝手で気持ちの悪いやつだ。ルウとずっとずぅぅぅぅぅっと一緒にいられたらしたいこともどんどん増え続ける」

「わ、私は」

 手が俺から完全に離れて、自分の頭を抱える。

「ルウは? もっとないか? したいこと。俺にしてほしいこと」

「わ、わた、・・・・・・しは、」


「ご主人様に食事を作りたいです」
「他には?」
「ご主人様を癒やしたいです」
「他には?」
「ご主人様の魔道士となる姿が見たいです」
「他には?」
「ご主人様にもっとちゃんとしてほしいです」
「他には?」
「お義母様に認めてもらいたいです」
「他には?」
「ご主人様にもっと落ち着いてもらいたいです。特に私に関することで」
「・・・・・・・・・・・・他には?」
「ご主人様の奇行・言動にツッコみたいです」
「他には?」
「ご主人様の服を洗濯したいです」
「他には?」
「お肉を食べたいです」
「他には?」
「ご主人様にもっと稼いでもらって安心して生きたいです」
「他には?」
「ご主人様にやきもきさせられたくないです」
「他には?」
「え、っと。えっと・・・・・・」
「それだけか?」

 俯いて、耳すら垂れているルウに、そっと手を差し伸べた。

「もっともっと。他にしたいことはないか? もっとほしいもの、したいこと。知りたくないか?」
「・・・・・・・・・」
「現実に戻れば、もっともっと。増えるよ。見つかるよ。今のままじゃ気づかないこと、おもいつかないこと。そんな機会を捨てて今のままで満足するなんて、もったいないだろ?」
「あ、」
「俺は、ルウに伝えたいことがある。それはここじゃ言いたくない。言わない。知りたくないか?」
「・・・・・・・・・」

 ルウが自らのと俺のとを重ねて、そしてなにかに驚いた。そのままなにかをたしかめるように自分のほっぺたに。

「ご主人様、なのですね。貴方が本当のご主人様なのですね。いつものようにごつごつとしていて太くてカサカサしてて。魔法臭くて。いつも私の尻尾と耳を触ってくる気持ちの悪くて――――」

 ちょっとへこむ。容赦ないなどんなときでも。

「そして――――」

 世界が、崩壊していく。今の今まで囲んでいたおそろしい異形達が灰になって溶けて壊れて。

「いつもと同じで温かい、ユーグ様の手です」

 世界が白一色に包まれた。
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